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第27話 異変――異界の神――

 前回までのあらすじ。

 深淵の魔術師ダグラスは『女神からスキルを得た勇者』がいないから自分の研究が必要だと思ったらしい。でもたぶん、その勇者って俺のことっぽい、


「め、女神に会ったというのか……?」

「うーん、まあ、会ったな」

「そしてスキルを得たと……?」

「だな。それまでスキルなんてもってなかったし」


 本当はあまり女神やスキルのことは言わない方がいいんだが、つい流れで教えてしまった。俺の返答を聞き、ダグラスはふらりとその場でよろける。


「あ、ありえん……。では私の今までの研究は……い、いや違う。そうだ、違う。魔王を倒すためには勇者の他に、女神の加護を受けた聖女が必要なのだ。だから――」

「あ、それあたしだ」

「――っ」


 当然のようにアスティが手を上げ、ダグラスは絶句する。うん、そうだよな。アスティは預言者から『将来、王国を救う聖女になる』って言われてるもんな。そりゃアスティのことだよな。


 ダグラスも『そうだった……』という顔で固まっている。たぶん勇者がいないから、聖女がいたところで意味がないと考えていたんだろう。でもこれで勇者と聖女が揃ってしまった。


 さすがにちょっと不憫になってきた。


「あー、ダグラス。そういうわけだ。もういいだろ? お前には監獄で罪を償ってもらう」

「…………ふざけるな」


 俺は無造作に近づいていく。

 一方、ダグラスはローブの肩を震わせて叫んだ。


「ふざけるなッ! 私の長年の研究がこんなところで終わってたまるか。どれほどの犠牲を払おうが、私は『異界の神』を呼び寄せる! そして魔王を倒し、魔術同盟の老人共に分からせるのだ。この私、ダグラス・ディレッドの才能を!」


 魔力の光弾が俺に向かって放たれた。


「死ね、レオンハイド王子! ここで貴様が死ねば、魔王に対抗できるのは私の『異界の神』だけだ!」

「そうかい。ありがとよ」


 聖剣がサクッと光弾を真っ二つにする。


「そう言ってくれると、俺も気兼ねなくお前を斬れる」

「な……っ!? 私の魔術が……っ」

「ヒュードランのタリスマンを割った時に言ったろ? 聖剣に魔術は効かない。あと――」


 ダグラスが破れかぶれで光弾を放ってきた。

 そのすべてを斬り伏せ、俺は駆ける。斬られた光弾は魔力の光だけを残して霧散し、星のように輝いていた。


「――アスティをさらったこと、俺はまだぶっちギレてんだよッ!!」

「く、来るなぁ! 来るな来るな来るな! ああっ、わ、わかった! 謝罪する。謝罪するから――」

「成敗!」

「ぎゃああああああっ」


 両手で握った『女神の嵐の聖剣』を一閃。稲妻と烈風が炸裂し、魔術師は斬られながら吹っ飛んだ。そのまま洞窟の壁に激突。ずりずりと落ちて地面に沈んだ。


 聖剣を地面に突き刺し、俺は「ったく」と息をはく。


「土壇場で謝るくらいならさらったりするな、っての」

「『むしろまだ怒りを継続させていたことに我は戦慄を禁じ得ないぞ……』」

「あ、あはは……レオってば、あたしのことになると頭に血が昇っちゃうから」


 ヒュードランとアスティが後ろでなんとも言えない顔をしていた。いや俺は間違ってない。断じて間違ってないぞ。


 ともあれ、これで一件落着だ。


 まずは女性たちを故郷に返してやらないと。いやその前に一度王都に来てもらって休ませた方がいいか。


「おい、クソトカゲ。俺たち全員、背中に乗っても平気か?」

「『我の名はクソトカゲではない』」

「そうだよ。ヒューちゃんだよ」

「『いやヒューちゃんでもないのだが……』」

「わかったわかった。ならヒュードラン、平気だよな?」

「『ふっ、我を舐めてもらっては困る。人間風情の10人やそこら乗っても飛行に支障はない』」


 じゃあ移動はそれでいいとして……ああ、一応、死なない程度にダグラスにポーションかけとくか。ポーションの聖剣を使うと完治してしまうから、王都に着くまではただのポーションでいいだろう。


「アスティ、ポーションくれ。ダグラスにぶっかける」

「ほいほい、りょーかい」


 ポシェットに手を入れながらアスティが小走りで駆けてくる。


 その時だった。

 異変が起きた。


 ダグラスはすでに無力化している。

 他のS級モンスター共もすでに片付けた。

 ヒュードランはもう俺たちと争う気はない。


 それでも異変は起きた。


 洞窟の地面に描かれた、魔法陣。

 歪なラインの一端をアスティが踏んだ、その瞬間。


 真っ黒な光が魔法陣から噴き出した――!


「きゃっ。な、なにこれ!?」

「――っ。アスティ、こっちに来い!」


 反射的に俺はアスティの腕を掴んで引き寄せた。それと同時に魔法陣からさらなる黒い光が吹き荒れる。まるで――アスティを求めているかのように。


「なんだ? 何が起きてる……?」


 俺はアスティと共に距離を取りつつ、眉を寄せる。

 すると背後からぼそぼそと声が聞こえてきた。ダグラスだ。胴体から血を流しているが、その目は爛々と輝いている。


「……成功……した……っ」

「は? なんだと?」

「……私の研究が成功したのだ! は、はは……っ。そうだ、贄として用意した清き乙女たちは『聖女を模した代替物』! ならば聖女そのものが魔法陣に触れれば、儀式が成功するのは自明の理! いやむしろ本物の聖女が触れた分、より素晴らしい結果が出るに違いない……!」

「おいおい……っ」


 理屈は不明だが、どうやらアスティが魔法陣に触れたことで儀式が発動したらしい。


「ってことは何か? 『異界の神』とやらが本当に召喚されるっていうのか!?」

「う、嘘でしょう!? レオ、ごめん。あたし、ぜんぜん足元見てなくて……っ」

「アスティのせいじゃない。それより後ろに隠れててくれ!」


 ダグラスは魔王の対抗策として『異界の神』を呼び寄せようとしていた。しかしそんなものが思い通りに人間の味方をしてくれる保証はない。前世の知識でも他の世界に紛れ込んでくる神なんてのは大抵ろくでもないものと決まっている。


 事実、魔法陣からはとてつもなく攻撃的な魔力を感じた。


 このプレッシャー……ひょっとしたら今の俺と同レベルの怪物が出てくるかもしれない。警戒心を最大にして聖剣を構える。


 そして黒い光が爆ぜた。

 烈風が吹き荒れ、アスティや女性たちが「きゃあ!?」と悲鳴を上げる。


 次の瞬間、魔法陣から黒い手甲に包まれた右手が現れた。虚空を掴むように手を握り締め、全身が一瞬で這い出して来る。


 銀の意匠が施された、漆黒の鎧。

 激しくたなびく、長いマント。

 髪はまるでアスティのような、黄金色のブロンド。


 魔法陣から現れた『異界の神』は、漆黒の騎士のような姿をしていた。


 その姿を目にした途端、俺は状況も忘れて唖然としてしまった。同時に『異界の神』が掠れた声で何かを囁く。


「…………ア……ス……ティ…………」


 まるで故郷を失くした獣のようにそいつ(、、、)は叫んだ。


「どこだ!? アスティ――ッ!!」


 俺の後ろでアスティが「え? え……?」と混乱している。

 正直、俺も同じ気持ちだ。


 魔法陣から現れた、『異界の神』。

 漆黒の騎士の姿をしたそいつは、俺――レオンハイドと同じ顔をしていたから。

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