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第九話 『合流』


 グリフォンの語源は古代ギリシャ語の『曲がった(くちばし)』の意味からきている。


 グリフォンとは鷲の頭、翼、前脚の爪、背中には羽毛に覆われた獅子の下半身を持っているとされる伝説の怪鳥であり、山の中に棲み、高巣と呼ばれる黄金の巣をつくるとされる。


 黄金を発見し守るという言い伝えから知識の象徴とする図像で用いられ、また鳥の王と獣の王が合体しているため王家の象徴としても持て囃されていたとされる。この影響からか現世でも伝説の生物として古くから多くの物語やゲームなどで登場している。


 また、グリフォンの黄金を盗もうとするものから注意深く巣を守る姿からドワーフたちが神の使いとして崇めているようで、ある時期になると神に捧げる供物として黄金などの宝石を編み込んだ豪華絢爛な品を献上しているらしい。一見無駄にも思えるが宗教的な側面があるようで、ドワーフたちは神に献上する品を高めるためだけに日夜研鑽に努めていると聞く。


 さらに、死骸から剥ぎ取った肋骨や羽の羽茎はとても強い弓が作れるらしく、素人でもその弓に矢を番えて射ると鉄板に穴を開けるほどの威力になったと噂された。行商人がグリフォンの死骸を発見すると運んでいる荷をすべて捨ててでも町まで持ち帰るらしい。それほど高値で取引されているようだ。


 まあ、なんだ。俺がこんなにグリフォンのことに詳しいのは博識だからというわけではない。ただ単純に横にいるヒビキに聞いただけなんだが……



 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「以上がグリフォンに対してのざっくりとした知識です。覚えましたか?」


「ああ、うん。なんとか……」

 

 初めて出会ったときと同じ位置でヒビキの話を聞いていた。

 イナミ村を出発してもう三日ほど経ったころだろうか……

 

 レインちゃんが手紙を持って来たあの時からリーネの行動は迅速だった。

 どれほど迅速だったかというと翌朝にはイナミ村を出発したぐらいだ。


 だがそこまで疲れていない、むしろ充実していた。


 シュテンから帆の張り方を学んで、アリアさんから約束通りに英語の授業を受けた。他にもヒビキから様々な蘊蓄を聞いていうちに流れるように時間が過ぎていったからだ。


 どうやら俺の身体も数々の肉体労働によって鍛えられたみたいだ。


「まあ、後は道中で説明すればいいですね。まだまだ先は長いですから……あ、それよりもこれをどうぞ」


 そう言ってヒビキが差し出してきたのは片手で扱えるほどの大きさをした短刀だった。その短刀には鍔がなく、柄と鞘がぴったり納まっている。桜花の意匠が凝らしてあるだけの無骨なものだ。


 これはイサヒトさんが俺に『何も持ってねぇだと!死にてぇのかお前さん。しょうがねえなぁ、なら俺の昔使っていたのを貸してやる』と言い、この短刀を貸してくれた。


「昨日のうちに研ぎ終えてたのですが、その必要のなかったですかね。それほど手入れの行き届いたよい刀でした。大事に使ってあげてください」


 ヒビキから受け取ったイサヒトさんの短刀にはどっしりとした重みがある。これは生き物の命を奪える重みだ。


「……ヒビキやっぱり危険なのか、グリフォンって」


 短刀の重量を右手に感じると同時に今まで押し殺してきた不安が口からこぼれてしまった。


「そんなことはないですよ」


「本当に?」


「本当ですよ………まあ、運が悪ければ死にますが」


「やっぱり危険じゃねぇか!」 


 俺の質問に対して、ヒビキはいつもと変わらない笑みを浮かべていた。


 一ヶ月足らずの付き合いだがヒビキのことはもう結構理解できてきた。こいつは兄貴と同じで自分の基準でしか物事を計れないタイプの人間だ。だからこういう時には参考にしない方がいい。


「そこまで不安ならば、守り刀とでも思えばいいんじゃないですか」


「守り刀?」


「そうです、ジン君に降りかかる邪気や厄災を払うためのお守りとして持っていけばいいんですよ。そもそも短刀程度の刃渡りでは役に立たないですから、素手よりはましだと腹を括りましょうよ」


