第八話 友からの叱咤
「はぁ……はぁ……」
「エイト、大丈夫?」
ジェットコースターを乗り終えたエイトと三咲。
三咲は平然としていたが、エイトは息を切らしていた。
「ジェットコースターってあんなに怖いのか……まだ【アニマ】と戦っている方がマシだ……」
「それはないと思う」
三咲は冷たい反応をみせながら、エイトの体を支えて歩く。
「次は…………」
次のアトラクションに行こうとする二人。
目に付いたのは、古びた大きな屋敷のような建物。
所謂、お化け屋敷だ。
(三咲は怖いの平気? ――って聞くのは野暮だよね)
「エイト、怖いの平気?」
「えっ? あぁ、多分?」
逆に三咲に気を遣われるエイト。
二人は受付で懐中電灯を受け取り、お化け屋敷の中に入っていく。
「うわっ、思ってたより暗いな……」
「…………」
エイトたちは懐中電灯の明かりを頼りに先に進んでいく。
屋敷の中は、廃れた中世の豪邸の中をイメージされており、所々に配置されている蜘蛛の巣やゴキブリの模型がやたらリアルなため、本当に放置された屋敷のように感じてしまう。
「ヴォ!!」
タイミングを見計らったゾンビ役の人がエイトたちの前に大きな呻き声を上げながら近づいてきた。
全身が溶けているようなゾンビで、顔の右半分がただれている。非常にクオリティの高いメイクだ。
「うぉ!?」
普通に驚いたエイトは懐中電灯を思わず三咲の方に向けてしまう。
「!?」
それに腰を抜かしたのは、ゾンビ役の方。
顔の下から光を浴びた三咲の姿に、恐怖を感じたのだ。
無表情で目の中に光がない彼女の姿は、本物の幽霊のようだった。
「……えっと、大丈夫ですか?」
冷静さを取り戻したエイトが、ゾンビ役の人に話しかける。
「…………す、すみません。起き上がれなくて……」
普通の声を出すことに躊躇ったゾンビ役だが、自力では立ち上がれない状態であったため、やむを得ず助けを求めた。
その声は、可愛らしい女性の声だった。
「良かったら運びますよ」
「あ、ありがとうございます……!」
ゾンビ役を安全な裏方に運ぶため、エイトは彼女の体を横抱きにする。
「…………」
三咲は何も反応せず、裏方に進むエイトの後を追うだけだった。
(前みたいに攻撃してこない……状況が状況、だからかな……)
ゾンビ役の人を裏方に預けた二人は、そのまま外に出て別のアトラクションをすることにした。
「次はどうしようか?」
「…………」
エイトが訊ねるも、反応が返ってこない。
「三咲?」
エイトが三咲の方を見ると、他所の方を向いて立ち止まっている彼女の姿が。
その視線の先には、大きなメリーゴーランドがあった。
「……もしかして、あれに乗りたい?」
(恥ずかしいけど、三咲が乗りたいなら断る訳にはいかないし……)
「…………」
三咲には、エイトの声が届いていない。
彼女はメリーゴーランドを見て、昔を思い出していた。
三咲は、過去にここを訪れていた。今は亡き両親と共に来た思い出を、彼女は――
「父さん……母さん…………」
三咲の目から、自然と涙が出てくる。
「!?」
(三咲が泣いている!? いや、それに驚いてる場合じゃない!)
