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第十一話 『影』


「レインのことはもっと早く話しておくべきだったな……」


 遅れて合流してきたシュテンが神妙な面持ちでそんなことを言ってきた。初めて聞いたシュテンの反省しているような口調に戸惑いながらも俺はもうすでに彼らの話を聞く態勢になっていた。


「レインちゃんがキョンシーってどういうことだ? 俺にはもう訳が分からないんだけど……」


「ああ、そうだな。何から話したらいいんだろうな」


「まずジン君はキョンシーについてどこまで知っていますか?」


 ヒビキは斜め右からシュテンと俺の会話に割り込んできた。


 男三人だけで焚火を囲む。それは傍から見れば奇妙な光景に映るかもしれない。だが、三人で頭を寄せ合い真剣な表情で語り合う。


「確か中国の妖怪だったよな……死体が動く、ゾンビみたいな…」


 レインちゃんの姿が頭に浮かぶ。


 俺の知っている彼女はいつも遠慮気味で、大人しくて、動物が好きで、花が咲くように笑うただの少女だった。いや、ただの少女のはずだった。


 しかし、先ほど見た姿は俺の知っている彼女とは似ても似つかない。いつものレインちゃんとは正反対の野生の獣みたいな姿だった。

 

 彼女の眼は虚ろで白目と黒目の境界がぼやけていて、若く健康的だった肌は死人よりも青白く血の気がなかった。爪や歯は狼のように鋭く、俺の眼を狙ってきた素早い動きは的確で凶暴で残虐だった。

 

「ぞんび?というのは分かりませんが、その認識で間違いないでしょう」


「ならレインちゃんは……えっと、死んでいるの?」


 彼女が暴れた弊害はまだこの場に残っている。予定ではみんなでテントの中で横になり、身体を休めているはずだったのに今は空気が張り詰めている。


 ベテラン海賊の方々はこういう非常事態に慣れているのか鼾をかいて寝ている人もいるが、問題は俺と同じ新入りのほうだった。


 チラチラとリーネとレインちゃんが寝ているテントの方向を見ている奴も多くいる。とにかく落ち着きがない。襲われたはずの俺の方がまだ冷静だった。


 でもまあ、それは仕方がない。彼らはレインちゃんのことをまったく知らないのだ。彼女が暴れた時の静まり返った雰囲気は凄かった。時が止まるとはあの空気を表現するときに用いるのだろう。静寂が場を支配していた。


「死んでるのってお前も死んで現世からこっちに来たんだろうが」


「いや、そうだけど。そういうことではなくて」


「分かっていますよ。レインは死んでいるわけではありません。彼女は今も生きています。でも……この言い方だと誤解を招きかねませんが、彼女は現世では死んでいたも同然だったのです」


「あ、それってどういう――」


 どんな話でも受け入れる覚悟がある。ただ贅沢を言うなら少しだけ心が備える時間を欲しかった。しかし、そんな俺の思いは伝わらなかったようでヒビキは俺の言葉を遮って話を続ける。


「くるま?の事故に遭ってから病室で寝たきりの状態だったそうです。意識を取り戻すこともなくただ死んでしまったかのように……」


「それは……」

 

 『脳死状態だったのか』という俺の口から出そうになった言葉を無理やり飲み込んだ。ヒビキの淡々とした語り口からは想像できないほど重い。レインちゃんはこの場にいないが俺の倫理観がその単語を口にすることを拒否したのだ。


「………なんでキョンシーになったんだよ」


 なんとか絞り出した疑問にシュテンが答えた。


「事故で妻も失って、イカれちまったレインの親父が娘を巻き込んで自殺したんだとよ。……まあ、不幸だったのはその親父が死天山で目を覚ましたことだな」


「それがキョンシーになったのと何の関係があるんだよ?」


「レインが言うには彼はもともと中国の歴史研究家だったそうです。考古学者と言うんでしたっけ? きっと考古学に傾倒していくうちに自身でも気付かない間に怪奇へと魅入られてしまったんでしょうね。娘の死体を抱え死天山から命からがら逃げ出して、娘を甦らせようと色々と試したんですよ。ただその一つが運悪く成功してしまったのです。ジン君、道士という言葉に聞き覚えは?」


