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第六十六話 『同郷の少年』


 梅雨が明けたばかりの空ってここまで青々としていたんだな……


 リーネたちと出会ってから俺の人生は新しい発見の連続だった。空色ってたぶんこんな感じなんだろうな。真っ白な雲を誰かが奥の方へ力尽くで押しやったかのように空がいつもよりも遠く感じる。


 まあ、梅雨明けと表現するには日にちが経ち過ぎている。夏祭り前に梅雨何てとっくに明けていたんだし、なんなら俺は現世から愛用している学生服に戻っている。暑くはないが寒くもない。秋の始まりを感じるぐらいの涼しい気候だ。


 だから、この天気も神様って粋なヤツが俺たちの出航に合わせてくれた贈り物だと思い込むことにしよう。


 そうやって自分を鼓舞していると――


「はぁ……」


「どうしたんだよ? 溜息ばかりしていると幸せが逃げるぞ」


 俺が綺麗な空をジッと眺めていると真横から珍しく小さな溜息が聞こえて来た。リーネだ。人生を上手く楽しむために必要な三種の神器である自信と愛嬌、行動力を十分すぎるほど持っている我らが船長が珍しく頭を抱えて悩んでいたのだ。


「……私は常に幸せだから、あなたにお裾分けしているのよ。感謝しなさい」


「そこまでの軽口が叩けるのならまだ大丈夫だな」


「もう、私だって疲れてるのよ。ロバーツが急に行き先を変えるんだから」


「それは仕方ねぇよ。発見した古代ドワーフの遺跡が”死んで”いたんだからな」


「……なぁ、シュテン。その死んでいたって表現がいまいち俺はピンとこないんだけどよ。遺跡に死んだもクソもないだろ。壊れてたなら理解できるけどさ」


「そっから説明しねぇといけねぇのかよ」


 シュテンは角の付け根辺りを人差し指でボリボリと掻き、心底面倒くさそうにそう言った。どうでもいいがやっぱりそこって痒くなるんだな……


「はぁ、面倒くせぇーな」


「あら、溜息をすると幸せが逃げるらしいわよ」


「……うるせぇよ。オレはお前と違ってこの世に生れ落ちてからずっと運に見放されてきたからなぁ。今更少し悪くなったって構わねぇよ」


「それは気の持ちよう次第よ。自分で自分をダメと思っているからダメな方へと引きずられるのよ」


「おっと、なんだ? 急に調子を取り戻したみてぇじゃねぇか?」


「ちょっと疲れてただけよ。私はいつも私のままよ。……でも、なんだか最近胸騒ぎがするのよね。何でかしら?」


「……知らねぇよ。そんじゃあ、ジンの話を戻すが古代ドワーフの魔剣の話はさすがに知ってるよな?」


「あー、何となくなら」


 呪具と魔剣と神具の話ならカツキとヒビキから聞いたことがある。それで確か魔剣は古代ドワーフが神に捧げるための武器の総称だったはずだ。そして古代ドワーフの技術は途切れてしまって今はもう作ることができないとか。


「まあ、もー、それでもいい。今回ロバーツが見つけて、オレたちも向かうはずだった遺跡が魔剣なんだ」


「すまんが、意味が分からない」


 遺跡が魔剣って言われても字面どおりに受け取ると意味が分からないの一言に総括されるはずだ。いや、待て。魔剣とは古代ドワーフが神に捧げるための武器の総称だったはずだ。ならば――遺跡が武器って何だ?


