第十話 奇襲
「あれ、エイト一人か?」
放課後。
学校の門の前で昭伍は、一人で帰ろうとするエイトの姿を見て駆け寄る。
「昭伍か。三咲は今日委員会の集まりがあるから先に帰るように言われて」
「なるほど。俺も一人だし、ゲーセン行かね?」
「そうだな。こういう時じゃないと遊べないし」
二人はゲームセンターがある方角へ歩き始める。
エイトの帰路とは反対方向――中巌区の方角へ歩いていた。
「――最近どうなんだ? 三咲先輩とはうまくいってるのか?」
「順調――って言っていいのか…………共同生活するようになっただけで、前とそこまで変わってない気がする」
「そりゃお前が奥手だからなんだよ。恋人同士になったんだろ? ならガッツリ迫ってもいいと思うんだが」
「うーん……その度胸がないとは言いたくないけど、まだ感情を取り戻せてない三咲に強く迫るのは違う気がして。多分、自分は何が好きで何が嫌いなのかもよく分かってないと思うし」
「そんな悠長なこと言ってると大変なことになるかもしれんぞ。最近流行ってるだろ……寝取られもの。あれをただのフィクションだけのものだと思うな。感情がないのなら、突然出てきたチャラ男が先輩に迫った時尚更断れないぞ。そうなる前に――ぶふぉ!!」
エイトが突然昭伍の腹を殴った。
三咲が変なチャラ男に寝取られてしまうのを想像してしまい、思わず昭伍に怒りをぶつけてしまったのだ。
「……あっ、ごめん」
「いってぇ……ジョークじゃない方の腹パンじゃねぇか……」
昭伍が腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。
「!?」
それを他所に、エイトはあるものが目に留まる。
藍色の羽をした小さな蝶が、目の前を横切ったのだ。
(また現実に!? 前回のことを考えると……)
エイトは蝶が通った跡を視線で辿ると、薄暗い路地裏でツチノコに似た三匹の【アニマ】が何かを食べているのが見える。
それは、既に元の原型を留めていない人間の死体だった。
「《リベレイト》――【サザンカ】」
他の犠牲者を出す前にとエイトは力を解放し、日本刀で三匹の【アニマ】を同時に斬り倒す。
不意打ちだった一瞬の斬撃に【アニマ】は対応できず、体を真っ二つにされて命を落とした。
その後、エイトは人間の死体に歩み寄る。
「エイト、どうだ?」
遅れて駆けつけた昭伍が訊ねる。
「……《糸》すら残っていない。かなり前に命を落としたんだと思う」
「そうか……」
「…………」
数秒間の沈黙が訪れた後、
「行くか。誤解であっても、親父の世話にはなりたくねぇ」
先にこの場から離れようとする昭伍。
「…………!」
しかし、エイトは彼の背後から上へ不自然に伸びている《赤い糸》が目に入った。
空かさず上を向くと、建物の上から飛び降りて昭伍の背中をナイフで裂こうとする、幼い少年の姿が。
「昭伍!!」
エイトは彼の名を叫びながら、刀でナイフの刃を受け止める。
「へぇ~、防げるんだ」
少年は刀を押す要領でエイト達と距離を置く。
「!? なんだこのガキは!?」
少年に気づいた昭伍が振り返り、ナイフを持っていることに驚いた。
(この少年、どこかで…………まさか、あの時の!?)
エイトは思い出した。二日前、三咲と帰っていたときにこちらを覗いていた少年であることを。
今回奇襲を仕掛けたのは、【アルカロイド】のスノーフレイクだ。
「その雑魚から狩ろうと思ったけど、やっぱり『藍色』が反応できちゃうか。『朱雀』の息子ってだけあるね!」
(『藍色』……俺のことか)
「俺を雑魚呼ばわりとは、いい度胸じゃねぇか……《リベレイト》――【グラジオラス】!」
昭伍も力を解放させ、グローブでスノーフレイクに襲いかかる。
「あはっ! やっぱ雑魚じゃん!」
昭伍の攻撃をあっさりかわすスノーフレイク。昭伍は続けて連打をかますも、全部かわされてしまう。
「雑魚雑魚ぉ!」
「うるせぇ!」
スノーフレイクの煽りを真に受けてしまっている昭伍は、拳による攻撃をやめようとしない。
だがその隙を突いてエイトが少年の懐へ潜り込もうとする。
(攻撃を防ぐ《糸》は視えるけど、こっちに気を引ければ昭伍の攻撃が当たるはずだ!)
