ママ活しますっ! ~おかん転生女子と、はまった男子たち~
ここは貴族の子息子女が通う、王立セントコスモス学園。国の将来を担う若手の教育に力を入れている学園の、とある教室。
そこでは多くのクラスメートに遠巻きに見守られながら、4人の男子生徒に囲まれた、一人の女生徒の姿があった。
「……で、これはいったい、どういう状況なのかな?」
金の髪をなびかせ、周囲を威圧するかのような雰囲気をだしているのは、スペンサー公爵令息・ランドルフ。
生徒会長を務め、多くの生徒に慕われる彼は、普段は人当たりの良い微笑みを浮かべているが、今は鋭い目線を少女とその周囲に向けている。
「どうもこうもねえ、こいつがメリーに引っ付いて離れねえんだよ、おら、はなれろ!」
そういって、少女に引っ付いている少年を引きはがそうとしているのは、クラブウェル辺境伯子息・ルドルフ。
赤毛のワイルドな青年で、女性からもたいそうな人気があり、多くの恋人がいる彼であるが、余裕しゃくしゃくな普段の様子と違い、かんしゃくを起こしたようにメリーという少女に引っ付く少年を引きはがそうとする。
「やー、メリーママといっしょにいるの!」
そういって、なおいっそうメリーにしがみつくのは、白髪の美少年、ハーティス侯爵子息・セシル。
ルドルフに引きはがされそうになるのをこらえるように、抱き着いている少女にぎゅーっとしがみつくが、その力が強かったのか、「ぐえ」と色気のない声が少女から漏れた。
「ハーティス侯爵子息、いい加減離れたまえ。それでは、メリー嬢が窒息してしまうぞ」
そういって、セシルに声をかけるのは、ダイアス侯爵子息・リーヴェル。
銀色の髪、鋭い相貌を持ち、氷の貴公子と呼ばれる彼は、言葉は穏やかだが、剣呑な目線でメリーという少女に抱き着いている、セシルを睨んでいるようであった。
なお、白髪の美少年に抱き着かれ、その周囲に金髪の生徒会長、赤髪の遊び人、銀髪の貴公子に囲まれているのは、シルクス子爵令嬢・メリー。
栗色の髪をショートカットにし、背は小柄な方で、美人というよりも可愛らしい系である。
そんな彼女は、ここ最近、とある活動をすることで、今現在の状況を呼び寄せたと言って良い。
やむにやまれぬ状況とはいえ、修羅場めいたこの状況は、彼女の望むところでなかった。
「ママー、みんながいじめるのー」
「………! ああ、そういうことか。確かに、こうなる男子がいてもおかしくないな、母上」
「いいから離れやがれ! 母さんにまとわりつく奴はみんな敵だ!」
「まったく、騒がしい輩だ。やはり、貴方の息子は私だけで十分だよ、愛しき母」
「ど」(どうしてこおなったああああああああ!?)
お金欲しさに、パパ活ならぬ、ママ活をしていたメリーは、遠巻きに見守っている周囲からの視線をあげながら、声なき声を上げたのであったーーー。
「お金がないわー……」
「どうしたの、急に」
話は、少し前までさかのぼる。シルクス子爵令嬢・メリーは、放課後の教室で、友人であるフランチェスカ嬢を前に、盛大に嘆いていた。
「聞いてよフランチェスカ。聞くも涙、語るも涙なんだけど」
「長い話は嫌いよ。3行で」
「私の実家の領地、不作
そのせいで、収入が激減
学費は何とか送れるけど生活費は何とかしろって手紙が来た」
「なるほど、それは大変ね。まあ、うちには関係がないことだけど」
「フランチェスカのうちは、裕福だからねー………」
「お金は貸さないわよ。そんなことで、あなたとの友情をなくすのは惜しいからね」
眼鏡を直しながらそんなことをいうフランチェスカに、メリーは そっかー。と口にする。
「まあ、しょげていても仕方ないし、どうにか生活費を稼がないといけないわね」
「あてがあるの? ないのなら、針子の仕事とか、実家にないか確認してみるけど」
「んーーー……ひょっとしたら頼むかもしれないけど、ちょっと、試してみたいことがあるんだ」
そんなことをいって、ふっふっふ、と笑う。メリー。実は、彼女はちょっとした前世の記憶もちである。
といっても、明確に覚えているわけでもなく、何となく前世では、きもったま母さんだったということを覚えており、
断片的な情報が、時々頭から湧いて出てくるような感覚であった。
「こう見ても、この私は今、あふれるほどの、おかんパワーがみなぎってるの!」
「悪寒……風邪かしら? 保健室行く?」
「そっちのおかんじゃないわ、おかん、お母さんパワーよ。確かに、数日前に高熱出して寝込んだけど、今は元気だわ!」
「はあ、それで、お母さんパワーがなんなのかしら?」
胡乱げな目を向けてくる、友人のフランチェスカに、メリーはぺたんこな胸を張る。
「世の男子が求めるのは癒し! 頭の中に男の人を癒してお金を稼ぐのはどうかと名案がわいてきたの!」
「迷案のたぐいじゃないかしら………それって、いかがわしいことじゃないわよね」
