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第十九話 『武器』


 リーネから街案内を受けて一日が経過した。

 

 エルフの里に行くと言われてすぐに納得した自分がもう黄泉の国の住人に片足を突っ込んでいるのだと分かって独りで勝手に驚いていた。


 まあ、それはもういい。


 それよりもエルフについてリーネたちから夕食の時に軽く教えてもらったことなのだが、エルフの里は森のかなり奥にあるらしく船で行くには面倒くさい位置にあるようだ。なので森を歩くのには慣れた案内役がいないと遭難してしまうらしく、お互いの都合を伝書で報告して照らし合わせると一週間後にしか予定が合わなかったらしい。


 というかエルフの伝書って何なんだ? 


 こっちでは火急な要件に伝書鳩を使って連絡を取っていたが、エルフにもそういうのがあるのだろうか?


 それに文字や言語は違うんじゃ…いや、話を戻そう。


 エルフとはそもそもドワーフと同じく黄泉の国にはいない種族だそうだ。


 エルフは妖精と呼ばれるほど美しい容姿を持ち、自然と共に生きているため森の中から滅多に出てこないと言われている。なので人間と関わること自体が非常に稀だそうだ。

 

 他にも種族全体で地・水・風・火の四大精霊を信仰していて、全員が魔法を自由に使える最強の種族だとも聞いた。


 ここまでは最低限の知識としてみんな答えてくれたが、これ以上は実際に自分の目で見て理解してほしいと言われた。


 なんでそんなわざわざ回りくどいことをするのかと疑問に思って質問したら『ジン君にはまだ偏見というものがないんです。だから私たちはジン君が自分の目で見たことを大切にしてほしいと思っているんですよ』とアリアさんから返ってきた。


 いや、言いたいことは分かるが……

 

 俺としてはそんな教育方針よりも、最初にすべて聞いておきたいというのが本音だ。ただでさえこっちのことも殆ど何も知らないのだ。考えることが多すぎると頭がパンクしてしまう。


 それに偏見を持たないようにと言っていたが偏見とは無知のことであると社会の教師が授業で話していた。いい言葉だと思う。俺もそう思っている。知らないという恐怖が相手を否定してしまうのだ。


 俺が昨日聞いた話を頭の中で整理しながら身支度をゆっくりと整えて玄関をくぐると同時にカランコロンという小気味いい音が真横から聞こえた。


「ではジン君、支度ができたようなので行きましょうか」


「本当に来たよ…」


「そんなに邪険にしないでください。ジン君にボクからプレゼントがありますので」


 ヒビキは懐からゴソゴソと何かを取り出した。


「ジン君の給料明細です。受け取ってください」


「何でお前が持ってんだ!」


 俺はヒビキが手に持っている給料明細書と思わしき紙を勢いよく奪った。


 いや、確かにリーネがグリフォンの巣で手に入れた豪華絢爛な品々を換金したと言っていたし、もうすぐ給料として換金したお金を渡すと聞いていた。だが、給料明細書をヒビキが持っていることは聞いていない。


「いえ、他にもありますよ。住民票や保険証、銀行口座の開設手続き証明書などなど」


「本当に何でヒビキが持ってんだよ!」


「アリアさんと一緒に役場で作ってきたんです。一応言いますが作り立てですよ?」


「関係ねぇよ。というかなんで俺がいないのに作れてんだよ!」


 こういうのって本人がいないと発行できないはずだよな。こっちの市役所仕事がどうなってるのか分からないけどさすがに杜撰すぎないか?


「現世から迷い込んだジン君は黄泉の国での扱いが特殊なんですよ。昔のようにそういう仕組みがなければ別に構わなかったんですが、この街に君を無理やりねじ込むにはどうしても必要なことでしたので。ちなみに身元保証人は我々です」


 なるほど。俺みたいに現世から地獄に向かわずにそのまま黄泉の国に来るのが珍しいことだから俺がその場にいなくとも身元保証人さえいれば発行できると。それなら納得――できねぇよ!