「面倒だから古代ドワーフが生み出したものをすべて魔剣と言うことにしたんだよ。これで納得したか?」


「ああ、納得した。黙って聞く」


「よし、それでいい」


 シュテンに睨まれた。正直大人げない対応だと思うが本当に鬱陶しかったのだろう。それと人に説明するという行為が本心から煩わしいのだろう。その二つの負の感情が合わさった結果、俺は黙れとメッセージを込められたシュテンの瞳に睨まれたわけなんだけど……


 バッドコミュニケーションだったなと内心で反省しつつ、俺はぐっと口を閉じてシュテンの話に耳を傾けることにした。


「オレたちが”死んだ”って呼ぶのは魔剣の、つまり遺跡の効力がなくなったからだ。形は何も変わってねぇ、ただし摩訶不可思議な効力が完全になくなっちまって今をドワーフからすらも見放されちまった。それがこれから行く古代ドワーフの遺跡だ」


「……そういえば古代ドワーフの魔剣とか、ヒビキの武器とか、そんな不思議なヤツってどうやって作ってるんだ?」


「知るか!」


「何だよ、今日は機嫌が悪いな。まあ、いいや。それでその死んだ遺跡ってのは危険なのか?」


「死んでるんだから危険はねぇよ」


「……まあ、これから行く人喰い迷宮には何があるか分からないけどね。あっちはまだ”生きて”るんだし」


「そうだよなぁー、できれば思い出したくなかったのに」


 頼むから人喰い迷宮なんて物騒な名前をつけないでくれよ。目的地の名前を聞くだけで憂鬱になるだろ。一体何処の誰が名付けたんだよ。アリアさんの話を聞く限り富や名誉を求めて挑戦したバカな男どもはいつの時代も一定数いたらしいが、迷宮から帰って来たそいつらの姿を見た人は誰もいない。それに内部に入れないからそいつらの遺体どころか、遺品すら回収できないという話をもとに人喰い迷宮なんて不名誉な渾名をつけられたらしい。


 ……本当に今からそんなヤバい場所に行くのかよ。いや、結局行くんだけどよ。


「男ならいい加減覚悟決めろよ。ほら、見えて来たぞ! つっても人喰い迷宮の場所はあそこから半日以上はかかる山中にあるらしいから安心しろよ!」


 俺は背中をシュテンにバシバシと痛いほど叩かれながら、そっと海の向こうの大陸を見上げる。これでレナトゥス大陸は三回目の上陸になるな。


「……頑張るか」


 俺はポツリとそう呟いた。ずっと嫌だ、怖い、と思っていたはずなのに身体の芯から熱い何かが込み上げてきた。何でだろうと熱く胸を叩いてくる心臓に手を当てながら俺は答えを求めるかのようにリーネの方を見ていた。


 完全に無意識だった。リーネも俺の心のうちまでは分からないだろうし、見ても仕方ない。そう思っていたのに彼女の顔を見て答えが見つかった気がした。


 さっきまで暗く、憂鬱そうな顔をしていたリーネの表情が心なしか明るくなっている。ああ、そうか。彼女も、俺もその事実にワクワクしているのだ。新たな冒険へのワクワクは誰にも止めることができないのだ。


 左舷が白波を弾き、青空が心地よい塩風を運んでくる。正面に見えるレナトゥス大陸はまるで俺たちの上陸を今か今かと待ちわびているかのようだ。俺が気付かないうちに新しい冒険の始まりが足音を立てて近づいて来ていたのだ。




 ※ ※ ※ ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「よーし! そんじゃ、てめぇら荷を運び出すぞ!」


 シュテンの海を震わせたかと思うほどの大きな一声で俺たちは動き始めた。ロバーツさんの所の船員たちが簡易的な桟橋を数か月のうちに作り上げたらしく遺跡の近くまで船で直接向かえるのでとても便利になったと聞いた。それまでは近くの街から陸路でここまで移動して調査していたようだ。


 その恩恵を得ている俺たちは彼らに感謝しなけらばならない。そうでないと重い荷物をすべて担ぎ、人喰い迷宮まで移動しないといけなかったからだ。本当にみなさん、お疲れ様でした。


「おー、カツキ。夏祭り以来だな!」


「うん? ああ、待ってたぜ、ジン。今回はエルフの里の時とは逆だな!」


 指示を出していた人物に見覚えがあり、近づいてみるとカツキだった。彼もちょうど俺の存在に気が付いたようで目が合った。俺がカツキに向かって手を伸ばすとパンッと乾いた音が響いて掴まれた。彼とは抱擁を交わすような関係ではないが、出会うたびに握手だけはしている。いや、それは一体どういう関係なんだ?


