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マシンガンズ・アニマ  作者: 白沼 雄作
第二章 光纏いて彷徨う朱雀に、導きの愛を
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第二話 初めての体験

「……はぁ」


 午後九時。

 紗菜は死んだ目で帰路を歩いていた。

 バイトで疲れ切っているからでも、嫌な事が起きたわけでもない。

 学校生活では大切な親友と後輩ができ、そして同年代の父親に恋をするという自分でも信じられない体験をしている。

 紗菜の外側の人生は豊かで、本人も幸せを感じていた。


 しかし、内側が最悪だった。


「…………」


 古びた一階建ての借家に入る紗菜。

 そこが紗菜の実家なのだが、彼女は無言で家に入る。

 家の中は物が散乱しており、所々虫も湧いていた。


「わはははッ!」


 リビングから男の笑い声が聞こえてくる。

 紗菜は扉の隙間からリビングを覗くと、ズボンを履いていないチャラい男の姿があった。

 その男こそ、紗菜の父親だ。彼はテレビを見て笑いながら、酒を飲んでいる。


(母さん、今日もいない……もう、帰って来ないか……)


 紗菜はリビングに入ることなく、自室に向かう。


「ごほッ!」


 自室の扉を開けた瞬間、漂った煙草の臭いに紗菜はむせる。

 それが父の煙草の臭いであることが瞬時にわかり、自室に入られたことを理解した。


(一樹さんと同じ煙草のはずなのに、どうしてここまで気持ち悪いの…………?)


 紗菜は中に入り、扉を閉める。

 よく見ると朝整理したはずの布団が乱れており、私服も床に転がっていた。

 近づかなくとも漂ってくるイカ臭さから、女を連れ込んで着せたか、自分一人で使ったかが容易に想像できる。


(…………最悪)


 紗菜は荷物の入った段ボールを二つ、扉の前に積み重ねておく。

 万が一、寝込みを襲われては堪ったものではない。見境ない父の性欲を知っていた紗菜の日課だ。

 その後、部屋の隅に身を寄せて寝ようとする。

 今は六月下旬。夜でも少し温かさが残る時期なのが幸いだ。


(……エイトくんが、少し羨ましい。一樹さんがお父さんだったら、どれだけ幸せだったか……でも――)


 紗菜は一樹への想いに結論を出しながら目を瞑り、眠りにつこうとする。


(お父さんじゃなかったから、好きになれたんだ…………)



   ※



「あぁ……俺も都合のいい女欲しいなぁ」

「何言ってんだお前」


 翌日の午後三時。

 瑛弍と一樹は中巌区にて、廃墟の中に広がるガラス破片の上を平然と歩いていた。

 凶暴な【アニマ】が数多く存在する中巌区は、立ち入り禁止区域に指定されている。

 二人は今回、ある依頼を受けてここに入っていた。


「俺の体は死んでるけど、性欲は死んでないって話」

「……ツッコむか迷ったが、どうやって満たすんだ?」


 話していると、風船みたいに飛んでいるフグのような【アニマ】が一樹に接近していたが、彼は流れ作業のように左の裏拳で後ろに飛ばす。その衝撃でフグの【アニマ】が爆発四散する。


