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第六十三話 『見せたいもの』


「ニコさん、約束通りのものを取りに来ましたよ」


「約束? おー、これはジン君。目一杯お祭りを楽しんでいますね」


 傾いてきた日が街を朱色に染め始めた頃、俺は口を尖らせておどけていた表情をした、いわゆるひょっとこのお面を被ってイカ焼きを齧りながらニコさんのやっている屋台に訪れていた。


「はい、それはもう」


「……そうですか。そこまで言いきられると羨ましいを超えて微笑ましいですね。ワタシ、あれ、うち――」


「ワタシですよ」


「おー、もうずいぶんと慣れましたね。よければ助手に来ますか」


「行きませんし、行けません。それに俺たち二週間近く毎日のように顔を合わせてたんですから慣れるのは当たり前ですよ。あ、それよりも”綿菓子”の調子はどうですか? 売れていますか?」


 ニコさんの対応はここ二週間で完全に学んだ。ニコさんの一人称と二人称がブレブレになるのはいつものことだし、もうなぜだろうとも疑問にも思わない。そうではなく俺はここに綿菓子機の様子を見に来たのだ。


「あー、売れていますよ。まあ、もし全部売っても赤字でしょうがねー」


「え! なんで!」


「そりゃあ、突貫作業のやっつけ仕事で用意した綿菓子機がそこそこいい値段するからですよー。それに急ピッチの急ごしらえで準備した中双糖(ザラメ)も高かったですし」


「あー、費用の問題ですか。知らなかったですけどそんなしたんですね。というか今思うとヘンリーさんもよくこんな無茶な提案に乗ってくれたな。信用のないこんな子供の提案に……」


「おや、おや、自分を卑下するものじゃありませんよ。実際に行動した者はそれだけで評価されるべきですからね。それになんやかんやで楽しかったじゃないですか。……材料を準備するのはとっても、とっても大変でしたが」


「いや、そんな二回も繰り替えさなくても俺だって分かってますよ。こっちにもザラメがあって良かったですけど」


 こっちにザラメが売っているのかそのことに気が付いたのはニコさんが綿菓子機の設計図を書き終わってからだった。売られているだろうという当たり前の思い込みのせいでヘンリーさんに負担を掛けてしまった。というかザラメがなければその時点で俺の計画は頓挫するところだったから本当に危なかった。


 ニコの工房は面白そうという感情が原動力でモノづくりをしている人たちの集まりなのだから、俺がもっと計画的に動かないといけなかった。いや、ザラメが現世の何時代にできたかなんて普通の学生だった俺には微塵も見当がつかないけど……


「単純に甘いモノはお金になりますからねー、それにあの人紅茶が好きですし」


 俺の考えていることを先読みしたかのようにニコさんはそう言ってきた。


「……ヘンリーさんですか。あ、それよりも綿菓子機は?」


「綿菓子機? あー、聞いて下さい。ついさっきリーネたちが遊びに来てくれてたのにタイミングが悪く壊れてしまったんですよ。まあ、壊れやすい部品はあらかじめ予備を作っておいたので別にいいんですが、食べさせてあげられなかったことは残念です」


「へぇーそうなんですか。いや、そうじゃなくて試作機の方ですよ! くれるって話だったからわざわざ取りに来たのに!」


「まあ、まあ、そんなにカリカリしないで綿菓子でも食べて落ち着いてくださいよ」


「……いや、甘いものはしばらく遠慮します。もう十分食べたので」


 綿菓子機を組み立てる段階になって何度も、何度も、ニコの工房で試食した。甘いものは嫌いじゃないけどもう目に入るだけで鬱陶しいと思うようになってしまった。もう三年ぐらい綿菓子は食べなくていいかな……


