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第二十一話 『報告会』


「いや、本当に遅せぇよ。何やってたんだよ?」


 ロバーツさんのド派手な登場に口を挟んだのはシュテンだった。

 俺はこの時驚きのあまり開いた口が塞がらなかったので、さすがに付き合いが長いだけあって見慣れているのだろう。そうじゃなかったら誰でも驚くはずだ。


「それが船がクラーケンに襲われてよ。運が悪かったんだ。すまんな」


「あ、じゃあ船は修理中なのかよ。ここまでどうやって来たんだ?」


「小舟できた!」


 ロバーツさんが手擦りから下りるとドンッとかなりの重量が落ちた音がした。すると船の下から「こらーウチを置いていくな!」と少女の可愛らしい声が聞こえてきた。どうやら本当に小舟できたようだ。


「イカ風情に船を壊されたのかよ、あんだけの人数がいて情けねぇなぁ」


「ハハハ、言ってくれるな。エド! まあ、これでしばらく酒のつまみには困らん! 酒飲みのオマエには羨ましいだろ?」


 ロバーツさんはエドワードさんと軽口を叩きながら行儀悪くドカッと円卓に残された最後の一席に座った。


 ロバーツさんは見た限り特に武器などは持ち歩いていない。だが首飾りとして肉食獣の鋭い牙のようなものをぶら下げていて、尻尾を追う狼がデザインされたカッコいい眼帯をつけている。

 

 カツキが狼のような人と言っていたがそれも理解できる。ドレークさんと似ていて身体は野生動物のような威圧感がある。違うとするなら獅子と狼の差だ。ロバーツさんの方が洗練されている気がする。全身の筋肉が絞った雑巾のように無駄がない。引き締まっているとでも言えばいいのだろうか? 


 というかここにいる五人の船長にはまったく共通点がない。


 性別も、髪色も、服装も、雰囲気もすべてが違う。そのはずなのに全員が十年来の付き合いだという感じだ。いや、これが海賊なのだ。これが仲間というものなのだ。顔を突き合わせて話す機会がなくなっても久しぶりに会うと昔と同じように会話をする。俺は海賊船の一員として彼らのような関係性を築けるのだろうか?


 そんなことを考えているとロバーツさんが俺の隣にいたカツキを見つめていることに気付いた。


「カツキ、オマエがなんでここにいるんだ?」


「あんたの迎えを待ってたんだよ。みんでな!」


「迎えってオマエな、それなら千引町にある花街で遊んでいろよ。ガキじゃないならそっちの方が楽しいだろ?」


「オレ以外はみんな新入りを連れて遊びに出かけているよ! あんたらの迎えが遅かったからな!……まあ、それに社長と姐さんにも会いたかったしね」


 カツキはそう言うとヘンリーさんとプリマスさんの方に手を振った。

 二人はそれを真顔で見ていたがその仮面のように変わらない表情がどこか嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか?


「ロバーツ、貴方はもう少し船長という自覚を持った方がいい。貴方の無茶で割を食うのは貴方ではなく、貴方の部下なのですから」


「さっすが社長! もっと言ってやってください!」


「”あんた”ではなく”貴方”よ。私の教えをもう忘れたの? もう一度言葉遣いから躾直してあげましょうか?」


「えぇ、オレもすっか? 勘弁して下さいよ。姐さん!」


 カツキが馬車で言ってた社長と姐さんってこの二人のことだったのか。いや、ヘンリーさんのことはみんな社長と呼んでいたから分かっていたけどプリマスさんが姐さんと呼ばれているイメージはなかった。お洒落で可愛いメイド服を着ているプリマスさんが姐さんか……


 もしかしたらアリアさんと同じで怒らせたら怖い人なのかもしれない。


「それはおめぇもだろうがヘンリー。こんな所で油を売って部下が困ってんじゃねぇのか? 今頃忙しさのあまり泣いてるんじゃねえか?『社長ーお願いですから早く帰って来て下さいよー』ってよぉ」


 エドワードさんは上機嫌にヘンリーさんに冗談めかした悪態をついた。だいぶ酔いが回っているようで、いつの間にか酒瓶の中身が半分ぐらい減っている。


「確かにあの会社は私が舵を取っていますが烏合の衆というわけではありません。私の部下に無能はいないのです。それにもし私が突然居なくなったとしても会社は存続しますよ。そういう仕組みを作ったのですから」

 

 プリマスさんがヘンリーさんに落ち着いてもらうためか人数分の紅茶を淹れてくれた。いままで嗅いだことのない風味が香りとなって俺たちを襲ってきた。上品な香りの暴力に殴られた。どんな荒くれ者もその匂いを嗅いだ瞬間に落ち着きを取り戻すだろう。それほどの一品だ。