「そりゃ話してるだけでもいいし、俺は匂いフェチだからそれだけでも満足満足! 下半身だけに脳味噌入ってるお前さんとは違うんですよ~」


 顔も手になっている不気味な人型の【アニマ】が三体迫ってくる。瑛弍は瞬間移動しているような素早い動きで【アニマ】三体を殴り、壁を壊して遥か遠くへ飛ばした。

 二人は【アニマ】を家の中を飛んでいる蚊を殺すような感覚で倒しながら、何気なく会話を続けている。


「……中学で卒業した奴に言われてもな」

「童貞の負け惜しみ乙~!」

「…………」


 苛立った一樹が抑えようとイヤホンを探すが、イヤホンが壊れていることを思い出した。


「そういや最近音楽聴いてないよな?」

「イヤホンが寿命を迎えたからな」

「あれま、俺の家に使ってないヘッドホンあるけどいる? 五万くらいのいいやつだぜ」

「断る。ヘッドホンは邪魔になるし音漏れが大きいから好きじゃない」

「なるほどなるほど……」


 いいことを聞いた瑛弍は深々と頷く。


「何を企んでいるのか知らんが、この後買いに行く予定だ」

「へ!?」


 それを聞いた瑛弍は変な声を上げる。


「あー、あなたが買おうとしているイヤホン、明日割引されるらしいから、そちらの方はよろしくてよ?」

「適当な嘘を……本当だとしても、俺は金より時間を取る人間だ。音楽を聴く時間を先取り出来るなら、より多くの金を払う」

「うわー……それ破滅するタイプの人間だぞ。何でも屋の報酬が良くてよかった――ん?」


 瑛弍は足下に何かあることに気づき、拾い上げる。

 今回、探して欲しいと依頼されていたネックレスだ。


「あっぶねー! こんな変なところにあるとは思わなかったぜ!」

「見つかったか、事務所に戻るぞ」


 二人は来た道を戻り始める。


「ところで一樹、実際の所どうなん? 紗菜ちゃん」

「……何も。どうって言われたところで、『息子の恋人の親友』としか言いようがない」

「おいおい、本当は脈あるのわかってるくせに!」

「仮にそうだとしてもだ、三十五歳の男が女子高生に手を出すのはヤバいだろ」

「うんヤバい。字面がヤバい」

「だろ?」

「あくまで字面の話だ……一樹、今からでも遅くないから、青春しようぜ」


 瑛弍が真面目なトーンで話し始める。


「自分じゃ気づかないかも知れないが……そろそろ限界を迎えるぞ、お前の精神」

「…………」

「ちょっとは自分を甘やかしてみたらどうだ? 大丈夫! 周りの奴らが変態だのクソ親父だの言っても、俺が物理的に黙らせてやるから!」

「……お前は変態って言う立場だろ」


 一樹が微笑みながらツッコむ。


「もちろん! 『お前が魔法使い辞めたら、誰が鯛焼きを作るんだ!』て感じで」

「……たまにお前、支離滅裂なこと言うよな」


 すると、一樹のスマホに着信が入る。

 事務所にかかってきた電話が、転送されてきた。


「はい、こちら何でも屋『ポトス』です」

『ッ!? わ、私です! えっと……』

「!? 零宮か!?」

『あっ、はい! 零宮紗菜です!』


 電話の相手は、紗菜だった。

 緊張のあまり自己紹介が遅れた彼女だが、一樹は声だけで当ててみせた。


「ここに電話するということは、何かあったのか!?」


 一樹が少し焦った様子で対応する。


(おいおい、それで何も思ってないは嘘があるだろ)


 彼の様子を瑛弍はニヤニヤと見守る。


『す、すみません! 特に何かあったわけではないんです……ちょっとした相談なんですけれど、直接話したいので今日会えますか?』

「……何時頃になる?」

『少し用事があるので……四時になると思います』

「わかった。待っている」

『ありがとうございます!』

「それじゃ、また後で」

『はい!』


 通話が終わり、一樹は事務所へ足を速める。


「おし、依頼主には俺が報告しとくから、気にせず事務所にいていいぜ」

「悪いな」


 受け答えを聞いた瑛弍は、音速に近い速度でこの場を去る。


「……直接会って相談……か」



   ※



「…………」


 時計の針が午後四時を過ぎていく中で、一樹はひたすら紗菜が来るのを待っていた。

 こういう暇な時、音楽を聴いていないとままならないのが彼であるが、紗菜のことを考えていると自然と苛立ちを覚えない。

 それどころか、考え過ぎて煙草すら吸っていなかった。


「お待たせしてすみません!」


 事務所の扉が勢いよく開けられる音が聞こえ、一樹は立ち上がる。


「気にするな、丁度仕事が終わったところだ」

「はぁ……はぁ……」


 息切れしている紗菜の様子に、思わず息を呑む一樹。

 冷静になると、彼女が少し大きな袋を持っている事に気づいた。


「早速だが、相談というのは?」

「それもすみません、嘘です!」

「……?」

「どうしてもお礼がしたくて、これを渡したかっただけなんです!」


 紗菜は持っていた袋を一樹に渡す。

 一樹は戸惑いながらも受け取り、中身を確認する。


「!?」


 中にはヘッドホンが描かれたパッケージの箱があった。

 当然、その箱の中にはヘッドホンが入っている。


 イヤホンではなく、ヘッドホン。


 紗菜は彼がイヤホン派であることを知らず、ヘッドホンをプレゼントしてしまったのだ。

 黒と赤が基調のシンプルなワイヤレスヘッドホン。これに見覚えがあった一樹は驚く。


「これ、確か二万以上はしたはずだぞ!?」

「お金は平気です! 一樹さんに似合うと思ったので、それにしました!」

「…………」


 裏目に出てしまったかと不安に思い始める紗菜。

 しかし、そんなことはなかった――


「――ありがとう。大事に使わせてもらう」


 一樹は本当に嬉しかった。

 これまでの人生の中で、誰かからプレゼントをもらった事がなかったからだ。


「!? ありがとうございます! 私、これからバイトがあるので、失礼しますね!」


 紗菜は扉を開け、事務所を去ろうとする。




「あぁ、無理はするなよ…………()()




「えっ……………………!?」


 紗菜は聞き逃さなかった。

 ここに来て、初めて下の名前で呼ばれたのだ。


「?」


 しかし、無意識だった一樹はその事実に気づいていなかった。


「あっ、ありがとうございました!!」


 紗菜は照れ隠しのように勢いよく扉を閉めた。


「…………」


 一樹は早速箱を空け、ヘッドホンで好きなバンドマンの曲を聴き始める。


「……意外と悪くないな」


 すると、瑛弍が帰ってくる。


「ただいま~って、んんぅ!?」


 ヘッドホンで音楽を聴いている一樹に、瑛弍は依頼中のやり取りを思い出しながら驚く。


「おま、ヘッドホン駄目じゃなかったのかよ!?」

「いや、このヘッドホンは……特別だ」


 一樹はヘッドホンを首にかけ、返答した。


「ほほぉん? さては、紗菜からプレゼントされたやつだな?」

「よく分かったな。その通りだ」

「なるほど、あんな可愛い女子高生からもらえばそりゃ特別だわな!」


 相変わらず瑛弍は一樹を煽る。


「あぁ……そうだな、零宮はかわいい」


 しかし、一樹は怒るどころか肯定してきた。

 それに寒気を覚え、思わず足を引いた瑛弍。



「……あ、明日は隕石でも落ちてくるんだろうな……よし、未練が残らないよう二次元にワープ出来る転移装置でも開発するか」

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