第八話 糸
広い庭園もある御島家の屋敷。
かつては様々な人が出入りしており、賑わっていた屋敷だが、主である三咲の父親が母親とともに命を落としたことで活気がなくなる。親戚や父親と繋がりがあった者が残された三咲の面倒を見ていた時期もあったが、屋敷の中で変死体となってしまう。感情のない三咲を不気味に思った者が『彼女の呪いだ』と変な噂を広め、それを周りが信じてしまったことで皆が御島家と関わりを断ってしまう。
たった一人の使用人を除いて――――
「はぁ!!」
楓は周辺を漂う【アニマ】を複数体同時に《テルム》の槍で串刺しにし、その勢いに身を任せて屋敷の壁に激突させる。
それにより屋敷の壁を破壊してしまうが、同時に【アニマ】たちを絶命させていた。
「おい姉貴! 屋敷壊したら本末転倒じゃねぇのか?」
昭伍が足の生えた魚のような【アニマ】を《テルム》を着けた拳で殴り飛ばしながら、楓に確認を取る。
「知り合いに頼れる奴がいる。このくらい修復してくれるから大丈夫」
「……そういう問題じゃない――だろ!!」
いきなり襲いかかってきた【アニマ】に、昭伍は動じることなく重力で押しつぶし、拳を叩きつけてトドメを差した。
「――片付いたな。エイトの様子を見にいくか」
「屋敷に棲み着いていた怪物のボス格をエイト様一人に任せたけど、大丈夫なの?」
「あいつに限って死ぬことはねぇとは思うが……念のため急ぐぞ」
二人は屋敷の奥の方へ駆け出す。
その際、昭伍だけ《テルム》を消滅させ、楓は槍をそのままにしていた。
「…………」
三十人以上は入れる大きな座敷部屋。
その角から動かずに攻撃してくる【アニマ】。数十本の触手を持つイカのような【アニマ】の攻撃を、エイトはひたすら左右に避けていた。
触手には無数の棘が付いており、一撃でも受けたら全身に穴が空くだろう。
「……問題なさそうだな」
その光景を見た昭伍が安心するが、それを理解できなかった楓が顔を歪ませる。
「はぁ? 数分前と状況が変わってない気がするんだけど!?」
「あいつは無駄に慎重だからな。確実に攻撃が入るタイミングを見計らってるんだ。それに今、あいつは汗一つかいてない。体力もまだまだ余裕のはずだ」
昭伍の言う通りエイトは汗をかいておらず、無駄のない動きで触手の攻撃をかわし続けている。
(――今!)
【アニマ】自身の顔に近い触手四本を伸ばしてきたのを見たエイトは、刀を構えて一気に駆けだした。
四本の触手を素早くかわしつつ、【アニマ】の顔面に迫る。
「!?」
「!?」
驚いたのは昭伍と楓。
突然、エイトの後方の座敷から一本、触手が飛び出してきたからだ。
その触手がエイトの背中に攻撃を仕掛ける。
「後ろだエイト!」
「エイト様!!」
二人がエイトに伝えようよ叫んだ。
「大丈夫――視えてる」
エイトは【アニマ】の顔面すれすれで身を横にかわした。
背後からの攻撃をかわすと、その触手が【アニマ】の顔面に当たる。
自分を攻撃した事で怯む【アニマ】。エイトは素早く身を回転させ、【アニマ】に斬撃を与えた。
――ヴゥ……
【アニマ】は呻き声のようなものをあげた後、体の力が抜けていった。
「…………よし」
エイトは刀を消滅させ、昭伍たちと合流する。
「ごめん、時間かかった!」
「気にすんな! 俺だったらあの【アニマ】相手に無傷じゃ勝てねぇよ」
「それにしても、あの背後からの攻撃をよくかわせましたね! もしかして、能力は『未来視』ですか?」
「うーん……確かに近いんですけど、厳密に『能力』にあたる部分とは違うんですよね……」
「なぁ、そろそろ教えてくれよ! 気になって夜しか眠れねぇんだ!」
「それ、いいことだと思うんだけど……」
エイトがツッコミを入れた中、楓が何かを察知した。
「!? 誰かが屋敷に侵入してます!」
「え!?」
唐突に放たれた彼女の言葉に、エイトは驚く。