「大丈夫、そういうのじゃなくて、コンセプトは癒し! 添い寝リフレならぬ、お母さんリフレをするのっ!」
まーた、変なことを始めたわ。と言いたげなフランチェスカの視線も何のその、メリーは意気揚々と、
学園の掲示板に、自筆の広告を張り付けたのである。
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ーーーーお母さんサロン、承ります。癒しを求めるあなたへ
金額:サロン代金+要相談
※サロンを借り切っていただければ、伺ってお母さんします。
※いやらしいこととか、そういうことはしません。お母さんですので。
〇年Aクラス メリー・シルクス子爵令嬢
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こんなもので、客が来るのか? と思っていたメリーの友人たち。
意外にも、数日後には、メリーのもとに呼び出しがあった。
勇んで出かけてみると、そこには生徒会長である、ランドルフ・スペンサー公爵令息が待ち構えていたのである。
「なにやら、奇妙なことを始めた女性がいると聞いて、どういったことをするのか、風紀に違反していないかを確かめるべき、という意見があったんだ」
「なるほど、大丈夫です! お母さんをするだけですので!」
「ふむ、その、お母さんをするというのは、どういうことなのかな?」
「言葉通りです。時間を決めていただけたら、私があなたのお母さんになります。お母さんとして甘やかしたり、叱ったりします!」
「疑似的なプレイというやつかな。それでは1時間ほど頼もうか。では、これからしばらくは、貴方は私の母上ということだね」
「そうですよー。では……ランドルフ、学校はどう? ちゃんとやれているかしら」
「っ! ………ああ、うん。しっかりやれているよ。この前はね」
そうして1時間ほど歓談すると、メリーは想定よりも多くのお金を受け取り、ほくほく顔で帰っていった。
(やれる、お母さん商売は、やれるわっ!)
「これは、いいな」
メリーが帰っていった後、ランドルフは一人、サロンで天井を見ながらつぶやきを漏らした。
公爵家に生まれた彼の両親は、家の都合による契約結婚であり、彼を産んだ後、母親は男を連れて別居していた。
そのため、母親との会話など、したことがなかった彼にとって、メリーとの会話は失われていた何かが埋まっていくような、
心温まる時間であった。
この後、ちょくちょくとランドルフはメリーを呼び出して、親子の会話を楽しむこととなる。
さて、ランドルフという顧客が出来たものの、頻繁に呼び出されるというものでもなく、メリーは次なるお客を求めていた。
そんなある日、呼び出しがあったのでサロンに向かうと、そこには銀色の髪の、貴公子めいた青年が待ち構えてきた。
ダイアス侯爵子息・リーヴェルと名乗った彼は、見定めるようにメリーを見つめて、
「母親役をすると聞いた。癒しをほどこしてくれるとも」
「そうですよー。それじゃあ、お話ししましょうか!」
と、意気込んでみたものの、銀髪の青年は無口なのか、メリーが色々と話題を振っても、
「ああ」とか「うん」とか気のない返事をするばかりである。
(うーん、どうも反応が悪いわねえ。そうだ!)
ピーン!と思いついたメリーは、二人掛けのソファーに座りなおすと、リーヴェルを手招きした。そして、
「はい、横になってー リラックスしましょうねー」
と、リーヴェルの頭を膝の上にのせて、膝枕をして頭を撫で始めた。
最初は硬直していたリーヴェルだが、しばらくして、安心したかのように寝息を立て始める。
時間いっぱい、リーヴェルを寝かしつけたメリーは、料金をもらってホクホクで帰っていった。
「…………あれが、母親というものか」
メリーが去ってから、リーヴェルは自らの頭に手を当てて、ぽつりとつぶやきを漏らした。
リーヴェルの母、ダイアス侯爵夫人は激しい気性を持つ、貴族らしい女性であった。
自らの気に入らないことはわめきたて、小さい頃のリーヴェルに、苛烈な折檻を行うこともあった。
それを知った父親から離縁を言い渡されると、狂乱の挙句、自殺未遂を行い、今は静養もかねて遠くの館に閉じ込められている。
父によって救出されたリーヴェルであったが、心理的外傷は深く、母親とは暴力の象徴であると、長年、魂に刻み込まれてきた。
だが、それも少しずつではあるが、メリーとの接触にて溶かされることとなる。
「愛しき母」
ぽつりと、熱に浮かされるようにつぶやくリーヴェル。脳裏には自分を膝枕して微笑むメリーが聖母のように映し出されていた。
さて、そんな感じで二人とママ活していたメリーだが、ある時、新しい人物から呼び出しを受けることになる。
「ほぉ、あんたが噂のメリー嬢か。なんだ、おもったよりちんちくりんだな」
「ちんちくりんで申し訳ありませんね。あなたが、母親役をご所望の方ですか?」
