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第五十三話 『奇異な目』


 天候に恵まれたおかげでレナティウス大陸から二週間も経たない程度でイナミ村が見えてきた。そしてイナミ村で一日だけ滞留した後に、海よりも流れが速い三途の川を船で通り三日で黄泉の国に着船した。


 イナミ村ではイサヒトさんに挨拶しようかと思っていたが体調が良くないらしく会えなかった。それに約一ヶ月程度の航路で疲れてしまったこともあり、一日しか村にいないならまた今度の機会でいいやとも思ってしまった。


 「……ここが、黄泉の国」


 昼下がりに禊木町の港に船が到着してからヘルガは耳をピクピクと動かして興奮を隠しきれていない。まあ、ずっとシュティレ大森林で暮らしていたなら人間の生活自体が珍しいのだろう。


 というかやはりこの国の文化って以外と進んでいると改めて思う。たぶん日本でいう明治時代ぐらいには発展しているっぽい。


「それで? どう思ったんだよ?」


「え、何が?」


「決まってんだろ、この街を見た感想だよ」


「うーん、そうね」


 シュテンが揶揄うような口調でヘルガに尋ねた。彼女は一度目を瞑り空気を吸った。この国のすべてを味わい尽くすような彼女の仕草を見ているとなぜか俺たちの間に独特な緊張が走った。たぶんミシュランで星を獲得するときの審査はこれと同種の緊張感があるはずだ。


「空気が悪いわね!」


「ダメだし!?」


 こういうのって褒める所から入るんじゃないのか? いや、無理に取り繕うよりも素直な感想の方が好感が持てるかもだけど……


「ハハハ! 言ってくれるな!」


 酒が入っているせいか上機嫌なシュテンがバシバシと彼女の背中を叩いた。


「でも仕方がないですよ。シュティレ大森林と比べてしまったら、私だってそう思ってしまいます」


「地獄は穢れた土地。『穢土』と呼ばれているくらいですからね」


 レインちゃんとアリアさんの二人が遅れて船から下りて来た。


「エド……ああ! 地獄のことね! 一度行ってみたかったのよね!」


「お前スゲェこと言うな。あんな場所、好き好んでいくような所じゃないだろ」


「おい、ジン。オレの故郷にケチつけるなんてデカくなったなぁ?」


「いや、ちょ、そんなつもりは……」


 俺が言い終わるよりも素早くシュテンの黒い腕が首に絡み付いてきた。首が太い腕に圧迫されて締まっている。


「あ、そうじゃない。アンタは出身が地獄なんでしょ!? なら、ワタシもついでに連れて行ってよ!」


「……そりゃあ、ダメだな。黄泉の国で生活しているオレたち鬼の間には閻魔様が定めた規則がある。その一つに三途の川を越えた人間は亡者として扱うって規則があるんだ。これはエルフも同じ扱いだぜぇ?」


「つまり一度でも地獄に足を踏み入れたら帰ってこれないこと?」


「そういうわけだな。もしそれでもよかったら連れて行くぜぇ!」


「嫌よ!」


 ヘルガは警戒した猫のように飛び跳ねてシュテンから距離を置いた。というか待ってくれ、シュテンの話が事実なら……


「……なあ、シュテン。これは素朴な疑問なんだが。もし俺が、あのまま小舟で地獄に連れて行かれてたらどうなってたんだ?」


「もちろん。オレたち鬼が責任をもって地獄に連行していたぜぇ! 運良く黄泉の国まで逃げ延びても、地獄に一歩でも足を踏み入れた時点で、街にいるオレたちと鬼ごっこだったなッ!」


「怖えよ!」


 ミレンに連れられて地獄に行ったらここから見える角の生えている鬼たちが全員俺を目掛けて襲い掛かってくる可能性があったわけだ。ただのホラー映画だろ。


「何をそんなに騒いでいるのよ?」


 アリアさんとレインちゃんの後ろから降りて来たリーネがキョトンとした顔でそう告げた。ヒビキの奴は街に着いて早々どこかに消えてしまった。たぶん黒之助さんがいるあの鍛冶屋だ。『刀が…』と呟いていたからたぶんそうに違いない。


