第二十一話 『報告会』
「いや、本当に遅せぇよ。何やってたんだよ?」
ロバーツさんのド派手な登場に口を挟んだのはシュテンだった。また、キャラが濃いのが来てしまった。俺はこの時驚きのあまり開いた口が塞がらなかったが、さすがに付き合いが長いだけあって、彼らは見慣れているのだろう。そうじゃなければ、誰だって驚くはずだ。
「それが船がクラーケンに襲われてよ。運が悪かったんだ。すまんな」
「あ、じゃあ船は修理中なのかよ。ここまでどうやって来たんだ?」
「小舟できた!」
ロバーツさんは手擦りから下りると、ドンッとかなりの重量が落ちた音が響いた。すると、船の下から「こらー、ウチを置いていくな!」と少女の可愛らしい声が聞こえてきた。可愛いが、怒っているのは伝わってきた。どうやら本当に小舟で来たらしい。いや、マジか。
「カカッ、イカ風情に船を壊されたのかよ? あんだけの人数がいて情けねぇなぁッ!」
「ハハハ、言ってくれるな、エド! まあ、これでしばらく酒のつまみには困らん! 酒飲みのオマエには羨ましい限りだろう?」
ロバーツさんはエドワードさんと軽口を叩きながら、行儀悪くドカッと最後の一席に腰を下ろした。まるで嵐の中心にいるような男だ。場の空気がさらに賑やかになった。
見たところ、ロバーツさんは特に武器などは持ち歩いている様子はない。だが、その代わり装身具が多い。首飾りに、肉食獣の鋭い牙のようなものをぶら下げているし、右足にはアンクレットがつに遅せぇよ。何やってたんだよ?」
ロバーツさんのド派手な登場に口を挟んだのはシュテンだった。また、キャラが濃いのが来てしまった。俺はこの時驚きのあまり開いた口が塞がらなかったが、さすがに付き合いが長いだけあって、彼らは見慣れているのだろう。そうじゃなければ、誰だって驚くはずだ。
「それが船がクラーケンに襲われてよ。運が悪かったんだ。すまんな」
「あ、じゃあ船は修理中なのかよ。ここまでどうやって来たんだ?」
「小舟できた!」
ロバーツさんは手擦りから下りると、ドンッとかなりの重量が落ちた音が響いた。すると、船の下から「こらー、ウチを置いていくな!」と少女の可愛らしい声が聞こえてきた。可愛いが、怒っているのは伝わってきた。どうやら本当に小舟で来たらしい。いや、マジか。
「カカッ、イカ風情に船を壊されたのかよ? あんだけの人数がいて情けねぇなぁッ!」
「ハハハ、言ってくれるな、エド! まあ、これでしばらく酒のつまみには困らん! 酒飲みのオマエには羨ましい限りだろう?」
ロバーツさんはエドワードさんと軽口を叩きながら、行儀悪くドカッと最後の一席に腰を下ろした。まるで嵐の中心にいるような男だ。場の空気がさらに賑やかになった。
見たところ、ロバーツさんは特に武器などは持ち歩いている様子はない。だが、その代わり装身具が多い。首飾りに、肉食獣の鋭い牙のようなものをぶら下げているし、ダイヤモンドの十字架を首にかけている。右足にはアンクレットがついていた。サッシュも巻いている。オシャレだ。そして、最も特徴的なのは尻尾を追う狼がデザインされたカッコいい眼帯をつけているところだろう。その姿は、俺の頭の中にある海賊の象徴のようだった。
カツキが『狼のような人』と言っていたが、今ならそれも納得だ。彼には、野生動物のような威圧感がある。ドレークさんと似ている。違うとすれば、それは獅子と狼の差だ。ロバーツさんの方が洗練されている印象を受ける。全身の筋肉が、まるで絞った雑巾のように無駄がなく、引き締まっている。動物的な力強さだけではなく、研ぎ澄まされた身のこなしが筋肉に滲み出ている。
というか、ここにいる五人の船長にはまったく共通点がないな。性別も、髪色も、服装も、雰囲気もすべてが違う。そのはずなのに、全員が毎日顔を合わせているかのような気安い空気をまとっている。いや、これが海賊なのだ。これが、仲間というものなのだろう。顔を突き合わせて話す機会がなくなっても、久しぶりに会えば昔と同じように会話が始まる。俺は、海賊船の一員として、彼らのような気安い関係性を築けるのだろうか?