しかし、エイトの読みは甘かった。
「――させねぇよ」
謎の男の声が聞こえると同時に、チェンソーの刃がエイトに迫る。
「!?」
反応が間に合ったエイトは、チェンソーを日本刀で受け止めた。
「ぐッ!」
何故かエイトが口から血を吐き出し、一気に身を退いた。
チェンソーの刃が回転していることで、刀が傷ついたからだ。
「俺様の《テルム》を受けて耐えるとは、強靱な魂の持ち主だな」
髭を生やしたその男が、ニヤケ顔で言う。
「あれ? トメントーサじゃん!」
スノーフレイクが昭伍の攻撃をかわしながら、男の名を呼んだ。
「あぁ。人手不足だから行けとボスに言われてな」
「ふーん、僕一人だけでも充分なのにね!」
そう言いながら、少年は昭伍に向けてナイフを投げる。
「当たるかよ!」
昭伍は紙一重で避け、少年の懐へ一気に潜り込む。
「!? 昭伍! 退いてくれ!」
何かを察知したエイトが呼びかけるも、遅かった。
「――君ホント馬鹿だね」
スノーフレイクは新しいナイフを生成し、昭伍の左胸に深く差し込む。
《テルム》によっては、複数生成することができる。その数だけ体力の消費は激しくなるが、ナイフは小さいが故に消費が少なく済むのだ。
「がはッ!!」
昭伍はまともに攻撃を受けてしまい、その場に倒れる。
このままでは昭伍は命を落としてしまう。
「昭伍!!」
エイトは昭伍の元へ駆け寄ろうと走った。
「俺様を忘れるな!」
男――トメントーサがチェンソーでエイトの体を突こうとする。
「《プロディス》――【ショットガン・ストリングス】」
エイトは攻撃をかわしながら、右背中に藍色の片羽を出す。
羽からショットガンのように一気に《藍色の糸》が放出され、男の全身に刺さった。
「んがっ……!!」
トメントーサは体を痙攣させ、後ろに倒れる。
その様子を確認することも無く、エイトは刀を振ってスノーフレイクを昭伍から距離を置かせた。
《白い糸》を手に取り、『昭伍が刺された』出来事を消去する。
「――ゴホッ! わりぃエイト。助かった」
昭伍は立ち上がり、拳を構える。
「くそっ、何だ今の攻撃は…………データに無かったぞ」
トメントーサは体を震わせつつも、立ち上がった。
【ショットガン・ストリングス】
通常の姿でも《藍色の糸》を発射出来る《プロディス》。
しかし、威力は【マシンガン・ストリングス】より劣ってしまう。
(この二人、以前倒した人の仲間だろう……なら、被害が大きくなる前にここで倒す……!)
エイトは刀を左胸に突き刺そうとする。
「させないよ!」
何の合図かわかっていたスノーフレイクは素早くエイトの前に立ち、刀をナイフで弾きながらエイトの体を斬ろうと横に振る。
「――視えている」
エイトは大きく後ろに飛んだかと思うと、少し前に飛ばしていた少年のナイフが落ちている場所へ勢いよく着地した。
「はぁ!? ふざけ――ぶっ!」
ナイフが折れたことで少年の体にも激痛が走り、口から血を流す。
「クソガキがぁ……! 調子に乗るな!!」
激昂したスノーフレイクが全速力でエイトに向かって駆ける。
「その言葉、こっちから返させてもらう!」
昭伍が少年に向けてグローブを突き出し、少年に強い重力をかける。
少年は重力に押されてうつ伏せに倒れ、更に血を吐き出した。
「俺様もいるんだぜ!」
トメントーサが昭伍に向けてチェンソーを振り下ろす。
昭伍はグローブで受け止める。
《テルム》で受け止めたのを見た男はニヤッと笑うが――
「俺を、エイトのおまけだと思ってんじゃねぇぞ!!」
グローブが全く削れない。昭伍はエイト以上に魂のエネルギーが強いことを表していた。
「何ッ!?」
男が驚いているのも束の間、昭伍がチェンソーを横に弾き、彼の頬に拳を入れる。
男の体が吹き飛び、建物の壁に激突した。
「う……ぐぅ……!!」
トメントーサに意識が行ったことで重力から解放されたスノーフレイクだが、全身に走る痛みから体勢を整えるまで時間がかかる。
その隙にエイトが彼の顔に刀を突き立てた。
「《テルム》をこっちに渡して降参してくれ。命まで取りたくない」
「――その必要はない」
「!?」
上空から声が聞こえ、エイトが上空を向くと銀髪の青年――ダリアが足を振り下ろしながら迫ってくるのが見えた。
エイトは素早く刀で足を止める。
(強い!! これじゃ次の攻撃が――)
ダリアが続けざまにもう片方の足でエイトのこめかみを横に蹴り飛ばす。この動きをエイトは《糸》で視えていたものの、前の攻撃の衝撃で体が動かずまともに受けて横に吹き飛ぶ。
その攻撃も凄まじく、エイトが激突した建物の壁に凹みができるほどだった。
「何しやがるんだてめぇ!」
ダリアが着地する隙を狙って昭伍は拳を振るうも、ダリアは素早い身のこなしで拳をかわすと同時に、どこからともなく散弾銃を取り出し、昭伍の右足を撃つ。
「がぁ!」
かわすことができなかった昭伍は体勢を崩し、横に倒れた。
「……トメントーサ、スノーフレイクを連れて退避しろ」
「何言ってんだダリア! 俺様はまだ戦える!」
「僕も、まだ…………!」
ダリアの指示に不服な男と少年。
「――命令だ。逃げろ」
そんな二人に、青年は圧をかけて伝える。
「ちっ……!」
トメントーサは素早く移動してスノーフレイクを抱え、高く跳躍しながらこの場を去っていく。
(この男、間違いなく強い……! あの二人が指示に従ったってことは、幹部の可能性が高い……!)
