第三話 色々と手遅れな父親
「……あれから何にも掴めてないな」
「あぁ」
時刻は午後九時。
瑛弍と一樹は北石区の中を歩いていた。
一樹の首には、紗菜から貰ったヘッドホンがかけられている。
「一週間以上前に捕まえた男……名前なんだっけ?」
「拓巳と聞いているが」
「そうそいつ! 組織の奴生け捕りに出来たから最高! ってなったのも束の間、目覚める気配がないからなぁ……見せしめに殺しとく?」
「これ以上は待っても埒が明かないからな……好きにしろ」
「うぇーい! ……それにしても驚いたな、俺以外に魂に直接ダメージを与えられる奴がいるなんて」
「……オレも驚いた」
「エイトきゅん、俺と名前似てるし、やっぱ兄弟だったり? となると俺の新しい父さんは一樹で、母さんは紗菜ちゃん!?」
「瑛弍、それを零宮の前で言ってみろ……全身の皮を剥いで本物のゾンビにしてやる……!」
「ひぃー! お許しを!!」
瑛弍は近所迷惑な程叫んだ。
「…………ここまで叫んでも来ないってことは、奴らのアジトは北石区になさそうだな」
「住宅街は一見静かで潜伏先に良さそうに見えるが、逆に周囲の目にも留まりやすくなる。オレならアジトを西塊区か……中巌区に置いている」
「だよなー、中巌区が一番濃厚だが、派手に動くと俺らがヤバくなるかなぁ」
「政府の奴らに目を付けられたら、エイト達も危ない。下手に動く訳にはいかないが、これ以上何もしなければ『石神厄災』以上の何かが来る」
「俺らも戦力集めないといけないか……一樹の前で言うのも怖いが……実際エイトは戦力としてどうなん?」
「…………お前の言いたいことはわかる。エイトならオレらの動きについてこれるだろう。だが、息子を快く戦場に立たせる父親になりたくはない。それに、エイトは奴らに狙われ――」
――助けて……一樹…………!!
「!?」
微かに聞こえた声を聞き逃さなかった一樹は、声がした方角へ駆け出す。
「ちょちょ!? どしたん一樹!?」
瑛弍は戸惑いつつも、彼の後を追いかける。
※
「……はぁ」
同時刻、紗菜は死んだ目で帰路を歩いていた。
今日もあの家に帰らないといけない――そう思うと、憂鬱で胸が潰れそうになる。
「…………」
家に着いた紗菜は、無言で玄関の扉を開ける。
「おう、帰って来たか!」
「!」
最悪なことに、父がリビングではなく自室に繋がるキッチンにいた。
換気扇の下で、椅子に座って煙草を吸っていたのだ。
「母さん知らないか?」
「……知らない」
紗菜は父と目を合わせないように自室へ向かう。
「ッ!?」
すれ違い様に父が紗菜の髪に触れ、匂いを嗅いだ。
紗菜はすぐさま父の手をはじき、睨み付ける。
「母さんを思い出すんだ、少し位いいだろ? それにしても――」
父が立ち上がり、紗菜にゆっくり近づく。
「母さんに似て可愛いな……いや、母さん以上だ。今彼氏いるのか? まさかその見た目で処女じゃないだろ?」
「…………ッ!!」
身の危険を感じた紗菜は、家を出て全速力で走り出す。
(まだ、まだいるかもしれない……!)