「……黒髪で……眼鏡をかけてますね……エイト様の知り合いですか?」
「いえ、そんな人は知らないです……あの、一体何を……?」
「姉貴は、周囲の生命体を察知できる能力を持ってるんだ。使用人にピッタリの能力だな」
「…………」
皮肉にも聞こえる昭伍の解説にツッコミを入れず、楓は侵入者に意識を集中させている。
「!? 大変です!! 三咲様たちの方角に向かってます!!」
「ッ!?」
それを聞いたエイトは、迷うことなく走って行く。
「エイト!」
「エイト様!?」
昭伍と楓は、急いでエイトの後を追っていく。
※
「……外、うるさいね」
三咲の自室には、本人と紗菜の姿があった。
自室にはベッドと勉強机、クローゼットと本棚が置いてある。これだけ聞くと普通の自室のように思えるが、そのほかに飾り付けなどがなく、女子高生の部屋としては非常に殺風景だった。
三咲はベッドで横になっており、その近くに紗菜が座っている。
「大掃除だから、仕方ないと思うよ」
そう言って紗菜が誤魔化す。三咲には、エイトたちが屋敷の大掃除をしてくれると嘘を伝えていたのだ。
「三咲、体調はどうなの?」
「……まだ寒い。けど、朝よりはマシになった」
「そっか……」
三咲が天井を見ながら、朝の出来事を思い出す。
車に引かれたような錯覚に陥った後から、寒さを感じ始めた。
その後、エイトに連れて行かれ――
「……エイト」
三咲の頭の中に、エイトの顔が浮かんでくる。
その一瞬、寒さが消えたような気がした。
「?」
三咲が体を起こし、ベッドから立ち上がる。
「どうしたの? トイレ?」
「…………エイトに会いに行く」
「えぇ!?」
扉に手をかける三咲を、紗菜は慌てて止めた。
「い、今行くのはマズいよ!」
「どうして? 掃除してるだけじゃないの?」
「えっと……ほら! 大荷物運ぶって言ってたから、邪魔になると思うし……!」
「……それでも行く」
「えぇ!?」
意地でも行こうとする三咲。
「エイトに……会いたい……」
「エイトくんに何かあるなら、私が伝えてくるよ!」
「だめ……今、直接会いたい」
(ど、どうしちゃったの!? 止めないと【アニマ】との戦いに巻き込まれちゃう! ……でも、今エイトくんに会うことで、三咲が変わるのなら――)
「……わかった。その代わり、私も一緒に行くから」
「構わない……」
二人は自室を抜け、エイトがいる方へ廊下を歩いて行く。
「――――ねぇ、そこのお嬢さんたち」
「!?」
聞き覚えのない男の声が聞こえた二人は後ろを振り向く。
そこには、眼鏡をかけた青年が立っていた。その右手には、柄の長いハンマーが。ヘッド部分が自身の頭と同じくらいの大きさをしている。
紗菜は、それが《テルム》であると直感的にわかっていた。
「紺色の髪をした少年を知りませんか?」
「…………」
エイトのことだとわかった紗菜だが、見知らぬ男を前に答えることはなかった。
「失礼、私の自己紹介を忘れていました。本名を隠すように上司から言われていますが…………私は戌山拓巳。改めて、紺色の髪をした少年を知りませんか?」
「…………」
紗菜は男――拓巳への警戒を解くことなく、三咲を後ろに守りつつ、徐々に下がっていく。
「怖がらなくて良いですよ。話してくだされば、あなた達には何も手を出さないことを約束します」
「……エイトに何の用?」
口を開いたのは三咲。
「ちょっと三咲!?」
「彼、エイトって名前なんですね……実は私の上司がエイト君を連れて来るように言われまして……」
「今はだめ。私もエイトに用事がある。後にして」
「三咲!?」
相手を刺激するような発言ばかりする三咲に、焦る紗菜。
「そうですか……それでは、その綺麗な足に聞いてみる事にしますね……」
拓巳はハンマーを構え、急接近する。
(ダメ……!! まだコードが頭に浮かんでこない……!!)
