第二話 肯否つけがたい感情
「ねぇねぇ! 前はどこの学校にいたの?」「彼女いたことあったりする?」「今日暇? どこか遊びにいかない?」
午前の授業が終わった昼休み。
三咲と紗菜のクラスにて、一人の青年が複数の女子に囲まれ質問責めを受けていた。
その青年は片桐瑛壱。偶然にも、三咲たちのクラスに転入してきたのだ。
「……行こう、三咲」
瑛壱の様子を端から見ていた紗菜は、昼食を食べに屋上へ行こうと三咲を誘った。
「…………」
しかし、三咲は瑛壱をジッと見つめたまま、動く気配がない。
「三咲?」
「!? 大丈夫、なんでもない」
思わず身体をビクッとさせた三咲だが、平然を保って紗菜よりも先に屋上へ向かい始める。
紗菜も空かさず三咲の隣を歩き出す。
「片桐……ってことはやっぱり瑛弍さんの弟なのかな?」
「…………」
「姉はいたってことは本人から聞いたけど、弟がいた話は出てこなかったような……でも、弟が『瑛壱』って名前なのは違和感があるし……」
「…………」
「三咲、本当に大丈夫?」
「えっ!?」
「!?」
三咲が驚いたような声を上げた。
その声に紗菜も驚く。これまで、『感情』が露わになるような声色を聞いたことがなかったからだ。
「ごめん、大丈夫……大丈夫だから……」
「…………」
(嫌な予感がする……三咲、もしかしてあの人に…………でもそうなら、エイトくんはどうなるの?)
紗菜は悩む。
三咲が、瑛壱に対して恋心を抱いてしまった事は明らかだ。
エイトがいるにも関わらず、別の男に惚れるのはどうなんだと責めたいところではあるが、これまでの三咲には感情がなかった。
ここ最近徐々に感情を取り戻している様子が紗菜にも伝わり、今は人並み未満ではあるものの感情が表にも出るようになってきている。
三咲にとって、今回が『初恋』になる――紗菜はそう考えた。
そのため、一方的にそれを否定できないのだが、現在進行形で付き合っているエイトがいるのも事実。
彼は本気で三咲のことを愛しており、三咲のために身を粉にしてきた。
もし、今の三咲の気持ちをエイトに伝えたら、彼は三咲を想って別れる選択を取るだろう。自身の感情を切り捨てて――
それではあまりにもエイトが不憫。
このまま三咲を突き詰めたら、せっかく取り戻した彼女の『感情』を否定してしまう。
放置したらエイトの努力が報われない。
どうするべきなのか――紗菜には決断することが出来なかった。
「…………」
頭を悩ませている間に、屋上に辿りついた二人。
屋上には既に昭伍の姿があった。当然、学校を休んでいるエイトの姿はない。
「おっ、三咲先輩と紗菜先輩! どうも!」
「ふふっ、どうも」
「…………」
昭伍の隣に座る紗菜と三咲。
すると三咲があるものを見つめ始める。
それは、昭伍が買ってきたコンビニなどで売られているカップ味噌汁だ。
――ズゥゥ!!
「んな!?」
「ちょっと三咲!?」
なんと三咲が、許可無くその味噌汁を飲む。
僅かな時間で中身全てを飲み干してしまう。
「…………味がある」
「そりゃ、味噌汁だからな……」
昭伍はどうするべきか、頭を掻きつつツッコミを入れた。
「待って三咲!? 味が……わかるの!?」
紗菜は今日一番の驚きを見せる。
これまで味覚を失っていた三咲が、確かに『味がある』と発言したのだ。
「ちょっとだけど、それっぽいのなら……少なくとも、この味噌汁はエイトの味噌汁より味がある」
「そ、そうなんだ……」
(以前濃いって言われたから、薄くしたんだろうなぁ……)
「そうじゃない! 三咲、勝手に人の飲んじゃダメでしょ!」
「…………ごめん」
「まぁまぁ! エイトのツケってことにしとくんで!」
(エイトくん、色々と不憫…………)
※
一方、そのエイトは――
「はぁ……マジか…………」
眠りから目を覚ましていたものの、苦しそうに呼吸していた。
エイトの体調が悪化し、熱を出していたのだ。
「エイト様、おかゆをお持ちしました」
彼の部屋に、おかゆを持った楓が入ってくる。
「自分で食べられそうですか?」
「うん、大丈夫……ありがとう……」
「いえいえ。しばらくは学校休んだ方がいいかと思いますが、どうします?」
「熱が下がったら行くよ……俺が学校休んでるのが理事長の耳に入ったら、父さんからも心配されるし」
「わかりました。でも無理は絶対にしないでくださいよ! 三咲様も心配しますから」
そう告げた楓は、部屋を去って行った。
「…………」
一人になったエイトは、おかゆを食べ始める。
(熱を出すの、今回が初めてだな……おかゆも初めて食べるけど、こんなに味がないんだ……)
それでも黙々と食べ続けるエイト。
その頭に浮かんできたのは、三咲の顔。
(三咲、大丈夫かな? ……いや、そもそも心配する必要もないか。紗菜先輩もいるし、俺がいなくても――)
「――俺がいなくても、いいんだな……」
エイトが無意識に涙を流し始める。
それに気づいた本人は、慌てた様子で涙を拭う。
(何泣いてんだ俺!? 熱で情緒もおかしくなったのか!?)