「そうですかー、まあいいですけど。あ、それとジン君にあげるはずだった試作機は黒鬼さんがもう持っていきましたよ?」


「黒鬼さん? シュテンが?」


「はい、確か三日ほど前に工房を訪れた黒鬼さんが『ジンから頼まれてしかたなく綿菓子機?ってやつを取りに来てやったぜ』と言っていたので渡したのですがダメでしたか?」


「……あー、そういえば」


 俺は時間稼ぎをするようにそう呟くとゆっくりと記憶を辿っていく。疲れてすぐに寝る生活をしていたせいで靄がかかったみたいに何も思い出せない。三日前、三日前、三日前か……


 あ、そうだった。俺は玄関でたまたまシュテンと会った時のことだ。『お、今帰りかよ。大変だな』と居酒屋に向かう前のシュテンにでくわして俺が『シュテンはまた飲みに行くのか? もし暇なら、俺の代わりに取りに行ってくれよ』と冗談交じりにそう言ったのだ。


 いや、疲れていたせいか俺は今まで忘れていたがシュテンのヤツ本当に取りに行ってくれたんだな。『台車とかあるかな』と悩んでいたのに意味がなくなったな。まあ、正直に言うと滅茶苦茶ありがたい。今度お礼を言わないといけないな。


「すいません。こっちの報連相に問題があったみたいです。主に俺にですが」


「いえ、いえ、気にしていませんよ。それよりもジン君は今時間がありますか?」


「まあ、一人なんで時間は有り余っていますけど。まさか、今から手伝えなんていいませんよね?」


「大丈夫ですよー。ワタシはそこまで鬼じゃありませんし、人手は十分すぎるほど足りています。でも綿菓子機を足踏み式にしたのは失敗でしたかね。人数に対して効率が悪いです。もっと――いえ、これはこっちの話でしたね。もしジン君に時間があるならお姉さんが相談に乗ってあげようかと」


「相談? いや、俺が悩んでいることなんてないですよ。ほら、見ての通りこの祭りを楽しんでいますし」


「ジン君は本当に楽しんでいますか?」


 橙色の髪がふわりと揺れた。ニコさんのおっとりとした雰囲気に合わない三白眼の鋭い瞳がジッと俺の顔を覗き込んでくる。


「……目が怖いですね」


「そうですか? ワタシはそこまで気にしたことがないんですが」


 俺はどこか見透かしてくるニコさんの瞳に少しだけ恐怖を覚えていた。モノづくりに熱中している時の彼女の瞳と同じだ。傍から見ていると怖いと思うほどの集中力で、真っ直ぐの瞳で、今の俺を見ないで欲しい。


「まあ、悩みというほどのことじゃないですよ。一人っきりで夏祭りの屋台を回るのが寂しいと思ってるぐらいですね」


「それならリーネたちの後を追えばいいじゃないですか? 確か向こうに行きましたよ」


「……合流するにはもう遅いでしょ。それに結構適当だし」


「かもしれませんね。だってそれは本当の悩みじゃないでしょう? その恰好だっていかにも『私はこの祭りを楽しんでますよ』と誰かにアピールしているようじゃないですか? いえ、もしかしてジン君自身にですか?」


「……ニコさんってメンタリストとか向いてそうですね」


 着々と俺という人間がニコさんによって分析されている。まるで鋭利な包丁で捌かれるのを待つしかないまな板の上の鯉になった気分だ。


「まあ、そうですね。正直に言うとヘルガに断られたことが以外と尾を引いてるのかもしれませんね」


「ヘルガ? あ、そっちが噂になってたエルフの娘なんですね。もしかしてジン君はそのヘルガちゃんが好きなんですかー?」


「……たぶん好きとかじゃないです。だけど――」


「だけど?」


 ニコさんにそう言われて俺は真剣に振り返ることにした。勝手に積み上がっていた人生すべてを振り返ることにしたのだ。この世界に来てから、いや、来る前からここまで人のことをここまで気に掛けたことはない。