紗菜は何でも屋の事務所へ向かって走るが――。
「そんなに嫌がる必要ないだろ?」
大人の脚力に勝てず、後ろから抱きつかれてしまう。
「嫌ッ!!」
「母さんと同じで、外でやるのが好きなのか?」
紗菜の胸を左手でかきまわし、首元を舐め始める。
紗菜は吐き気を抑えながら、下半身に迫る右手を抑えることしか出来なかった。
「嫌……助けて……一樹…………!!」
紗菜は涙声で一樹に助けを求める。
「一樹? やっぱり彼氏いるんだ。そうだ、その彼氏呼んでくれよ! 一緒に楽しめば――」
「――『一樹』が、来てやったぞ」
本人の声が聞こえると同時に、紗菜の体が解放される。
「ぇ……!?」
本当に一樹が助けに来てくれたのだ。
一樹は父の首を片手で掴み上げている。
「がぁ……ぁ……!」
父は苦しそうに一樹の片腕を掴んでいる。
「……こいつは誰だ?」
「父…………です……」
「そうか……」
一樹は父を横の地面に投げつけた。
すると、いつの間に横に立っていた瑛弍が父に迫る。
「お前、もしかして実の娘に欲情してたんか?」
瑛弍は身を屈め、父の髪を強く掴み上げる。
普段ヘラヘラしている瑛弍だが、今の彼は無表情。
目の奥に光が届いていないように見えた。
「聞かせてくれよ、どんな気分がするんだ? 実の娘犯す気分は?」
瑛弍は父の顔を地面に叩きつけ始める。
「なぁ? 教えてくれよ。俺の親父も姉貴を犯してたけどよぉ、やっぱ気持ちいいのか? あ?」
父は答えない。正確には、ずっと地面に叩きつけられているせいで、何も答えられずにいるのだ。
「答えろよ! なぁ? なぁ!! 聞いてんのかこのカス野郎? 楽に死ねると思うなよ!!」
瑛弍は鬼の形相でより強く地面に叩きつける。
「ぁ……あぁ……!」
一樹に身を寄せていた紗菜の体が、更に震え始めた。
「……瑛弍、オレもそいつを殺したくて堪らないが、クソでも零宮の父親だ。彼女の前ではやめてくれ」
「…………」
一樹の言葉を聞いた瑛弍は、父を解放する。
「よかったなぁ~、紗菜ちゃんに気を使ってもらえて。今夜だけ猶予を与えるから、この街から消えろよ。明日紗菜ちゃんの家に行くつもりだから……一瞬でも視界に入ったら殺すぞ」
「ぃ…………!?」
父は崩れた顔面の痛みも知らないように、この場を走り去って行った。
「……零宮、大丈夫?」
「う……うぅ……」
紗菜は涙を流し、一樹の体に顔を押しつける。
「!?」
一樹は一瞬怯んだように見えた。
「……このまま零宮を帰すわけにはいかない。瑛弍、別荘持ってたりするか?」
「別荘は全部他の奴にあげちゃったから無いなぁ……それに、仮にあったところで、紗菜ちゃんを一人にするのは良くない。ここはしばらく、お前の家に匿って差し上げろ」
「それなら、お前の家の方が良くないか? 事務所を兼ねているおかげで広いし、過ごしやすいだろう。それにここから近い」
「阿呆! 寄り添ってあげられる『人』の問題を言ってるんだ。俺よりも、一樹の方が適任だ。俺に人の心がないのはお前が一番知ってるだろ? それに……その様子の紗菜ちゃんを、お前は見捨てるのか?」
一樹は紗菜の方を見る。
一樹にしがみついたまま、ずっと泣いていた。
「…………わかった」
一樹は紗菜の頭を優しく撫でた。
※
「お、お邪魔します……」
東磐区にある一樹の家。
紗菜は彼に招かれて、ここに足を運んだ。
家に入った瞬間、煙草の匂いが鼻に入ってくる。
「……過ごしにくいと思うが、しばらくはここを自分の家だと思っていい」
一樹が妙に緊張した様子で話している。
「は、はい! よろしくお願いします!」
紗菜は父に襲われたショックよりも、一樹の家に住むことになった事実が大きく、彼女も緊張していた。
「夕飯は食べたか?」
「いえ、まだです……」
一樹が紗菜をリビングに連れてきた。
「わかった。今から作るが……まともな食材がなくてな……ペペロンチーノでもいいか?」
「はい! 全然大丈夫です!」
「そうか。適当に座ってて待ってくれ」
一樹がキッチンに向かい、ペペロンチーノを作り始める。
「…………」
紗菜は言われたとおり、椅子に座る。エイトが座っていた場所と同じところだった。
(……甘えるように来ちゃったけど、迷惑だよね…………)
家に来たことに罪悪感もあった紗菜。
(でも不思議……私の家よりも、ここの方が落ち着く……)
深呼吸を行い、心を落ち着かせる。
家でも同じ煙草の匂いがするのだが、やはり一樹の匂いには不快感を覚えなかった。
「待たせたな」
ペペロンチーノを作り終えた一樹。
一つを紗菜の前に置き、自分も彼女に向かい合うように座った。
「いただきます」
「い、いただきます!」
二人は早速食べ始めた。
「?」
しかし、一樹は自分が食べたペペロンチーノに違和感を覚える。
辛みが全くしなかったからだ。
「まさか……零宮、大丈夫か?」
実は紗菜用に辛くない方を用意した一樹。それを間違えて辛い方を紗菜に渡してしまったのだ。
既に紗菜は口をつけており、時既に遅しかと思われたが――。
「!? これ、とっても美味しいです!!」
悶絶するどころか、美味しそうにフォークを進めている。
「……零宮、辛いのは好きか?」
「はい! 大好きです!」
なんと、紗菜も辛党だった。
安心した一樹は、近く置いてあったタバスコを大量にかけて食べ始める。
「……ごちそうさまでした!」
早くも食べ終えた紗菜。
「…………あの……一樹さん」
「?」
「ここまで助けていただき、ありがとうございます。なのでその……お返しがしたいんですけど…………」
紗菜は恥ずかしそうに体をモジモジさせながら言う。
「…………………………何もしなくていい」
数秒間、謎の間があったが一樹は表情を崩さずに返した。
「で、でも!」
「いいんだ。これで充分だ……充分、零宮に尽くす理由になる」
一樹は首にかけたヘッドホンに指を当てた。
「えっ…………!?」
紗菜は告白のような言葉に思考が止まる。
「……風呂も好きに使っていい。それと、廊下の奥に滅多に使わない客室がある。ベッドと机以外何もないが……あそこで寝ていいぞ」
ペペロンチーノを食べ終えた彼は立ち上がり、紗菜の分の皿も一緒にキッチンへ下げに行った。
「…………ふぅ!」
シャワーを浴び終えた紗菜は、客室のベッドの上で横になっていた。
当然、寝巻を持って来ていない。今彼女が着ているのは、一樹が昔使っていた黒のパーカーだ。
(あれ、もしかして……?)