そんなことを考えていると、ロバーツさんが俺の隣に立っているカツキをじっと見つめていることに気づいた。
「カツキ、オマエがなんでここにいるんだ?」
「船長の迎えを待ってたんだよ。みんでなッ!」
「迎えって……オマエな。そんなことをしている暇があるなら遊んでろよ。千引町にある花街で遊んでいろよ? ガキじゃないならそっちの方が楽しいだろ? 時間は有限だぜェ、待ち時間なんて人生で一番無駄だ、無駄。オマエらも、オレを見習って愉快に短く生きなくちゃいけねぇぞ?」
「オレ以外はみんな新入りを連れて遊びに出かけているよッ! あんたらの迎えが遅かったからなッ! ……まあ、それと社長と姐さんにも会いたかったしね。久しぶりです」
カツキはそう言って、ヘンリーさんとメアリーさんの方に軽く手を振った。二人はそれを真顔で見ていたが、その仮面のように変わらない表情が俺にはどこか嬉しそうに見えた。いや、ただの気のせいかもしれないな。ヘンリーさんなんて目を閉じた仏頂面のままだ。でも、照れ隠しだろうなとも思う。
「ロバーツ、貴方はもう少し船長という自覚を持った方がいい。貴方の無茶で割を食うのは、貴方ではなく、貴方の部下なのですから。部下のことをもっときちんと考えて行動しなさい」
「さっすが社長! もっと言ってやってくださいよ!」
「カツキ、”あんた”ではなく”貴方”よ? 私の教えをもう忘れたの? もう一度、言葉遣いから教育直してあげましょうか?」
「えぇ、オレすっか? 勘弁して下さいよ。姐さん!」
カツキが馬車で言ってた社長と姐さんって、この二人のことだったのか。いや、ヘンリーさんのことを皆が社長、社長と呼んでいたから、それは分かっていた。だけど、メアリーさんが姐さんと呼ばれているのは意外だった。イメージはなかった。可愛らしいふりふりのメイド服を着ているメアリーさんが、姐さんか……もしかしたら、アリアさんと同じで怒らせたら怖い人なのかもしれないな。
「それは、おめぇもだろうがヘンリー。おめぇが一番こんな所で油を売っていい立場じゃねぇだろ? 部下が困ってんじゃねぇのか? 今頃、忙しさのあまり泣いてるぜぇ? 『社長ー、お願いですから早く帰って来て下さいよー』ってよぉー。ハハハッ!」
エドワードさんは上機嫌に、ヘンリーさんに冗談めかした悪態を吐いた。だいぶ酔いが回っているようだ。いつの間にか、酒瓶の中身が半分ぐらい減っている。ワインか、日本酒かは分からないがアルコール度数はかなり高そうだ。じゃなければ、ここまで酔うはずがない。
「確かに、会社の舵を取っているのは社長である私ですが……彼らは、烏合の衆というわけではありません。私の部下に無能は誰一人としていませんよ。もし、私が突然、居なくなったとしても会社は存続しますよ。そういう仕組みを、私が作ったのですから」
ヘンリーさんに落ち着いてもらうためかメアリーさんが紅茶を淹れてくれた。人数分の。湯気とともに立ち上がる香りは、今まで嗅いだことのない風味だった。上品な香りの暴力に殴られた。襲われた。どんな荒くれ者も、この香りを嗅げば自然と背筋が伸び、落ち着きを取り戻すだろう。それほどの一品だ。
「さすがはメアリーです。君が淹れたこの紅茶は、迷うことなく百点です」
「はい、ありがとうございます。ヘンリー様。皆様も冷めないうちにどうぞ召し上がりください。御代わりは自由でございます」
メアリーさんは上品にお辞儀をすると、俺たちにも紅茶を手渡してくれた。ティーカップは朝顔のような形をしていて、紅茶の水色は透明感があり、まるでお宝のように澄んだ輝きを放っていた。品質の高さが初心者の俺にも分かる。口にする前から、美味しいことを確信できるほどだった。
しかし、この紅茶は何処に置けばいいんだろう? ずっと手に持っているのも格好がつかないし、一気に飲んでしまうのも品がないと思われそうで嫌だ。というか、もったいない。そんなことを考えていると、カツキが肘置きのような丸形のテーブルを立っている全員に持ってきてくれた。阿吽の呼吸とはこのことだ。これもメアリーさんの躾の成果なのだろうか? ……いや、というか躾ってなんだ?
