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第二十九話 『了承』


「ヒュドラって蛇の怪物のことだよな?」


 静かになった大広間で俺の声はよく響いた。我ながらカーリ頭を下げたことで生まれた沈黙により空気が悪くなる前に口を開けたのは凄いと思った。まあ、この場の空気が読めていないだけなんだが……


「ああ、そうだ。我らエルフの間で伝承されてきたヒュドラとは巨大な胴体に九つの首を持つ大蛇の化け物のことだ」


 カーリは下げていた頭をゆっくりと上げると俺の質問に答えてくれた。


「おい、ジン。聞くことが違ぇだろうが! なぁ、カーリそもそもなんで討伐なんだよ? お前たちエルフの同胞の仇討なら勝手にやってろよ。それをオレたちが手伝うのは筋が通らねぇだろうが! ヒビキはどう思ってんだよ、お前いつもこういうことには口煩いだろ?」


「……はい、もし事情がそれだけならばボクも彼らの死に様を黙って見届けるつもりですよ。ですが誇り高いエルフがボクたちを頼ったという事実を踏まえれば報復ではなく、もっと別の事情があるのでしょう」


「あ? なんだよ。別の事情って?」


「シュテン、少し落ち着いて下さい。それを今から聞くのでしょう? ボクに聞くのはそれこそ筋違いです」


「……鬼という種族の気質はニンゲン以上に愚かしいようだな。話の途中に割り込みあれこれと文句をつけるな」


「はぁ!? お前が遅ぇのが悪いんだろうが!」


「……他責か、ますます愚かだな」


「うるせぇよ! つーか、エルフどもはなんでいつも上からなんだよ! 気に入らねぇな!」


「取り敢えず二人とも落ち着ましょう? ね?」


 シュテンとカーリの口喧嘩のような言い合いにレインちゃんが間に立って止めにかかる。


「レイン安心しろ。我らは常に冷静である。目の前にいる何処の馬の骨だか分からない男と違ってな」


「あ!?」


「だーかーらー、落ち着いて下さい!」


 この二人相性が最悪だな。エルフとしての誇りを何よりも重んじていて一言多いカーリと海賊として筋を通すことを重視している短気なシュテンでは会話が成立しない。まさに水と油だ。


 噛み合わない二人を見ているとレインちゃんは本当によく頑張っていると思う。俺は気まずそうに、ヒビキは興味がなさそうに黙っているだけなのに……


 いや、もっとスゴイのはアリアさんだ。アリアさんにいたっては子供の喧嘩を見守っている母親のように微笑んでいるだけだ。同じ円卓を囲んでいるはずなのに俺たちとはえらい違いだ。きっと海賊としてすごい場数を踏んでいるんだろう。そうじゃないとあそこまでの貫禄はだせないはずだ。


「………ヒュドラの話に戻すがいいな?」


「ああ、そうしてくれ!」


 俺が呑気にそんなことを考えている間にレインちゃんの頑張った甲斐もあって二人の言い争いは一旦は収まったみたいだ。だが二人の険悪な様子を見ているとまたいつ同じようなことが起こっても不思議じゃない。


「貴様らにも無駄な時間を取らせてすまなかったな。まずは先ほどのシュテンの問いに答えよう。貴様らはヒュドラの生態を知っているか? 不死身とも思えるほどの凄まじい生命力を持ち、体内で生み出した猛毒はその残り香を嗅いだだけで、嘗ての我らの同胞が三日三晩苦しんだ後に死亡したと父から聞いたことがある。それほど強力な毒を持つ怪物だ」


「それぐらいは教養としてヘンリーたちに教わったわ。それであなたたちは何で討伐にこだわっているの? 続きを聞かせて頂戴?」


「……レルネーの沼地、いや、ヴァイト沼地は遠い昔とても美しい場所だった。魔女の瞳と呼ばれるほど碧々とした湖は我らが魅了されるほど綺麗だった。だが今は誰も寄り付かない死んだ大地となってしまった。これがなぜだか分かるか?」


「……ヒュドラのせい?」


「そうだ、ヒュドラは魔素を喰い荒らし生きている。あの化け物は存在するだけでどれほど豊かな大地も魔素を吸い尽くし腐らせてしまうのだ。そして死んだヴァイト沼地で目を覚ましたヒュドラが次に狙っているのは我らエルフの住むこのシュティレ大森林だったということだ。これでなぜ我らがヒュドラの討伐を貴様たちに頼んだが分かったか、シュテン?」


「いちいちオレに噛み付いてくんなよ」


「あーちょっとごめん。俺まだ理解できてないんだけど、つまりヒュドラがこの森に来たらどうなるんだ?」


「……だから何度も言わすなよ、ニンゲン。ヒュドラが魔素を喰い荒らすとここにある霊樹がすべて枯れ果てるのだ。この説明なら理解できるか?」


「それだけならヒュドラから逃げればいいだけなんじゃないのか? この森から移住とかしてさ?」


 わざわざ死ぬかもしれない危険を侵さないでもさっさと逃げてしまえばいい。同胞の仇討なんて諦めてしまえばいい。この俺の考え自体が海賊たちには、いやこの世界では特殊なのかもしれないが……


「……それも一理ある。我らエルフはニンゲンやドワーフと違い魔素の濃さに関係なく生きていけるからな。だがここはもう故郷なんだ。私の父の代からここで生きてきた皆が眠る場所なのだ。できれば――いや、やめよう。これは貴様らに聞かせる話ではないな……」


