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第二十六話 『エルフの里』



 エルフの里は不思議なところだった。


 いや、エルフが普通に生活しているという事実だけでも俺からしたら不思議なんだけどそういうことではなくて、ここには人が興味本位で訪れることが許されない。まさに秘境と言う表現が似合うところだった。


 目の前に広がるこの神秘的な光景を写真にでも収めることができたら、いや、少しでも(えが)くことができたなら俺はきっと大金持ちになれていただろう。


 そんな浅ましいことを考えていると頭上から小さな足音が聞こえ、顔よりも大きな青葉が風に流れてゆるゆると落ちてきた。


 ふと空を見上げると雲のように若々しい青葉に覆われている。

 そこはさっきまでと変わらないが、馬鹿でかい木に所々穴が開いている。


 その穴をジッと見つめると円形のドアがついていた。


 きっとエルフたちは樹上で生活をしているのだろう。一本の太い木を支柱にして周りを埋めるようなツリーハウスもある。あれは何か荷物を運び込んでいるからたぶん倉庫の役割があるのだろう。


「久しぶりだな”海賊の娘”。息災だったか?」


「ええ、元気よ! それよりもカーリ、私のことはリーネと呼んでと何回も言っているでしょ?」


 だがそんな神秘的な光景よりも目の前にいるエルフたちの方が目を引く。

 どんな崇高な好奇心も彼女たちを前にすると一瞬で塗り潰されてしまうはずだ。きっと彼女たちがモデルになったらどんなゴミでも芸術へと昇華してしまう。


 いや、美しい景色だったら逆に彼女たちと合わさることで反発してしまうかもしれないな。それほどまでに彼女たちエルフには個として自立した美がある。


「あれ、忙しそうだけど何かあったの?」


「……気にするな。貴様らをもてなそうと思ってな、先ほどグリフォンを三匹ほど仕留めてきたのだ。ほらこれだ」


 そう言うと頭上のからシャボン玉のようにフワフワと二人のエルフが箱を抱えて降りてきた。風を纏ってゆっくりと降りてきたのだ。


「え、やったぁ! 解体もしてくれてるの!? ……もしかして何か裏があるんじゃないでしょうね?」


 俺は二人の会話をよそにリーネの大きめな海賊帽子の後ろから箱の中身を覗くと血抜きが終わった綺麗な状態のまま置かれていたグリフォン頭と目が合った。

  

「うわ!」


 箱の中身はグリフォンが頭、羽、爪、趾と部位ごとに鮮やかに解体されていた。驚きのあまり少しだけ口から声が漏れてしまった。俺を殺しかけた相手をバラバラの状態で見せられるなんて思わなかった。元の形を知っているので結構グロい。


「ずいぶんと珍しい反応をするな、ニンゲン? オマエたちも見慣れているだろ?」


 箱を抱えていた若い男のエルフにそう言われた。声を抑えたと思ったがそんなことなかったみたいだ。もうグリフォンを見かけるたび身体が勝手に驚いてしまう。どうやら俺は恐怖と言う名の病に罹ってしまったようだ。


「……ああ、もう話が逸れたわ! でも、そうね。私も順序が間違っていたわ、カーリ。彼はジンと言って新しく私の仲間になったの、覚えておいて!」


「あ、どうも初めましてカーリさん。平坂仁と言います」


「そうか、ヒラサカジン、確かに覚えたぞ。…それと我らはニンゲンのように『さん』など敬称をつけられることに慣れていない。今度からはカーリと呼ぶがいい」


「さてと紹介も終わったことだし次はお礼ね。カーリ、私たちのためにグリフォンを仕留めてくれてありがとう。本当に嬉しいわ!」


「……構わない。こちらも裏がないとは言えないからな」


「やっぱりね。そんなことだと思ったわ! それで要件は何? 重要なこと?」


「ああ、我らにとっては重要なことだが……今は止めておこう。貴様たちもせっかくここまで来たのだ。一先ずはこの里で身体を休めるといい」


「……そう、でも何かあるなら遠慮せずに話しなさい! 私たちが絶対に力になるわ!」


 リーネのその言葉にカーリは微笑むだけで何も言わずにこの場をゆっくりと歩き去ってしまった。


「さてと私たちも荷解きを始めましょうか!」


「え、いいのか? 何か相談したそうだったけど」


「いいのよ、あれで。カーリは里長だもの本当に困っていたら自分から私たちに頼むわよ」


 リーネは俺にそう言い残して荷解きの手伝いに行ってしまった。まあ、この二人の関係性も分からないのに口を挟むのは野暮か……


「アンタ、またサボってるの?」


 そんなことを考えているとヘルガが呆れたように声を掛けてきた。


「いや、これから手伝おうとして……ああ、そうだ。エルフって本当に飛べるんだな! ごめんだけど嘘だと思っていた」


「……フン、ワタシはアンタと違って嘘なんて言わないわよ。うん? ちょっと待ちなさい、アンタ、ワタシの話を嘘だと思ってたの!? 信じらんない!」


「それは本当にごめん。……でも、ヘルガこそ俺の現世での話を嘘だって思ってるだろ? それと同じだろ?」


「同じじゃないわ! ワタシは本当だって証明したじゃない! 次はアンタよ!」


「いや、証明なんてできないけど」


 ここは現世ではないので当たり前だ。俺は現世から制服とポケットに入っていた財布ぐらいしか持ってこれなかった。だから車どころか思い入れのあるものが制服と財布だけしかないのだ。