 

「さすがプリマスです。この紅茶は迷うことなく百点です」


「はい、ありがとうございます。ヘンリー様。みなさんも冷めないうちにどうぞ召し上がりください。御代わりは自由でございます」


 プリマスさんは上品にお辞儀をすると俺たちにも紅茶を渡してきた。

 紅茶の品質が良いことは透明感や高く澄んだ輝きのある水色を見ただけで分かる。それが朝顔のような形をしたティーカップと合わさりとても美味しそうだ。


 しかし、この紅茶は何処に置けばいいんだろう? ずっと手に持っているのも格好がつかない。それに一気に飲んでしまうのも品がないと思われそうで嫌だ。


 そんなことを考えているとカツキが肘置きのような丸形のテーブルを立っている全員に持ってきてくれた。阿吽の呼吸とはこのことだ。これもプリマスさんの躾の成果なのだろうか? …というか躾ってなんだ?


「さてと美味しい紅茶が全員に行き渡ったところで報告会を始めますか」


「前回も言ったと思うが、オレにはこの酒があるから紅茶なんかいらねぇよ?」


「では前回と同じ答えを返しましょう。この一杯の紅茶が議論のすべてです。良い紅茶には良い議論が付いてくるものですから」


 ヘンリーさんは紅茶を味わうように一口だけ飲んだ。ティーカップを置くときにキンと甲高い音がした。どうやらやっと始まるようだ。


「それではまず誰からにしましょうか? もう一周したことですから……」


 ヘンリーさんが顎に手を添えて頭を悩ませている。一周したってことはこの報告会っていうのは少なくとも五回は開催しているようだ。片目を閉じて順番を考えているヘンリーさんにリーネが頬杖をつきながら声を掛ける。


「ねえ、ヘンリー。これってわざわざ口頭で伝える必要あるの? 報告書にはまとめているんだし、あなたはそれに目を通しているはずでしょう? ヘンリーに丸ごと任せてはいけないの?」


「リーネル、私は貴方に何度も言っているでしょう? 商売に関わるすべてのことは『信頼しても信用するな』とこれは身内でも同じことです」


「でも、私はあなたたちを信用しているわよ?」


「………はぁ。それではリーネルから報告をお願いします」


 ヘンリーさんはこめかみを押さえて深いため息をついた。


「何よもう感じ悪いわね。でもいいわ、私が先陣を切ってあげる!」


 指名されたリーネが勢い良く立ち上がった。座っているはずの他の船長たちと比べても頭一つ分は低い身長で頑張っているその姿は親戚のおじさんに囲まれた姪っ子のようで可愛らしいと感じる。

 

 まあ、リーネは女性の中でも特別身長が小さいというわけではないのだから単純に他の奴らが大きすぎるだけだが……


「私は新入りのジンを仲間に加えてドレークたちと一緒にグリフォンの巣の黄金を手に入れて来たわ! 彼はそこで縄を出す魔法が使えたの! そして今からはエルフの里に向かうつもりよ。ヘルガにはもう頼んで森を抜ける手筈は整えているから何も心配いらないわ!」


「……同じだ」


「ドレーク、自分の船で起きた出来事を報告するぐらい自分の口でして下さい」


「ああ、すまんね。社長、知っての通りうちの船長は口下手でよ。俺が代わりに説明させてもらうぜ。新入りが数人うちの海賊団に入団してきたんだ。あとはグリフォンの巣で手に入れた品々は換金したと報告してたよな。あとは……ないかな。しばらく新しい島を発見したとかもなかったしな」


 いや、確かに合っているがこれで大丈夫なのか? 報告会というきちんとした名前から繰り広げられる情報を切り取りすぎな情報の数々に戸惑ってしまった。しかし、ドレークさんを見るとリーネの報告でも十分な気がしてきた。副官さんも大変だな。そういえば事前に報告書は書いていると言っていたな……


 というかリーネの言う通り報告書を書いているならこの会って必要あるのか?


