第六話 寒さ
「ただいまー」
午後七時を過ぎた頃。
カラオケを満喫し終えたエイトが、家に帰宅した。
靴を脱ぎ、リビングに向かうと机の上にはラップで包まれたカレーが置かれていた。
その隣に、書き置きが残されていた。
『疲れたから先に寝る
一樹』
「……お疲れ様」
こういうことには慣れていたエイトは、カレーを持ってキッチンへ。レンジで温め直した後、リビングで食べ始める。
「いただきます」
そして、一人で食べ始めるエイトであったが――。
「うっ!!」
口に入れた瞬間、灼熱のような辛みが一気に口の中に広がった。
(忘れてた……父さん辛党だ……!)
エイトは飲み物を用意するのを忘れたことにも気づき、急いでリビングに行き、お茶をコップに移して飲む。
「ゴホッ! ゲホッ!」
咳をしつつ、エイトはピッチャーも一緒にお茶をリビングに運んだ。
(辛いのは苦手ではないけど……カラオケの後にこれは辛いな……)
そう思いながら、再び食べ始めていると、廊下から足音が聞こえてくる。
「エイト、大丈夫か!?」
それは、寝ているはずの一樹の姿だった。
「父さん!? 寝てたんじゃ!?」
「…………咳の音で目が覚めた。普通の咳じゃないような気がしてな」
二秒ほど間があったものの、一樹は目が覚めたことを伝え、エイトの前に座る。
そして煙草に火を点け、吸い始めた。
「そういえば父さん、今日高校生の女の子を助けなかった?」
「? あぁ、零宮のことか」
「えっ、名前知ってるの!?」
「色々あってな……事務所にも招いた」
「そうなんだ。改めて、ありがとう」
「気にするな……それはそうと、オレからも聞きたいことがあってな――」
一樹は煙草を一吸いした後、質問を投げかける。
「お前が好きなのは……零宮か? その友人か?」
「んぅ!?」
エイトはスプーンを止めた。
「オレの直感では友人の方だと思うんだが……どうだ?」
「……ちなみにその友人っていうのは?」
「名前は聞かなかったが、痛覚や感情がない話は聞いた」
「……察しの通りです」
エイトは隠すことなく、素直に答えた。
(父さんがこれからも紗菜先輩と交流があるなら、敢えて暴露した方がいいよね……三咲先輩のためにも)
「やはりか……お前は昔から人助けが好きないい子だからな。放っておけなくて構っている内に好きになったんだろ?」
「いや、俺はそんないい子じゃないよ。動機も不純だし……」
「一目惚れか?」
「…………」
エイトが頷く。
「そうか……だが恥じる必要はない。男は皆、性欲で動く――――相棒の言葉だ」
「は、はぁ……」
(それ、本当に瑛弍さんの言葉なのか? 確かに言いそうではあるけど……)
エイトは瑛弍と認識があった。瑛弍からは名前が似ているという理由もあって、弟のように可愛がられている。
「こういう話を三十五歳のおっさんがしてると、キモいだけだな」
一樹は煙草の火を消し、立ち上がる。
「オレは明日朝早いから寝る」
「うん、おやすみ!」
一樹はリビングを出て、自室に戻っていく。
「……父さん、学校行けなかったことに未練があるんだろうな」
そう言いながら、エイトはカレーを食べ進める。
※
翌日の朝――
「…………」
三咲は一人で通学路を歩いていた。
その目には変わらず光が宿っていない。
(エイト……今日も来ない)
普段なら毎日のようにエイトが後ろから来て、一緒に登校していた。
しかし、二日連続で彼が来ていない。
(来ないから――何? 何かあるの?)
三咲は自分の中にある『違和感』に気づき始める。
エイトが来ないことで、何かが足りない感覚に陥るような――
(何が? 何が足りないの?)
三咲は無我夢中で考えていると、地面に転がっていた石に躓き、体勢を崩す。
彼女は転ばないように踏ん張るが、それによって体が横に傾いたことが悪手となる。
――ドッ!!
(ぁ……………………)
体が車道に出てしまい、前から来た軽トラックに轢かれてしまった。
彼女は痛みを感じることはできないが、自分の体が後方上空に跳ねられていくのを実感していた。
(私…………死ぬんだね…………やっぱり、何も感じない)
血を撒き散らしながら宙で体が回転する中、後ろの遠くで歩いていたエイトと目が合う。
エイトは青ざめた顔で、こっちに走ってくるのが見える。
大きな声で叫んでいるのが口の動きでわかるが、轢かれた反動で聴覚も麻痺してしまう。
(エイト――――――――――――――――)
「――――――――輩!! 三咲先輩!!」
「…………?」
自分の呼ぶ声が聞こえると同時に、三咲の意識が我に返ったかのように鮮明に戻る。
「ぇ…………?」
三咲は歩道に立っていた。
何事もなかったかのように。
(…………幻覚?)