三咲を庇うように前に出ている紗菜。しかし、この土壇場でも【リベレイトコード】が浮かんでこない。
為す術なく足を砕かれそうになる――
「《リベレイト》――【サザンカ】!」
その直前――駆けつけたエイトが刀で攻撃を防いだ。
「エイトくん!」
「エイト…………」
エイトの姿を見た紗菜が安堵する。
「…………日本刀?」
そう口にしたのは、《リベラ》ではないはずの三咲だった。
「えっ、見えるの!?」
驚く紗菜に対し、三咲は頷いた。
三咲は、《リベラ》になりつつあったのだ。
その理由について本人はもちろん、周囲の誰一人わかるわけがなかった。
「ぐっ!!」
ハンマーを防いだ衝撃がエイトの体に伝わり、右手に痺れを覚える。
「…………ん?」
その隙を突こうとした拓巳だが、全身が謎の重圧に襲われ、身動きが取れなくなった。
「させるかよ!!」
後から来た昭伍が拓巳を重力操作で身動きを封じ、頭をグローブで殴ろうとする。
「《プロディス》――【アトラク・メタス】」
しかし、攻撃が当たる紙一重で拓巳が何かに引っ張られるように後ろに移動した。
「なッ――!!」
驚く間もなく、昭伍は拓巳が横に振ったハンマーを脇腹に受けてしまい、横に強く吹き飛ぶ。
「がはッ!!」
昭伍は壁に激突。血を吐きながら床に倒れる。
「昭伍!!」
エイトは彼の傍に駆け寄る。
「クソッ……今のは何だ……!?」
「……《プロディス》。能力を応用するための言葉――呪文のようなものだ」
「へぇ……詳しいですね。きみがエイト君ですか?」
拓巳は微笑みながら、ゆっくりとエイトに近づき始める。
「私についてきてくれませんか? そうすれば、他の皆さんにこれ以上危害を――」
「弟に何してんだてめぇ!!」
拓巳の背後から、楓が怒声を上げながら槍を突き出す。
「おっと!」
拓巳は槍をかわしながら距離を置き、右手を前に出す。
楓が警戒して槍を構えると、槍が謎の力に引っ張られ、思わず手を離してしまう。
引っ張られた槍は拓巳の右手に。
自身が指定したものを引き寄せる力――これが、彼の能力の本質だ。
「念のため、こうしておきましょう」
拓巳は一度ハンマーを地面に置いて槍を両手で横に持つと、膝を上げると同時に一気に槍を下ろす。
槍の柄が膝に当たり、折れてしまう。
「うっ――――!」
それに反応する間もなく楓は白目を向いて倒れ、体を痙攣させる。
《テルム》が損傷することは、魂が損傷するのと同じ。楓は強烈な痛みを直に受ける形となったのだ。
「姉貴……!!」
昭伍は立ち上がろうにも、負傷によって体が動かない。
「ぁ……ぁあ…………!!」
次々と仲間が負傷していく光景に、紗菜は腰を抜かす。
「思いのほか、簡単に折れましたね……魂が弱い証拠です」
「てめぇ…………!!」
楓を侮辱するような言葉に怒りを見せる昭伍。
それを無視して、拓巳は再度エイトに提案する。
「どうしますか? 大人しくついてきますか?」
「……ここまで充分俺以外に危害を加えといて、大人しくするわけないだろ…………!」
エイトは刀を構える。冷静に拓巳を見ているように見えるが、怒りで手が震えていた。
エイトが拓巳を動かすため、敢えて前に出る。拓巳は能力でハンマーを瞬時に手に引き寄せ、右上から振り下ろそうとする。
その軌道が視えていたエイトは回避するために身を屈めた。
「!?」
しかし、エイトは完璧に視えてはいなかった。
軌道を描いたのは、左腕だけだった。
「フェイントですよ――」
拓巳は右手でハンマーを振るう。エイトは素早く刀で防ぐも抑えきれず、横に吹き飛ぶ。
「ぐぁッ!!」
壁に頭をぶつけてしまい、エイトは意識朦朧と壁に寄りかかる。
その衝撃で口の中を切らし、口から血が垂れ始めた。
「嘘だろ…………!!」
これまで戦いを共にしてきた昭伍。エイトが攻撃を食らう瞬間を、初めて目の当たりにしたのだ。
「なるほど、対人戦に慣れていないのか、何か条件があるのか……エイト君の『未来視』は完璧ではないんですね」
そう言いながら、拓巳はエイトに近づく。
「上司の命令はあくまで生け捕りですが……多少痛める分には問題ないでしょう」
拓巳は死なないように、エイトの脇腹に向けてハンマーを振るった。