「……なあ、カツキ。気になってたんだけどあの後、お前の弟と会えたのか?」


「会えたぞ、会えた。ジンに言われた通りに追いかけて久しぶりに一緒に食事をしたんだけどよ。何にも変わってなくて安心したけど逆に不安にもなったな」


「そうか! それは良かったな!」


「……ねぇ、二人とも。男の同士で友情を確かめ合うのはいいけど、先にロバーツのもとまで案内してくれないかしら?」


 コツコツと足音を立てて、俺の後に続くみたいにリーネが桟橋に降りてきた。


「あー、うちの船長ですか。オッケーです。案内します」


「迷惑かけてごめんなさい。いつもありがとね、カツキ」


「いえ、いえ、これがオレの役割ですから」


「……損ばかりしてるわね。他人にばかり気を遣ってるといつか後悔するわよ?」


「構いませんよ、これがオレの選んだ結果ですから」


「そう」


 満足そうに二人は微笑む。先ほどの会話の応酬にどれほどの意味が込められているのは俺には分からないが、常に我が道を行くリーネと他人を気に掛けているカツキだからこそ見えるものがあったのだろう。それをわざわざ聞き出すのは野暮だし、二人が満足そうだし別にいい。


 カツキは『こっちです』と先導するかのように歩き始めた。そのカツキの後ろについていくリーネを見送っていると、俺が立ち止まっていたことに気が付いた二人が『早く来いよ』とでも言いたげな瞳でこちらを見て来た。


 『え、俺も?』とは思いつつ、拒否が出来ない雰囲気を感じたので黙って二人の影に隠れるように付いていくことにした。桟橋からチラチラと見える建造物がロバーツさんが発見した古代ドワーフの遺跡だろうか? そしてこれよりもデカい人喰い迷宮にはどんな危険があるんだろうか?


 そこからしばらく三人で談笑しながら移動していると、いつの間にかロバーツさんの眼帯と同じ意匠を凝らした海賊旗が掲げてある船の上にいた。


「ねぇ、こっちの遺跡はもう調査を終えているの?」 


「オレたちにできることはすべて終えたって感じですね。遺跡の七割ぐらいが水没していて掘り下げるのが難しんですよね。記録はしているので保管している資料を……いえ、そうですね。後で遺跡の内部を見ていきますか?」


「え、それはもちろん嬉しいけど……」


「俺たちは人喰い迷宮に捜索もとい救助をしに行くんだろ? こんなところで時間を無駄にしても大丈夫なのかよ?」


「いや、もうアイツらがあの迷宮で消息不明になってからもう二週間も経っている。……それにオレたちは万全を期して向かわないと木乃伊取りが木乃伊になるってもんだろ?」


「……ああ、そうだな」


「悲しそうな顔をしないでくれ。アイツらも覚悟の上の行動だったんだろう。オレたちは船長の『遺品ぐらいは持って帰ってやりたい』って意志をできるだけ叶えたいだけだよ。短い期間だったが同じ釜の飯を食ったヤツらなんだ。アイツらを助けられなくてもよ、アイツらの家族には出来るだけ多くの何かを持って帰ってやりたいって思うのが人情だろ?」


 そう言うとカツキはこちらに向かってニコっと笑いかけてくれたが、その笑顔は悲しい感情を上手く隠しているように思えた。


「そうね。私だってロバーツの立場なら同じことをするわ。でも! 急に予定を変えるのは悪癖よ。迷惑するのはこっちなんだから、注意しておいて!」


「ハハハ、それはオレだって苦労しています。何度言っても分からないから諦めてしまいました。まあ、うちの船長は勘が鋭いのでなんやかんやでいつもどうにかなっていますよ!」


「……リーネもロバーツさんとあんまり変わらないだろ」


「ジン、何か言ったかしら?」


「いや、何でもない。何も言っていない」


 リーネの言っていることは痛いほど理解できるが俺はどうしても彼女の言い分が我慢できずにボソッと聞こえない程度の声で悪態を吐くと、予想よりも遥かに耳聡いリーネが燃えるような赤い瞳で獲物(おれ)の姿を捕らえた。


