第25話 魔術師よ、この御方をどなたと心得る!
「お控えなさーい!」
アスティの声が洞窟に朗々と響く。
その手にあるのは俺が貸している、フェリックス王族の紋章が入った金貨。それをキラリと光らせ、ついでにブロンドの髪もファサッとかき上げ、彼女はノリノリで言う。
「こちらにおわす御方をどなたと心得ますかー! 恐れ多くもフェリックス王国の第一王位継承者――」
金貨をかざして堂々宣言。
「――レオンハイド王子にあらせられますぞー!」
「な、なにぃ!?」
黒いローブをすっぽりと被った痩身の男、深淵の魔術師の両目が見開かれる。その奥にいる囚われの女性たちも呆気に取られていた。そんな一同に対し、アスティはさらにノリノリで声を張り上げる。
「一同、頭が高ーい!」
「「「は、ははーっ!」」」
魔術師と女性たちが一斉に膝まづいた。
アスティは大変な満足顔。
一方、俺は内心、頭を抱えている。
これ、毎回やらなきゃならんのか……? 俺、王子扱いされるの好きじゃないし、正直だいぶ微妙なんだが。
しかしアスティとしては俺が称えられるところを見るのがお好きらしい。実際、悪党に対する権威の使い方としては効果てき面だし、正しいのはアスティの方なのだろう。心のなかでは肩を落としつつ、しょうがないので乗っかることにした。
「ヒュードランからあらかたの事情は聞いてる。お前が深淵の魔術師だな?」
「は、ははっ! 仰る通り、私が深淵の名を頂いた魔術師にございます。名はダグラス・ディレッド。高名な剣王殿下に拝謁させていただき、光栄の極みです!」
ダグラスは平身低頭で声を震わせている。言葉に嘘も感じないし、どうやら本当に喜んでいるようだ。
俺のことを『剣王殿下』なんて呼ぶ辺りにも王家への羨望が伺える。俺は剣技が得意なことで『フェリックスの剣王』なんて呼ばれているが、そんなことを言うのは騎士職に就いている者ばかりだ。
魔術畑にもかかわらず俺を通り名で呼ぶぐらいなので、相当王家への造詣が深いのだろう。まあ、王家そのものというより権力への憧れが強い、といったところか。
「魔術師ダグラス・ディレッド、顔を上げろ」
「ははっ」
「お前はモンスターたちを使い、罪もない女性たちを連れ去った。このことに間違いはないな?」
「――っ! そ、それは……っ」
ビクッと肩を震わせ、ダグラスは青ざめる。
「その、やむにやまれぬ事情があってのことでございまして……っ」
「俺は間違いないかと聞いている」
「……うっ、うぐ……っ」
「お前が答えないなら、そこの女性たちに聞こう」
右手を上げ、『女神の嵐の聖剣』を一閃。
鋭い風が吹き、檻の鉄格子を粉々に斬り裂いた。
同時に女性たちに付けられていた首輪や鎖も断ち切ってある。うん、たった一太刀で精密な操作ができる辺り、さすがセリアのスキルだ。使いやすい。
膝まづいていた女性たちは拘束を解かれ、「ああ……っ」と歓喜の声を上げる。そんな彼女たちへ俺は口を開く。
「皆さんは俺が責任をもって故郷へ送り届けます。こんな目に遭ったんだ、今後の保証も最大限するから安心して下さい。その上で教えてほしい。この魔術師はあなた方に何をしようとしていた?」
「わ、わたしたちを魔術の贄にするって言ってました!」
「そうです! 平和の礎になれるんだからいいだろ、って!」
「魔術同盟のお年寄りたちに認められるのが目的みたいです!」
女性たちの告発を受け、ダグラスの表情に焦りが浮かぶ。
「き、貴様らぁ!」
「黙れ、ダグラス」
「ぐ、うぅ……っ」
ダグラスは唸りながら歯噛みする。
