第三話 身近な接点
「お昼か…………」
時刻は正午を回っていた。
緑金高校にいるエイトは、弁当箱を持った状態で悩んでいる。
(今日、家を出るのが遅くなったから、三咲先輩に会えてないんだよな……お昼を誘おうにも、二年生の教室に行かないといけないわけだし……絶対変な目で見られる……でも、そんなこと気にしてたら前に進めない!)
エイトは決意を固め立ち上がるが、それが無駄になってしまう。
「おっ、エイト! まだ教室にいて助かったぜ!」
教室の外から、彼を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
エイトはため息を吐きつつ、声がした方を向く。
教室の扉近くで、彼に向けて手を大きく振っている一人の少年がいた。制服を着崩した赤髪の少年――その姿は真に不良そのものだった。
彼の名は飛山昭伍。中学の時に知り合ったエイトの友人である。
「昭伍か……」
エイトは悲しげな表情で昭伍に近づく。
「なんだその、お呼びじゃないみたいな反応は!?」
「実際そのと――いや、なんでもない。行こう」
「おいおいおい! 今『その通り』って言おうとしてたよな!?」
昭伍の反応を無視して、エイトは廊下を歩き始める。
昭伍はその後を追い、普段からエイトたちが昼食を食べる場所として使っている屋上に着く。
普通の人からは何もない普通の屋上にしか見えないが、エイトたちには屋上でのんびりくつろいでいる【アニマ】の姿があった。
「こいつら、この見た目で大人しいんだよな」
そう言ったのは昭伍。彼もまた、《リベラ》なのだ。
屋上には猫の姿に似た【アニマ】が数匹。背中に数多くの目が付いている禍々しい姿をしている。
一匹の【アニマ】が背中の目でこちらをジッと見つけてくるも、襲いかかる様子はない。
「父さんも、本来は大人しいって言ってたし、これが本来のあるべき姿なのかも」
二人はフェンスを背もたれ代わりに地面に座り、弁当を食べ始める。
「ところで、昭伍は確か中学の時に《リベラ》になったんだっけ?」
「そうそう! 丁度中学二年生の時に覚醒したもんだから、周囲からはガチ中二病だと思われて滅茶苦茶ショック受けてたからなぁ」
「なるほど……それがグレた原因なんだな」
「んなわけあるか! 中学まではまともだったの、お前なら知ってるはずだろ!」
「うん、知ってる。正確には『中学の途中まで』だけど」
「ったく、真面目そうな顔して人をおちょくる奴とは……まぁ、周囲からはドン引きされたが、《リベラ》になったおかげて超能力も身についたし、色々と便利になったがな。あっ、そういやエイトの能力って何なんだ?」
「うえっ!?」
唐突に投げかけられた質問に、エイトは思わず変な声をあげた。
「エイトと何回か【アニマ】を討伐したことはあったが、一度も能力使ってるところ見たことがないんだよな。どんな能力なんだ?」
「あー、えっと…………」
(父さんからは、他人には言うなって言われてるけど…………昭伍になら言ってもいいかな)
「俺の能力は――」
言おうとしたところで、屋上の扉が開く音がし、口が止まる。
弁当を持った二人の女子高生がここに来た。
「み、三咲先輩!?」
その内の一人が、三咲だった。
「エイト……」
「三咲、知り合いなの?」
もう一人の、黒髪ロングヘアーの少女が訊ねると、三咲が頷いた。
「みさき……ってことは、エイトがす――ぶふぉ!!」
言わせまいとエイトが昭伍の腹を殴った。
「ごめんなさい! 人がいないと思ってて、邪魔だよね?」
黒髪の少女が三咲を連れて屋上を去ろうとするが、エイトが引き留める。
「いえ、全然大丈夫ですよ! なんなら……その……一緒に食べませんか?」
「え!? えっと……三咲は?」
「……構わない」
「あ、ありがとうございます!!」
三咲たちがエイトたちの隣に座り、食事を共にし始めた。
「改めて、私は零宮紗菜。三咲とは中学の時からの親友なんだ。まさか、三咲に知り合いの後輩がいるなんて思わなかったよ」
「…………御島三咲」
黒髪の少女――紗菜は、朝一樹に助けられた少女本人だ。
「俺は星守エイトです。こいつは飛山昭伍」
「おいおい、俺の扱い酷くないか!?」
「星守……星守……!?」
(えっ、星守!? よく見るとちょっと目つきが似てるような似てないような…………あの人の弟さんだったり!?)
