終話 世界一情けない告白
「…………んぅ」
紗菜が目を覚ましたのは、星守宅――客室のベッドの上。
スマホを取り出して時間を確認すると、時刻は午後十時。非常に長い時間、眠りについていたのだ。
(一樹さんは、もう寝たのかな?)
紗菜は部屋を抜け、一樹の部屋まで歩く。
ノックしてみるも、反応がない。
「お邪魔します……」
ゆっくりと扉を開け、中に入る。
しかしそこには、一樹の姿はなかった。
「…………」
紗菜は家中を隈無く探したが、一樹は何処にもいなかった。
どこかに出掛けている可能性が高いことは、紗菜自身わかっている。
しかし、今彼に会わないともう二度と会えなくなるような、確証のない不安に陥った紗菜は、思わず家を飛び出した。
(どこだろう……やっぱり事務所かな?)
向かう場所に悩んでいると、先に電話すればいいことを思い浮かんだ。
「…………出ない」
しかし、一樹の電話に繋がらない。
念のため事務所に電話してみると、瑛弍が出てくる。
『はいこちら何でも屋『ポトス』だと思います! お気の毒ですが、本日の営業は終了――』
「私です! 紗菜です!」
『おっ! 目覚めたんだな! でもここに電話か……どしたん?』
「一樹さん、そちらにいませんか?」
『あいつなら一時間前には帰ったんだがなぁ……家にいない感じ?』
「はい……」
『なるほど。となると……例の場所にいる可能性が高い』
「例の、場所ですか?」
『覚えてるか? あいつが号泣してた場所』
※
「…………」
東磐区と中巌区の境界。
石の前で音楽を聞きながら、煙草を吸っている一樹の姿があった。
「沙七、オレはまだ迷っている。前に進んでいいのか。目的を果たす前に、幸せを得ていいのか」
石に向かって独り言を呟く一樹。
「――いや、もうわかってるんだ」
煙草を中途半端に火を消し、携帯灰皿に入れる。その後、手に持っていた煙草の箱を石の前に置いた。中にはまだ数本残っている。
そして一樹は新しい煙草を開け、吸い始めた。
その煙草は、今まで吸っていた煙草とは別の銘柄。
今までの煙草は、沙七が吸ってきた銘柄。今吸い始めた煙草は、過去に彼女の影響を受けて吸っていた銘柄だ。
「沙七、お前ならきっと『私のケツばっか見てないで、今寄り添ってくれる人を愛してやれ』って張り倒してくるだろうな……」
そう呟くと、後ろからこちらに近寄る人の気配に気づく。
一樹はヘッドホンを外し、後ろを振り向いて確認した。
「!? 紗菜か! よくここがわかったな!?」
「えっと……瑛弍さんに『ここら辺にいそう』って教えられたので」
後ろにいたのは紗菜。
もちろん彼女の発言は、あの日後をつけていたことを誤魔化す嘘である。
「体はもう大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」
「良かった…………」
一樹は一服した後、覚悟を決めて口を開く。
「……紗菜、オレといるのは辛いだろ?」
「えっ?」
「今回みたいに変な奴らに襲われ、命を危険に晒している。翔さんから――学校の理事長からも聞いたぞ、オレと一緒にいたせいで虐めを受けたって……」
「それは! その……」
「オレらの他に何でも屋をやっている後輩たちがいる。中巌区がこの有り様になってからは、南岩区に拠点を置いていて、あそこは石神市の中でも比較的平和な場所だ。そこで匿ってもらうようにする……」
「っ…………!?」
それは嫌――そう言いたかった紗菜だが、ショックのあまり言葉が出なかった。
今度こそ離ればなれになってしまう――そう思った彼女だが――
「…………本当なら、そうするべきなんだろう」
「えっ?」
一樹の発言に疑問を浮かべる紗菜。
それを考える前に、一樹が火を消さずに煙草を地面に落とし、紗菜を抱きしめてくる。
「!?」
その行動に、紗菜の思考が止まった。
「オレは……紗菜が思っているほどいい男じゃない。煙草もやめられない、気にいらない奴がいればすぐに殴り飛ばす。瑛弍が勝手に口走ってると思うだろうが…………性欲が強いのも事実だ。そんなオレでも……情けない僕でも……傍に、いてくれますか……?」
弱気で、本当に情けない告白をしてきた一樹。
これまでクールな男を演じることで、弱さを隠してきた彼が、初めて赤の他人に本当の自分を――臆病な自分を曝け出した。
紗菜の答えは、最初から決まっている。
「――それでも私は、いい人だと思ってます」
「!?」
「いい人じゃなかったら、エイトくんが他人の感情に寄り添う優しい人に育ってませんよ。何よりも……私と初めて出会ったあの日、助けてくれなかったら……私はもうこの世にいなかったです」
「あれは――」
「下心、って言うんですか?」
「うっ……」
「それでも、私を助けてくれた事実に変わりないですよ。それに、誰かの役に立ちたいから、何でも屋をしてるんですよね? 他人に尽くせるあなたが、幸せに生きていけるのなら――」
紗菜は、一樹を抱き返した。
「私はこの身を――あなたに捧げます」
「っ…………!」
自分の想いを受け止めてくれた紗菜に、涙を流し始める一樹。
二人は落ちた煙草の煙に巻かれながら、しばらく抱きしめ合うでのあった。
「……ふふっ」
二人の様子を、遠くで見ていたのは、亡くなったはずの沙七。
彼女は微笑んでいるように見えたが――
「ぶっ、あはははっ!!」
笑いを堪えていただけで、思わず爆笑した。
「おいおい、笑うとこじゃねぇだろ姉貴!」
彼女にツッコミを入れたのは、瑛弍だ。
「だって! 面白すぎるんだもん!! 何よ、『性欲が強いのも事実』って! 身体目当て言ってるもんじゃない!! 私だったら出直してこい!! ――って張り倒してるわ!」
「んで、色々と強くなって出直してきたら?」
「その時は……受け入れるわよ。一樹、なんやかんやイケメンだし――てか顔が良くなかったらアウトよあんなの」
「うわー……殺してぇ……」
「もう死んでるわよ」
ブラックなツッコミを入れた沙七が、落ち着きを取り戻して話し続ける。
「でも、安心したわ。やっと、自分の人生を送ってくれる……それでいいのよ、一樹。自由に生きなさい」
「てことは姉貴、成仏するんか?」
「【アニマ】が成仏できたら苦労しないわ。それに、まだ心配事が残ってるの」
「それは何だ? 俺に彼女ができないことか?」
「あんたは一生その木刀でマス掻けばいいわ…………私が心配してるのは――『紗菜』ちゃんの方。あの子の力、代償がないとは思えないわ……」
エイトと三咲。一樹と紗菜。
それぞれ自分の想いを伝え、結ばれたかのように見えた。
しかし、ここまでの話は、ただの始まりの物語。
忘れてはいけない――これは、自身の呪いを解く少年少女の物語――
第二章 完