「いや、まったく……」


「道士とは道教を信奉し、道教の教義にしたがい活動するもののことですよ。ただその儀式の一つに埋葬されていない死体を媒体とし、魂を入れいることでキョンシーとするものがあるんです。彼はなぜかそれを知っていたんです」


「……ちょ、ちょっと待ってくれ。それって辻褄が合わなくないか?」


 俺はいままでの話を頭の中で急いで整理していくうちにおかしな点を見つけた。


「その話が合っているならレインちゃんがキョンシーになった経緯はだいたい分かった。だけどそれはキョンシーになった理由だ。彼女がレインちゃんなことの説明にはならないはずだ」


「あぁ? 何言ってんだ?」


「それはレインが自分の意識を取り戻した理由ということでいいですかね?」


「ああ、それで合ってる」


 首を傾げるシュテンを無視して俺はヒビキと話を進める。


「それがレインの一番の不幸といってもいいですね。ただ父の無知のせいで彼女は今もキョンシーという特異体質に振り回されて苦労しているんですから」


 ヒビキの焦らすような回りくどい説明にいい加減イライラしてきた。シュテンもそうだがみんな核心をできるだけ避けてわざと時間をかけているように感じる。俺が不満を漏らすために口を開いたその瞬間――


「後は私が説明してあげるわ」


 リーネの凛とした声が聞こえた。


 いつ近づいてきていたのか分からなかったが、隣にはレインちゃんの姿がなかった。おそらくテントの中で休んでいるのだろう。そんなことを考えている間にリーネは俺たちと同じく焚火を囲むように座り込んだ。


「リーネ、レインの調子はどうだ?」


「さっきようやく眠りについたわ。たぶん不安だったのね」


 リーネが一度伸びをする。身体をほぐすようにストレッチのような動きをしているが、目の前の炎が映る赤い瞳には後悔の色が濃く滲んでいる。


「ごめんなさい。ジンにも早めに話しておきたかったけど、レインのことを深く話すことになるでしょう。私がそのことを躊躇っているうちにあなたを危険にさらしてしまったわ。それに……これは私の我儘なんだけど、できればレインのことは責めないであげて欲しいの。あの子は、ただ驚いちゃっただけで……いえ、我儘過ぎたわね。忘れてちょうだい」


「……それはいいよ。怪我なんかしてないし。それよりも話してくれよ。レインちゃんが何でキョンシーになったのかを」


 俺とリーネの視線が交差し合う。俺は彼女に頭を下げて謝って欲しかったわけではない。レインちゃんの事情は何となくだが分かった。だから、ただ俺のことを信じてありのままの事実を話して欲しいだけなのだ……


「そうね。簡単に言えばレインは死んでなかったのよ」


「はあ? どういうことだ、それ」


「そのままの意味よ。レインは魂だけで黄泉を彷徨っていたけど肉体が現世にあったから不完全なままこちらに来たのよ」


「縛魄鬼って知ってるか? あいつが肉体を奪い取れなかったんだよ」


「そうね。レインの父親が娘を巻き込んみ自殺したことでレインの肉体もこちらに来れたのだけど……」


「精・魂・魄を一度に奪えなかったせいか、不完全な状態で放置されていたレインに魄がなかなか馴染まずに意識を取り戻すのがだいぶ遅れちまったらしいんだ。これは三匹からオレが直接聞いた情報だから間違いないぜ」


「そうレインの父親は娘は死んだものと思い込み、儀式を行った。いやもう関係なかったのかもしれませんね。彼は一種の狂気を瞳に宿していましたから」


「でもレインちゃんは生きていたんだろう? ならそんな儀式なんて上手くいかないんじゃないのか」


「それが上手くいってしまったのよ。現にレインはキョンシーになっているもの」


 パチパチと――火の粉の爆ぜる音が弱くなってきた。


「理屈は簡単ですよ。儀式によって空っぽな身体に魂魄を多く注ぎ込んだからキョンシーになったようです。まあ、土地のおかげもあるでしょうね。穢土の近くには穢れた魂が彷徨っていますから」