気持ちを誤魔化すようにおかゆをせかせかと食べ終え、ベッドで横になるエイト。
不意に、三咲が投げたまま放置された薄い本が目に入る。
(付き合ってから、何も進展がないな……いや、正確には進展させなかったんだ。三咲の感情が戻るまで――三咲が、心から俺を受け入れてくれるまでは、手を出さないって決めてたんだった。でも――)
エイトの中に、一つの不安がよぎる。
(もし感情が戻った三咲が、俺に好意を抱かなかったら? 逆に嫌いになったら? 他の人を好きになったら?)
「――うっ!」
強烈な吐き気に襲われたエイトは、急いでトイレに駆け込んでいく。
※
「さて、帰ろっか!」
「…………」
放課後になり、帰路を歩き始めようとする紗菜と三咲。
「瑛壱くん! 一緒に帰ろう!」
「うん、いいよ!」
門を出たところで、瑛壱がクラスの女子複数に囲まれて帰っていく姿が見えた。
「転校生ってこともあって、やっぱりモテるね。……三咲?」
「…………」
彼をずっと見続ける三咲。
よく見ると、唇を強く噛みしめているのがわかる。
(このままじゃ、本当に……!)
「三咲、ごめん。今日バイトあるの思い出したから、先に帰っていいよ!」
「? わかった……」
紗菜は三咲とは反対方向の道を走り出した。
もちろん、バイトの話は嘘。何でも屋『ポトス』の事務所へ向かって、一目散に走った。
「はぁ……はぁ……」
事務所の前に立った紗菜は息を整え、扉を開けて中に入る。
「おっ! 一樹の女来たぞー! 童貞は奪えましたか?」
「早々人の彼女にセクハラするな。殺すぞ」
中には事務処理を行っている瑛弍と一樹の姿があった。
「すみません、相談したいことがありまして……」
「どしたん? ここに来るってことは、結構大事だったりする?」
「あっ、その相談の前に瑛弍さんに確認したいことが……」
「俺ぇ?」
ふざけた笑みを浮かべ続ける瑛弍。
「瑛弍さん……片桐瑛壱って、ご存知ですか?」
「……もう一度その名を言ってみろ」
しかし、瑛壱の名前を聞いた途端、一気に表情が険しくなる。
「…………!」
一樹も、紗菜が出した名前に驚きを隠せない。
「…………片桐……瑛壱、です」
それに恐怖を感じた紗菜だが、意を決してもう一度名を挙げる。
その瞬間――瑛弍が立ち上がり、素早く紗菜に接近。彼女の両肩を掴んで問い出す。
「奴をなぜ知ってる!?」
「転校生として、私のクラスに来たんです!」
「今どこにいる!?」
「他の人と帰っていくのを見たのが最後で…………」
「あの野郎……!!」
瑛弍は物凄い勢いで事務所を出て行く。
「……紗菜、大丈夫か?」
一樹も立ち上がり、紗菜に寄り添う。
「大丈夫です……あの、瑛壱さんをご存知なんですね?」
「あぁ…………」
一樹は瑛壱の正体について、紗菜に告げることに。
「片桐瑛壱…………瑛弍の兄にして、親友を自殺に追い込んだ『道化師』だ」