「さて、美味しい紅茶が全員に行き渡ったところで報告会を始めましょうか?」
「あのよー、これは前回も言ったと思うが……オレにはこの酒があるから紅茶なんかいらねぇよ。せっかくの酔いが冷めちまう」
「では、前回と同じ答えを返しましょう。この一杯の紅茶が議論のすべてです。良い紅茶には、良い議論が付いてくるものですから」
ヘンリーさんは紅茶を味わうように一口だけ飲んだ。ティーカップを置くときに、キンと甲高い音が響いた。場の空気が、静かに引き締まる。どうやらやっと始まるようだ。
「それでは、まず誰からにしましょうか? もう一周したことですから……」
ヘンリーさんが顎に手を添えて、片目を閉じ、順番を考えている。頭を悩ませている。一周したってことは、この報告会っていうのは少なくとも五回以上は開催しているようだ。静かに思案するヘンリーさんの姿を見たリーネが頬杖をつきながら、声をかける。
「ねえ、ヘンリー。これってわざわざ口頭で伝える必要あるの? 報告書にはまとめているんだし、あなたはそれに目を通しているはずでしょう? ヘンリーに丸ごと任せてはいけないの?」
「リーネル、私は貴方に何度も言っているでしょう? 商売に関わるすべてのことは『信頼しても信用するな』とこれは身内でも同じことです」
「でも、私はあなたたちを信用しているわよ?」
「………はぁ、それではリーネルから報告をお願いします」
ヘンリーさんはこめかみを押さえて深いため息をついた。
「何よもう感じ悪いわね。でもいいわ、私が先陣を切ってあげる!」
指名されたリーネが勢いよく立ち上がった。座っているはずの他の船長たちと比べると、彼女は頭一つ分ほど身長が低く、親戚のおじさんに囲まれた姪っ子のようで可愛らしさがある。……まあ、リーネが女性の中で特別小柄というわけではなく、単純に他の船長たちが大きすぎるだけだ。彼らに四方向を囲まれたら、俺は涙目になる自信がある。
「私は新入りのジンを仲間に加えて、ドレークたちと一緒にグリフォンの巣の黄金を手に入れて来たわ! 彼はそこで縄を出す魔法が使えたの! そして今からはエルフの里に向かうつもりよ。ヘルガにはもう頼んで森を抜ける手筈は整えているから何も心配いらないわ!」
「……同じだ」
「ドレーク、自分の船で起きた出来事を報告するぐらい自分の口でして下さい」
「ああ、すまんね。社長、知っての通りうちの船長は口下手でよ。俺が代わりに説明させてもらうぜ。新入りが数人うちの海賊団に入団してきたんだ。あとはグリフォンの巣で手に入れた品々は換金したと報告してたよな。あとは……ないかな。しばらく新しい島を発見したとかもなかったしな」
いや、確かに合っているけど、これで大丈夫なのか? 『報告会』という名前から想像していたものより、ずいぶんとざっくりとした内容に戸惑ってしまう。けれど、ドレークさんの落ち着いた様子を見ると、リーネの報告でも十分な気がしてきた。副官さんも大変だな。そういえば、事前に報告書は書いていると言っていたな。というか、リーネの言う通り、報告書を書いているならこの会って必要あるのか?
「縄を出す魔法か……」
声をした方を見ると、ロバーツさんが興味深そうに俺のことを見ていた。眼帯の下から睨みつけられるような視線が、鋭く突き刺さる、まるで獲物を見定める狼にようだった。すごい迫力が伝わってくる。
「次はオレでいいかぁ? オレはいつも通りだったぞ。いつも通り特別なことは何もなかったが……来週あたりに”ヴァイキング”を名乗った馬鹿どもと接触することになった。と言っても、ただの『話し合い』だがな」
「……報告書で読みましたが大丈夫なんですか? 何か、手伝うことは――」
「必要ねぇよ。『話し合う』だけだっての。心配はいらねぇ。それに、おまぇは街から出てこれないだろうが? 責任ある立場にいるんだからドーンと構えとけばいいんだよ。ドーンとなぁ!」
エドワードさんはそこまで言うと、もう一本の酒瓶を開けた。そして、一気に酒瓶の中身を飲み干した。もう呂律が回っていない。そろそろ彼の健康のためにも、誰かが酒を取り上げた方がいいと思うのだが……
「……そうですね。”ヴァイキング”の対処はエドワードに任せます」
”ヴァイキング”って何の話だろう? その単語が場に落ちた瞬間、心なしかここにいる全員の表情に緊張が走った気がする。さっきまでの和やかな雰囲気が嘘のようにピリついた。その単語を口に出すことすら、質問することすらも躊躇われるような空気だった。
