第一話 人生最大の分岐点
ダリアたちの襲撃から、三日が経過した月曜日。
御島家の屋敷にてエイト、三咲、楓の三人が朝食を摂ってた。
「……あのーエイト様、大変恐れ入りますが……今日の味噌汁、完全に味がないです」
「……………」
「エイト様?」
楓の言葉が届いていないのか、エイトは無反応。
黙々とご飯を食べている。
「エイト?」
その様子が心配になった三咲も、声をかける。
「え? ごめん、何か言ってた?」
エイトが我に返った。
「あー、エイト様。今日の味噌汁、もはや味がありませんよ」
「やっぱり? 前濃すぎるって言われたから調整したんだけど、自分も味を感じなかったんだよね……他のおかずも味薄いよね?」
「いえ、他の食べ物は何の問題もなかったです」
「本当? おかしいな……」
「……エイト、疲れてる?」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
そう言いながら、誰よりも早く朝食を食べ終えたエイト。
「ごちそうさま」
食器を片付けようと立ち上がったエイトだが、足に上手く力が入らず倒れそうになる。
「エイト様!?」
「大丈夫。ただの立ちくらみだと思うから……」
「…………」
平然を装っているように見えたエイト。
――エイトを、助けて――
起きる前まで見てた夢の言葉が今も残っていた三咲が、立ち上がってエイトに近づく。
「エイト、今日は休んで」
「えっ?」
「学校を、休んで」
「えぇ!? いや、流石にそこまで――」
「だめ」
そう言うと、三咲はエイトを横抱きにし、無理矢理彼の自室に運び始める。
「ちょ、ちょっと!?」
エイトは飛び降りようとするも、上手く身体に力が入らない。
彼自身自覚はないのだが、ここ最近の戦闘で彼の身体は疲労しきっているのだ。
部屋に着いた三咲は、彼をベッドに寝かせる。
「本当に大丈夫だから……!」
しかし、エイトは無理してでも行こうとする。
「…………」
そこで三咲は、ベッドの下に手を入れ、彼が隠していたであろう薄い本を見始める。まるで最初からそこに隠してあるのを知っていたかのように。
「えぇ!? 何してるの!?」
エイトは奪い取ろうと手を伸ばすも、三咲はその手をかわす。
すると何か知識を得た三咲が本を後ろに投げ飛ばし、エイトの頭を撫で始める。
「無理は良くない。私と一緒に学校、休もう」
この言葉は、薄い本の台詞からそのまま取ったものである。
「!? ……いやわかった! そこまでされると逆に困るから! 大人しく学校休むから!!」
一瞬何かを期待したエイトだが、すぐに理性でそれを抑え、三咲の言うことに従うことにした。
「だから、三咲はちゃんと学校行ってくれ」
「……わかった。ちゃんと休んでね」
エイトの言葉を信じた三咲は、そのまま部屋を出て行く。
「…………」
(三咲が、俺の心配をしてくれた……んだよな? 前ならあんな言葉、かけてくれなかったと思う)
三咲が徐々に感情を取り戻していることを実感するエイト。
(それに実際、すごく眠い…………今日はこのまま、休むか……)
エイトは目を瞑り、眠ることに。
しかし、これが大きな分岐点になることを、エイトは知る由もなかった。
この日、三咲と一緒に行動しなかったことを――
無理に学校へ行かなかったことを――
薄い本のような展開に身を委ねなかったことを――
彼は大きく後悔することになるだろう。
……その『感情』が残っていればの話だが。
※
「…………」
エイトを寝かせた三咲は、一人で学校へ向かっていた。
(……何か、足りない)
一人で学校に向かうことは慣れていたはず。
しかし彼女の心には不足感があった。
(エイトがいないから――いないから……何? ……そうか、これが『寂しい』って気持ちなんだ。なんだか、『懐かしい』……)
彼女自身も、少しずつ感情を取り戻していることに気づいている。
この調子でいけば、人並みの感情を持つことができる。
そんなタイミングで、絶対に会ってはいけない人物に出会ってしまう。
「!?」
考えながら歩いていた三咲が、正面から来た人にぶつかってしまった。
三咲は弾かれ後ろに倒れそうになるが、正面の人が彼女を抱きしめるように支える。
「大丈夫?」
「……っ!?」
三咲を助けた黒髪の青年。その容姿が、どことなくエイトに似ている気がした。
三咲は礼を言わず、体勢を元に戻す。
(なんだろう……この変な感じ…………)
自身の胸の鼓動が早くなっていることに気づく。
「――君、もしかして緑金高校の人?」
「えっ……あ、はい」
青年は三咲の態度に不満を抱いてる様子はなかった。
「実は俺、今日そこに転校することになったんだけど、道に迷っちゃって……良かったら、一緒に登校してくれないかな?」
「……構わない」
「ありがとう! 今度必ずお礼をするから!」
「…………!」
青年の笑みに、何か惹かれる三咲。
(エイトに似てるから……かな? でも、エイトの時にはこんな感覚、感じたことがなかった……)
三咲がまた一人で考え込み、青年を置いてくように先に歩き始める。
「あっ、そっち側!? 俺、反対方向歩いてたのか……」
そんな彼女に青年は怒ることなく、隣に並んで歩き始めた。
しばらくすると星守宅が見え、丁度良く紗菜が家を出る。
「おはよう三咲! エイトくん――じゃない!?」
二人に気づいた紗菜が挨拶するも、三咲が知らない男と登校していたことに驚く。
「この人、学校の場所がわからないらしい。だから一緒に登校してるだけ」
「恥ずかしながら、その通りなんだよね……」
「そ、そうなんだ……」
(良かったぁ……てっきり浮気かと――でも、三咲がそんなことするわけないか)
安心した紗菜も、二人と一緒に登校することに。
「ところで君、かわいいね! モデルとかやってたりする?」
青年が気さくに話を振り出した。
「いえ、ただコンビニでアルバイトしてるだけの高校生です」
「そこのコンビニは楽園か何かか!? やっぱり彼氏とかいたりする?」
「まぁ……います」
(この人、瑛弍さんと同じようなものを感じるな……あの人より出てくる言葉はまともだけど)
紗菜の中でも異常者扱いされる、瑛弍であった。
「だよな~……君も人形みたいでかわいいけど、彼氏いるの?」
今度は三咲に聞き始める。
「……いる」
「やっぱりか~……って待て、彼氏持ちの少女二人と登校してるけどマズくない? 彼氏、怒らない? というか、彼氏と登校しないの?」
「私の彼は、社会人なので……」
(見つかったら多分、この人に圧をかけてきそう)
「そういえば三咲、エイトくんいないけど……何かあった?」
「疲れてたから、無理矢理寝かせた」
「そ、そうなんだ……」
「その言い方だと、三咲ちゃんは彼氏と同棲してる感じ?」
青年は何の躊躇いもなく三咲を名前で呼んだ。
三咲は彼の問いに頷いて答えた。
「なるほど~、今時は高校生でも同棲生活するんだなー……」
「…………」
「あー、ごめん。名前呼びしたの、嫌だった?」
三咲の反応が悪いことに、青年は申し訳なさそうな顔をする。
「気にしないでください! 三咲、無口なだけなので」
紗菜が空かさずフォローする。感情を失ったことを伏せて。
「自己紹介がまだでしたね! 私は零宮紗菜です!」
「……御島、三咲」
「いい名前してるね! 俺の名前ちょっと語呂がわるいから好きじゃないんだけど――」
青年は続けて、自身の名を明かす――
「俺の名は、片桐瑛壱。よろしく!」




