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第二十八話 『頼み事』


「はぁ、はぁ、死んだかと思った。いや、もう死んでるけど」


「ハッハッハ、大袈裟だな。四大精霊様の加護があるオレたちがこの程度の魔法で失敗するはずがないだろう?」


 ホヴズに抱き着かれたままエルフの里に着いた。ヘルガとの道のりは徒歩で三十分もかかったのにほんの数分で里まで着いたのだ。エルフたちの魔法による飛行ってもうほとんど車みたいなものかもしれない。


 まあ、ホヴズに必死になってしがみつかないといけないので安全性はゴミみたいだったけど……


「面白いことをしていますね? ボクも体験してみたいです」


「ああ、ヒビキか」


「うぇ、ニンゲンもどきだ……」


 俺とホヴズは突然現れたヒビキをそれぞれ異なる表情で出迎えた。俺はもう慣れたので特に感情がなかった。ほとんど無表情だ。だが、ホヴズはまるで家でゴキブリを見つけたような嫌悪感が丸出しな顔だった。


「なあ、ヒビキ。ホヴズに何をしたらこんな表情(かお)されんの?」


「さぁ? ボクって彼に何かしましたっけ?」


「惚けるな! オマエはオレと初めて会った時にいきなり木刀で切り掛かってきたニンゲンだろうが!」


「ああ、そういえば…。すいません、似たようなことが多すぎてボクももう覚えきれないんです」


 似たようなことが多いってこいつもしかして初対面の強い相手は絶対切り掛かっているんじゃないだろうな……


「ですが当時のボクが貴方を襲ったということはこの里で一番強いと見込んだ相手です。誇りに思っても構いませんよ?」


「え、ホヴズってこの里で一番強いのか?」


「……オレは魔法の使い方が大雑把なだけだよ。それにこの里で誰が一番強いかなんて興味がない。オレは家族と力比べなんてするだけ無駄だと思っているからね」


「それもそうですね。ですがボクは貴方の風の魔法がこの里で一番だと信じています。相対したボクのこの身体がそう言っていますからね」


「適当なことを言うな! すべて躱したくせに……」


 ヒビキがここまで言うってことは本当にホヴズって強いんだな。優しそうで穏やかな見た目からは想像できない。


「風の魔法って、そういえば俺まだ他も魔法をまだ見たことないな」


「そんなんですね。なら彼に見せてもらいましょうか?」


「構わないけどオマエがいうのか」


 心の底から湧きあがる何かを我慢するように深い溜息をついたホヴズは両手を軽く開いた。魔法を見せてくれるようだ。


「いいかい、ジン? オレたちエルフは地・水・風・火の四大元素を司る四種類の精霊の力によって魔法の力を手に入れたんだ。彼らは目には見えないが確かにそこにいてオレたちを助けてくれるんだよ。こんな風にね!」


 そう言うと水と火の玉がフワフワとホヴズの周りを浮かんでいた。


「エルフは種族として四つの魔法を使えるんですよ」


「火はリーネと同じなんだな。というか四つ? 風と火と水とあとは土か?」


「そうだよ。まあ、土の魔法は魔素を含むものの形を変えるんだけなんだけどね」


 樹々に巻き付いていた太い蔦が俺とヒビキを囲むように動いた。まるで生きているようだ。俺がいたわるように優しくその蔦に触れると同時にヒビキが切り落としてしまった。


「え、お、おい、何やってんだよ」


「この蔦を切ると飲み水が手に入るんですよ? ほら?」


 ヒビキが手渡してきた蔦を見てみると綺麗な切断面から多量に水分を含んでいるのか、新鮮な野菜のように瑞々しい。これって大丈夫なのかとちらったホヴズを伺うように見ると案の定というべきか複雑な表情をしている。


 まあ、でもせっかくだから飲んでみるか……


「美味しいけど少しだけ青臭いような?」


「どこまでいこうと蔦ですからね。少しぐらいは我慢しないと」


 美味しいけどヘルガに連れて行かれたユニコーンの角がある湖ほどではない。それにさっきかなり水を飲んでしまったので正直に言うといらない。


「ああ、ジン。あまり飲みすぎてはいけないよ。ニンゲンが飲みすぎると魔石病になってしまうからね」


「それは大丈夫ですよ。ジン君はボクと同じく魔法を使えますから」


「……そうなのか、なら、うーん。でも飲みすぎは危険だよ」


「え、待て待て待て、魔石病って何だよ? そんなに危険なのか?」


 魔素とか発狂するとかはシュテンから道中で聞いたが魔石病なんて単語聞いたことがない。


「ジン君は気にしなくてもいいですよ。魔法が使えるんですから」


「だが、説明しておいても損はないだろう? 魔石病とはニンゲンやドワーフが魔素の多い地域にいるとなる奇病のことだね。身体に魔素が溜まり魔石と呼ばれる特殊な鉱石が身体の内部から突き破ってくるんだよ。ジンも気を付けてね」