「そんな簡単って……」


「簡単なことだったのよ。そんな簡単な偶然が重なったせいでレインはキョンシーとして甦ったの。目を覚ましたときにはもう手遅れだったそうよ。レインの父はキョンシーから元に戻る術を誰にも話さないまま、もうこの世から去ってしまったんだから……」


 再び、沈黙がこの場を支配した。


 このメンバーでここまで重い雰囲気になるのは俺の知る中で初めてのことだった。だが、そんな重たい沈黙を破るようにリーネはわざとらしく欠伸をした。


「そろそろ眠くなったし、私はレインのいるテントに戻るわ。みんなもしっかりと休みなさい。明日も早いわよ」


 コツコツ、とリーネは靴音を鳴らして俺たちから遠ざかって行く。


 彼女が沈黙を破ってくれたおかげか不思議とさっきまでよりも息がしやすくなった気がする。


「さてとレインのことはリーネに任せてボクたちは火の番を続けましょうか。ほら、火の勢いが弱くなってるみたいですよ、薪を追加しましょう。今晩は、特に冷えるようですから……」


 ヒビキがリーネからバトンを受け継いだかのように会話を再開した。彼からの指示を受けた俺は切った枝木を焚火に追加していく。このとき新しい枝木に押しつぶされた煤けた焚火が目に入った。


 雪のように積もった灰が俺の運命を暗示しているようで無意識のうちに目を逸らしてしまった。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「お兄さん、昨日はすいませんでした」


 翌朝にカツキの手を借りて一緒にテントを畳んでいるといきなりレインちゃんが頭を下げてきた。開口一番のことだった。朝食の時、彼女の姿が見えなかったので心配していたけどこの様子ならどうやらもう大丈夫みたいだ。


「いいよ。もう気にしていないし、詳しい事情はもうリーネたちから聞いたしね……」


「いえ、私が謝りたいんです。いままでは何とか制御ができていたんです。自分の意志でユキと変わることができていたし、人を襲ったことなんかなくて……」


 頭を深々と下げたまま、少し早口でレインちゃんは言葉を紡ぐ。


「いや、本当に大丈夫だよ。少し怖かったけどさ。ほら、どこにも怪我なんかなかったし……それにレインちゃんのことを知れてよかったと思ってるよ」


 俺は自分でも鼻をつまみたくなるほどくさいセリフを口にしていた。気持ち悪いかもと思ったが俺の本心なのでしかたがない。何が悪いかと考えたが気持ち悪いセリフが頭に浮かんだ俺が悪い。……やっぱり俺が悪いのか……


「ありがとうございます。お兄さん」


「それよりもレインちゃんユキって?」


「……キョンシーに変わった私のことです。父がそう呼んでいたそうなので」


 何やら彼女の地雷を踏み抜いた気配がする。話題を少しでも明るい方向に持っていこうとしたら特大の地雷を踏んでしまったみたいだ。助けを求めて隣にいたカツキに視線を向けたが、もうそこに彼の姿はない。いつの間にか他のグループの輪に混じっていた。


「……そっか、じゃあ俺もユキって呼んだ方が分かりやすいかな?」


「はい。どちらでも構いませんよ。お兄さんの好きに呼んでください」


 たぶん傍から見るとぎこちない会話になっていると思う。俺の対話能力が未熟でなければリーネやカツキのように相手と関係を築くのに苦労しないのだろう。でも俺たちにはこの気まずさでいい。これは俺とレインちゃんがお互いに距離を縮めようとしている証拠だからだ。 


「……あ、そうだ! レインちゃん。火鼠の皮衣はもう持った?」


「あ、いえ。まだですけど……」


「ならこれをどうぞ。リーネのやつがさっき預けてきたんだ。俺からレインちゃんに渡しておいてくれってさ」


「あ、ありがとうございます……」


 レインちゃんには指先をもじもじと動かして上目遣いで俺を見つめてくる。なんで女の子の上目遣いってこんなにも可愛く見えるんだろう? これにはきっと科学的な根拠があるはずだ。現世にいたら速攻で調べていたかもしれない。