 俺がカーリに聞いておいてなんだけどその話を途中で止めるのはズルいと思う。だってさっきまでカーリと関わりのない俺でも力を貸したいって考えてしまったんだから。まあ、力を貸すって言ってもヒュドラとかいう怪物相手に俺に何ができるんだって話になるんだけどさ。


「……それで返事を聞かせてもらおうか”海賊の娘”」


「あら、カーリ。せっかちね? いつものあなたらしくないわよ?」


「ああ、我らはもう覚悟を決めたのでな。たとえ貴様らがいなくとも我らエルフは里同士の隔たりを超えて団結しヒュドラ討伐に乗り出すつもりだ」


「本心では助けて欲しいと思っているくせに?」


「………」


 カーリはもう相手を心から気に掛けることもできないほど追い詰められているのだろう。その証拠にリーネの皮肉交じりの返しを意に介していない。そんな余裕もないようだ。ただ綺麗な緑色の瞳で俺たちのことを観察している。


「おい、リーネ。応えてやる道理はねぇ。さっさとここから帰った方がいい」


 そう真っ先に口を開いたのはシュテンだ。


「勘違いすんなよ、カーリ。オレがお前のことが嫌いだからこんなことを言っているわけじゃねぇ。ただオレたちに旨がねぇから言ってんだ」


「何だ。貴様たちはあの()でこちらに貸しがあるのではなかったか? それにシュテン、貴様は蛇退治は得意だと聞いていたのだがな」


「あ、蛇って、八岐大蛇のことを言ってんのか? あんなこともう二度と経験したくねぇんだよ。それにあの件って言っても借りはちゃんと返したはずだろ? この場で持ち出してくんじゃねぇよ」


 シュテンとカーリの言い合いがまた熱を帯びてきた。それにしても八岐大蛇だのあの件だの俺にはもうよく分からない。その二人の綱渡りのような緊迫した話し合いの最中にふとさっきから全く声がしないリーネのことを見ると両目を固く閉じて黙り込んでいた。何かを真剣に考えているようだ。


「ボク一人だけなら協力しても構いませんよ。ヒュドラの武功を挙げることができればボクの目的にさらに一歩近づけますから」


「お前は黙っていろよ。そのイカれた考えにオレたちを巻き込むんじゃねぇよ!」


「まあ、いいじゃないですか。それにボクは八岐大蛇退治に参加できなかったんですから。さっきからソワソワとしているレインはどう思いますか?」


「わ、私ですか!? 私はあまりそういうことには役に立てそうにないので……アリアさんはどうですか?」


「私の意見はいつもと変わりませんよ。リーネの意向に従います」


 そう言ったアリアさんを最後にこの場で円卓の机を囲む全員の視線がリーネに集まったのが分かった。俺がもし今のリーネの立場だったら冷や汗をかいて吐き気に襲われていることだろう。だが、リーネは先ほどまでと変わらずに燃えるような赤い瞳を閉ざしたままだ。何も反応がない。


 そんなリーネの反応にカーリは耐えかねたのか、呆れてしまったのか、この静かな大広間でしか気付かないほど小さな溜息を漏らした。


「…………貴様の父、ジョンならば即断しただろうな」


「おい、カーリ。それ以上口を――」


「よし、決めたわ!!!」


 カーリにシュテンがいよいよ怒りが爆発するかと思ったその直前でリーネがバンと大きな音と共に思いっ切り立ち上がった。燃えるような赤い瞳が真っ直ぐと衝突寸前だった二人のことを見つめている。


「レイン、今すぐにヘンリーに連絡して武器と人をたくさん送ってもらいましょう! だから早く伝書鳩を送ってきて!!」


「はい、分かりました!」


 レインちゃんが急いで大広間から出ていった。それを黙って見ていたシュテンが口を挟む。


「おい、ちょっと待てよ。リーネ、もしお前がジョンのことを気にしてんなら頭を冷やせ! あいつがいくら馬鹿だったとしても利益がなけりゃ――」


「大丈夫よ、シュテン。利益ってのはなければ作ればいいのよ。私はそうヘンリーに教わったわ!」


「……何が望みだ?」


「うーん、そうね。ならそこにあるユニコーンの角が欲しいわ! いくらあって困るものじゃないし!」


 意気揚々と彼女が指差したのはカーリの背後に布で綺麗に包装されて置いてあるものだった。あれがユニコーンの角なんだろうか? 俺は実物を知らないから何も言えないがヘルガに案内された水場で見かけたのはユニコーンの角は白く光輝いていたはずだが……


「ああ、それで構わない。討伐に成功した暁にはこのユニコーンの角をくれてやろう。だが本当にそれだでいいのか?」


「ええ、構わないわ! それに絶対に助けるって最初に言ったでしょ!」


「……そうか、ならば一つだけ謝らせて欲しい。先ほどは悪かった」


「父のこと? 別にいいわよ。ああ、でも勘違いはしないでね。父なら助けたとかは関係なく、私は私だからあなたたちを助けるの! それでいいわね!」


「……ああ、それでもいい。力を貸してくれるのならば」


 赤と緑の瞳がお互いのことを見つめ合い。手を取り合った。

 リーネとカーリの二人が、海賊と里の頭同士が固く手を取り合ったのだ。この決定に待ったをかける者はこの場にいない。だってリーネが決めたことだから。


 こうして俺たちはヒュドラ討伐に参加することが決まった。


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