「あ、二人ともちょっと待っててくれるか? トール! トール! こっちに来てくれ! 紹介したいやつがいる!」


 リーネが意地悪そうな笑みを浮かべて楽しそうに俺を問い詰める直前、カツキが遠くの方にいる誰かを呼び止めた。突然、彼の張り上げるような声に驚いてしまったが、そのおかげで俺は何とか命拾いしたみたいだ。


 俺はこのチャンスを逃さないようにリーネから視線を逸らしてカツキが呼び止めた人物のことを見る。隣にいる彼女からは不機嫌そうな気配を感じるが気のせいだと割り切ることにした。


「……何?」


 カツキに呼び止められたトールという少年はテクテクと嫌そうな顔をしながら俺たちに近づいてきた。人と話すのが久しぶりだとでも主張するかのように掠れて、小さい声だった。さっきまでこの少年はサボっているみたいに壁に背を預けて、人混みから少し離れた所でポツンと孤立していた。


「前に話しただろ? こいつがジンだ。あ、リーネル船長とも話すのは初めてだったよな?」


「……」


 こちらに向けられた真っ黒に塗り潰された瞳からは何も読み取れない。彼は俺たちのことに本当に興味がないようだ。


「あなたがトールね? 私の名前はリーネル。あなたのことはロバーツやレインから聞いているわ! これからよろしくね!」


「……よろしく」


 まるで群れを成して地面を這っている蟻でも観察しているかのように、心底どうでも良さそうな視線で俺たちをジッと見つめてくる。リーネが朗らかな挨拶をしているに彼は彼女のことをまるで見ていない。むしろ俺のことを見ているような――


「あ、トールのことはジンにも何度か話したことがあったよな?」


「もしかして……」


 俺とトールの視線が交差した。トールと名前には聞き覚えがある、俺は彼とずっと会える日を楽しみにしていたんだ。先ほどまで打って変わり俺は興味がなさそうな彼の姿を上から下までじっくりと観察することにした。


 歳は俺よりも下だろう。まだ幼い彼の顔立ちから判断すると高校生ではなく、中学生ぐらいなのかもしれない。前髪は目にかかるほど長いはずなのに、ヒビキのように綺麗に整えているわけではないのか全体的にボサボサとしている。まるでモップのようだ。たぶん他者に無関心な黒い瞳と同じく彼は自分自身のことにも無頓着なのだろう。そして何より俺が彼に興味を持ったのは服装だ。


 学校によって何種類もあるはずなのに、一目で学生服だと理解できるのは現世で生活していたものにはすでにイメージが固定化されているからだろう。俺と似たような真っ黒な制服は彼の成長途中で小柄な身体には一回り以上大きい。ぶかぶかだった。その現世でよくあった『アンタは成長期だから、どうせもっと身長が伸びる』という親からの一方的で恥ずかしい愛情すらも今の俺には懐かしいと感じる。


「……トールじゃなくてトオル」


「ハハハ、分かってるよ。ジンにリーネル船長、改めて二人にも紹介しておくぜ。こいつはトオル、ジンと同じ境遇だ。仲良くしてやって欲しい」


「……別にそんなこと求めてないけど」

 

「いつまで経っても素直じゃないな」


 トールは、いや、トール君って実はかなりの人見知りなのかもしれない。一瞬だけ眼鏡越しに目が合ったと思ったらすぐに目を逸らされてしまった。それにずっとカツキの後ろに立っていて、いつでも逃げれるように距離を置いている。


 というかもうすでに嫌そうな顔をしている。もう飽き飽きだとでも言いたげに溜息を吐いた。まるで……いや、話が逸れてしまったな。


 目の前にいる中学生ぐらいの猫背の少年は俺と同じく黒い制服を着ている。その事実が示すことは――彼は俺と同じ現世出身の、同郷の少年ということだった。


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