 じゃあなんでイサヒトさんは俺に短刀を貸したんだよという野暮なツッコミはやめておく。ヒビキの言ったように素手よりはましだ。そう腹を括り、皮のバックに短刀をしまう。


 ……関係ない話だが、任侠映画のドスと短刀って何が違うのだろう? いや何か違いがあるかもしれないが、パッと見て違いなんてわからない。


「ジン君、ヒビキ、二人とも手伝ってください!」


「あ、はい。すぐに行きます」


「アリアさんに怒られてしまいましたね。ではまた後で」


 アリアさんからの叱責を受けて、ヒビキと俺はそれぞれの作業に戻った。

 まあ、アリアさんが怒るのも仕方がないか……


 羊皮紙に書かれたドレークさんの伝言に従い、俺たちはイナミ村から遥か東にある大陸にいた。


 ドレークさんはリーネの他にもロバーツという人にも手紙を出していたようで、港には三隻の船が停船している。まあ、港といっても俺がリーネたちの仲間になったあの港よりは地味でこじんまりとしている。


 そんな小さな港で各自グリフォンの巣に近づく準備をしている。なので本当に無駄話をしている暇はない。

 

 俺は足元に置いてある布に包んだよくわからないものを両手で持ち、緩やかに船を降りて上陸した。海を越えて初めて踏み締めた大地は、アメリカでもヨーロッパでもなく、まだ名前すら知らない未知の世界だった。


(そういえばあの街、いや国?の名前はなんというのだろう…)


 今更ながらそんなことを考え、両手に抱えた物体を馬車に積むため歩を進める。


 馬なんて初めて見たが、デカい。

 ここに居るのは年老いた馬だけを集めて連れてきたと聞いていたが、その話が本当かと疑うぐらいにはデカい。 


 栗色の短い毛にすらっと長い四肢がかっこいいと素直に思う。

 すらっとしているのにデカいと脳が認識しているのは単純に筋肉量がすごいのか、野生動物の力強さを肌に感じ、特徴的な黒い蹄が硬い地面に足跡を残す。


 ここまで魅力を語ってみたが、俺は馬のことをそこまで知らない。 


 蹴り殺されるので馬の後ろに立ってはいけないとは聞いたことがあるが、逆に言えば俺の馬についての知識はそのぐらいだ。

 

 なので厩務員のように馬の世話をしている人がいる馬車の頭の方から荷物を運ぶことにした。先ほど実感したことだが馬はかなり頭がよい。初めて見た馬の顔が意外と不細工だと俺が思った瞬間、馬のくしゃみを顔全体で浴びることになった。かなり生臭かった。


 馬に感情を悟られないよう気持ち足早に通り過ぎていく、だが馬にバケツで水を飲ませたりしている男たちの中に見知った背中があった。


「レインちゃん、これって、ここでいいのかな?」


「はい、後は私がやっておきます」


 レインちゃんは栗毛の馬を撫でている手を止めてこちらを振り向いた。

 どうやらリーネの船での動物係は彼女のようだ。


「ねえ、レインちゃん。単純な疑問なんだけど馬とかさ、デカい動物が怖くないの?」


「怖いですか? ……むしろ可愛くないですか?」


「可愛いねぇ……」

 

 信じていないわけではないが、本能的には自分よりも身体がデカい生物が現れたら怖いと思うのが当たり前ではないのか?


 いや、レインちゃんが言う様にこういうのは慣れたら何ともないものだ。この船の先輩である彼女の言葉に従って試すべきだと思い切って彼女が世話をしている鹿毛の馬の顔をじっくりと見る。


 あ、よりにもよって俺にくしゃみを浴びせてきた奴だ。今見てもやっぱりブサイクだよな。表情に出さないようにそんなことを考えた瞬間、馬の鼻がピクリと動いたのが見えて――


「あっぶねぇ!」


 こいつまた俺目掛けてくしゃみをしてきやがった。どういうことだ、今回は反省を生かして表情に出さないように頑張っていたのに……


「怖がりすぎですよ、お兄さん。この子は特に賢いのでお兄さんの考えていることが分かってるんですよ。ほら笑顔で優しく撫でてあげてください」


 そうやって優しく撫でようと彼女が手を近づけると、この馬は自分から額を擦り付けるように迎えに行った。だからレインちゃんをお手本に俺も撫でてあげようと手を伸ばすが、睨まれた。

 

 いや、待て。分かったぞ。こいつさてはただの女好きなんじゃないのか?