「いや、軽く言うなよ。怖えよ!」


 そう言うのは事前に説明してくれよ。いや、俺が魔法が使えるからみんな教えなかったのかもしれない。ヒビキやシュテンがいうには魔法が使えると魔素が身体に溜まらないので魔石病にならないという理屈だ。まあ、なら別にいいのか……


「あ、そんな所であなたたち何をしているの? 二人とも探してたのよ!」


 そんなことをしていると大きめな海賊帽子を揺らしながらリーネが近づいてきた。後ろには眠たそうに欠伸をしてるシュテンもついて来ていた。


「ボクはこの里の大広間まで本を運んでいましたよ。彼らはとても賢いですね。本が一冊あるだけでボクたちの言葉を覚えてしまうんですから」


「………俺はホヴズと水場から帰ってきたところだ」


 ちゃんと働いてたのかよヒビキのヤツ! 俺なんてアリアさんに言われた荷解きが終わった後は寝っ転がって水飲んでただけなのに…… 


「そうなの、まあいいわ。二人とも暇ならそのままついてきなさい! カーリのところに行くわよ! いつまでも待たされたくはないしね!」


「いつまでもって、まだ二時間ぐらいしか経ってないだろ?」


「まだってもうすぐで夕食よ? 私はご飯を食べながら仕事のことに悩みたくないわ。……それにカーリは決断が速いから頭の中ではもうとっくに結論が出ているはずよ。急かさないとエルフ時間で待たされるわ」


 疲れたように語るリーネを見ているといままで半永久的に生きると言われているエルフとの価値観の相違に苦しんできたんだろう。エルフ時間ってどれぐらいなんだろうな。そんなことを考えているとリーネが「ほら、早く」と言いながら歩き去ってしまった。


 俺はリーネについていこうかとも思ったがこの場に残されてしまうホヴズのことが気になり足を止めていた。


「どうした? オレのことはいいから早く行くといい。それともまだ何かあるのかな?」


「いや、ただお礼を言いたくて……送ってくれて、ありがとうございました」


「……ハッハッハ驚いたね。ニンゲンにお礼を言われたのは初めてだよ。思い返せばこんなことしたことがなかったな。こちらこそありがとう嬉しいよ、ジン。こんな当たり前なことを思い出させてくれて」


「はぃ? それならばよかったです。あ、そうだ、ヘルガにも俺が感謝していたと伝えてくれませんか? 雑用を押し付けるみたいになってしまいますが……」


「構わないよ。オレは今機嫌がいいからね。しっかりとヘルガにも伝えておくよ」


「ありがとうございます。それじゃあ俺も行きますね!」


 俺はホヴズにしっかりと別れを告げてリーネたちが消えた方へと急いで向かった。それをホヴズは憑き物が落ちたようなにこやかな笑みで見送ってくれた。




 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「悪い遅れた!」


「ジン、やっと来たのね。それじゃあ行きましょうか」


 俺がホヴズに礼を言って別れてから割とすぐにリーネたちと合流した。リーネたちはエルフの里の中でも頭一つ抜けて大きな樹の前で俺を待っていてくれた。


 ドアはこの里では珍しい、というか初めて見る両開きドアで他と比べてもかなり厳かだ。たぶんここがヒビキが言っていた大広間だろう。そうじゃないともう他には候補がない。


 シュテンに続いて中に入る前にもう一度この樹を見上げる。本当にデカいな。もう樹じゃなくてビルのようだ。魔素の影響と聞いたが何千年の月日が過ぎたらここまで大きな樹が育つんだろう。俺は一人取り残されたままこの樹の迫力に圧巻されていると真中辺りでキラリと何かが光ったのは見えた。


 あれは石だろうか? キラリと光ったものの正体を探るように眼鏡の位置を直すと大広間がある樹の真中辺りに過度に装飾された石が柔らかく光っているのが見えた。いや、あれはおそらく魔光石だ。禊木町で見かけた街灯の明りに似ている。


