終話 代償
「あぁ……なんて酷い……!」
驚きを露わにする楓。
その目の前には、巨大なヘビのような【アニマ】の死骸があった。
拓巳が屋敷に侵入した際、真っ先に倒されたのだ。
「……俺の能力は、たとえ五分以内であっても、完全になくなった魂だけは戻す事ができないんです……」
「――まぁいいです。私、ヘビ嫌いですので」
「それなのに放し飼いにしてたんですか!?」
意外にも全く悲しんでいなかった楓。
そこに昭伍が入ってくる。
「エイト、俺の姉貴は血も涙もない。自分のペットですら可愛がれない可愛そうな女だ」
「やるか糞虫? そういえば、喧嘩を後回しにしてたわね……」
「そうだったな……泣いても知らねぇぞ」
「さっき涙もないって言ったのは何処のどいつだ!!」
豹変した楓と昭伍が勝手に喧嘩を始める。
「?」
それよりも、エイトは屋敷の奥へ外から進んでいく三咲の姿が気になり、彼女の後を追いかけた。
「三咲先輩!」
「……エイト」
奥に広がる庭園で足を止めた三咲に話しかけたエイト。
屋敷が広い故に庭園が複数箇所にあるのだが、その中でも一番広い場所だった。
二人は横に並んで庭園を見渡していた。
「……昔、ここでよく遊んでた」
「ここなら、広々と遊べそうですもんね!」
「……エイト、気になってたんだけど」
「はい、何ですか?」
三咲がエイトの方を向いて、こう訊ねた。
「…………エイトの言う『好きな人』って……私?」
「……え?」
エイトの息が止まる。
三咲からその追求があると思わなかったからだ。
「あの男と戦ってるとき……私を見てそう言ってた気がするから」
「あー、えっと……」
エイトは回答に困る。
(ここで肯定――する勇気が出ない……! けど、変に誤魔化すのも違う気がする……!)
「……私を好きになる理由がわからない」
「え?」
「私は何が面白いのか、
嬉しいのか、
悲しいのか、
美味しいのか、
不味いのか、
痛いのか、
苦しいのか、
……わからない。皆わかるものが、私にはわからない。そんな『欠如』している私なんて――」
「それでも好きだ!!」
「っ……!?」
エイトの中で何かが切れ、その勢いで三咲に告白する。
「理由なんて俺にもわからない! わからないんだよ!! 人を好きになるって理屈じゃない、感情の話なんだ!!」
「……!」
「感情の感じ方は人それぞれ違いはあるけど、それを明白に言葉に出来る人――感情がわかる人なんてごく僅かなんだ! それが普通なんだ!! だから、自分自身を卑下にしないでくれ……!!」
「エイト……!?」
感情的になったエイトは無自覚に涙を流す。
「!? すみません先輩、その……これは――!」
我に返ったエイト。何も考えずに言葉を吐いた自分に後悔するが――
「……三咲」
「え…………」
「三咲って呼んで。それと、敬語禁止」
「ぁ……ぇ…………!?」
突然の提案に、エイトは混乱する。
「恋人って……そういうもんでしょ?」
「え!? はい――じゃなかった、えっと……その……」
告白を受け入れてくれると思わなかったエイトは、戸惑いつつも呼吸を整える。
「――改めてよろしく、三咲」
「ふふっ……よろしい」
「えっ…………!?」
三咲が微笑んだ。
これまで何年間も一緒にいたエイトだが、彼女が笑うところを初めて見たのだ。
そして、彼女自身としても感情を失って以来初めて笑ったのだ。
「今……笑って……!?」
「?」
三咲自身はそれに気づいておらず、自分の顔に触れてみるも、その時にはもう微笑みは崩れていた。
「――――ゴホン!」
「うぉお!?」
突然、誰かの咳払いが聞こえ、油断していたエイトが変な声で驚く。
いつの間にか二人の横に、楓が立っていたのだ。
「お楽しみのところ失礼します! エイト様に報酬を渡すのを忘れていました!」
「いえ、いいですよ! 先ぱ――三咲のためにやったことなので」
「その三咲様が考えて選んだ報酬なので、受け取ってください!」
「三咲が……?」
(報酬っていうから、現金のイメージが強かったけど……)