「えっと、それにしてもなんで外套がいるんでしょうか……こんなことでグリフォンの巣から生きて帰れるとは思えないのですが」


「それはね――」


「それはグリフォンが視力に優れた生き物だからだよ」


 意気揚々と昨日シュテンから聞きかじった知識をひけらかそうと口を開いたのとほぼ同時に、カツキがこちらに戻ってきた。


「グリフォンは獲物の動きには敏感なんだ。視力だけでいったら人間の八倍以上らしい。数百メートル離れていても見つかってしまうんだ。それに色の識別能力も高くてね、小さな痕跡でも見分けることができるんだ。だから、オレたちは擬態することを覚えた。つまり、視覚が鋭いグリフォンが『見えているのに気が付かない』状態を作るためにはそれが必要不可欠なんだよ。それに人間の形って山の中ではとても目立つからね。自然の中では不自然な人間の体の形を誤魔化すことが、その外套の目的ってわけだね」


 カツキは俺がシュテンから聞いたのとまったく同じ内容をレインちゃんに説明した。レインちゃんは感心したように「へぇ」と頷いている。俺はいつも女の子にいいところを見せようとした途端失敗する。どうやら俺は格好つけれない星の下に生まれたようだ。


 俺はイケメンって得だよなという視線をカツキに送り、拗ねるようにその場を離れる。火鼠の皮衣を外套のように頭から被り、出発準備の手伝いをしにいった。 




 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 

 出発準備をすべて終わらせるとすぐ馬を荷車を引かせて走り出させた。ゆっくりと進む馬車を横目に俺たちは徒歩でゆるやかな傾斜の山道を登っていく。

 

「なあ、ヒビキなんで馬車に乗らないんだよ。昨日は乗ってたのに」


「馬が疲れてしまうからですよ」


「いや、わかってるんだけどさぁ」


 隣にはカランコロンと下駄を鳴らし、小気味いい足音を響かせているヒビキがいた。ヒビキは腰には重い刀をぶら下げているはずなのにそんなことを感じさせない軽快な足取りだ。


 というか下駄をはいて登山をするなんて山をなめている奴か、天狗しかしらない。きっとヒビキの正体は天狗なのだ。そうじゃないとおかしい。


 そんなことを考えながら俺は引きずるような足取りで山を登っていく。


「それよりも、ヒビキ。俺はグリフォンのことは説明されたが、作戦のことは何も知らないんだけど大丈夫なのか?」


「あれ、さっき説明したじゃないですか? ジン君は何も考えずに、ただ真直ぐ前の人の背中を追いかければいいんですよ」


「それを説明というなら、ヒビキは教師になれないよ」


 頭から被っている外套のせいか思っていたよりも熱い。空から俺たちを見下している太陽と火鼠の皮衣という見かけよりも厚い生地のせいで汗が全身に滲む。というかこの火鼠の皮衣って通気性が最悪だ。


「教師にはなる予定はありませんが、ボクにも考えがあってのことですよ。それに新入りの多くはジン君と同じこの説明だけを聞いているはずです。これはボクにはまだ経験がないのですが、グリフォンを間地かで見ると恐怖で頭が真っ白になるそうなんですよ。だから頭に入れる命令は最低限にするという工夫をドレークたちが考えついたのです」


 やっぱりヒビキじゃなくてドレークさんが考え付いたんじゃないか。でも確かに理に適っている気がする。高校受験の時に頭が真っ白になった経験はあるが、そのときは塾の先生の言葉が頭に浮かんだ。『試験中緊張したらペンを置いて落ち着け』や『試験前にはチョコレートを必ず食え』とかだったな。