 絶対にいつかこの仕組みを変えてやる。面倒くさいかもしれないが、本人がいないのにこういうのを発行されて悪用されたらたまらない。俺はヒビキから奪った書類の数々を大切に抱えて睨むように不満を伝える。


「では行きますかジン君。時間には余裕を持って行かないと」


 しかし、ヒビキはそんなことは関係ないとカランコロンと下駄の音を鳴らして歩き始めてしまった。


「いやいや、ちょっと待て、これ全部部屋に置いてくるから!」

 

 俺はこの書類を部屋に隠すために走った。

 こんな大事そうなものを持って街を歩くことなんてできるわけがない。もうこの時にはエルフのことなんて俺の頭にはなかった。給料明細書に書いてある金額に目を通して、さっさと棚にしまった。


 まあ、何はともあれ初めて給料をもらった。これが自分の力で手に入れた初めての賃金だった。



 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 俺は身を粉にして稼いだ初めての給料を前に何も感じていなかった。

 これが現金で手渡されたなら違ったかもしれないが、給料明細書に記載された無感情な冷たい数字では俺に感動を与えることはできなかったのだ。


 初めて手に入れる給料というのは嬉しいものと思っていたのに…


 いや、たぶん俺が働いたと思っていないからだろう。きっと汗水たらして頑張ったなら達成感を得られて嬉しいと思えたはずだ。この給料明細書に記載された金額がどんなに多くても、俺にとっては泡銭だ。どこまでいっても軽いのだ。


 そんな複雑な心境のまま俺はヒビキの横を並ぶように歩いている。


「元気がありませんね。それでもかなり色を付けて渡しているはずですが少なかったですか?」


「いや、不満はないよ。それにこっちでの金の価値が分からないんだ。ここにどれだけゼロを付けられても価値が分からないなら素直に喜べないだろ?」


「冷静ですね、ボクは素直に喜びますよ。お金は無くて困ることはありますが、ありすぎて困るものではありません。実体験なので分かります。それともジン君はお金を多く貰うことに不満を持ち変わり者なんですか?」


「……なんか軽いんだよ。初めて貰う給料はもっと価値のあるものっていうか、何だろう。…まあ、とにかくもっと感動するものだと思ってたんだよ」


「それは可笑しい。お金というのはどんなあくどい手段で稼いでも価値は変わらないものです。要するにただの気の持ちようですよ。気の持ちよう。なのでまずはジン君のした仕事を認めてあげることから始めたらどうでしょう」


 まあ確かにヒビキの言う通り俺の気の持ちようなのかもしれない。

 自分でバイトして稼いだ百円も、道端で偶然拾った百円も経緯はどうあれ買えるものは同じだ。まあ、このお金は道端で偶然拾ったと思うことにしよう。というかどんなにあくどい手段って例えとしてどうなんだ?

 

「なら悩んでいるジン君にこっちでの一般常識を教えましょうか!」


 ヒビキはいつも通りの大袈裟な動きで両手を広げてそう言ってきた。

 

「まずはお金の単位からですかね。この硬貨を見たことはありますか?」


 ヒビキは麻の葉模様が入った巾着袋のようなものを懐から取り出して中身を見せてきた。いくら覗き込んでも影になって見えないかったので、仕方なく巾着袋の中から円形の物体を取り出す。


 銅貨と銀貨だ。現世の五円玉や五十円玉のように中心部に穴が開いている。デザイン性はあまり感じないが数字が刻まれたシンプルな貨幣だ。


「金貨はさすがに持ち歩いていないですが、これがこの国で流通している通貨です。これに加えて銅貨と銀貨にも複数の種類があります。まあ、三種類ずつですが……。ちなみに単位は銭と円です」


「円って現世と同じなのかよ? なんでだ?」


「ああ、それは簡単です。ヘンリーという名前は聞いたことがありますか? 彼は現世からの流れてきた本を奪衣婆から買い取ってこの町の図書館に寄付しているのですが、そこで見聞きした知識や技術を街の発展のために流用しているんですよ。だからあちらとの共通点が多くあるのです」