「縄を出す魔法か……」


 声をした方を見るとロバーツさんが興味深そうに俺のことを見ていた。眼帯をつけているはずの瞳から睨み付けられるみたいなすごい迫力が伝わってくる。


「次はオレでいいかぁ? オレはいつも通りだったぞ。いつも通り特別なことは何もなかったが、来週あたりに”ヴァイキング”を名乗った馬鹿どもと接触する。と言ってもただの話し合いだがな」


「報告書で読みましたが大丈夫なんですか? 何か私にも手伝うことはありませんか?」


「いらねぇよ。話し合うだけだって、心配すんな。それにおまぇは街から出てこれないだろうが、責任ある立場にいるんだからドーンと構えとけばいいんだよ。ドーンとなぁ!」


 エドワードさんはそこまで言うともう一本の新しい酒瓶を飲み干した。呂律が回っていない。そろそろ酒を取り上げた方がいいと思うのだが…


「……そうですね。”ヴァイキング”の対処はエドワードに一任します」


 ”ヴァイキング”って何の話だろう? 心なしかこの場にいる全員の表情に緊張が走った気がする。さっきまでの雰囲気が嘘のようにピリついた。その単語を口に出すことすら躊躇うほどだ。


「よしなら、オレが最後だな!」


 雰囲気を変えるためにロバーツさんは明るい声でそんなことを口にした。


 ロバーツさんはゴソゴソと腰についている鞄から何かを取り出そうとしている。数秒後ようやく見つかったのか叩きつけるような勢いで円卓に色褪せた紙を置いた。俺はそれをリーネの後ろから覗き込むと紙には何かが書き込まれている。地図のようだ。見たことのない地形だが、たぶん黄泉の国の地図だろう。


 だが赤い丸印がある場所は全然違う位置だ。真中に書いてある島を黄泉の国だと判断すると赤い丸印は海を越えた遥か先にある。


「オレたちは古代ドワーフの遺跡を発見したぜ! すげぇだろ!」


 古代ドワーフの遺跡を見つけることがどれほど凄いのか分からない。

 だが、円卓を囲んでいる全員が興味深そうにその地図を食い入るように覗き込んでいる。顔に感情が出にくいヘンリーさんやドレークさんですら驚きの表情を浮かべているのだ。ロバーツさんがとんでもなく凄いことをしたということだけは俺にも伝わってきた。


「すごいじゃない! ロバーツ、あなたどうやって見つけたの?」


「それがまったくの偶然なんだがよ。クライン領付近の地図を作製しているときに俺が暇でその辺をウロウロと散歩してたんだけどよ。海岸沿いに見たことのない建造物を見つけてな! 何人か連れて見に行ってみると古代ドワーフが使っていたとされる文字が壁面に書かれていたんだ! なあ、すげぇだろ!」


 ロバーツさんはもっと褒めろと言わんばかりに鼻息を荒くしている。

 

「それって本当なのかよ。嘘ついてんじゃねぇだろうな、ロバーツ」


「なんだよシュテン。疑ってくれるな! ……まあ、まだ調査中だがな」


「そうでしたら早速調査に取り掛かってください。それとも何か問題が?」


「……古代ドワーフの遺跡だからな。どんな罠があるか分からない。……でも確かに何十人も部下を見張りのために残してきたからできればオレも早く戻りたいんだけどなぁ」


 ロバーツさんは見た目の割に意外とちゃんとした考えがあるようだ。いや、見た目で判断するのは失礼だった。それに海賊船の船長になった男が馬鹿なわけがない。


「私たちにも手伝えることなら言っておきなさい。貴方はいつも報告が遅いのですから」


「手伝えることか……水はユニコーンの角があるからな、必要ねぇ。強いて言えば食料だな! 食料! それと調査するための道具全般。あとは……そうだリーネたちの手を貸りたいと思っているんだが、いいか?」


「ええ、構わないけど。私たちはこれからエルフの里に行くのよ? 時間がかかるわよ? それでもいいの?」


「ああ、構わねぇよ。オレたちは金はなくても時間はあるからなぁ!」


「……なんで私たちなの? エドワードやドレークに頼めばもっと早く調査が進められるのに」


 リーネとロバーツさんは話し合いを続けていく。まあ、リーネが俺たちの船長なんだからこれからの行動を決めることに文句はない。後ろの二人も俺と同じ意見のようだ。二人とも話し合いに口を挟むことなく静かに聞いている。リーネのことを信頼しているのだろう。


 というか俺にはあまり関係ない話し合いだ。そもそも何を言っているのか分からない。ユニコーンの角だの古代ドワーフの遺跡だの話についていけてない。分からないことは後で聞くとして、俺はリーネに付いていくだけでいい。


「リーネにってか、ジンに少し頼みたいことがあるんだよな……」


 そんなことを考えているとロバーツさんから急に名前を呼ばれた。


 え、なんで俺? 


 全員の視線が俺に集まるのを感じる。数学の授業中にわからない問題の答えを先生から黒板に書けと当てられた時と同じ恐怖を思い出した。というか知識も経験もない俺をわざわざ指名してくるなんてロバーツさんの考えが分からない。


 え、本当になんで俺なんだ?


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