第一話 星守家の朝
「あぁ……またこの夢だ」
少年――星守エイトは自然溢れる森の中に立っている。
彼自身、夢の中にいる自覚はあった。
その夢は何度も見たことがあるもので、他の夢よりも鮮明に見えていた。
「何なんだ、この世界は……? と言っても、夢の世界に疑問を持っても無意味だよな……」
周囲を見渡すと、巨大な龍が空を泳いでおり、三つの目を持ったウサギがのんびりと草を食べている。その光景は異世界そのものだ。
「ただ一つ。夢でも疑問に思うのは……どうしていつも【これ】がいるんだ?」
エイトの隣に立つ大きな樹。そこに、体長三メートル程の巨大な蝶が留まっていた。
美しい藍色の羽を広げているだけで、エイトに悪さをしているわけではないが、どの夢にもこの蝶が傍に現れる。現代の夢を見ているときでも、変なデスゲームに巻き込まれる夢を見ているときでも、必ず傍に現れるのだ。
「……羽を見る限り、やっぱり俺の能力に関係しているのか? ……もしそうだとしても、なんで夢の中にだけ現れるんだ……?」
エイトがただひたすら疑問を口にしていると、遠くからアラーム音が聞こえてくる。この音が現実世界で鳴っている目覚まし音だということを、エイトは理解していた。
「もう朝か……早く起きないと……」
エイトは慣れたように巨大な蝶に近づき、蝶の体に触れようとする。
◆
――ピピピッ! ピピピッ!
「…………」
触れる直前で意識が現実世界に戻され、エイトは自室で目を覚ました。
うるさく鳴り続ける携帯のアラーム音を止め、体を起こす。
時刻は午前七時。学校へ行くため、エイトはベッドから離れ、制服に着替えて自室を出る。廊下を進んだ先のリビングに向かうと、一人の青年の姿があった。
「おはよう父さん。この時間にいるの珍しいね」
黒のフードを身に纏った金髪オールバックの青年。その右手には、童顔に合わない火を点けた煙草が添えられていた。
彼の名は星守一樹。十年前の厄災でエイトを拾った張本人。
行方不明になったエイトの両親の代わりに男手一つで育ててきたのだ。
そして実年齢三十五歳だが、何故か当時と全く見た目が変わっていなかった。
「……急ぎの用事があるわけじゃないからな」
一樹は煙草を一吸いした後、答えた。
彼の前にあるテーブルには、エイトの分の朝食が置かれていた。ご飯、味噌汁、目玉焼きが並んでいるだけの簡単なものだった。
「いただきます!」
エイトは朝食の前に座り食べ始めた。
すると、近くに置いてあるテレビから流れるニュースの音声が耳に入る。
『次のニュースです。中巌区にて、原因不明の地盤沈下が発生しました。直径一キロメートルに及ぶ地盤沈下により、復興作業に遅れが生じており――』
「……また【アニマ】?」
エイトが箸を止め、小さく呟く。
「だろうな。あそこ一帯の【アニマ】は特に凶暴だ。本来、【アニマ】は下手な刺激を与えなければ大人しい存在。あの日――『石神厄災』が起きて以降、何故か好戦的な【アニマ】が増えた。誰かが裏で何かやっているんだろう」
「石神……厄災……」
『石神厄災』
十年前、石神市にてエイトたちが巻き込まれた未曾有の大災害。
その原因は無数の【アニマ】の暴走によるものであるが、国がその事実をした上で隠しているのか、はたまた原因不明のままにできないのか、ガスの引火による大規模爆破が原因として報道している。
エイトはこの厄災で両親が行方不明になったのだが、本人はショックで厄災以前の記憶を失っており、両親の顔も忘れてしまった。唯一、下の名前だけ覚えていたが、当時五歳だったエイトに名前の漢字などわかるわけもなく、一樹は両親と再会した際に生活を戻せるようにとカタカナにしたのだ。
「……酷なことを聞くが、あれから記憶はどうだ?」
一樹が恐る恐るエイトに訊ねる。
「……全く進展がないよ」
「そうか……オレも仕事の合間にお前の両親について情報を集めているんだが、やはりうまくいっていない……苗字か、住所さえわかればある程度絞れるんだが……」
「無理しなくていいよ。父さんが俺に気を遣って言ってなさそうだから言うけど……あの規模じゃ、俺の実の両親はもう死んでると思う」
「…………」
苦しそうな表情を一切浮かべないエイトに、一樹はかける言葉が見つからなかった。
「それに……こう言うと不謹慎って思われるだろうけど、今の生活が楽しいから。あの厄災がなければ、この生活がなかったから。俺は充分、幸せに生きてるから、父さんには無理してほしくない」
「エイト……お前…………」
エイトは一息吐くように味噌汁を飲むが、一樹からとんでもない言葉が出てくる。
「…………女ができたな」
「ぶふっ!!」
エイトは思わず味噌汁を吹き出す。
「こ、この話からどうしてそうなるの!?」
「すまん、ずっと前から聞きたかったことでな。ここ最近のお前は活気づいてたからな。思い当たる節があるとすれば、それしかないと思ってな」
「……彼女はいないよ」
「『彼女は』……てことは好きな女はいるんだな」
「…………」
「ふっ、いいことじゃないか……オレよりも青春できている」
堅そうな一樹の表情から微笑みが零れる。
(そういえば父さん、色々あって学校行けなかったんだったな)
「恋人が出来るなら嬉しいことこの上ないが、一つだけ心配なことがある」
一樹は煙草の火を消し、真剣な眼差しでエイトを見る。
「お前……あの能力は使ってないよな?」
「あ、あぁ! もちろん!」
そう答えるエイトであったが、少し目が泳いでいた。
「何度も言って悪いとは思っているが、あの能力を使うのは極力控えろ。単に《リベレイト》するだけなら問題ないと思っているが、あの能力はこの街――いや、やろうと思えば世界を支配することもできる力だ。現時点で体に異常が出てないだけで、間違いなくリスクのある能力だ」
「わ、わかってる……わかってるつもり」
「…………だが、そのリスクを覚悟した上で、愛する人を守るためなら使っていい」
「!?」
「それなら、お前も後悔しないはずだ」
一樹は立ち上がり、リビングを去ろうとする。
「……仕事に行ってくる」
「……! い、いってらっしゃい!」
使うことを認められた事に驚いた反動で、返事が遅れたエイト。
一樹はそのままリビングを抜け、玄関から家を出た。
「…………リスク……か」
(実は何回か使っているんだけど、今のところ何も起きてないんだよね……かと言って、父さんが言ってることが外れている気もしなし……)
『七時半になりました! ここで昨日から始まった新コーナー――――』
「七時半……急いで食べないと遅刻するかも」
エイトは学校に向かうため、朝食を急いで食べ始めた。