「……いや、なんでもないよ。ただ後もう少しで取り返しのつかないことになっていたことに気が付いただけだ」


「それって、かなり重大なんじゃない? まあ、いいけど……」


「そんなことより、リーネ。オレたちのこれからの予定は? 次はどんな仕事が待ってるんだ?」


「そうね………すぐにでもロバーツと話をするわ! でも、さすがにあなたたちにも休息をあげないとね。古代ドワーフの遺跡はかなり先になりそうだわ」


「「「おお!!」」」


 俺を含めて少なくない数の歓喜の声が上がった。


「ってことは、ここで解散か?」


「ええ、そういうことになるわね。あ、でもジンとヘルガは私に付いて来て”藤の花”に寄って行くわ」


「え、別にいいけど。何でだ?」


『藤の花』とはリーネに案内された和菓子屋の名前のはずだ。サクラコさんとコノハがいる。そうコノハがだ。というか紹介するのはヘルガだけで俺は関係なくないか? 


 そんな視線をリーネに送るが、俺よりも先に困った顔をしたレインちゃんが口を開いた。


「……それって騒ぎになりますよね」


「それは遅かれ早かれよ。どっちみち同じなら早い方が気が楽でしょう?」


「ヘンリーさんにとっては胃が痛い話ですね」


「大丈夫よ! ヘンリーの胃は丈夫だもの。きっと許してくれるわ」


 事情を汲み取れない俺とヘルガは目を合わせて首を傾げた。騒ぎになるってどういう……ああ、そうか。エルフが街を歩くからか。


 この街にはエルフもドワーフもいないって言っていたもんな。そりゃあ、存在は知っていても俺みたいに驚くことになるだろうな。彼女たちが話していることがやっと腑に落ちた。そんなことを考えていると――


「ねぇ、フジノハナって何よ?」


 ヘルガが俺の学生服の袖を引いて小さな声でそう話し掛けてきた。


「ああ、和菓子屋だよ。和菓子屋!」


「ワガシヤ?」


「ああ、そうだった。和菓子っていう日本の伝統的な……」


「二ホン?」


 これから俺は日本から説明しないといけないのか? いや、まず俺の知識がこっちでも役に立つのか? 和菓子一つ説明するにしても現世とは成り立ちからして違うんじゃないのか? 


「ちょっとどうしたのよ?」


「いや、何でもない。和菓子っていうのは海の外から新しく入ってきた菓子を区別するためにできた言葉で、要するにこの国に元からある甘い菓子のことだ。和菓子屋はそんな羊羹や饅頭、最中っていう菓子を売っている店のことだ。藤の花の商品を見た感じ餡子を使ったものが多かったな」


 まあ、取り敢えず俺の知っている知識でいいや。間違っているかは後でリーネたちに聞けばいいしな。だけど、細かいことは違ったとしても売っている中身が同じなんだから意味自体が的外れってことはない思うけどな……


 するとヘルガは俺が口頭で伝えた説明を頭の中で整理するためか顎に手をやり考えるような素振りをしてから口を開いた。


「……甘いの?」


「とても」


「美味しいの?」


「ああ、美味しくて甘いんだ」


 ヘルガはそこまで言うと「……そうなの」と興味なさげに呟いたちょこんと少しだけ尖っている耳が犬の尻尾のように動いていて感情を隠しきれていない。


「ね、ねぇ、早く行きましょ! 早く!」


「お、おい!」


「え、あんたたち? ちょっ、ちょっと待ちなさい! あ、後は任せるわねアリア!」


 俺はヘルガに力尽くで地面を引きずられるように移動していた。それに気付いたリーネがアリアさんにそう言い残すと急いで俺たちの後を付いてきた。古今東西、いや、例えエルフであっても甘い食べ物の魅力には敵わないみたいだ。


 というか俺はリーネが振り回されている場面を初めて見たかもしれない。いつもはリーネが俺たちを振り回しているのに……恐るべし、ヘルガの好奇心。



 ※※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 江戸時代と明治時代を無理に混ぜ合わせたような印象を受けるこの街並みには未だに慣れない。いや、当然だな。怪我をしたせいで俺は現世からこっちに来て基本的には船の上かエルフ里でしか生活していない。