楓が「はい!」っと元気よく差し出したのは一つの鍵。
古びており、少し形状が大きいことから、明らかに普通の鍵ではないのがわかる。
「これは……?」
エイトは報酬を考えた張本人――三咲に訊ねる。
「――家の鍵」
「…………??」
「私の家の鍵。つまり、この屋敷の鍵。一つ余ってたから、エイトに――」
「待って待って待って!?」
エイトはもらった鍵を三咲に返そうと差し出す。
「余ってるならスペアとして取っておけば良くないか!?」
「まぁ私が基本家にいますし、大丈夫です!」
「そういう問題!? というか、仮にいらないとしても、どうしてそれを俺に!?」
「……いつでも出入り出来るようにすれば、エイトが困らないと思ったから。特に登下校の時に」
「そこまでする!?」
「まぁまぁ、二人がお付き合いするのであれば、それが充分な理由になると思いますよ!」
少し前までのやり取りを全部聞いていた楓。
「いっそのこと、ここに引っ越してもいいですよ」
「何変なこと言ってるんですか!? 困ります!」
「……嫌なの?」
「えっ!?」
三咲の思いがけない言葉に、エイトの心拍数が急上昇する。
「だって…………ほら、父さんに迷惑かかるわけだし――」
「――そんなこと気にすんなって!」
会話に割り込んできたのは、屋敷の修復作業を行っていた瑛弍。
一樹に酷くやられたのか、全身の至る所に包帯が巻かれており、そして何故か木刀を片手に持っている。
(瑛弍さん……父さんに治療してもらえないまま駆り出されたのか……)
「あいつだってきっと喜ぶぞ! 引っ越し作業も俺に任せろ! 足の速さには自信があるからな!」
「は、はぁ……」
「エイト?」
「……そんな目で見られたら断れないだろ」
「言質取れたぜ! 一樹に報告報告ゥ!」
瑛弍は何故か逃げるように退散しながら電話をかけ始める。
「良かったですね三咲様! 賑やかになりますよ!」
「一人増えても変わらないような……」
「よろしく、エイト」
「っ! こ、こちらこそ……!」
こうして、エイトは三咲と一つ同じ屋根の下で生活を共にすることとなった――
一方、門付近では。
「ぅ……」
「昭伍くん!?」
ボロボロな姿で倒れてる昭伍を、トイレから戻ってきた紗菜が発見する。
「どうしたの!? 誰にやられたの!?」
「姉……貴――――」
そのまま昭伍は気を失う。
「ふっ、弟が姉に勝てるわけねぇだろ……!」
どこかから、そんな声も聞こえた気がした。
※
「ただいまー……」
その日の夜。
色々あったエイトは疲れ切った顔で帰宅していた。
(この家とも、あと少しで…………)
「おかえり、エイト。話は聞いているぞ」
キッチンでミートソーススパゲッティを作っていた一樹。
「好きな人と生活が出来るんだろ? 最高じゃないか!」
自分のことのように嬉しいのか、一樹のテンションが少し高かった。
「まぁそうだけど……父さんは大丈夫なの?」
エイトはスパゲッティが辛くなることを悟り、事前にお茶を準備している。
「? 何がだ?」
「俺がいなくなったら、父さんが……」
「――息子がそんな心配しなくていいさ」
一樹が出来上がったスパゲッティをリビングの机の上に運んだ。
「子離れする時が来た――ただそれだけの話だ」
「父さん…………」
エイトと一樹が普段と同じ場所に座る。
父の気持ちを考えていたエイトは、いただきますの挨拶も忘れてスパゲッティを食べ始めた。
「…………?」
「どうした? もしや、不味かったか?」
「いや、全然美味しいんだけど、あまり辛くないなと思って……もしかして、別々に作った?」
「いや、一緒のはずだ」
念のため、一樹はエイトの分を一口だけ頂くことに。
「…………オレのと変わらないな。恐らく、疲れで舌が一時的におかしくなってる可能性もある。しばらくはゆっくり休んでくれ」
「わ、わかった……」
自身の中で何かが引っかかるエイト。
だが空腹を前にそれを考えることを放棄し、スパゲッティを食べ進めた。
第一章 完
第二章は後日、まとめて投稿致します。
先に読みたい方は、『ノベルアップ+』から是非!