 ヘルガに対して固執に近い、特別な感情を向けることに自分自身気持ち悪いと思うことも、”なぜ”と思うことも確かにあった。初めて会った時の感想は『エルフがいる』だった。初めて話した時の感想は『勝気で生意気なヤツだな』だった。なら今はどうなんだろう? いや、もう決まっているな。


「ずっと笑っていて欲しいと思っています」


 たぶんあの夜に俺は自分と彼女を重ねてしまっているのだ。自分と同じような傷があった彼女を特別気に掛けている理由はこれだろう。だから、俺はヘルガに笑っていて欲しい。部屋の中で閉じこもっていないで元気な姿を見せて欲しい。そう本心から思っている。


「それは……いや、これ以上は野暮ですね。この綿菓子機を作ったのも、もともとは彼女を喜ばせたかったのでしょう? どうして連れて来なかったんですか?」


「いや、喜ばせるっていうよりも見返したかったんですよ。俺がエルフの里でした話はすべて本当だって示したかったんですよ。まあ、断られたんですけど」


「素直じゃないですね。まあ、いいです。ワタシの見せたいと思ったのなら、迷惑なんて考えずに自慢してもいいと思いますよ?」


「いやだから、断られたんですって!」


「それでも自慢すればいいじゃないですかー? サプライズされて嬉しくない女の子はいないと思いますよ」


「断られても自慢してくるヤツってただの鬱陶しい迷惑野郎じゃないですか」


「実際、サプライズなんてほとんどが鬱陶しくて迷惑なモノですよー。お菓子ならともかく大抵のものは置き場所に困るだけですしー。あ、ジン君。櫛とハンカチと刃物は贈ってはダメですよ。縁起が悪いですからね」


「いや、どうでもいいですけど。それにニコさんが言うようにサプライズが困るのなら余計しない方がいいじゃないですか」


「それでも嬉しいと思うのが女心というものですよー。まだまだ勉強不足ですね」


「……難問ですね。解ける気がしません」


「焦らなくても大丈夫ですよー、人生でたった一回正解できればいいんですから」


 ニコさんはそう言うと目を細めて優しく微笑んできた。いや、たった一回正解すればいいって要するにお前はモテないってことなんじゃないのか? ニコさんに他意がないのは分かっているんだけど『お前はモテない』って意訳をそんな真っ正面から言われるとちょっとだけ気になってしまう。


「ジン君、自分が見せたいからでいいんですよ。自慢も見栄も自惚れもワタシたちの仕事の一つですから」


「……それ俺を勝手に助手にしてません?」


「おや、おや、バレてしまいましたか。ですが、問題はもう分かっていて、答えももう出ている。なのに手を打たないのはただの怠慢ですよ。心のままに行動しないと。当たり前のことですが後悔はしてからだと遅いんですよ?」


「ですが……」


「『ですが』じゃないですよ。人生はたった一回しかないんですから楽しんだもの勝ちです。あ、そうだ。黒鬼さんは試作機は庭に置くと言っていましたよー?」


 ニコさんはまるで『どうするんですか?』とでも言いたげに俺を見つめてくる。手を打たないのはただの怠慢か。


 とても耳の痛い話だ。そうだよな。こんなモヤモヤとした暗い気持ちを自覚させられて、このまま祭りを楽しめるのか? いや、楽しめないだろうな。後悔はしてからだと遅いのは当たり前だが、俺は現世で後悔を残したまま死んだのだ。それに俺はまだ賽を振っていない。


「……そうですね。なら、ちょっとだけ頑張ってみます」


「それがいいですよー。頑張ったって言えるぐらい頑張って、もしダメだったらきっぱりと諦めればいいんですよー」


 ニコさんの言葉を受けて俺はヘルガが一人でいる屋敷に戻ってみることに決めた。諦めが悪いと自分でも思うが彼女をもう一回だけ誘ってみよう。それにもし断れてもいいようにそこら辺にある屋台で色々な物を買いながら……

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