 というかこの街で活動したのは実質三日ほどだから俺もあんまりヘルガと変わらないよな。少しだけ現世の知識があるせいで馴染めているぐらいだ。後ろを歩いているヘルガを見ると興味津々だと全身を使って表現しているようにキョロキョロと忙しなく頭を左右に動かしている。


 だから、俺は藤ノ大路までの見慣れない道をリーネに案内してもらいながら会話を続ることにした。


「なぁ、答えてもらってないからもう一回聞くけどさ。なんで俺を連れて来たんだよ? 紹介するならヘルガだけを連れて行けばよくないか?」


「あなたも二人とは全然話せてないでしょう? それにヘルガはまだ緊張しているみたいだし、仲がいいジンを連れて行った方がいいかと思ってね。でも、私の方が彼女との付き合いが長いけどって考えたら少しだけ悔しいわね」


「……リーネって意外と色々ちゃんと考えてるんだな。俺の時もそうだったけど」


「当たり前でしょう。私は完璧な船長だもの。それに女の子同士が仲良くなるためにはいろいろと気を遣わないといけないことがあるのよ」


「……急に話が生々しくなったな」


 現世でもこっちでも人との付き合いって変わらないんだな。


「それと……いえ、これはいいわね」


「何だよ、途中で止められる方が気になるだろ」


 現実に失明しそうになっているとリーネが気になる会話の区切り方をしてくた。なので、少し踏み込んでみるとリーネは俺から視線を逸らした。『機嫌を損ねたか?』と思って俺が顔を向けるとリーネはポツリとこう呟いた。


「サクラコが帰って来たら顔を見せろって煩いからよ」


「………ハハ」


「ジン、何を笑っているの?」


 リーネとはサクラコさんの関係を少しだけ不思議に思っていたのだ。だけどやっと腑に落ちた。たぶん母親と子の関係なんだ。血のつながりがあるかは知らないが、二人のことを母子の関係に例えるとしっくりきた。リーネの父のことはよく話に出てきたが、不自然なほど母親の話題が出てこなかったので口に出すのを遠慮していたのだが……そうか、サクラコさんがリーネの母親代わりなんだな。


「なによ、もう。気持ち悪い顔をして」


「気持ち悪いって——なぁ、俺の顔ってそんなに気持ち悪いのか?」


「ええ、にんまりとしている時はね」


「……そうか」


 気持ち悪いと言われたのはこれで三人目だ。一回目はエルフの里に着いたばかりのアセビに、二度目はヒュドラ討伐の時にレインちゃん。そして三度目はリーネの口から今この場で直接だ。いや、レインちゃんは気を遣ってくれたな。でもさすがに気を付けよう。


「ね、ねぇ。二人とも……」


「うん? どうしたんだよ?」


「何だかみんなこっちを見てない?」


 躊躇うような口ぶりでそう言ってきたヘルガが、ビクビクと怯えながら周囲を見る。俺もヘルガと同じように周囲の人々を眺めると興味深そうに俺たちに、いや、ヘルガに奇妙な視線を送っていた。


「本当だな、な、なんでだ?」


「分からないわ。ワタシ何か変なの?」


「……当たり前でしょう。ヘルガ、いえ、エルフという種族は森から出てこないって有名だもの。あっちでも、こっちでも初めて見る人が圧倒的に多いんだから。例えレナティウス大陸の町であっても同じような視線を送られると思うわよ」


 リーネが悩んでいた俺たちに呆れるような口調で答え合わせをしてくれた。よく耳を澄ましてみれば「なぁ、あれって……」「嘘だろ!?」「……綺麗」「……え、エルフだ」と口々に話している。まるで動物園の檻の中にでも入れられたかのような錯覚を覚えしまい少しだけ気分が悪くなった。


「大丈夫か?」


「………な、なんだかとても恐いわ」


 生まれて初めて味わう恐怖に怯えたヘルガは全方位から向けられる奇異な目から逃れるように俺とリーネの背中の影に隠れた。


「……どうすればいいんだ?」


 野次馬たちがヘルガを興味深そうに見てくるこの状況をどうすることもできない。というかこれって本当にどうしようも……


「これはもうどうすることもできないわよ。だから慣れなさい! 何も悪いことをしてないんだから、あなたはただ胸を張って歩けばいいの。今はちょっとみんなあなたの魅力に見惚れてしまってるだけよ。いつか必ずヘルガが街にいる光景が普通になる日が来るわ!」