「へえー、凄いな」


 ヘンリーという名前は当たり前のように聞いたことがある。昨日もリーネとサクラコさんから聞いた。偉い人だというのは知っているが頭が切れる人でもあるようだ。俺は噂ばかりで直接会ったことはないのだが、噂だけを集めてヘンリーさんの人物像を想像していくとどこかの偉人が出来上がりそうだ。


 というかこの街の気持ちの悪い違和感の正体が分かった気がする。


 所々で現代の常識が通用するのだ。ヘンリーさんのおかげか確かに江戸時代の街並みを残して発展したこの街は街並みだけじゃなくて明治時代辺りの文化と現代の文化がすべてごちゃごちゃなんだ。外国人の想像では日本にまだ侍と忍者が存在すると思ってる人がいるらしいがそれと同じだ。


 いや、もっと酷いぐらいですれ違いがある。さっきの円と銭がいい例だ。単位は現代に住んでいた俺でもわかるが通貨の価値は違う。五十円玉や百円玉なんかないし、紙幣もない。だが円という単位はこの街でも使われている。その小さな違和感が積み重なってこの街全体が気持ち悪く感じていたのだ。


「話を戻しますが、この銀貨が一枚あれば頑張ると一日ぐらいは生活できます。こっちの銅貨は一枚では買えるものが殆どありませんが良く使います。他にも――」


「ちょっと待てそんなに一度には覚えれない」


「まあ、使っていればすぐに分かるようになりますよ。そうですね、ボクからは一番高い価値のある金貨だけは覚えておきましょうか。金貨が三枚あれば名匠が打った業物が余裕を持って買えるぐらいでしょう」


「いや、逆に分かりにくいんだけど。刀の値段なんて俺が知ってるわけないだろ」


「そうですか? ではここで実際に使って覚えましょうか」


「はあ?」


「ここは柳ノ大路です。ボクがジン君に紹介したかった人呼んで”鍛冶屋が夢見る”柳ノ大路です。ここでもうジン君の武器を作ってもらっています」


 巧妙な罠に嵌められた。


 ヒビキに案内されて連れてこられた柳ノ大路は他の街よりも江戸時代の雰囲気を感じる場所だった。蛇のように長い川と柳の葉が綺麗な街で目に付くすべてが俺にとっては新鮮だ。日本刀や槍、甲冑などが陳列されている。鉄砲はないが売られているすべてが刃物のような妖しげな光を放っている。


「約束の時間にぴったりです。ですが少しだけ急ぎますか」


 そう言うとヒビキは虫取りに行く小学生のように目を輝かせて足早に街の奥へと進んでいった。というか聞き捨てのならないことを口にしていた。『もうジン君の武器を作ってもらっています』ってお金はどうしたんだろう。まさか俺の口座に入っているのを勝手に使ったわけではないだろう。