「三咲、大丈夫?」
「え……?」
三咲がようやくエイトの声に反応した。
同時に、自分が涙を流していることに気づく。
「あっ……」
「……一度休憩するか」
「休、憩……」
三咲は何か意味を噛みしめたように頷く。
二人は近くのフードコートの椅子に腰をかけた。
「? 休憩、しないの?」
「いや、もちろんするけど――って……三咲、もしかして変な意味で捉えてない?」
「…………」
三咲は否定する素振りを見せなかった。
「デートだから、てっきりあっちの方かと思った」
「どこでその知識覚えたんだ……?」
「エイトの部屋にあった本」
「…………」
エイトは悟ってしまった。
自分が不在だった三日間のどこかで、三咲が部屋に侵入し、薄い本を見ていたことを。
「エイト?」
「いや、何でも無い。ちょっとトイレに行ってくるから、待ってて」
エイトは一人、トイレへ向かった。
「…………」
一人になった三咲。
「エイト――」
◇
エイトが意識を失って三日目の話。
「なんかゴメンな! 付き合わせちゃって」
「……大丈夫」
時刻は午後五時。
三咲は瑛壱とともに東磐区の帰路を歩いていた。
この日、紗菜がコンビニ最後のバイトであったため、三咲は一人だった。
そんな彼女に瑛壱が声をかけ、暇つぶしのゲームセンターに誘われたのだ。
今は、遊び終えたその帰り道である。
「……あなた、家はこっちなの?」
「いや、西塊区の方だけど」
「なんでついてくるの?」
「最近治安悪いから、女の子一人帰らせるのもどうかと思って。もしかして、俺と帰るの嫌?」
「……そうは言ってない」
冷たい対応をする三咲。
嫌な思いをするどころか、充実感を覚えていた。
「三咲!!!」
すると、背後から怒声に近いような声で呼ばれる。
後ろを向くと、紗菜の姿があった。
普段穏やかな彼女が見せるとは思えない、険しい表情をして。
「おっ、紗菜ちゃん! バイト終わ――うぉ!」
テンション高めで話しかける瑛壱だったが、紗菜は彼を押しのけて三咲の両肩を強く掴む。
「何呑気に別の男と歩いてるの!?」
「さ、紗菜……?」
三咲は紗菜が怒っている理由を呑み込めず、困惑していた。
一樹の圧によって店長から早上がりを命じられた紗菜は、帰り道で三咲と瑛壱がゲームセンターから出る瞬間を目撃したのだ。
二人の関係を見守るつもりでいた紗菜だが、エイトのことを考えて放っておける状態じゃないと思い、怒りを露わにした。
「三咲の行動、おかしいってわからないの?」
「えっ、えっ……」
三咲が戸惑い続けていると、紗菜は三咲の手に持たれていた一枚の紙が目に留まる。
遠目でも、それがプリクラであることがわかった紗菜は――
「っ!?」
三咲の頬を殴った。
平手打ちではなく、拳で。ゴッ! っと音がなる程強く殴った。
「!? !?」
三咲は頬を抑えながら、わけがわからないという顔で紗菜を見る。
「わからない……? あなたがエイトくんを苦しめてるの。殴られたって痛みを感じないでしょうけど、エイトくんは違う。殴られたら痛いと思うし、嫌なことがあったら苦しくなる。感情がわからなくなった三咲が、大切な人の感情を殺してどうするの!?」
「わ、たし、は…………」
三咲は何か言葉を返そうとするも、その言葉が出てこなかった。
「ちょっと紗菜ちゃん。やりすぎじゃ――」
瑛壱が紗菜を止めようと間に入ろうとするが――
「!」
突然、瑛壱の前を一つの弾丸が横切った。
瑛壱は真剣な表情で周囲を見渡すも、弾丸を放った人物が見当たらない。
(飛んできた方角…………音がない…………地面に刺さった弾丸を見るに狙撃手の仕業……『武装少年』か)
瑛壱は撃ってきた人物の正確な場所まではわからなかったが、かなり遠くの高いところから撃ち込んできたものだとわかった。
実際に、約二キロ離れたビルの屋上から消音器が付いた狙撃銃で彼を撃った人物――遥未翔がいた。
『武装少年』は、彼の若い頃の肩書きである。
(外したのはわざとだろう……あいつが動いてるってことは――)
再び周囲に警戒を戻すと、近くの一軒家の陰に隠れている一人の女性が。
彼女の正体は遥未愛生。片手にレイピアを持ち、瑛壱をジッと見つめていた。
(やっぱり『魔法少女』もいるのか……二人のコンビネーションを相手にするのは面倒だ)
瑛壱は三咲たちに構わずこの場から瞬時に去っていく。
「もう少し、エイトくんのことも考えてあげて!」
紗菜と三咲は、瑛壱がこの場から消えたことに気づいていない。
「どう、すれば……」
「エイトくんが目覚めたら、彼と過ごす時間を増やすこと。それと、しばらく別の男と接するの禁止! 本人には悪いけど、昭伍くんとも二人きりでいるの禁止で!」
「…………」
「わかったら返事!」
「っ!? は、はい……!」
◇
(エイト、ちゃんと楽しめてるのかな……苦しんで、ないかな……)
トイレに向かったエイトを待っている中、三咲はあの日のことを思い出していたのだ。
(……そもそも、感情のない私が、エイトを楽しませられるの?)
三咲が苦しむように拳を強く握り閉めていると、エイトが元々いた場所から糸のようなものが伸びていることに気づく。
その《緑の糸》――三咲が見たのは、今回が初めてではなかった。【アニマ】が見えるようになった日から見えていたのだ。
三咲は席を立ち、《緑の糸》に触れる。
「!?」
脳裏に記憶にない映像が流れ込んでくる。
それを見た三咲は、焦り始めた。
「エイト!」
三咲は彼がいるトイレの方へ一目散に走り始めた。