 リーネがヘルガの手を取ると引っ張るように前に歩く。視線を背中に受けながら早歩きのような速度で二人は前に進む。


「あ、ちょっと待って………うん?」


 リーネが行く先、つまり前方から叫ぶ声が聞こえてきた。耳に意識を集中させるとパンと肉を叩くような音も聞こえてきた。小走りでリーネたちに追いつくと周囲の人だかりはある人物を囲むように広がっている。何か、ヘルガではない別の何かを見ているようだ。


「チッ! クソババアが!」


「覚えてろよ!」


「酔っ払いどもが! 喧嘩して人様に迷惑かけんじゃないよ!」


 顔が真っ赤になった男二人が人を掻き分けて逃げていく。体格の良いあの女性はサクラコさんだ。状況を整理していくとサクラコさんが酔っ払いの喧嘩を諫めたみたいだ。そうじゃないとここまで拍手が起こるわけがない。


「お、そこに居るのは! リーネルじゃないか! それにあんたは確かジンだったね!? なんだい帰っているなら先に顔を見せろっていつも言っているじゃないか!」


「だから、一番最初に来たんでしょう? 私たちは本当にさっき帰ってきたのよ」


「そうかい。無事でよかったよ」


 サクラコさんは俺たちの姿を見つけると一目散に向かってきた。ずんずんと遠慮のない足取りに俺ですら驚いたのだから、きっと初めて見るヘルガはもっと驚いただろう。


「それで何かあったのかい? 確かエルフの里に行ったんだろ? 土産話の一つや、二つ……」


 サクラコさんは途中で言葉を区切った。すると急に――


「ほら、あんたらも、いつまで見てるんだい!? とっとと自分の仕事に戻りな!!」


 と叫んだ。街のみんなも彼女には頭が上がらない様子でそそくさと散っていった。サクラコさんってこの街のお母さんって感じなんだな……


「それで、あんたは?」


「ヘルガよ。エルフの里で私たちの仲間になったの」


「………そうかい、あんたがヘルガかい」


「な、なによ」


 警戒しているヘルガに対してサクラコさんはずっと慈愛に溢れた温かい目を向けていた。そしてヘルガの太陽の光を反射して虹色に輝く髪を優しく撫でた。まるで私たちは怖くないよと子供に言い聞かせているみたいだった。


「よく来たね」


 俺はサクラコさんが怯えるヘルガに何を言うのかとドキドキしながらこの場を見守っていたが彼女がヘルガに向けた言葉はその一言だけだった。


「あんた和菓子は食べたことがあるかい」


「え、………ないけど」


「なら決まりだね! 私がこの街で一番美味しい和菓子でもてなしてあげるよ。ほら、あんたらもボーっとしてないで早く来なさい!」


「あ、もう勝手に決めないでよ」


 文句を言いながらもリーネは素直に従った。ヘルガは突然のことに戸惑いながらもサクラコさんに肩を掴まれてしまっていて逃げれないようだ。まあ、俺もこの場に残されても困るだけなのでついていくことにした。こうして俺とリーネ、ヘルガの三人はサクラコさんに連れられて和菓子屋『藤の花』に向かった。


 『藤の花』ではサクラコさん以外にもコノハが働いていた。リーネは我が物顔で振舞っていたが俺とヘルガはそういうわけにはいかない。だけど、そこで食べた和菓子は人生で一番美味しかった。まあ、そこまで詳しいわけでもないけど……


 ヘルガも初めて食べた和菓子に戸惑いながらも満足したようで、特にシンプルな白い饅頭が好きなようで目を輝かせながら食べていた。俺も食べたが滑らかな餡子ともっちりとした食感が合わさり何個でも食べれるほど美味しかった。


 ヘルガも『藤の花』で穏やかな時間を過ごすことができたようで良かった。だけど、一つだけ問題が生まれた。というか俺たちにとってはそれが最も大きな問題かもしれない。問題とはヘルガのことだ。


 ヘルガは初めて向けられた無遠慮な人の視線が怖くなったみたいで、日が立つごとにどんどんと屋敷の外へと出る機会が目に見えて減っていった。


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