第四話 意思なき行動
翌日のお昼――
「先輩たち、来ねぇな」
「…………」
屋上で昼食を食べている昭伍とエイト。
そこに、三咲と紗菜の姿がなかった。
「何かの集まりか?」
「…………」
「エイト、大丈夫か?」
「えっ?」
「……その反応、お前聞いてなかったな?」
「悪い……」
そう言って、エイトは黙々と弁当を食べ始める。
「……エイト、大丈夫か?」
「? 体調はもう――」
「そっちじゃねぇ、メンタルの方だ。明らかに何かあっただろ?」
「何も…………」
「そんな風に見えねぇって。三咲先輩と何かあったのか?」
「本当に何もないって!」
「…………」
怒声に近い声を上げるエイトだが、昭伍は表情一つ動かさず、真剣な顔で彼を見つめる。
「……ごめん。本当に何もないんだ……ただ」
「ただ?」
「最近変なんだ……疲れているんだろうけど……こう、ボーッとすることが増えたっていうか……どう反応すればいいのかわからない時があるんだ。正直、うまく言葉にできないんだけど……」
「なるほどな……疲れてるだけ――と言いたいところだが……」
昭伍が頭を悩ませていると、一つの結論に辿りつく。
「なぁエイト……それ、能力の――」
しかし、屋上の扉が開く音によって遮られる。
「珍しい学校だね! 屋上開いてるんだ!」
「まぁ……本当はダメだと思うけど……」
「…………」
屋上に来たのは三人。
紗菜と三咲と――瑛壱の三人だ。
紗菜が敬語を使わなくなるほど、瑛壱と打ち解けていた。
「誰だあいつ?」
「!」
昭伍が疑問を浮かべている間、エイトの顔が真っ青になっていく。
瑛壱を見ている三咲の表情に、エイトの心が抉られる。
「ん? 先客がいるみたいだな」
「あの二人は私たちの後輩。その一人が――」
「――ごめん、用事思い出した」
そう言ってこの場を去って行くのは、エイトだ。
「エイトくん!?」
驚く紗菜に見向きもせず、エイトは扉を通って下に降りていく。
「おいエイト!? お前委員会も何もないだろ!?」
昭伍は食べかけの弁当をその場に置いて、エイトの後を追いかける。
「へぇ~、あいつがエイトくん…………とんでもない力を持っているな」
そう小さく呟いた瑛壱。
「ごめん、何か言った?」
「いいや! 想像以上にイケメンだったって! 三咲の彼氏!」
※
「すまないな、突然電話して」
『いえいえ! エイト様のお父様ですから、お気になさらず!』
同時刻――何でも屋『ポトス』の事務所にて。
昼休憩を取っている一樹が、楓に電話をかけていた。
「あいつは――エイトは元気にやってるのか?」
『元気ですよ――って言いたい所なんですけど、色々と気になることがありまして……」
「何かあったのか?」
『最近疲れているのか、反応が薄いんですよね……昨日も体調を崩してましたし――あっ、今日話したこと、本人には内緒で』
「あぁ、わかっている」
一樹は煙草に火を点け、吸い始める。
『それと一つ、一樹様にお伺いしたいことがありまして』
「何だ?」
『その……エイト様の料理の腕って、どのくらいですか?』
「オレよりも料理は得意のはずだ。特に味付けに関しては、普通の味覚を持ってるから何の問題もない」
『実はエイト様が作る料理の味の濃さが……まちまちなんです』
「と言うと?」
『引っ越した当初は問題なかったんですけど、段々味が濃くなってきて……昨日は味がなかったですね』
「妙だな……」
一樹は考えた後、一つの答え――昭伍と同じ答えを出す。
「能力の……副作用か」
『能力、ですか?』
「あぁ、《リベラ》の能力には圧倒的な力を発揮する反面、自身にも強烈な反動が出ることもある。元々、能力を使うには魂のエネルギーを消費するわけだから、出ない方がおかしく思うが。エイトたちが【アルカロイド】と対峙するようになってから、明らかにエイトが能力を多用するようになった。その反動が今来てると考えられる。まぁ……オレとしてはそれ以外にもありそうだが……」
『?』
「とりあえず、これからもあいつを見守ってやってほしい。何かあったら……オレに伝えてほしい」
『もちろんです!』
こうして、楓との電話を終えた一樹は仕事に戻ろうとする。
それも束の間、事務所の固定電話に着信が入って来た。
「お電話ありがとうございます。こちら何でも屋『ポトス』です」
『仕事中申し訳ないっす! 昭伍です!』
電話の相手は昭伍。
普段と比べて丁寧な口調で話している。
「珍しいな。どうした?」
『大変です! エイトが……学校からどっかに消えてしまいました!』
※
「…………」
エイトは、自分も知らない道を歩いていた。
彼が今歩いている場所は、南岩区。エイトがここに来るのは初めてだ。
周辺には古びた住宅が並んでいるほか、一面に広がる田んぼも見える。
(あれ、なんで俺、ここにいるんだ……?)
