第十二話 見えざる門
「……何をしているんだ俺は」
そう呟いたのは、西塊区を歩いているダリア。
紗菜と三咲を助けたことに、自分自身理解出来ていなかった。
ダリアがあの周辺にいた目的――それこそ紗菜と接触して弱みを握ろうとしたのだ。しかし、彼女とその親友が明らかに人間のクズに襲われそうになったところを見て、自分の中の正義感が抑えきれなかった。
「ロベリアにも見られていた……期限も近い。痺れを切らして明日動くだろう…………俺も覚悟を決めないとな」
ダリア自身一樹と瑛弍、二人との戦いに恐怖を感じていた。
過去に【アルカロイド】を壊滅寸前まで追い込んだ男たちに、自分が太刀打ちできるか不安を覚えている。
エイトたちを完封した彼でもそう思ってしまうほど、一樹と瑛弍の強さは『異常』なのだ。
自宅のアパートに辿りついたダリアが扉を開け、中に入る。
「あっ! お兄ちゃんおかえり!」
妹の四乃が真っ先に抱きついてくる。
「…………」
いつもの日常。
この日常が、今日で終わるかもしれない。
「? お兄ちゃん?」
「あぁ、すまない。ただいま」
※
少し時が経った午後九時過ぎ――
「また湧いてる……」
御島家の屋敷内を見回っていたエイトが、【アニマ】の群れが座敷でくつろいでいるのを確認していた。
三咲に呼ばれ合流した後の話だが、死体をそのままに出来なかったので一樹に相談。
そういうのに慣れてるらしい瑛弍がその場に駆けつけ、血痕を全て無くして死体を全て持ち帰った。
学校の生徒が亡くなった訳だが、『理事長と警視が知り合いだから大事にはならないようにする』と瑛弍は言い残した。
酷い光景を間近で見た三咲だが、感情がないことが幸いなのか家に帰った後も普通に食事を摂り、現在入浴中だ。
その間、エイトは広い屋敷に異常がないか見回っていたところ、【アニマ】の群れを発見したというわけである。
ウサギに似た【アニマ】が、座敷を一生懸命囓っている。
「コラコラ、ダメだぞ」
エイトが子供をあやすような口調をしながら【アニマ】を持ち上げ、外に逃がす。
ここにいる【アニマ】に攻撃性がなく、他の【アニマ】も同様外へ逃がすことができた。
(広いから侵入されるのは仕方ないけど、それにしてはいつも数が多い気がする。何か寄せつけちゃってるものがあるのか?)
そう思い、エイトは周辺を見渡してみる。
「…………あれじゃ……ないよな?」
エイトが注目したのは、奥に飾られている掛け軸――の下に置かれた水晶玉のようなもの。
美しい藍色をしたその球体は、見ててどこか親近感が湧いてくる。
(きっと、羽の色と同じだからなんだろう……)
そう思いながら、エイトは球体を近くで見ようと足を運ぼうとする。
「……エイト?」
彼を呼び止める声に、足を止めた。
その声が三咲だと瞬時にわかったエイトは振り返る。
「三咲、あがったんだ――ってちょっと!?」
しかし、三咲の姿を見たエイトは振り返る勢いでそのまま正面に向き直った。
彼女がバスタオル一枚だけで、何も着ていなかったからだ。
「?」
恥じらいを知らない三咲は、エイトの様子を不思議に思う。
「三咲……着替えは?」
「いつも持って来てたんだけど、今日は部屋に忘れた。部屋に行く途中でエイトを見かけたから……何してたの?」
「屋敷の見回り。ちなみになんだけど、あの水晶玉みたいなのが、何なのか知ってる?」
エイトが球体の方を指差して訊ねる。
指された先を見るため三咲が近寄ると、お風呂上がりの温かい蒸気がエイトに当たると同時に、彼女の匂いが鮮明に鼻に入り、エイトは体をビクッとさせた。
「……あれは、私にもよく分からない物だけど、両親が大切にしてた。小さい頃触ろうとしたら、父さんに怒られたことがある」
「そ、そうなんだ」
(てことは、【アニマ】とは関係なさそうかな……)
「……くしゅん!」
すると、三咲が可愛いクシャミをする。
「引き留めてごめん、着替えてきていいよ」
「……わかった」
三咲が服を着るため、自室へと向かっていく。
「……さて、俺も風呂に入るか」
エイトも入浴のため、この場を去って行った。
――球体から、藍色の羽をした蝶が出る瞬間を見逃して――
※
翌日の午前十時頃。
(ここに来て初めての休日…………落ち着かない)
紗菜は星守宅の居間で、居心地の悪さを誤魔化すようにスマホをいじっていた。
本日は七月一日。金曜日なのだが、学校の創立記念日のため休みである。
「零宮、今日予定はあるのか?」
「っ!?」
一樹が予定を訊ねてきたことに、紗菜が驚く。
「な、何もないです……!」
「良かった。エイト越しに三咲の予定も空いている事を聞いてな、自由に使っていいから服とか必要なものを揃えるといい」
そう言って、一樹が少し厚みのある封筒を渡してくる。
紗菜は受け取り、その中身を確認した。
「えっ、えぇ!?」
中にはお金が入っていたのだが、その金額は十万円。
高校生が持つには大金であった。
「女性の服は高いと聞くからな。その位あれば充分に買えると思った。余ったお金は自由にしていい」
「充分すぎます!!」
その場で返そうと考える紗菜であったが、実際ここに移住する際に多くの服を捨てた。
今彼女が着ている服は一樹が過去に着ていた黒のパーカー。女性が着ても違和感はなく、紗菜本人も意中の相手の服を着られて内心喜んでいるものの、同時に服を借りている申し訳なさを感じている。
「でも……有り難く使わせていただきます」
バイト代だけでは買える服が限られてしまうため、紗菜は自分の欲望に従ってお金を懐に入れた。
「一樹さんも、良かったら…………一緒に行きませんか?」
「すまない、オレはこれから仕事があるんだ。それに、現役高校生の中に三十代が混ざるわけにはいかないだろう」
「そう、ですよね……」
「…………ただ、今日は事務処理だけだ。それが終わった後で良ければ、行くことにする」
そう言って、一樹は事務所に向かうべく家を出て行く。
「ありがとうございます!」
紗菜は去って行く一樹にお礼を告げ、早速三咲と連絡を取って待ち合わせすることにした。