「剣王殿下、このようなメス豚共の話に耳を貸してはなりません! 私の儀式は必要なことなのです! 魔術同盟の老人共はついぞ理解しませんでしたが、王家の殿下ならばきっと――」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
「ひっ!?」
俺はゆらりと首を傾け、膝をついて正面からダグラスを見据えた。ついつい目に殺気がこもっていることは自覚している。
「お前にさらわれた女性たちを怖がらせちゃ申し訳ないから我慢してるけどな、俺はぶっちギレてるんだよ。クソトカゲにアスティをさらわせた主犯はお前だろうが? なあ、まさかあのままさらわれたら、お前はアスティにもメス豚とか言うつもりだったのか? そうなのか?」
檻の方の女性たちには苛立ちが伝わらないように、小声でダグラスに言った。魔術師は脂汗を流して弁解する。
「ア、アスティというのは……? はっ、まさか大神官の娘、『未来の聖女』と謳われたアリスティア・ルナ・レインフォール殿でございますか⁉」
「あ、はい。未来の聖女のアリスティアです」
アスティは俺の表情を伺いつつ、ダグラスに手を上げてみせる。魔術師の脂汗が滝のように増えていく。
「ヒュードラン! 貴様、聖女様をさらおうとしたのか!? それも『聖女を溺愛している』という噂の剣王殿下の前で!?」
おい、待て。
そんな噂流れてんのかよ。
「え、待って。そんな噂流れてるの……?」
アスティも同じところで引っ掛かっていた。
一方、ヒュードランは契約がすでに切れているためか、『いい気味だ』と言いたげな雰囲気で答える。
「『強き魔力を内包した清き乙女を連れてこい、というのが貴様の命令だったのでな。我は主の意志に従っただけだ。結果、それがこの男の怒りを買ったのだがな! ふはははっ!』」
「おのれ、無能なドラゴンめが……!」
頭を掻きむしり、ダグラスは俺へ必死に訴えかける。
「どうか信じて下さいませ、剣王殿下! 私めは決して聖女様を侮辱することなど致しません! もしも聖女様がいらっしゃれば、紅茶をお淹れして歓迎しておりました!」
「本当か?」
「もちろんでございます!」
「お前には聞いてない」
俺はヒュードランや女性たちに訊ねる。
「どう思う?」
「『贄にしていただろうな。こやつは権力に弱いが、それ以上に自らの魔術的成果に固執している。紅茶など淹れるはずがない』」
「そうです。間違いなくわたしたちと同じ目に遭わせていたはずです!」
「神官様の娘さんでも変わりませんっ」
「わたしたちの中にも侯爵家や男爵家の令嬢がいますから間違いないです!」
「だってさ」
「ちがっ、違う! わ、私は決して……っ」
ダグラスは必死の形相で俺に縋りついてこようとする。
「お許し下さい! 王家の方々が私を認めて下されば、魔術同盟の老人共もきっと目を覚ますはず! ですから私は、私は……っ!」
「くどい」
縋ろうとしてきたダグラスと自分を隔てるように、俺は『女神の嵐の聖剣』を洞窟の地面に突き刺した。
「魔術師ダグラス・ディレッド! フェリックス王国、第一王位継承者としてお前に沙汰を言い渡す!」
「け、剣王殿下! お待ちを……っ」
「世にモンスターを放ち、騒乱を起こした罪! それにより北の街道で被害を出した罪! 各地から女性たちを連れ去った罪! それに何よりアスティをさらおうとした大罪によって――」
洞窟内に響き渡る声で宣言。
「――お前に監獄行きを言い渡す!」
「あああああああっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! なぜ私がこんな目にぃぃぃぃっ!」
血が出るほどに頭を掻きむしり、ダグラスは絶叫。
俺はそれを冷たく一瞥する。一方、アスティは「や、あたしの分は大罪とか言われましても……」と困った顔をしていた。