「? なにかありましたか?」
「ううん、大丈夫! 気にしないで! あっ、そうそう! 三咲とはどこで知り合ったの?」
「実は、中学の時なんです。出会いの話は……えっと…………」
エイトが過去を話していいのか迷っていると、三咲の口から出てくる。
「飛び降りようとしたところを止められた」
「飛び降りって……あの飛び降りか!?」
昭伍が驚き、思わず箸を地面に落とす。
「……あの頃の三咲は目を離すととんでもないことをしようとするから。止めてくれてありがとう」
「いえ! 当然のことをしただけです! ……その感じですと、紗菜先輩も知ってるんですよね? 三咲先輩のこと」
「もちろん。感情と感覚がなくなってること」
「えっ、どういうことだ……?」
何も知らない昭伍が詳しい詳細を求めてきた。
「三咲は、十年前の厄災に巻き込まれて、両親を失ったショックで感情と味覚、嗅覚、痛覚などあらゆる感覚が麻痺しているの。視覚と聴覚が残っているのは本当に幸いなことだと思う」
「そ、そうなのか…………」
想像以上に深刻な症状に、昭伍は反応に困ってしまう。
これまで、三咲がエイトに対して異様に冷たかったのは、『何も感じていなかった』『どう接すればいいのかわからない』からなのである。
「…………」
そして味覚がない故、三咲はゼリー飲料を昼食代わりに摂っていた。
「先輩、良かったら食べてください!」
エイトは自分が招いた重い空気を改善するためにも、自分の弁当を三咲に差し出した。
「……エイトの分、なくなるけど?」
「気にしないでください!」
「…………」
笑顔で言うエイトを見て、三咲は彼の弁当を受け取り、食べ始める。
「どうですか?」
「…………ただのご飯」
そう言って三咲は黙々と食べ続ける。
「三咲良くなったね。昔だったら『意味ない』って言って拒否してると思う」
三咲の取った行動に、紗菜は微笑みを浮かべた。
「おいエイト、中身全然減ってなかったけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫! 一食抜くぐらいだったら――」
と言ったそばから、お腹が鳴る音が周囲に響いた。
「うぅ…………」
「体は正直だな。ほら、俺のをやるよ。半分しか残ってねぇけど」
今度は昭伍が自分の弁当をエイトに差し出し始める。
「えっ、いいのか!?」
「気にすんな! どうせ午後の授業はサボるから、そん時に飯を食う」
「さすが不良だな! それじゃあ遠慮無く!」
エイトは昭伍の弁当を受け取り、食べ始めた。
「?」
ふと、一匹の猫に似た【アニマ】が紗菜に近づいているのがエイトの視界に見えた。
変な事をしないか念のため見ていると――
「ふふっ、匂いに釣られてきたのかな?」
「!?」
紗菜の小さく呟く声が、エイトの耳に入ってくる。
そして、紗菜は自分の弁当のおかずを【アニマ】に分け与えた。
「さ、紗菜先輩……もしかして、見えるんですか…………!?」
「うん、見えるよ! ……って、えっ、エイトくんも見えるの!? もしかして《リベラ》!?」
衝撃の事実に紗菜は思わず立ち上がり、急に動いた彼女に驚いた【アニマ】も逃げるように遠くへ駆けだした。
「その単語を知ってるってことは、もう力は使えるのか?」
昭伍がタメ口で紗菜に聞く。
「わ、私も今日知ったばかりなの! 助けてくれた人が言うには、私はまだ覚醒途中みたい」
「あー、あのもどかしい時期の最中なのか。俺にはわかる」
「……昭伍くんも、《リベラ》なの?」
「あぁ! 俺はもう覚醒してるぜ!」
「そ、そうなんだ…………意外と、近くにいるもんなんだね……てことは三咲は!?」
「? 《リベラ》って、何?」
三咲は首を傾げる。その間、先程とは別の【アニマ】が彼女に近づいて肩に乗るも、何も反応を示さなかった。
「……ううん、何でも無いよ!」
【アニマ】は三咲の顔に頬ずりしようとすると、誰かから放たれる強い殺気を感じ、慌てて逃げ出す。
(――父さんから殺気の出し方を教わって良かった)
「……そういえばなんだけど、エイトくん」
「はい、何でしょう?」
エイトは瞬時に殺気を消し、受け答えの体勢に入る。
「実は朝助けてくれた人の名前が、星守一樹っていう人なんだけど、心当たりある?」
「えっと……念のため、外見の特徴をお願いできますか?」
「黒のパーカーに金髪のオールバックで――あっ、名刺ももらった!」
紗菜は一樹からもらった名刺を、エイトに見せた。
「あっ、その人……間違いなく俺の父さんです」
「…………………………………………え?」
紗菜の頭の中が真っ白になる。
「お、おとうさん……?」
「はい。何でも屋をしているのは聞いてるので」
「……………………う」
情報を処理しきれなかった紗菜は気絶し、前に倒れた。
「紗菜さん!? 大丈夫ですか!?」
エイトが慌てた様子で彼女に駆け寄る。
「まぁ、そりゃビックリするよな……」
一樹について知っていた昭伍は、同情を示した。
三咲は弁当を置き、紗菜の近くでこう呟いてしまう。
「紗菜……死んだの?」
「縁起でも無いことを言わないでください!」




