第四話 零宮家
翌日の朝。
「いただきます!」
御島家の屋敷にて、エイト、三咲、楓の三人は朝食を食べていた。
三人は居間で食事を摂っているのだが、大きな屋敷であるが故居間も広く、端から見ると寂しそうにも感じる。
「いやー、エイト様が料理できて助かっています!」
「……いや、使用人として料理できないのはやっぱりおかしい気がする」
楓と打ち解けていたエイトは、彼女にも敬語を使わなくなっていた。
「誰にでも得手不得手はあるって言うじゃないですか!」
「流石に料理できないのは、門前払いされそうな気がするけど……」
「……私が拾ったから、特別枠」
三咲が口を挟んできた。
「拾った!? えっ!?」
「ゴホン、私から説明しましょう。家出をして働き口もなく、空腹で倒れているところを三咲様に拾っていただきました。使用人は私以外にもいたのですが、色々あって私だけ残ったのです」
「……なるほど」
(そういえば、昭伍も家出して一人暮らししてるもんな……父さんの話だと、昭伍の父は資産家である故にとても厳格な人って聞いたことがあるな……)
「ところでエイト様、食事を作っていただいてるのに申し訳ないのですが……味噌汁の味が日に日に濃くなってませんか?」
「えっ、濃かった!? むしろ、今まで薄かったかなと思って……」
「前までで充分ですよ。これ以上濃くなったら死にます」
「ご、ごめん! 気をつけるよ……!」
「…………」
三咲は無言で味噌汁を飲む。
「三咲、味大丈夫だった?」
「……変わらない、『エイトの味噌汁』だけど」
そう言うだけで、三咲は味噌汁を飲み続ける。
「三咲様も良くなりましたね。昔は一口だけで全部残しましたから。そのせいで料理担当の使用人がブチ切れて辞めてったんですけど」
「あぁー……容易に想像がつく」
※
「…………」
登校し、学校の教室に着いた三咲。
自分の席に着くが、ある違和感に気づく。
「…………紗菜?」
いつもなら自分より先に隣の席に座っている紗菜が、今日はいない。
周囲を見ても、紗菜の姿はなかった。
今日は休みなんだと自己解決した三咲。
すると、クラスメイトの話し声が耳に入ってくる。
「ねぇ、私昨日の夜見ちゃったんだ、紗菜が男と歩いてるの!」
「えっ、マジ!? あの真面目ちゃんが!?」
「マジマジ! 男の人、滅茶苦茶イケメンだった! 紗菜が男にベッタリだったから、彼氏だと思う」
「へぇ~、そういうの興味ないように見えたけど、意外と肉食だったり?」
「…………」
三咲は特に反応せず、このまま授業を受けることにした。
※
「うわっ、臭ッ!?」
同日午前十時。
一樹、紗菜、瑛弍の三人は零宮家に訪れていた。
中に入って早々、瑛弍が部屋の匂いにむせる。
「一樹の家並に臭いぞ!」
「瑛弍の部屋の中よりは全然マシだ」
「お前俺の部屋入ったことないだろ! ……それにしても、すんげぇ散らかってるな……今まで良く生活できてたな、紗菜ちゃん」
「……あまり、家にいないようにしていたので」
三人は廊下を歩き、紗菜の自室の扉を瑛弍が開けようとする。
「おい、女の部屋に許可無く入るのはマズいだろ」
一樹が瑛弍の腕を掴み、制止させた。
「おっと失礼! 紗菜ちゃん、入ってよろしくて?」
「はい。隠すような物、殆どないと思うので」
「そんじゃ、お邪魔しまーす!」
許可を取ったところで、一樹は遠慮無く扉を開け、中に入る。
「ゴホッ! うぇえ、なんで台所より匂いが酷いん!?」
「おい、失礼だぞ! ……だがこの匂い……煙草か?」
「はい……時折勝手に入ってくるんです……」
紗菜が下を向く。
「ひっでぇ父親だな。しかも煙草の匂いに紛れて、精――」
「それ以上は言うな!」
「いいんです。わかってますから。父が知らない女性を連れてきている事も……」
「自分の娘さんの部屋でおっぱじめるんか!? マジでイカれてんな……よくこんないい子に育ったな~」
「……お母さんが、とても優しい人だったので」
紗菜が自分の家族について話し始める。
「お父さんも昔はそこまで酷い人じゃなかったんです。よくお母さんと喧嘩してたのを覚えてますけど、それでも家族のために働いていたので。ただ、『石神厄災』で職場がなくなり、他の職場に馴染めなくなったお父さんはそのまま仕事をしなくなって……そこからは地獄でした。
ストレスが溜まってお母さんを殴ったところから始まり、そこから一気に悪化しました。元から酷かった酒と煙草をより多く呑むようになって、働く気を感じられませんでした。それをしつこく指摘するお母さんに嫌気が差したのか、浮気をするようになって…………お母さんも、お父さんが嫌になって別の男を作って……ここしばらく、お母さんは帰ってきていません」
「…………」
紗菜の話を聞いた一樹は慰めの言葉が見つからず、彼女の頭を優しく撫で始める。
「え……!?」
「す、すまん!? 嫌だよな……」
一樹はすぐに手を退けた。
「いえ、大丈夫です!」
「そ、そうか……」
紗菜は一樹が触れた頭を抑える。その顔は、少し嬉しそうに見えた。
「…………最悪な父親だな。なんでそんな奴が子供作れんだ……?」
無表情で、小さく呟く瑛弍。
「――瑛弍」
「おっと、俺としたことが! さてさて、荷物をまとめたいが、俺らが勝手に手をつけるわけにはいかないか……」
「持って行く物も少ないので、私一人で大丈夫です!」
「そっか。そんじゃ俺は外で待機してるぜ。それが本来の目的だからな!」
瑛弍は部屋を抜けて外に出て行く。
万が一、紗菜の父が帰ってきても撃退出来るようにだ。
「…………」
瑛弍を見送った一樹。
紗菜が荷造りを始める中、机の上に置いてあるCDが目に入る。
一樹が一番好きなバンドマンとは別のバンドのCDであるが、彼はそのバンドを知っていた。
「……オレも少し前から聴き始めたな――?」
その隣には、イヤホン類が差し込まれていない音楽プレイヤーが。
周辺を見回しても、それらしきものが見つからなかった。
「零宮も、よく音楽を聴くのか?」
「はい! ですが、最近イヤホンが壊れてしまって……」
「……まさか、買うお金でオレのを?」
一樹が紗菜の方を向いて確認を取ると、彼女は気まずそうに頷く。
「……これを返す」
一樹は首にかけていたヘッドホンを手に取って渡そうとするが――
「ダメです!!」
紗菜が一樹の手を掴み、制止させた。
「それは一樹さんのために買ったものです! 気にしないでください!」
「しかし、紗菜の分が……」
反論しようとする一樹だが、真っ直ぐな紗菜の眼差しに押される。
「…………わかった。これはこのまま貰っておこう」
「ありがとうございます!」
紗菜が満面の笑みを浮かべた。
「…………」
その彼女に何かを覚えた一樹の元に、メールの着信が入る。
「失礼」
スマホを取り出して確認すると、瑛弍からであることがわかった。
『組織の連中が来た。俺が殺しておくから紗菜ちゃんを守ってやれ』