「よしなら、オレが最後だな!」
雰囲気を変えるためか、ロバーツさんは明るい声でそう言った。彼はゴソゴソと腰についている鞄を探り、何かを取り出そうとしている。数秒後、ようやく見つけたらしい紙を勢いよく円卓の中心に叩きつけた。彼が出したのは、色褪せた一枚の紙だ。俺はそれをリーネの後ろから覗き込むと紙には何かが書き込まれている。地図みたいだ。見たことのない地形だが……たぶん、あれが黄泉の国の地図だろう。だが、赤い丸印がある場所は、明らかに違う位置だった。地図の中央に描かれた島を黄泉の国だと仮定するなら、赤い丸印は海を越えた遥か先にある。
「オレたちは古代ドワーフの遺跡を発見したぜ! すげぇだろ!」
古代ドワーフの遺跡――それを見つけることがどれほどすごいことのか正直俺にはまだ分からない。だが、円卓を囲む全員が興味深そうに、食い入るように、地図を覗き込んでいる。釘付けになっている。感情が顔に出にくいドレークさんですら、驚きの表情を浮かべている。ロバーツさんがとんでもなく大きな発見をしたことだけは、俺にも伝わってきた。
「すごいじゃないッ、ロバーツ! あなたどうやって見つけたの?」
「それがよ、まったくの偶然なんだ。クライン領付近の地図を作製しているときに、オレが暇でその辺をウロウロと散歩してたんだけどよ。海岸沿いに見たことのない建造物を見つけてなぁ。何人か連れて見に行ってみると古代ドワーフが使っていたとされる文字が壁面に書かれていたんだッ! 海岸沿いで、古代ドワーフの遺跡を見つけたんだ。なあ、すげぇだろ!」
ロバーツさんはもっと褒めろと言わんばかりに鼻息を荒くしている。
「それって本当なのかよ。嘘ついてんじゃねぇだろうな、ロバーツ」
「なんだよシュテン。疑ってくれるな? ……まあ、正確にはまだ調査前だからな。生きているか、死んでいるかもよく分かってねぇ」
「でしたら、早急に調査に取り掛かってください。それとも何か問題が?」
「……古代ドワーフの遺跡だからな。どんな罠があるか分からねぇだろ? ……でも、何十人も部下を見張りのために残したままだからよ、オレだって早く戻りたいんだけどなぁ」
見た目の印象とは裏腹に、ロバーツさんは意外としっかり考えているようだ。いや、見た目で判断するのは失礼だったな。海賊船の船長を務めるような人が、馬鹿なわけがない。
「私たちにも手伝えることなら言ってください貴方はいつも報告が遅いのですから」
「手伝えることか……水は、ユニコーンの角があるからな。必要ねぇんだ。強いて言えば食料だな! 食料! それと調査するための道具全般。あとは……そうだ、リーネたちの手を貸りたいと思っているんだが、いいか?」
「ええ、構わないけど。私たちはこれからエルフの里に行くのよ? 時間がかかるわよ? それでもいいの?」
「ああ、構わねぇよ。オレたちは金はなくても時間は腐るほどあるからなぁ! ハハハッ、金は腐らねぇのに、時間は腐るって不思議じゃねぇ? 時間は入らねぇから、その分金に換えてくれよって話だよな」
「……なんで私たちなの? エドワードやドレークに頼めばもっと早く調査が進められるのに」
リーネとロバーツさんは、真剣な表情で話し合いを続けていく。まあ、リーネが俺たちの船長なんだから、これからの行動を決めるのは当然だ。後ろに控えているアリアさんとシュテンも俺と同じように黙っている。二人とも話し合いに口を挟むことなく静かに聞いている。リーネの判断を信頼しているのだろう。
というか、下っ端の俺にはあまり関係ない話だ。そもそも、何を言っているのか半分も分からない。ユニコーンの角だの、古代ドワーフの遺跡だの、彼女たちの話し合いについていけてない。分からないことは後で聞くとして、俺はリーネの決断に盲目的に従うだけでいい。
「リーネにってか。そこにいる坊主、ジンに少し頼みたいことがあるんだよな……」
そう思っていた、そのとき。ロバーツさんから急に名前を呼ばれた。
え、なんで俺?
円卓を囲む全員の視線が、一斉に俺に集まるのを感じた。数学の授業中にわからない問題の答えを先生から黒板に書けと当てられたときのような、あの独特な恐怖を思い出した。というか、知識も経験もない俺をわざわざ指名してくるなんてロバーツさんの考えが分からない。
え、本当になんで俺なんだ?