改めて、紗菜が着ているのは、一樹のパーカー。
「えぇ!? もしかして、これが彼シャツ!? いや、彼パーカー!?」
紗菜は今になって、その事実に気づいた。
「…………!」
紗菜は思いきってパーカーの匂いを嗅いでみる。
(……流石に古い服だもんね……煙草の匂いしかしない)
「って、何やってる私!!」
誰かに見せているわけでもないのに、紗菜は誤魔化すように部屋の電気を消し、眠ろうとする――
――見つけた――
「っ!?」
父の声が聞こえたように感じた紗菜は飛び起き、電気を点けた。
しかし、周囲を見渡しても父の姿はない。
「はぁ……はぁ……!」
一樹の家は非常に落ち着く――それ故に、何か考えてないと父の気配を感じるような錯覚に陥ってしまう。
不安になった紗菜は部屋を抜け、静かに歩く。
向かった先は一樹の部屋。彼は先に眠ったと思っていたが、隙間から光が漏れているため、まだ起きている可能性が高い。
(あれ……これって夜這い!? でも…………一樹さんなら、私は――!)
意を決した紗菜は扉をノックし、開けようとする。
「ちょっと待て!!」
「は、はい!」
何かに焦ってる一樹の声に、紗菜は返事をして待つ。
「……すまない、入っていいぞ」
「失礼します……」
中に入る紗菜。
一樹の部屋には、ベッドの他にパソコンが置かれた机。本棚には小説だけではなく漫画もあり、好きなバンドマンのCDも綺麗に並んでいる。肉体年齢らしい青年の部屋だった。
「……眠れないのか?」
ベッドから体を起こしている一樹の問いに、紗菜は首を縦に振る。
「そうか……眠れないときは、無理に寝る必要はない。あんなことがあった後だ、明日の学校は休め。成績に響かないよう、オレが理事長に伝えておく。それから――」
――荷物取りは、零宮の体調が万全になってから行くようにする――
そう言おうとする一樹に、紗菜が口を挟んだ。
「一樹さん」
「?」
「…………一緒に、寝てもいいですか?」
「…………………………」
表情を変えぬまま、一樹の瞬きの間隔が早くなる。
「…………その方が眠れるなら……オレは構わない」
世間体的に最初は断ろうとした一樹だが、彼女の心情を考えて『添い寝』ならと了承した。
「ありがとうございます!」
紗菜は一樹のベッドに潜り込む。
「お、お邪魔しますね……」
「……狭くないか?」
「大丈夫です」
「そうか……電気、消すぞ」
一樹は部屋の電気を消し、仰向けになる。
すぐ隣には、こちらに体を向ける紗菜の姿が。
「……おやすみ」
「ふふっ、おやすみなさい」
就寝時の挨拶を久しぶりに受けた紗菜は微笑み、そのまま眠りについた。
その隣に、男がいることに警戒心なく。
「…………」
眠れない一樹。
ここまで表情をあまり動かさず、感情が読み取りにくい。
それは、付き合いの長い瑛弍以外にも同じことではあるが、
――今回、無表情の彼の、今の心情を開示して、話を終わらせたいと思う。
(――ヤバい、めっっっっっっっっちゃいい匂いする!
吐息も体に当たってくすぐったいし、眠れる気がしない!! 寝たら寝たで運悪い寝相で変なところ触るかもしれん!
というか、この子警戒心なさ過ぎないか!? 抜いた後じゃなかったら駄目だったかもしれん! くっ、やはり瑛弍の家に――いや、なんか嫌だ。なんか…………なにが、嫌なんだ……? 零宮が他の男の所に泊まることがか?
……エイトよ、オレはもう駄目かも知れない。こんな父親で…………すまん)




