第十三話 不安な前兆
紗菜と三咲が合流したのは、午前十一時前。
紗菜のバイト先もある中巌区寄りの東磐区で待ち合わせをしていた。
そこは現在の石神市の中で都市として一番発展している。
厄災に見舞われる前の中巌区には及ばないものの、若者が遊ぶには充分の娯楽施設が整っていた。
「……本当に、俺も来て良かったんですか?」
二人の間に、エイトの姿もあった。
友達同士水入らず楽しませるため、来る気はなかったエイト。しかし、三咲に引っ張られ半ば強引に連れて来られたのだ。
「三咲が来て欲しいってことなら、私は全然大丈夫だよ」
紗菜が答えると同時に、三咲が頷いた。
「なら、いいですけど……」
(昨日あんなことがあったばかりなのに、二人とも凄いな。三咲はともかく、紗菜先輩もなんともなさそう)
「あっ、あそこのラーメン屋、とても辛いんだって!」
三人が街中を歩いていると、紗菜が一つの小さなラーメン屋を指差す。
「一樹さんが来たら、皆で行かない?」
「いいですけど……っというか、父さんも来るんですか?」
「うん!」
紗菜が満面の笑みで答えた。
「俺の知らない間に仲良くなってますけど、もしかしてもう付き合ってますか? 父さんと一緒に暮らしてるって聞きましたし」
「ううん。まだ、付き合ってないよ」
「えっ、それなのに一緒に寝たんですか? ……誘ったの父さんですよね?」
エイトが顔を歪ませながら紗菜に尋ねると、彼女は首を横に振る。
「誘ったのは私。もしかしたら誤解があるかもしれないから、話しておくね――」
紗菜は、自身の身に起きた出来事を話した。
「……そんな酷いことがあったんですね」
「一樹さんには、本当に色々と助けられました」
「寝たってそのまんまの意味だったんですね。てっきり手を出されたのかと」
「一樹さんはそんな酷いことしないって、私もわかってますから!」
(でも一樹さんなら……私は……)
「…………そうですね」
(正直、手を出さないと言い切れないのが本音だけど)
一樹の言動を目の当たりにしているエイトは、即答できなかった。
「いてッ!」
すると、何の前触れもなく三咲がエイトの足を蹴った。
「ごめん、何かした?」
「なんか……蹴りたくなった」
「えぇ!?」
「最初は紗菜を蹴ろうとしたけど、エイトの方が蹴りやすかったから」
「えぇ……」
戸惑うエイトに対し、紗菜は笑っていた。
「三咲、多分『嫉妬』してるんだよ」
「……嫉妬?」
「後々わかると思うよ。でも大丈夫、三咲からエイトくんを取ろうなんて考えてないから」
「…………」
嫉妬――負の感情。
世間からも良い印象を持たれていない感情。
好きな人への束縛、恋人の友人への攻撃に繋がる感情だが、同時に好きな人を愛している証明になる。
この感情の意味を、大切さをここで理解しなかった三咲が後悔することになるのは、しばらく先の話。
※
「あ~、だりぃ~!」
その頃、北石区にある何でも屋『ポトス』の事務所にて。
一樹と瑛弍の二人が、依頼の整理をしていた。
何でも屋としても実績のある二人の元には、多くの依頼が来ている。しかし、最近は【アルカロイド】との戦いが本格的になってきており、殆ど手をつけられていない状態なのが現状だ。
そこで依頼を資料にまとめ、同じく何でも屋をしている後輩に押しつけ――ではなく、仕事を分けてあげようと整理している。
「俺はこういうの苦手なんだよなぁ……」
瑛弍はダルそうに資料作成を行っているが、文字を打ち込むタイピング速度が一樹よりも速い。
「時雨たちの方が人数多いし、ビジュアル的にもモテそうなのになんでこっちの方が仕事多いんだよ!」
「……少し前に依頼者から偶然あいつらの名前が出たから聞いてみたんだが、『常識がズレてて怖い』とのことらしい」
「あー、あいつら個性強すぎるからな。
リア充を本当に爆発させた天才ハッカー、
幼女に手を出そうとするロリコン失格の残念なイケメン狙撃手、
真面目そうに見えて彼女に発情しまくる音速のムッツリ、
その彼女は常軌を逸した怪力のスレンダー少女。
……俺らって、まだまだ普通なんだな」
「オレらもオレらだろ」
「てか自分で言って何だよ『音速のムッツリ』って! 師匠が泣くぞ! 師匠俺だけど……うぇぇぇん!!」
本当に瑛弍が泣き始める。
「…………」
それをうるさく思った一樹が、首にかけていたヘッドホンで音楽を聞き始めた。