 この馬の顔が完璧にスケベ親父と同じだ。だから男の俺が嫌いなのか……よし、こいつのことは助平(すけべえ)と呼ぶことにしよう。そう決めた。


「うん? 痛てぇ!」


 こいつ今度は俺の手に噛み付いてきやがった。

 レインちゃんの言う通り本当に俺の考えているわかってるのかこいつ。


 俺は助平の頭を撫でることを諦めて、彼女の方へ顔を向けた。


「そういえばレインちゃんも行くの? アリアさんと船に残らなくて大丈夫なのか?」


「……私も少しは役に立ちたいので」


「でも、ほら危険らしいしさ。それにレインちゃんは武器みたいなの持ってないよね。俺も短刀を借りたし、本当にグリフォン退治に行くならヒビキに頼んで何か用意した方がいいんじゃない?」


「いえ、大丈夫です! 私は大丈夫ですから」


 ヒビキからレインちゃんが俺と同じく初めて参加すると聞いて心配していた。


 俺よりも一回り以上小さく華奢な彼女が二日かけていくグリフォン退治の道のりに耐えられるとは思えなかった。聞いた話によると死天山のように厳しい山道らしく、休息があるとはいえ俺でもかなり厳しい条件だ。


 だが、彼女はまっすぐ俺の目を見つめて迷わずに答えた。


「任せてください、お兄さん。私も覚悟はしています」


「……そうなんだ」


 やっぱり一ヶ月近く一緒にいると俺の中で彼女の存在も大きくなってしまった。何にでも一生懸命に取り組む彼女のことを素直に尊敬しているので、できれば危険な目に遭ってほしくない。


 だがあんまり強くも言えない。俺もリーネと同じ景色を見るために自らの意思でグリフォン退治に参加しているのだから、レインちゃんの覚悟を優先するべきだ。


「ジン! こっちに来なさい! 貴方にドレークを紹介しておくわ!」 


 遠くの方からリーネの声が聞こえた。


 声が何処から聞こえたのか、耳を澄まして探してみると旗に太陽に吼える獅子が描かれている船の舷側にシュテンと共に立っていた。


 ドレークさんに挨拶しておきたいのはやまやまだが、今はレインちゃんと話している最中だ。俺がリーネに何と答えようか考えていると後ろから助平に押された。


「ちょっと待て、今はレインちゃんと――」


「行って下さい。リーネが呼んでいますし、私はリーネと比べて忙しくないのでいつでも話せますよ」


「……ああ、わかった。後で必ず」


「はい、待ってます」


 そんな会話を最後に背中を小突かれながら、リーネの声がした方に進んでいく。

 助平は空気を読んで俺をレインちゃんから遠ざけているようで、そこからも頭がいいのが伝わってくる。十数頭の馬とガラの悪い人たちの間を縫うように歩いていった。


「あ、来たのね。ドレーク、彼がジンよ。私の仲間になったんだから、あなたも顔だけでいいから覚えておいてね」


「……ああ」


 ドレークという男を一目見てなぜ太陽に吼える獅子が旗に描いてあるのかが分かった気がする。この人は獅子だ。ヒビキのように研ぎ澄まされた身体ではない、シュテンのように種族的なものでもない、ただ野生で培ったような威圧感のある身体だ。獅子の鬣を思わせる荒々しい金髪と鋭い目付きが見る人を圧倒している。


 この人がミミズが這ったような筆跡をしているようには見えない。 


「初めまして平坂仁です」


「……ああ」


 しばらく無言で見つめ合う。いや、見つめ合わされている。彼の肉食動物を彷彿とさせる黄金の瞳が獲物を逃さないように顔を凝視してくる。目を逸らしたら殴られたりしないだろうか……


「お互いの紹介が終わったことだし、話をもとに戻しましょうか。せっかくだから貴方も聞いていきなさい、いつか何かの役に立つこともあるでしょ」


「えェっ!?」


 終わったの、いまので!?


 まだ一言も、挨拶すら満足にできていない。だがリーネとドレークさんはすぐにお互いに視線を戻して話を再開した。


「うちからはジンとレインが初参加よ、レインのことは覚えてる?」


「……ああ」


「そう、なら話は早いわね。今回はロバーツのところの新入りも参加しているみたいだし負担が大きいわ。それにロバーツ本人は来てないみたいだし、大丈夫なの?」


「……それで、構わない」


「ならよかった、まあヒビキもいるから余程のことがない限り死者が出ることもないでしょうし、なりより私がいるもの。頼りにしてちょうだい!」


「……ああ」


 果たしてこれは会話と言えるのだろうか?