「はっ、母親役なんていらねえよ。お前、俺の名を知ってるな?」
「いえ、ぜんぜん」
「なんでだよ! クラブウェル辺境伯子息・ルドルフだ! 女子なら知ってるだろ!?」
メリーを呼び出したのは、クラブウェル辺境伯子息・ルドルフ。赤毛のワイルド系の美形で、いろんな女性と浮名を流している男である。
彼は、生徒会長である、ランドルフ、氷の貴公子と呼ばれるリーヴェルなどをライバル視していたが、彼らが最近になって、お母さんサロンなどという場所に足を向けることが多くなったと聞き、乗り込んできたのだった。
「はあ、そのルドルフさんが、何用で? お母さんが必要じゃないんですよね」
「それはな、お前さんを奪いに来たのさ」
と、メリー相手に壁ドンをするルドルフ。整った顔立ちの彼がそうすると、多くの女性は顔を真っ赤にしてうろたえるものである。
「こんな詰まんねえ小遣い稼ぎなんてしてないで、俺の女になれよ。そうすれば、もっといいことをしてやーーーー」
「お母さんアッパー!」
言い切る前に、小柄なメリーのアッパーを食らって、ルドルフはあおむけに倒れこんだ。
「は、はぁ……!? お前、俺に何を」
「ルドルフ、正座」
「はぁっ?」
「お母さん、怒ってますよ!! ルドルフ、そこに正座しなさい!!」
と、ぷりぷり怒ったメリーは、正座させたルドルフを前に、こんこんと説教をすることになった。
そうして、一通り注意をした後は、
「今後は、注意しなさいよね! まったく………」
といって、サロンから出て行ったのである。
「まいったな。説教されちまった」
………メリーが出て行ったあと、ルドルフは叱られたというのに、嬉しそうな顔で破願した。
彼の実家、クラブウェル辺境伯は成り上がり者で、身分の高い女性を妻にして、ルドルフが産まれた。
だが、成り上がり者な夫を妻は蔑み、夫も妻を、嫌味たらしい女と嫌った。
幸い、息子に対しての愛情はあったものの、妻以外にも多くの愛人を抱えた父親は、ルドルフに事あるごとに囁いた。
「母親なんぞ、無用なものだ。わかるな、ルドルフ」
そんな父の薫陶を受けて、彼は女遊びがひどい、遊び人として暮らしていたが、メリーの説教は、彼にとっては新鮮で目の前が開けたようであった。
「……あいつなら、俺の母さんにふさわしいかもしれないな」
どこかずれた、ルドルフはそんな風に言ってわらったのであった。
そんなわけで、それからというもの、生徒会長、ランドルフに呼び出されて会話をしたり、
氷の貴公子と呼ばれるリーヴェルに呼び出されて、膝枕して時間を過ごしたり、
赤毛の遊び人、ランドルフに呼び出されたら「説教してくれ!」と言われてちょっと引いたり、そんな日々が続いた。
そうして、4人目である白髪の美少年、ハーティス侯爵子息・セシルに呼び出されることになる。
「は、はじめまして! セシルと言います!」
「メリーと言います。本日はよろしくお願いしますね」
セシルは、メリーと同じくらいの背丈の線の細い美少年であり、期待の込めた目で、メリーを見つめていた。
「あの、それで………あなたが、僕のママになってくれるんですか!?」
「はい、そうですよー。ママですよ」
「………ママ」
期待の込められた目で、じっと見つめられ、メリーもちょっときゅんとした。
(この子、甘やかしたいっ!)
その後は、座ってお話したり、お菓子の食べさせっこしたり、添い寝をしたりと、存分にセシルを甘やかすメリー。
可愛げが他の3人よりもあるセシルに、メリーは満足して甘やかした後帰っていった。
「………ママ」
頬を染めたセシルは、メリーのことを思い出し、ほうっとため息をついた。
幼いころ、母親を亡くしたセシルは、母の愛を知らずに育っていた。
そんな彼にとって、メリーとの出会いは、いなくなっていたママが帰ってきたも同然であった。
「ずっといっしょにいたいなぁ、ママ……」
さて、それからというものの、セシルがメリーのもとに来ては、常日頃から甘えてくるようになったのである。
メリーとしても、顧客であるセシルの機嫌を損ねるのは良くないと、ほどほどに接していたが、そのべたべたっぷりが噂になり、
ランドルフ、リーヴェル、ルドルフがタイミングよくーーーあるいは悪くーーーメリーのいる教室を訪れて、話の冒頭につながったのである。
なお、来た順は、セシルが「ママー」と抱き着いていちゃこらして、
ルドルフが血相を変えてそれを引きはがそうとし、リーヴェルがその様子を見つけて眉をしかめ、ランドルフが最後に登場し、目つきを鋭くしたのであった。
「ママ」「母上」「母さん」「愛しき母」
(ちょっぴりお母さんして、お金を稼ぐだけだったのに……ど、どうしてこうなったあああああ!)
4人に囲まれて、内心で悲鳴を上げるメリー。
彼女の受難は、今後も続きそうである………。
色々と煮詰まってましたので、気分転換に制作しました。
お気が向きましたら、評価などお願いします。