第三話 最悪の兄の企み
「瑛弍さんの……お兄さん!?」
一樹から瑛壱の正体を知った紗菜が驚く。
「でも、瑛壱さんは高校生にしか見えな――あっ……!」
「気づいたようだな。瑛弍と似たように、高校生で成長が止まっている。あの野郎の場合肉体も生きてるから、どちらかと不老不死の俺に近いか」
一樹は煙草に火を点け、吸い始める。
「あの……親友を自殺に追い込んだって話……本当ですか?」
「あぁ。二十年以上前に共に戦ってきた親友がいたんだが……そいつの彼女を、瑛壱が寝取った」
「寝取っ、寝取り!?」
(どうしよう、今まさにその状況にあるんじゃ……!)
「彼女の心も完全に瑛壱に寄ってしまい、メンタルが崩壊した友は自殺した。瑛壱自身女たらしというわけでも、寝取りが趣味の人間じゃない。相手を物理的に殺すよりも、精神的に殺すのを楽しんでいる、瑛弍が可愛いくらいのサイコパスだ」
「…………」
「瑛壱が二十年以上も放置しているのは、利害が一致していることと、血の繋がった瑛弍の兄だから」
「利害の一致……【アルカロイド】と敵対しているんですか?」
「!? その名前……どこで聞いた?」
「あっ……!?」
紗菜は思わず口元を抑える。
【アルカロイド】については瑛弍から聞いただけで、一樹からは何も言ってないのだ。
「まぁ瑛弍が漏らしたんだろうな……ともかく、正確には【アルカロイド】に所属している、ある一人の男に強い憎しみを抱いていることだ。その相手はわかりやすく、頭を張っているボスだ……そのボスの正体は…………」
「…………!」
紗菜は息を呑み、聞く準備を整える。
「……瑛弍の父――片桐瑛道だ」
「そん、な…………!?」
(瑛弍さんは、実の父と戦っているの!?)
「一度の壊滅前はまだ幹部だったんだが、殺し損ねてな……今じゃボスの地位に上がっちまった。正確な理由は分からないが、瑛壱は父の瑛道に恨みがあるらしい。【アルカロイド】壊滅を手助けしてくれるなら利用するまでだが、紗菜たちに危害を加えるなら話は別だ……今回の相談、あいつ絡みなんだろ?」
一樹が訊ねると、紗菜は意を決して話し始める。
「実は三咲が……瑛壱に惚れてしまったみたいなんです」
「惚れた? 確か彼女は、感情がないと言っていたな?」
「はい。それは事実だったんです。でも、エイトくんのおかげで最近『感情』と取れる行動や言葉を口にするようになったんです。味噌汁の味も分かり始めたみたいです。瑛壱さんとは今日出会ったばかりなので、一目惚れだと思います。気の迷いだと信じたいんですけど……このままいってしまうと、エイトくんが……」
「……すぐに三咲を奴から引き離せ――と言いたいところだが、それだと彼女が折角取り戻した『感情』を否定することになる。難しい問題だな…………」
一樹も、今回の話が一筋縄ではいかないことを理解していた。
しばらく考えた一樹は、その内容を紗菜に伝える。
「紗菜は三咲の恋心に寄り添ってほしい。無闇に『瑛壱が危険な存在』であることは伝えずに。ただオレとしては……親バカだと言われることは承知の上だが、エイトに失恋を味わって欲しくない。エイトが三咲にとって必要な存在であることも、伝えて欲しい」
「もちろんそのつもりです。私以上に三咲に寄り添ってくれたエイトくんを、悲しませたくないです!」
「ありがとう…………瑛弍にもこの内容を共有させて貰う」
一樹は瑛弍宛てにメールを打ち、送信する。
「それとちょうど良かった、オレからも紗菜に色々とお願いがあったところだ」
「!? は、はい! 何でしょうか?」
紗菜が妙に緊張し始める。
「オレには敬語を使わなくていい。恋人なら、対等の関係がいいに決まっている」
「えっ!? は、はい! ――じゃなくて、えっと……わ、わかった!」
(す、凄く違和感がある……けど、嬉しい……!)
