第十四話 0714
「お前ら、『朱雀』の知り合いなんだろ? そいつをここに呼べ」
「え!?」
紫髪の男からの突拍子もない発言に、紗菜は混乱した。
そうしている内に、紗菜たちの背後に二人、男の仲間が現れる。
スノーフレイクと、トメントーサ。二人は既に力を解放している。
紗菜と三咲をここまで誘導したのは、ダリアの部下――ロベリアだった。
「あの時の……」
「やっぱり僕のこと見えてたんだ! 久しぶり、おねーちゃん!」
三咲がスノーフレイクと目を合わせる。
「三咲、知り合いなの?」
「……エイトを襲おうとしていた敵」
「そこまでわかってたんだー! 殺意を抑えてたつもりなんだけどなぁ」
スノーフレイクは不気味に微笑みながら、ナイフを手の上で回していた。
「もう一度言う。『朱雀』を呼べ。もちろん、俺らの存在は内密で。そうすれば何の危害も加えない。何なら報酬もある」
そう言って、ロベリアが取り出したのは分厚い札束二つ。
合わせて、二百万円はあった。
「……人を思うように動かしたいなら、もう少し出した方がいいと思うよ」
「み、三咲!?」
煽るような言葉を吐いたのは三咲だった。
三咲自身質素な生活を送っているため忘れられがちだが、かつて栄えていた御島財閥の一人娘。
屋敷内で闇がありそうな取引現場をこっそり見ていた三咲は、二百万では交渉にもならない――と感覚が麻痺していたのだ。
「悪いがこっちも急いでんだ。これで満足してもらうぞ」
ロベリアが言葉を言い終えると同時に、スノーフレイクがナイフで三咲の背中を裂こうとする。
視界の外からの攻撃だが、三咲はスッと身を横にしてかわした。
「今のかわすんだぁ……おねーちゃん、まだ覚醒してないんでしょ?」
「…………」
「無愛想なおねーちゃん。その顔、歪ませてもいいよね!」
少年が三咲の顔にナイフを突き刺そうと突進してくる。
「三咲!!」
「…………」
紗菜が呼びかけるも、三咲は動かなかった。
動く必要がない――それがわかっていたから。
「っ!!」
横から飛んできたのは、【アニマ】と戦っていたはずのエイトだ。
彼は日本刀でスノーフレイクの手を貫きつつ、ナイフを逸らさせた。
「ぐぅ!!」
少年は自ら日本刀を手から引き抜き、後ろに下がる。
「エイトくん!」
紗菜はこの隙にエイトの後ろに回り、三咲とも合流した。
「クソガキぃ……やっぱり生きてたのか!」
「そもそも俺が死んだら、お前らもボスに殺されるんじゃないのか?」
エイトは刀を構え直す。
「……お前、【アニマ】と戦ってたんじゃねぇのか? こんな短時間で倒せるもんじゃないはずだが」
ロベリアがエイトにそう訊ねた。
暴走する【アニマ】を放ち、エイトの気を逸らした張本人だからだ。
「俺は父さんと違って、市民全員を守れる強さを持ってないし、皆が言うほど優しくない。他人よりも、恋人を守る方を選んだだけだ」
エイトは何かを思い出したようにスマホを取り出す。
画面には通話中と出ており、エイトはその通話を切った。
電話主の相手は三咲。彼女はスマホを返されると同時に、こっそりエイトに電話をかけていたのだ。
電話越しから聞こえるスノーフレイクの声を聞いたエイトが戦闘を中断し、無数の《糸》が絡み合う街の中から三咲たちのものと思われる《糸》を発見。そして今に至っている。
エイト自身が言ったように、暴走している【アニマ】を放置してここに来たのだ。
(とはいえ、三人を相手にするのは辛い。隙を作って三咲たちを逃がすことに専念しないと……!)
エイトはダメ元で刀を左胸に突き刺そうとする。
「させるわけないじゃん!」
スノーフレイクが怪我をしていない方の手にナイフを持ち替え、エイトに攻撃を仕掛けてくる。
その動きを見たエイトは刀でナイフを防ぎながら、少年の腹に蹴りを入れた。
「うぐッ!」
スノーフレイクが怯み、その隙にエイトが容赦無く彼を斬り捨てようとする。
「!?」
しかし、刃が少年の体に届かない。よく見ると、少年の周囲に透明な壁のようなものが出現している。
正六角形が並べられたガラス壁は、ゲームなどに出てくる『バリア』そのものだった。
「僕、この能力嫌いなんだよね。保身しか出来ないこの能力が!!」
少年が『バリア』を解くと同時に、ナイフをエイトの手に突き刺そうとする。
エイトは素早く手を引きながら刀でナイフを受け止めた。
「エイト! 左!」
「っ!?」
三咲が珍しく声を張り上げた。
それに気を取られる前にエイトが左を確認すると、トメントーサがチェンソーで攻撃を仕掛けている。
エイトは地面を強く蹴り、大きく後ろへ下がって攻撃をかわした。
「存在を薄くしてたつもりなんだが……まぁいい。オレ様も暴れさせてもらう」
そう言って、トメントーサは左手を前に突き出す。
「なっ!?」
突然、エイトが手にしていた日本刀が謎の引力に引かれ始める。
油断していたエイトは思わず手を離してしまう。日本刀が向かっていく先は男の左手。
(あの時の――三咲の屋敷を襲った奴と同じタイプの能力か!?)