「そういやお前が音楽にハマったの、弟子の影響だったな――あっ、思い出したぞ一樹! 実はエイトから依頼を受けててな」
「エイトが? オレじゃなく瑛弍に?」
音楽越しに瑛弍の声が聞こえてた一樹が、ヘッドホンを着けたまま受け答えすると、
「死ねぇぇ!!」
瑛弍が懐から刺身包丁を取り出し、一樹の左胸に突き刺そうとする。
「…………」
一樹は無反応。
反応できなかった訳ではない。反応する必要がないだけだ。
包丁が左胸を貫こうとするも、彼の皮膚が異常に硬く、逆に包丁が折れてしまう。
「…………エイトから、『父さんを殺してください』って」
「馬鹿を言うな。恨まれるようなことをオレが――いや、もしかしたら仕送りが少なかったかもしれん……後でまた送るか」
「いや、多分それで解決したらこんなこと言わないから、あの子」
瑛弍が冷静にツッコミを入れると、彼のスマホに耳が痛くなるような警報音が聞こえてくる。
「ん? この音は、暴れ狂う【アニマ】を探知した音だな」
石神市全体に『アニマ暴走探知機』なる物を設置し、【アニマ】が暴走を起こすとスマホに通知が来るように設定していた瑛弍。
「……おいおいおい、一気に十体も暴走してるってマジ?」
「殲滅しに行くか」
「いや、お前はテキトーに資料整理してていいから。紗菜ちゃんとデートの約束があるんだろ?」
「……三咲もいるから違う」
「まぁ何がともあれ、俺一人で充分! それに――」
ふざけた顔で笑っていた瑛弍が一変、真剣な顔で一樹に告げる。
「今回の暴走、石神市全体に散らばっている。間違いなく【アルカロイド】が俺らの気を散らすための罠だ」
※
「…………」
紗菜たちと出掛けているはずのエイトが、洋服屋を背に一人で立っていた。
紗菜と三咲の二人は、その洋服屋で買い物をしている。女性ものの服がメインであり、ガラス越しに見える店内にはほぼ女性しかいない。いても彼女連れのイケメンであり、気が進まなかったエイトは『紗菜の服選びがメイン』という口実を使い、外で待機していた。
それから一時間は経過している。
女性は買い物が長い――ということはエイトも重々わかっていたが、時間を潰せるものがなく彼女たちについていかなかったことを少し後悔していた。
(うぅ……なんか、視線が痛い……)
通行人がエイトを度々チラ見してくる。
女性服のお店で立っている変な人と思われてそうで心が苦しくなるエイトだが、通行人たちはそう思っていなかった。
ここまで一樹ばかりイケメン扱いしてきたが、エイトの顔も悪くない。目つきはやや悪いものの、どちらかと可愛い寄りの雰囲気を出しているため、母性本能をくすぐられた女性が彼を見てくるのだ。
学校でも密かに人気はあるものの、不良の昭伍とつるんでいることから、近寄りがたい存在となってしまっている。
「?」
すると、視界に藍色の羽をした蝶が入る。
三度目の現象であったため、慣れたエイトはもう驚くことはなかった。
(近くに暴れてる【アニマ】がいるのか?)
エイトは周囲を見渡すと、建物の間――人気の無い場所で【アニマ】が人間を振り回している。
比喩ではなく、大きな腕で女性を本当にブンブン振り回している。周囲にはその勢いで千切れた被害者の腕や血が散乱している。
(被害が大きくならない内に、倒しておかないと……!)
エイトはその【アニマ】を討伐するため、洋服屋の前を離れた。
「…………あれ、エイトくん?」
その数秒後、買い物を終えた紗菜と三咲が入れ違いで店を出てくる。
「トイレかな?」
「……電話してみる」
三咲がスマホを取り出し、エイトに電話をかけようとしたその時――
「…………あっ」
横を通りかかった紫髪の男に、三咲のスマホをひったくられたのだ。
「三咲! 追いかけるよ!」
逃げる男を二人は全速力で追いかける。
男は路地裏の奥の方へ逃げていく。
「…………」
妙な違和感を覚えたのは三咲。
男の逃げる歩幅がやたらと大きい。踏み込みのリズムもゆっくりな方で、あえて速度を落としているようにも見えたのだ。
すると男は突き当たりで足を止め、二人の方に振り返る。
「!?」
そして男が三咲のスマホを投げ返したのだ。
三咲は投げられた自分のスマホを難なく受け取る。
「お前ら、『朱雀』の知り合いなんだろ? そいつをここに呼べ」