「それともう一つ。申し訳ないが、コンビニのバイトを辞めてもらう」
「えっ!? どうして!?」
「紗菜は《バーサタイル》として《リベラ》の力を覚醒した。この力を持っているものを一人しか知らない。そんな力を持った紗菜が【アルカロイド】から目をつけられない訳がない。今後はなるべくオレの近くにいてほしい。必要な金は全てオレが用意する――いや、何なら今後オレの通帳を紗菜が管理しても――」
「そこまではしなくていいから! バイトは大人しくやめるから! その代わり……」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「ここ……何でも屋『ポトス』の手伝いをさせてください!」
「!?」
思いがけないお願いに、一樹は迷いを見せる。
「…………」
「ダメ?」
「…………」
紗菜は上目遣いで聞いてくる。本人は意識してやった訳ではないのだが、その姿に一樹は何かを感じてしまう。
「……………………事務処理とかだけなら、構わない」
妙に間を置いてから答える、一樹なのであった。
※
「――ト様! エイト様!」
「…………?」
御島家の屋敷にて、目を覚ますエイト。
なんと彼は自室ではなく、座敷で寝ていた。
トイレで吐いたエイトは屋敷内を彷徨い、座敷の丁度掛け軸の下で気を失っていたのだ。
「エイト様! こんな所にいたんですね! 大丈夫ですか!?」
「…………あぁ、大丈夫」
エイトは普通に立ち上がる。
(吐いたからか、逆に体の調子が良くなったな)
「病院行った方がいいんじゃないですか?」
「もう大丈夫。良くなったから」
「本当ですか?」
「大丈夫」
「…………」
エイトは自室へ戻ろうと歩き出す。
淡泊とした彼の様子に違和感を覚えつつ、楓は座敷の掃除を始める。
「あっ、おかえり三咲!」
「…………」
自室に戻る途中、家に帰ってきた三咲と会う。
しかし、彼女はエイトの心配をするどころか、挨拶すら返さず自室へ向かっていく。
「三咲? 大丈――」
その様子が気になったエイトが彼女の肩に手を置いて止めようとする。
しかし、三咲が瞬時にその手を払った。
「!?」
三咲自身、無意識の行動であったため驚き、エイトの方を向く。
「ご、ごめん。何でもないならいいんだ……」
エイトは悲しい表情を浮かべることはなかった。
「…………」
かける言葉が見つからなかった三咲は、そのまま自室へ向かっていく。
「…………」
エイトも自室へ向かって歩いて行くが――
「三咲に拒絶されるの…………いつになっても慣れないな……」
※
「結構広い屋敷みたいだな……」
時刻は午後六時過ぎ。
御島家の屋敷から少し離れた場所。
屋敷の全貌を見渡せる雑居ビルの屋上で、瑛壱が屋敷を眺めていた。
「さて、多分そろそろあいつが来るかな――」
そう呟いていると、彼の横から何かが飛んでくる。
閃光のような速度で接近し、木刀を振る瑛弍だ。
瑛壱も素早く反応。懐から警棒を取り出し、木刀を防いだ。
「ちっ!」
舌打ちをした瑛弍は後ろに下がり、瑛壱と距離を置く。
「久しぶり、瑛弍」
「会いたくなかったぜクソ兄貴……お前、三咲ちゃんたちに手を出す気か?」
瑛弍はおふざけなしの鋭い眼光で瑛壱を睨む。
「あっ、もしかして知り合い?」
「知り合いも何も、相棒の息子の彼女だ! あの子に手を出すってことは、一樹を敵に回すことになる。あん時のあいつは無駄に優しかったから、お前を見逃した…………今度はガチで殺されるぞ!!」
「三咲ちゃんに手を出すつもりはない。ただ仲良くなりたいだけ……まぁ、最近女に飢えてるから、あっちがその気なら手を出すかも――」
言い終えると同時に、瑛弍が音速で瑛壱に攻撃を仕掛ける。
それでも瑛壱には反応できる速度。木刀の攻撃を再び警棒で防ぐ。
「本当の目的は何だ?」
「ある物を探していてね……【フォンズ・アニマ】って知ってるかい?」
「一応な。【アニマ】が現世を出入りするための扉のようなもの。まぁ、その形状は扉どころか全く別の物である場合が多いけどな!」
瑛弍は素早く回り込んで攻撃するも、瑛壱は焦り一つ見せずに防ぐ。
「あそこの屋敷に、それがある可能性が高いと言ったら?」
「なぜそう言える?」
「実は御島財閥が一つ、【フォンズ・アニマ】を所有しているデータを見つけてね。『藍色の水晶玉』がそれに当たるはずだ。これを【アルカロイド】も狙っている。【フォンズ・アニマ】を《リベラ》が取り込むことで、莫大な力を手に入れられることは知ってるだろ?」
「あぁ……適用出来なければ【アニマ】もドン引きの怪物に生まれ変わっちまうけどな」
「あの屋敷にある『藍色の水晶玉』……その適合者である可能性が高い人物がいるらしい」
「まさか…………エイトか!?」
「その通り。だから奴らはエイトくんの身柄も欲しがっている。奴らよりも先に『水晶玉』を手に入れようと侵入を考えたんだけど……変なトラップ仕掛けたの、瑛弍だよね?」
「あぁ……一度【アルカロイド】の奴が襲撃に来たからな。《リベラ》が屋敷に入ったら、その詳細を俺のスマホに送る特殊な装置を仕掛けさせてもらった」
「だから、三咲ちゃんと仲良くなって彼女に持ってこさせようって話!」
「そんな回りくどいやり方で【アルカロイド】の妨害をするつもりなら、俺らと一緒に戦えばいいだろ!」
「――勘違いしてないか?」
瑛壱は瑛弍を蹴り飛ばし、距離を離した。
「俺が潰そうとしているのは親父だけ。他は興味ない。俺は母さんと妹を性欲処理の道具としか見てこなかった親父を……ぶっ潰したいだけだ」
「…………」
「瑛弍には悪いけど、君たちの正義ごっこに混ざるつもりもない。親父を潰した後は……この世界を潰すんだからな」
「……《リベレ――」
瑛弍が力を解放させようとするが――
「今弟と殺し合う気分じゃないし、俺は帰らせてもらう」
そう言うと、目の前から素早く消えていく。
「待ッ――!!」
追いかけようとする瑛司だったが、急に体に力が入らなくなり、前に倒れる。
「クソッ! このタイミングでかよ! 運がなさ過ぎるだろ!!」
そう言いながら瑛弍は懐から謎の注射器を取り出し、自分の体に刺して注入する。
力を取り戻した瑛弍が立ち上がるが、瑛壱が逃げた方向を見ることができず、追えなかった。
「…………エイト、絶対に折れるなよ!」
そう言って、瑛弍は事務所に戻ることにした。