「まだだっ!」
エイトは《白い糸》に触れ、『日本刀が能力に引き寄せられる』出来事を消した。
しかし、能力が消えたものの日本刀は手元に戻らず、男とエイトの中間の距離で落ちる。
エイトは日本刀を拾おうと駆けだした。
「《リベレイト》――【ロベリア】」
解放の言葉が聞こえると同時に、日本刀に鎖が絡みつく。
鎖を飛ばしたのはロベリア。五メートル異常ある一本の鎖が、彼の《テルム》だ。
彼は身を翻して日本刀ごと鎖を大きく回し、鞭を振るうようにエイトの体に当てた。
「うぐッ……!!」
それを直に受けてしまったエイト。
同時に日本刀も折れてしまい、肉体に強い負担がかかる。内蔵が押しつぶされ、エイトは血を吐くも倒れない。
ここで倒れたら、もう立ち上がれないことを本人が一番理解していた。
「エイトくん!」
彼の身を案じると同時に、自身への無力感に襲われる紗菜。
(覚醒していない私が足で纏いにしかならないのはわかってる! でも、ずっと守られてばかり……)
「『藍色』、その状態じゃもう戦えないだろ。今降参した方が楽だぞ」
ロベリアがエイトに問いかける。
「……まだだ、まだ!」
エイトの心が折れることはなかった。
どのみち、自分が殺されることはない。根性論になるが、諦めなければずっと戦い続けることができるからだ。
しかし、そんなことはロベリアたちも分かっている。
「そうか…………じゃあこうしよう」
ロベリアが鎖を飛ばした先は――三咲だ。
「やめろ!!」
エイトは痛む体を無視して《赤い糸》を触り、『鎖が三咲に当たる』出来事を消去した。
「いつまで持つのかなぁ!」
スノーフレイクがエイトを横切り、三咲にナイフを向ける。
「待て――ぐふッ!!」
エイトが《糸》を掴んで防ごうとするも血を大量に吐き出し、体が思うように動かなくなる。
無情にも少年のナイフが三咲を貫く――
「うッ!?」
突然何者かに体当たりされ、少年は驚きながら横に吹き飛ぶ。
素早く体勢を戻して確認すると、犯人は紗菜だった。
「はぁ……はぁ……」
紗菜は腹を決めてスノーフレイクの妨害をしたが、恐怖心から既に息を切らしている。
「ふーん、ちょっかい出すんだ…………やられたらやり返すだけだけど!」
少年が紗菜へ突進する。
それを防ごうと三咲が彼の前に立つ。
「おねーちゃん邪魔!」
少年は裏拳で三咲の横腹を殴る。
小さな子供から放たれるとは思えない力で殴られた三咲は、横に吹き飛ぶ。
「三……咲……!!」
エイトは無理にでも動こうとしたが、前に倒れて動けなくなってしまう。
「っ!」
戦闘経験のない紗菜が、スノーフレイクのナイフを見切れるわけがない。
紗菜は前を両手で塞ぐことしか出来なかった。
「!?」
しかし、少年のナイフが当たらなかった。
それどころか、少年の体が紗菜の体を貫通するように通り抜けたのだ。
「え…………?」
何が起きたのか理解できなかった紗菜。
「えっ、消えた……消えた!?」
スノーフレイクが困惑した表情で周囲を見渡す。
目の前にいる紗菜を認識出来ていない様子だった。
「嬢ちゃんが消えただと!?」
「何が起きている!?」
トメントーサとロベリアも少年と同様の反応を示している。
「父さんが言ってた…………覚醒の、前兆なのか……?」
エイトも紗菜を認識できていない。
《リベラ》は覚醒前に力が外に零れ、解放前に能力が暴発することがある。エイトはそれが起きたのだと考えた。
「えっ、えっ!?」
この現象に関し、張本人の紗菜が一番動揺している。
――紗菜ちゃん。
「!?」
すると、目の前に一人の少女が現れる。
紗菜と瓜二つの少女――片桐沙七だ。
死んだはずの彼女が、一樹の背後に現れたこともある。瑛弍から写真で見せられたこともあり、目の前の人物が本人であると紗菜は直感で理解していた。
エイトたちの反応が増えないことから、紗菜にしか認識出来ないこともわかる。
――大丈夫。あなたなら戦える。一樹も救える力を、あなたは持ってるから。
『沙七』が『紗菜』の肩に手を置き、優しい言葉を伝えた。
徐々に沙七の姿が消えていくが、同時に紗菜の体が光り始める。
(なんだろう、この温かい感じ……それに、頭に浮かんできた《言葉》……これがあれば私は…………!)
「!? ど、どこに行ってたんだ!?」
周囲の者が紗菜を認識できるようになり、真っ先に驚くスノーフレイク。
「…………」
紗菜は深呼吸をした後、少年の方を振り向く。
戦う覚悟を固めた彼女は、力を解放させる。
「《リベレイト》――【ナデシコ】!」