 ……いや、そうだ。思い出した。


 昨日のテントに入って横になっているときに起きたら聞こうと考えていたことがある。


「なあ、ヒビキ。ドワーフが神に捧げるためにグリフォンに用意しているって言ってたよな」


「はい、そうですよ? それが何か?」


 ヒビキが言うにはドワーフはグリフォンを介して神に供物を捧げるために日夜研鑽に励んでいるそうだ。そしてグリフォンの巣にあるほとんどの財宝はドワーフが用意した供物のはずだ。ならば――


「それを奪うのっていけないことじゃないのか?」


「何をいまさら。ドワーフと揉めていると初めて会った時に言っておいたではないですか」


「いや。いや、いや、ドワーフと揉めているって聞いたことはあるがもしかしてこれが原因だったのか? お前たちがドワーフがグリフォンに捧げた供物を盗んだから揉めてるのか……いや、なんで?」


「だって、ボクたちは海賊ですから」


 ヒビキは悪びれもせずにそんなことを口にした。話が通じない。

 

 俺はヒビキに対して抱いてしまったこの気持ち悪さをどう表現していいのか分からずに数秒間、ポカンと口を開けたまま停止してしまった。周りの音が遠のいていく。ようやくこの気持ち悪さを飲み込んだ俺が、頑張って声を絞り出そうとした瞬間――


「伏せろ!!」


 聞き覚えのある声だった。ドレークさんの雄々しい声だ。


 無口だったドレークさんが辺りの大気を震わすほど大きな声を、切羽詰まったような声を上げるなんて何があったのだろう? そう思った俺が先頭の方へ視線を向けようとしたら突然、ヒビキから頭を押さえつけられた。


 唐突な出来事に何が何だかわからなかった。ただ、ヒビキに頭を押さえられた状態のまま動けなかったので、黙って地面に視線を向けていると太陽をさえぎるほどの巨大な影が俺の頭上を通り過ぎて行った。


 通り過ぎて、通りすぎて、遅れて風切り音に襲われた。


 ヒビキに鈍感だと言われた俺でも理解ができた。俺たちの頭上を通り過ぎた巨大な影の正体が俺にだって理解できた。


 ――グリフォンだ。


 グリフォンが俺たちの頭上をものすごい速さで飛んで行ってしまったのだ。まるで風を置き去りにするほどの速度だった。


 ヒビキが頭部を押さえる力が弱くなるのを確認した後、恐る恐る視線を空へと向ける。だが何もいない。一度呼吸を整えて安心したのも束の間。


「見えたぞ!」


 誰の声か判断できない。シュテンか、カツキか、あるいは俺と同じ新入りだったかもしれない。だが注目を集めるのには十分な効果がその一言にはあった。


 その声が聞こえたのとほぼ同時に先頭へと視線を向ける。そこには俺たちの旅の終着点が見えていた。山だ。山が見えた。だが、ただの山ではない。グリフォンの黄金を略奪する外敵から守るように威嚇する天然の要塞がそこにはあった。


 しかし、目の前に広がる悪夢のような光景を見ながら、俺は他のことに思いを巡らせていた。


 ようやくみんながグリフォンの巣と呼んだのが分かった。思い返せば俺と話していた人はどんな時もグリフォンの()と呼んでいたではないか。


「……無理だろ、あれは」


 ――()()頭ものグリフォンが巣の上をゆっくりと旋回していた。

 

 一日前にグリフォン退治しないのかとリーネたちに聞いた俺をぶん殴りたい。不可能だ。退治や討伐をどうやってするのか議論をすることすらも烏滸がましい。そんな次元じゃないのだ。それができる数じゃない。


 グリフォンとは鷲の頭、翼、前脚の爪、背中には羽毛に覆われた獅子の下半身を持つ伝説の生物。それに加え太陽をさえぎるほどの巨体な怪鳥だった。

 

 人間が逆立ちしても勝てる相手じゃない。


 俺は処刑場へ向かっている気分のまま馬車に引きずられていくように一歩、さらに一歩、とグリフォンの巣へと向かって行った。グリフォンという怪物の姿を一目見た新入りたちの足取りは今朝、出発した時よりも明らかに重くなっていた。


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