 そんなことを考えているとヒビキの背中が遠くなっていた。俺は取り敢えず話を聞くためにその背中を追いかけることに決めた。


 俺は走って追いかけるがヒビキとの差が埋まらない。あいつ足が速いんだよ。しかし、こんな場所で迷子になったら帰り道すら分からない。だから俺は急いで追いかける。


 だが暫くするとヒビキが止まったのが見えた。


「遅いですよ。では入りましょうか?」


「…はぁ…ッ…ヒビキが……速すぎるんだよ」


 俺は一先ず息を整える。

 両膝に手を置いて、肩で息をするように整える。


「おお! ヒビキじゃねぇか!! 久しぶりだな!」


「はい、お久しぶりです。ところで親方、黒之助を呼んでくれませんか?」


「ああ、ちょっと待ってろ! 黒之助!! お前のお得意様ださっさと来い!」


 台風のような人が現れた。ヒビキに親方と呼ばれた声が馬鹿でかいこの男は背は小さいが骨は太い。親方という呼び方が似合うほど深い皺が刻まれている。


 いや、そんなことよりもヒビキに聞きたいことがあったんだ。


「なあ、ヒビキ。武器と言っても金はそんなにないぞ。俺の口座に入っている金額は金貨三枚どころか一枚にも届かないんじゃないのか?」


「はい。当たり前じゃないですか?」


「ならどうすんだよ。出世払いでは通用しないだろ!」


「なので最初に言ったじゃないですか、ボクからジン君にプレゼントがあるって」


「………」


 そこで会話が途切れた。目の前の男に視線が集中したからだ。顔を真っ黒に染め上げた汗だくの男が突っ立ってたのだ。手には布を包帯のように包んだ物体を持っている。


「うわぁ!」


「ああ、もう来たんですか黒之助。早速になって悪いのですが注文の品を見せてくれませんか? ボクの注文通りか確かめたくて」


「………」


 黒之助と呼ばれた不審者のような男は手に持っていた布を包帯のように包んだ物体をヒビキに押し付けて戻っていった。その様子はまるで何かに取り付かれたかのようで不気味だった。


「ああ、悪いなアンタ!! 黒之助はああいうやつなんだ!」


「いや、それは構いませんけど……」


 親方は俺の肩をかなりの力で叩きながら、ガハガハと笑った。


「……それよりもヒビキこれは?」


「どうやら注文通りのようですね」


 ヒビキは黒之助という男から受け取ったその品を持っただけでそう呟いた。

 まだ布に包んだままなのに何でそんな感想が出るのかが俺には分からない。中身は何だろうか。そう考えた瞬間ヒビキは俺にそれを黙って渡してきた。そのまま自分で開けということだろう。俺はヒビキから無言のメッセージを感じ取り、ゆっくりと布に包まれたそれを開いた。


「なんだこれ?」


 深海のように全てを黒く塗りつぶし飲み込むような刀剣だった。

 柄を握ってみると刀剣の先端の方から重さを感じる。重心が奥にあるようだ。


「鉈みたいな形だな…」


「はい、その通りです。ジン君にはあまり力がないので、振り回すだけでもある程度切れるように重心を剣先にずらした結果、そのような形状になりました。舶刀(カットラス)がモデルですね」


「それにこれは……グリフォンの爪が混ぜてあるなぁ! 珍妙な。一体、何処で拾ったんだ!」


「グリフォンの巣ですよ。ほら、ジン君は覚えていますよね? 帰り道にあげると約束したじゃないですか? せっかくなので混ぜてみました」


「それなら鏃の方が良かっただろ! 剣に混ぜるなんて聞いたことがない!」


「弓はジン君が使えないんですよ。それに、聞いたことない手法で作る方が職人の血が騒いで面白いでしょう?」


「ああ、面白い! せっかくのグリフォンの爪をわざわざ鉄に混ぜて打つなんて考えたこともない! あまり意味があるとも思えんしな!」


 親方とヒビキの会話の最中でも俺はこの鉈のような刀を握ったままだった。手から離れない。剣自体は重いはずなのに指が吸盤のように吸い付いて離れないのだ。こんな感覚は初めてだ。これがと名匠に打たれた刀の魅力なんだろうか……


「それよりも刀の名前はどうするんだ! もう決まっているのか?」


「いえ、まだ決まっていません。それが一番の悩みどころですね……どうしましょうか?」


「……名前なんて何でもいいんじゃないですか?」


「バカ野郎! 名前が一番大事だろうが! 黒之助を呼び戻せ! 名前を全員で考えるぞ!」


「あ、そうでした。親方、短剣の見学をしてもいいですか? ジン君に必要なのでこの機会に安いのを一つ買わせておきたいのですが」


「それは構わねぇが……そんなことよりも名前が先だ! 刀に名前がないなんて魂が宿らんだろ!」


「……いや、何でもいいっすよ」


「いや、ダメだ! 全員で名前を考えるんだ! 短剣はその後でいい!」


 親方とヒビキと俺、それと呼び戻された黒之助さんの四人でこの刀剣の名前を日が沈むまで考えた。結局名前は最初に候補に挙がった”鷲獅子の爪痕(そうこん)”に決まった。

 

 明日に迫った出航の日を前に俺は何でこんなことをしているのだろうか……


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