意識がまだはっきりとせず、エイトは防御に移ることができない――
「――――えっ?」
しかし、一人の少女がエイトの横に立ったことで、意識が冴える。
彼を庇おうと、三咲がハンマーを受けたのだ。
「っ…………!」
背中からハンマーを受けたことで背骨が折れ、振り払われた勢いで背中が九十度逆に曲がった状態となり、エイトの前に倒れる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その光景に真っ先に悲鳴を上げたのは紗菜。その顔にもう血が回っていないほど真っ青だ。
「先……輩…………!?」
無表情で痙攣する三咲を見つめるエイト。
「おっと、まさか邪魔が入るとは思いませんでした。許してくださいね、彼女が勝手に割って入っただけですよ。私のせいじゃありませんからね?」
「イカれ野郎が……クソッ!!」
昭伍が必死に立ち上がろうとするも、激痛がそれを妨害していた。
「…………」
エイトは唇を強く噛みしめながらも息を整えると、右手を前に広げる。
「?」
彼が何をしようとしているのかわからず、首を傾げるだけだった。
(俺は憎い…………三咲先輩を守れない――それどころか守られた自分の弱さが! そして……この力に頼ってしまう自分が――!!)
エイトは何かを掴み取るように、右手を強く握り閉めた――
――――- -――――
「立て……俺の体!!」
昭伍が立ち上がり、拳を構えた。
「!?」
立ち上がれた――その事実に、昭伍自身が驚く。
「どうなってやがる……痛みが嘘のように消えてやがる!?」
昭伍は思わず全身を見回す。口元をグローブ越しに手で拭うも、血が流れていなかった。
「!?」
目を疑うような事実を目の当たりにした拓巳が、初めて表情を歪ませる。
「ぅ……あれ、私は……武器を壊されて……?」
意識を失っていた楓も目を覚まし、立ち上がる。
目が覚めても痛みで動けないはずなのだが、何故か痛みが完全に消えていた。
「ぇ……え……!? 二人とも、無事なの!?」
何が起きているか理解できず、紗菜は立ち上がりながら二人に訊ねる。
「あ、あぁ……俺は大丈夫だ!」
「私も、何ともないです!」
二人も自分の身に何が起こったか理解できずに、原因を見つけるためキョロキョロと動き始める。
「馬鹿な!? 何が起こっているんですか!? 時間が戻ったとでも言うのか!?」
拓巳は困惑しながら、エイトの方を向く。
しかし、拓巳の予想に反してエイトは血を流したままだ。
「?」
だが三咲はいつの間にか平然と立っており、また幻覚を見たのかと思いながら自身の背中を触っている。
「――昭伍」
「っ!? ど、どした?」
拓巳を無視して昭伍に話しかけたエイト。昭伍は思わずビクッとなる。
「能力を使ったところを見たことがないって言ってたよな? ……ごめん、実は使っているところを他人が見ることはできないんだ……基本的には」
「お、おう……」
「でも、意図的に見せることはできる……」
エイトは目を閉じ、意識を集中させる。
エイトの体から藍色のオーラが煙のように湧き上がると同時に、周辺一体に最初からあったように《糸》が現れる。
その数は無数で、赤と白の二種類の《糸》が確認出来た。
この《糸》はエイトたちの周辺だけではなく、屋敷中にも広がっており、その《糸》は何かを表すように曲がったり折れたりしている。
「なんですかこれは!?」
この光景を前に拓巳だけではなく、昭伍、楓、紗菜の三人も驚いている。
「…………」
三咲が赤い糸に触れようとするが、立体映像のように触ることが出来ない。
(なんだろう……見たことないはずなのに……温かく感じる……『温かい』?)
三咲は感覚を失って以来、初めて『温かさ』を感じることができた。
(これが、温かさ…………まだよくわからないけど、悪くないかも)
『寒さ』を感じたときには戸惑いがあったが、この『温かさ』については、すぐに受け入れることができた。
「――僅かな時間ではあるけど、俺は『過去』と『未来』の出来事を示す痕跡の糸――《因果の糸》を視認できる」
エイトが目を開く――――
「そして、その《糸》に触れて『因果』を操作できる……それが俺の能力だ!」




