第二話 《リベラ》
「はぁ……はぁ……!」
高校の制服を身に纏った、黒の長髪をした少女が、息を切らしながら路地裏を走り回っていた。
クールな顔立ちをしつつも、どこか幼さがある少女の名は零宮紗菜。
高校へ向かう登校中だったところ、あるものと遭遇し逃げる羽目に。
――ゲコッ! ゲロッ!
彼女の後を追う、カエルのような異形――【アニマ】の姿が三体。
どれも顔立ちはカエルなのだが、手足がついておらずナメクジのような体をしており、犬や猫と同じくらいの体長。ナメクジと同じようにヌルヌルと動くのだが、その速度は人の脚力に負けない程だ。
紗菜は【アニマ】に追いつかれないように必死に逃げていた。
(どうして!? この子達、いつもは大人しいのに!?)
紗菜には、【アニマ】の姿が見えていた。
見えるようになったのは三ヶ月前と最近なのだが、【アニマ】たちが人を襲う様子がなく、見方によっては愛嬌があったため、他の人には見えない野生の動物と思って過ごしてきた。
しかし、カエルの【アニマ】だけは目が合った瞬間鳴き声を上げて襲いかかってきたのだ。
「!?」
逃げ回っていた紗菜だが、突き当たりを曲がった先が行き止まりだった。
「そんな…………!」
後ろを振り返ってみると、既に【アニマ】がすぐ近くまで迫っており、狙いを外さないようにゆっくりと身構えていた。
「助……け…………」
紗菜は恐怖で声が出なくなり、体が震え出す。
そんな彼女にお構いなく、【アニマ】たちが一斉に襲いかかろうとする。
「《リベレイト》――【ケラスス】」
男の声がすると同時に、【アニマ】たちが同時に燃え始める。
紗菜の目の前に一人の青年が舞い降り、炎を纏った剣で【アニマ】を斬ったのだ。
その青年は、口に煙草を咥えた一樹だった。
【アニマ】は悲鳴を上げる暇も無く、灰になっていく。
「えっ…………?」
何が起こったのか理解できなかった紗菜は、見惚れるように一樹の横顔を見つけていた。
一樹は剣を消滅させ、一仕事終えたように一服するも、紗菜の制服姿を見て携帯灰皿を取り出し、素早く火を消した。
「すまない、匂いが付いてしまうな」
「い、いえ! 父も煙草を吸うので……!」
紗菜は我に返り、遅れて返答した。
「助けていただき、ありがとうございます! お礼は……その……」
「気にするな、オレが勝手にやったことだ。見返りは求めてない。ところで、今の異形が見えていたってことは、《リベラ》で間違いないか?」
「り、りべら……?」
「……言い方を変える。超能力を使えるか?」
「ちょ、超能力!? 私はただの人間で――えっ、あの子達が見えるってことは、私も超能力者なんですか?」
紗菜がクールな見た目に合わず一人で慌て始める。
その様子に嘘偽りがないと感じた一樹は、少し思考を巡らせた。
「なるほど……力が発現したのはつい最近とみていいな……《リベラ》としてはまだ覚醒前であるが……」
「あの……《リベラ》って何ですか?」
「あぁ、それこそ簡単に言えば超能力者だな。ただ、フィクションの超能力者は瞬時に能力を使うものが多いが、能力を発動するには解放の合図を送らなければならない。それをするまでは、さっきの異形――【アニマ】が見えること以外は普通の人と変わらない」
「解放の、合図?」
すると、一樹が右手を横に広げる。
「《リベレイト》――【ケラスス】」
先程まで持っていた同じ剣を生成し、手に取った。
「このように力を解放することで、能力が使えるようになる。大きな特徴は、解放した際に必ず自分に合った武器――《テルム》が生成されることだ。これはただの武器じゃない。自分の魂と直結している――いや、もはや魂の具現化といっても過言じゃない。ちょっとやそっとのことじゃ壊れはしないが、万が一砕けたら命に関わってくる可能性もある」
重要なことを述べた一樹は、剣を消滅させる。
「力を解放させるには、【リベレイトコード】が必要になる。オレの場合、それが【ケラスス】にあたるんだが……君の場合、まだ完全に覚醒しきってない。覚醒の時が来たら、まるで最初から知っていたかのように、頭の中に言葉が浮かんでくるはずだ」
「そうなん、ですね……」
ここまで、耳を疑うような話を聞いた紗菜。
実際に能力を扱うところを見た彼女だからこそ、話を信じることができた。
「ずっと気になってたんだが……」
一樹が紗菜の体を舐め回すように見始める。
「な、なんですか……?」
紗菜は思わず身を縮める。一樹がイケメンなのがまだ幸いである。
「君は…………」
「は、はい!」
「…………緑金高校の生徒で合ってるか?」
「え……あ、はい。そうですが……」
予想とは別の言葉が出てきたことに、紗菜は素っ気ない返事をしてしまう。
緑金高校は、エイトも通っている東磐区の高校だ。
「学校の時間、大丈夫か?」
「…………あっ!」
紗菜はスマホを取り出し、時間を確認する。
時刻は八時二十分。始業まで残り十分しかなかった。
「その高校の理事長がオレの旧友でな。引き留めたのはオレだ、休みを掛け合えるぞ」
「いえ! 親が心配するので! ただ、ここからじゃ間に合わなくて……」
「なるほど……わかった」
「えっ!?」
突然一樹が紗菜を横抱きにし、空高く跳躍した。
「きゃぁ――!!」
鳥と並んで飛ぶ高さまで跳躍した一樹。地面までの距離を見てしまった紗菜は目を閉じて悲鳴を上げる。
数秒もしないうちに一樹が地面に着地する。
「…………?」
紗菜が目を開けると、学校が近い人気のない場所に着地していた。
「……これで問題ないな」
「あ、ありがとうございます……」
一樹は戸惑う紗菜をゆっくりと下ろした。
(《リベラ》ってこんなこともできるの!? でも、力を解放するまでは一般人と変わらないって言ってたような…………)
「さて、オレも職場に顔を出さないと、あいつがうるさいからな……最後に――」
一樹が懐から一枚の小さな紙を取り出し、紗菜に差し出した。
「?」
紗菜は受け取って確認すると、それは名刺だった。
「何でも屋『ポトス』……星守、一樹…………」
「改めて、オレは星守一樹。幼馴染みと何でも屋をしているんだが、【アニマ】関係の依頼も受けている。何か困った事があったときは遠慮無く電話してほしい」
そう言い残して、一樹は再度空高く跳び、この場を去って行った。
「……あの人、ちょっとズレてる気がするけど――」
紗菜は学校を目指して歩き始める。
「…………カッコ良かったかも」