「お前何やってんだよ、早く来い!」


「ああ、ちょ、つよ」


 そんなことを考えていると呆れたように怒るシュテンに掴まれて無理やり大広間へと引きずり込まれた。


「……ずいぶんと派手な入り方だな」


 シュテンに引きずり込まれたせいで転ぶように大広間に入室した。入室の仕方がよほど派手だったんだろう。その証拠に顔をあげるとカーリが面喰っている。


「お兄さん、何をしているんですか?」


「ジン君、大丈夫ですか?」


「はい、ごめんなさい」


 アリアさんとレインちゃんはもう大広間の中にいたのか……

 大広間の中心には報告会のときと同じように大きな円卓の机が合った。それを囲むように三人が座っている。リーネがカーリの正面に座るのを見て俺も空いている席に滑り込むような勢いで座った。


「さてとカーリ、みんな揃ったことだしさっき言いかけてた重要な要件って言うのを話してくれない?」


「……相変わらずニンゲンは生き急いでいるな。特にリーネル、貴様はニンゲンの中でも一際慌ただしい。貴様も海賊の頭として少しは我らエルフのように余裕を持つべきだ」


「あなたたちエルフを基準にしてたら私は一瞬でおばあちゃんになってしまうわ。あなたは私たちとそんな言い争いをしたいわけじゃないでしょ? 早く要件を言いなさい」


「……我らにもう少しだけ悩む時間をくれという意味で貴様らに身体を休めろと言ったつもりなのだが伝わらなかったのか?」


「伝わったわよ! でもね、結論が出ていることを先延ばしにされるのは嫌なのよ! あなたが悩んでいる時点でもうほとんど結論は出ているものでしょ? 後は私たちを信じて頼るだけ、違う?」


「……確かに貴様の言う通りだ。我らが貴様らに頭を下げて頼めないのは偏にエルフとしてのプライドがあるからだ。それにこの件にはこのシュティレ大森林に住まうすべてのエルフが関わっている。だから我らの里の一存で貴様らに――」


「だから! 御託は言いのよ! 私が言いたいのあなたたちに助けがいるのかってことよ! エルフだの人間だのそんなことは二の次よ! 助けがいるなら私たちが絶対に助けてみせるから」


「だが――」


「どっち!!」


「………助けが欲しい」


 リーネの燃えるような赤い瞳に気圧されたのかカーリはさっきまでの勿体ぶった話し方ではなく素直に助けを求めてきた。そのカーリの言葉を聞いたリーネは満足げに微笑んだ。


「最初からそう言えばいいのよ。それで何に困っていたの? あなたが私たちに頼るなんてよっぽどのことなんでしょ?」


「リーネル、貴様はシュティレ大森林の北にある沼地を知っているな?」


「ヴァイト沼地のこと? それって商人が絶対に近づかないぐらい大きな沼地のことでしょ?」


「ああ、そうなのか。かつてのニンゲンどもは確かレルネーの沼と呼んでいたのだがな……」


「へぇーそうなの? はじめて知ったわ!」


「リーネ、その話は後でも出来ます。私たちはそれよりも先にカーリさんの重要な要件を聞かなければなりません」


 黙って聞いていた俺たち全員の気持ちを代弁したようにアリアさんが二人の会話に口を挟んだ。


「ええ、そうね。アリアの言う通りだわ。そもそも私たちはヴァイト沼地で何をすればいいの?」


「そうだな。前置きが長くなってしまったが単刀直入に言おう。ヴァイト沼地で長く眠っていたはずのヒュドラが目を覚まし、我らエルフの同族を食い殺した。我々はシュティレ大森林に住むすべての同胞に語り掛けヒュドラ討伐を計画しているのだ」


 ピリピリとした緊張がカーリから大広間全体に広がっている。普段の静かなカーリの口調からは想像できないほど確かな怒りを含んだ語り口に俺は呼吸の仕方を忘れていた。息を呑むとはこのことだろう。そんな状態のカーリが自身を落ち着かせるために数回呼吸を整えて――


「そこで貴様らにはそのヒュドラの討伐に力を貸して欲しい」


 カーリはホヴズと同じ綺麗な緑色の耳飾りを揺らして頭を下げてきた。俺たちに頼むその声色はいつもと同じく冷静なはずなのに、カーリの見えない表情からは隠しきれないヒュドラへの怒りが伝わってきたように感じだ。 


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