すると、先程三咲を轢いたはずの軽トラックが近くに止まり、運転手が出てくる。
「おい、大丈夫か!? 確かに轢いた……ような……」
運転手は困惑する。三咲の体は、誰が見ても無傷の状態に見えた。
「大丈夫です! 轢かれそうになっただけなので!」
そう答えたのは、いつの間にか三咲の隣に立っていたエイトだ。
「ご迷惑をおかけしてすみません!」
エイトは深々と頭を下げる。
「いや……何もなければいいんだ……でも、気をつけて歩くんだぞ!」
そう言って、運転手は軽トラックに戻り、その場を去って行った。
「……先輩、大丈夫ですか?」
「エイト…………私は一体…………?」
「足を躓かせて、車道にはみ出しかけただけです」
「そう……なの…………?」
(運転手は轢いたことを認識していた……さっきのは、本当に…………幻覚?)
理解できない出来事を体験し、体を震わせる。
(寒い…………寒い?)
何も感じることができないはずの三咲が、『寒さ』を感じていた。
(この感覚、いつぶりだろう……)
「……先輩、体調が良くないように見えますが…………?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
三咲は学校へ向かおうと足を動かすも、足が覚束無い。
「無理はしないでください! 今日は休みましょう!」
エイトに体を支えられる三咲。
「…………そうする」
三咲は彼の言うことに従い、家に戻ろうとする。
しかし、その足も上手く動く事はない。
(この状況、人目を気にしてる場合じゃないな)
エイトは意を決し、三咲を横抱きにした。
「エイト?」
「俺が運びますから、楽にしていいですよ」
「でもあなたは学校――」
「学校よりも先輩です」
「…………」
彼の言葉に、三咲の中の『寒さ』が半減したように感じる。
「家はどの辺りですか?」
「ここをそのまま戻れば……屋敷が見えると思う」
「わかりました」
(屋敷!? お金持ち……なのかな?)
エイトは内心驚きながら、進んだ道を戻り始めた。
その際、彼の家の横を通り過ぎる。
「……ここ、エイトの家?」
「え!? あぁ……はい。そうですね」
エイトの家は長方形の一階建て。玄関前には『星守』と表札がわかりやすく出されている。
「……普通だね」
「はい…………普通です」
そんなことを話しつつ、より先へ足を運ばせる。
(あぁ……多分あれだ。あの屋敷だ)
歩き始めて十五分。
三咲を抱えたエイトは大きな屋敷を目に見えた。
先祖代々引き継がれているかのような、威厳のある和風の屋敷。
その門の前で、桃色の髪をした一人の小さな少女が箒で掃除していた。
「? あれは…………三咲様!?」
その少女がエイトたちに気づき、慌てて近づく。
「だだだ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫…………ちょっと寒いだけ」
三咲は自力で降りる。
「寒い!? 寒さを感じてるんですか!? ――じゃない! それは風邪を引いてる可能性があります! 中で休んでください!」
「そうする…………」
三咲は屋敷の中に入っていく。
「あの……もしかして、あなたがエイト様?」
「えっ!? あ、はい! 星守エイトと申します!」
「私は飛山楓と申します! この屋敷の使用人として働いています!」
(飛山……もしかして、昭伍の妹さん!? それにこんな、小学生にしか見えない子が使用人!? いろいろと聞きたいことはあるけど――)
「もしかして、俺のこと……先輩から聞いてますか?」
「もちろんです! 犬みたいな人って仰ってました!」
「犬…………犬か…………」
エイトはどんな感情を抱けばいいのかすら、わからなかった。
「何がともあれ、三咲様の身を案じていただき、ありがとうございます!」
少女――楓が礼儀正しく頭を下げた。
「いえ! 当然のことをしたまで……で……」
エイトの言葉が詰まる。屋敷の横から、巨大なヘビの姿をした【アニマ】を目撃したからだ。
【アニマ】が基本大人しいのは知っていることだが、屋敷の中に三咲がいることを考えると、多少の不安が残る。
「?」
エイトの様子を不思議に思った楓が視線を追い、【アニマ】がいることを彼女も確認出来た。
「もしかしてエイト様、あれが見えるんですか?」
「はい。って……あなたも見えるんですか!?」
「はい! ただ私の能力は戦闘向きじゃないので……エイト様は?」
「厳密には戦闘向きとは呼べないですけど……父さんに鍛えられたので戦えます」
「!? では、お願いがあります!!」
楓がエイトの右手を両手で強く握る。
「屋敷に棲み着く、あの怪物たちを退治してくれませんか?」