エイトは体が痛む中、立ち上がった。
それと同時に、ダリアが彼に銃口を向ける。
「君が『朱雀』の息子で間違いないな」
「……だったら何だ?」
「ボスが会いたいそうだ。大人しく来て欲しい。身の安全は俺が保証する」
「……俺の仲間を簡単に撃つ奴の言葉を信じると思うか!」
エイトは散弾銃を手で上に退けつつ、ダリアの懐に潜り込む。
ダリアは膝蹴りでエイトを止めようとするが、《糸》でその動きを見ていたエイトは膝を避けながら刀を横に振ろうとした。
「――がぁ……!?」
しかし刃がダリアの体に届く前に、背中に走った激痛により刀を手放し、うつ伏せに倒れる。
上に反られた散弾銃だったが、その反動を利用して銃を回し、素早く構えを取り戻していた。そのまま引き金を撃ち、弾をエイトの背中に浴びせていたのだ。
進行方向の目先にしか意識が行ってなかったエイトは、その動きを読むことができなかった。
(背中が焼けるように痛い……でも……なんか変だ……)
これまで普通に生きてきたエイトは、弾丸を受けるような体験をしたことは当然ない。
しかし、広範囲に弾丸を浴びれば内蔵も大きく損傷し、血を吐き出すと思っていたが、出る気配がない。そこまで大きな負傷をしていないことを、エイト自身も感じていた。
弾丸を浴びてなぜと疑問に思っていると、目の前に飛んだ弾が落ちてくる。
「……!?」
エイトが受けた弾丸は――ゴム弾だった。
昭伍の方も、激痛で足を押さえているものの血は流れてなく、近くに発射したゴム弾が落ちている。
「意外か? 俺は無駄な殺戮は好まない。あいつらが野蛮すぎるだけだ。正直、組織にはそういう奴らが多すぎるから困っている。君みたいな仲間を思いやれる優しい人が欲しい。ボスも君を歓迎している、改めて来てくれないか? もちろん、仲間の安全は俺が保証する。戦いには関係ない人たちも巻き込まれないように配慮する」
「…………」
(応じるつもりはない……けど、この人の言葉からは悪意を感じない……)
「《リベレイト》――【ケラスス】!」
「!?」
ダリアの背後から、突如一樹が現れる。
力を解放してダリアを剣で斬りつけようとするが、超反応でダリアは横にかわし、一気に距離を置く。
「『朱雀』か。流石にゴム弾で戦える相手じゃないな」
そう言ってダリアは跳躍し、建物の上を転々としながらこの場を去っていった。
「……大丈夫か?」
一樹はダリアを追うよりも、エイト達の手当てを優先することに。
エイトの背中と、昭伍の足を緑の炎で癒やした。
「助かるぜ」
「ありがとう、父さん」
「気にするな。仕事帰りに偶然見かけただけだ。しかし、奴は強敵だな。力の解放なしであそこまで動けるなら、オレと瑛弍でも一筋縄ではいかなそうだ」
一樹はダリアが逃げた方角を見ながら言う。
「…………」
エイトは地面に転がるゴム弾を見つめる。
(実弾だったら、間違いなく俺は死んでた……この先、組織との戦いは避けられない…………このままで俺は、生き残れるのか?)
「さて、俺は後処理があるから、事務所に戻る」
一樹は事務所を目指して歩き始めた。
その時、何かを思い出したエイトが、一樹に言葉をぶつける。
「父さん、両想いだから紗菜先輩に手を出すなとはいわないけど…………捕まらないようにね」
「……おい、何の話だ?」