 リーネがオウムに芸を仕込んでいるように思えてきた。そもそもこの二人は父と子ぐらい年齢が離れているように見えるが一体どういった関係なんだろう?


 いろいろな疑問が頭の中に溢れてきたが、それよりもさっきの会話の中でおかしな部分があった。


「なあ、グリフォン退治って新入りが参加するものなのか?」


「グリフォン退治? なんで退治なんかするの?」


「え、いや、だって……」


 ならなんでわざわざグリフォンの巣なんかにいくんだ……


 この短刀やヒビキの言い分から察するにグリフォンの死骸を持って帰るんじゃないのか? 死骸を売れば商人がしばらく遊んで暮らせると聞いたのけど……


「……グリフォンには、黄金や宝石を自分の巣に持ち帰る習性があるのは知っているか?」


「え、はい」


「……グリフォンの巣にある財宝を盗むことが、我々の目的だ」


「そうよ、自分に利益を運んでくるミツバチを殺そうとする養蜂家がいる? いないでしょう。だから私たちはグリフォンをできるだけ傷つけずに貯めこんだ財宝だけを袋につめて逃げるのよ」


「つまり、グリフォンからお宝を盗むってころか?」


「まあ、そうなんだけど……盗むって言われると人聞きが悪いわね。ジン。あなたに一つ、教えてあげるわ。海賊はお宝を『盗む』じゃなくて『頂戴する』っていうのよ? 覚えておいて?」


「……そうなんだ」


「そうよ。まあ、新入りが私たちの仲間として覚悟を固める度胸試しだと思いなさい」


 リーネはいつも通りに腕を組んで自信満々にそう告げた。


 度胸試しか…そっちの方がいいな。心の不安が少し和らいだ気がする。グリフォン退治って、グリフォンを殺さないとって考えていたからいけなかったようだ。でもそうか……血を、死体を見なくていいのか……


「……これを、渡しておく」


「これは?」


 ドレークさんにいきなり土色の毛皮を渡された。その毛皮は見た目より厚く、獣の独特な臭いはしない。ドレークさんの説明を待っていても一向に口を開いてくれない。それを見かねたシュテンが俺とドレークさんの間に立ってくれた。


「ああ、火鼠の皮衣つってな。地獄に棲む火鼠の皮を剥いだだけの代物だが、焼けない、燃えない、丈夫と三拍子そろった便利な布だ」


 火鼠の皮衣って確か竹取物語でかぐや姫が求婚相手を断るための無理難題として出てくるやつだったよな。かぐや姫が皮に火をくべたらめらめらと燃えったってオチだったはずだが。というか焼けないと燃えないって同じ意味だから三拍子そろってないじゃねぇか。


「いや、だからこれを何に使うんだよ」


「これはグリフォンから財宝を盗んだ後に姿を隠すために使うのよ」


「……こんなんで本当に大丈夫なのかよ、ただの布だぞ?」


「グリフォンは獲物の動きには敏感だからな。それを着て周囲の風景に溶け込むんだよ。それにニンゲンの身体は山の中じゃあ目立つからなぁ。丈夫なその皮を頭から被ってるだけでも、遠くからじゃ見つかりにくくなんだよ」


「へぇ、そういうものなのか……」


 要するに、この布、火鼠の皮衣を使って昆虫みたく地面に擬態するってことか……


「……日がある内に、ここを出るぞ」


 そんなことを考えているとドレークさんが太陽の位置から時間を判断するためか空を見上げて、ぽつりとそう呟いた。


「まだ時間はあるんじゃないの?」


「……今日中に、ドワーフの参道まで行かねばならん」


「それってどれぐらい時間がかかるんだ?」


「……半日ほど、だ」


「すぐ出ないとマズイじゃない! みんなに伝えてくるわ!」


 リーネとシュテンは慌てて船員たちが作業している場所に駆け出した。


 二人がいなくなった結果、この場に残されたのは俺とドレークさんというなんとも気まずいことになった。俺は二人の後を追うかどうか悩んでいると――


「……まだ余裕はあるのだがな」


 ドレークさんのそんな独り言が俺の耳に届いた。それをもっと速くドレークさんがリーネに言えばよかったんじゃないか?


 そう思ったが彼女の姿はもう見えない。わざわざ探し出しても意味がないだろう。それに、早く出発するに越したことは無い。


 慌ただしい船の上で、空を黙って見上げながら俺はそんなことを考えていた。


 どうやら想像よりも締まらない出発になりそうだ。


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