 ……そう言えばヘンリーさんっていつ財布を返してくれるんだろう。このままでは本当に借りパク野郎と呼ばないといけなくなる。


「ほらやっぱり作り話だったんじゃない!」


「いや、嘘じゃない。というかそれってまずお前が森の外に出ないと分から――」


「ジン君、そろそろこっちを手伝ってくれませんか?」


 ヘルガとの口論に熱が入り始めるのを察したかのようなタイミングでアリアさんが止めてきた。いや、これはただ怒っているだけだ。サボって会話をしているだけの俺に対して怒っているだけだ。気のせいか笑顔の裏側に黒い瘴気のようなものが見える。ヤバいだいぶ怒っている。


「というわけでヘルガ、ジン君を借りても大丈夫ですかね?」


「……フン、知らないわよそんなニンゲン。勝手にすれば」


「ああ、おい」


 ヘルガは口を挟まれたのが気に食わなかったのかムスッとした顔でどこかに行ってしまった。いや、どうせなら助けて欲しいんだけど。


「……ジン君はどうやって、あそこまでヘルガと仲良くなったんですか?」


「え、何のことですか?」


 ヘルガの背中が完全に見えなくなると同時にアリアさんがそんなことを言ってきた。


「だってあの子は私たちと全然話してくれないんですよ。それどころか目が合うと黙って逃げてしまいますし、とにかく私はあの子があそこまで熱くなってるのを初めて見たんです」


「……そうなんですね」


 ヘルガが全然話してくれないってそんなことあるのか?

 俺が何もしてなくてもニンゲンというだけで絡んでくるようなヤツだ。いや、何もしていないかったから絡んできたかもしれないが…… 


 まあ、そんなことは置いておいてアリアさんと俺とではヘルガのイメージが乖離しているようだ。俺にとってはヘルガは面倒くさい性格をしたやたらと絡んでくるヤツだったが、アリアさんの話を聞く限り実は意外と猫みたいに人見知りな面があるのかもしれない。


 いや、その場合俺が初対面で舐められているということになるんだけど。


「まあいいです。そのことはいずれ聞きだすとして今は仕事をしましょうか。はいどうぞ」


「うおっと、重いですね。これってどこに持っていけばいいんですか?」


 やっぱりアリアさんは怒っているのか重たい荷物を渡してきた。それにこれは解体されたグリフォンの素材だ。俺が嫌がると思ってわざと押し付けてきたんだ。


 いや、それはさすがに悲観しすぎた。アリアさんはただ罰として自分の近くに置いてあった大きめな荷物を俺に渡しただけだ。それがたまたまグリフォンの素材だっただけだろう。そうじゃないと少し怖い。


「えっと、一先ずはあそこにある樹の家を倉庫代わりに貸してくれるそうですのでそこまで運んでください」


「はい、あそこっすね」


 そういえばエルフは風を纏って空中を自由に移動できるからか、地上付近ではあまり見かけない。どちらかといったら樹上に固まって生活しているみたいだ。だから一階は俺たちに貸してくれるんだろう。


 というかなんで樹上に橋がかけてあるんだ? 風に乗るように移動するエルフたちを見ていると橋なんていらないみたいだけど。それとあれってエルフの人たちに頼めば俺もできるのだろうか?


 そんなどうでもいいことを考えながら荷物を運ぼうとアリアさんに背を向けて、一歩前に踏み出した瞬間――


「あ、それとですね」


「え、まだ何かあるんですか?」


 アリアさんに呼び止められた。流石に数々の荷運びを繰り返したことで逞しくなった俺もこれ以上重い荷物は一度に持てない。もしそうならちゃんと断ろうと決意を固め、アリアさんの方を身体ごと振り返る。


「アリアさん、流石にこれ以上は持てないですよ……」


「いえ、それはいいんですが……これは個人的な頼み事になるんですけど、もしジン君がよかったらこれからもヘルガとは仲良くしてあげてください」


「仲が良くなるかは分かりませんが、たぶんこのままだと思いますよ」


「それでもいいんです。彼女の人間嫌いが少しでも改善したらそれでいいんですよ」


 なんでアリアさんがそんなことを言うのか俺には分からない。だって見る限り他のエルフのみんなとは仲良くできている。その証拠にリーネたちは普通にエルフたちから話し掛けられている。むしろみんなが人間大好きという感じよりも、一人ぐらい人間が嫌いと言っていた方が健全だと思える。


 だけど俺に頼んできたアリアさんの青い瞳にどこか寂しさというか、哀しさが含まれているように見えた。だから――


「はい、俺なんかでよかったら頑張ります」


 と言ってしまった。イサヒトさんやロバーツさんの件で内容を確かめもせずに人の頼みは聞いてはいけないと学んだはずなのになぜか俺はアリアさんからの頼みを断ることができなかった。


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