南岩区を歩くのは、エイト自身無意識の行動だった。
(まぁいいや…………)
彼は住宅側ではなく、田んぼが広がる方へ歩いて行く。
(あの男誰だろう……わからないけど、三咲のあの顔――初めて見た。あのキラキラした顔は間違いなく、好きな物を見ている顔だった。本当は喜ぶべきなんだろう…………三咲が、本当の『恋』を見つけられて……)
次第に大きな森の中へ入っていった。
「?」
進んだ先に、一つの神社のような物があった。
植物が絡まっている鳥居に、埃まみれの古びた拝殿。
神職がいない、放置された神社のようだった。
さらに、周辺には穏やかに過ごしている【アニマ】の姿もある。
(ここに来るの初めてなんだけど……どこか、安心感があるな)
エイトは拝殿の階段に腰をかける。
やがて、眠くなったエイトはそのまま眠りに――
「コラ! ダメでしょ!」
「うぉ!?」
唐突に怒られたエイトは、思わず体を飛び跳ねさせた。
声がした方を向くと、一人の少女の姿が。
ポニーテイルを肩にかけている一人の少女。髪色は紺のように見えるが、光が当たると藍色に変わる。
また、エイトと同い年くらいの少女にも見えるが、どこか本当の母親を感じさせるような母性が溢れていた。
「こんなところで寝たら風邪ひくでしょ!」
「ご、ごめんなさい……」
少女の圧に負けたエイトは、素直に謝った。
「ここ、誰も来ないから中で休んでいいわよ」
「中? もしかして、拝殿の中?」
「そうよ! こっちなら横になれるし、寝やすいと思うわ!」
「は、はぁ……」
エイトは少女に言われるがままに、拝殿の中に入ろうとする。
(あれ、何か忘れているような……)
「ほらほら、学校なんて忘れて、ゆっくり休んでいいのよ」
「あっ!」
ここでようやく思い出した。
自分が学校を抜け出してここにいることに。
「俺、学校に戻らないと!」
「えぇ!? サボってもいいのよ!」
少女は驚き、エイトを止めようとする。
「父さんも、学校の友達も…………彼女も心配すると思うから。初対面の俺を気遣ってありがとう。でも俺は、大丈夫だから」
エイトは来た道を戻ろうとした。
「待って【エイト】!」
「!?」
しかし、初めて会ったはずの少女から自分の名前が出たことにエイトは驚き、立ち止まった。
「この先、あなたの想像を絶する未来が待っているわ。耐えられなければ、【エイト】は【エイト】でいられなくなる……無理しなくていいの。ずっとここにいてもいい位よ。それでも…………行くの?」
「…………」
初対面のはずだが、彼女の言葉から温かいものを感じたエイト。
少し考えるエイトであったが、覚悟を決める。
「あぁ。それでも行く。待っている人が、いるはずだから」
「……わかったわ。体に気をつけてね。何かあったら、ここに来ていいから」
「ありがとう」
改めてエイトは、来た道を戻っていく。
(変わった人だったな。多分あの人が神職なんだと思うけど、俺を息子か弟と間違えているような――あっ、最後に名前だけでも聞けば良かった……見た目は同い年そうだし、もしかしたら中学の時の知り合いだったかな……?)
「【エイト】……負けないで。母さんも、傍で見守っているから――――」
神社にはもう少女の姿はなく、藍色の羽をした小さな蝶が遠くへ飛んでいく――




