2-57 指輪をあげたい
「お祝いは、指輪がいいです」
マナがそう言った。私は一瞬、何のことだか思い出せずに、反応が遅れた。そして、エトスに伝言を頼んだことを思い出す。
「……あの人、本当に伝えたのね」
「指輪がいいです。結婚指輪がいいです」
「アイちゃん、色々すっ飛ばしちゃってるよ??」
「い、いくらのやつ、買えばいい……?」
「いや、本当に買おうとしなくていいからね!?」
「そうですね……。お気持ち次第ということで。最低でも、魔力が込められるものをお願いします」
「トンビアイスいくつ買えるかなー?」
「トンビアイスじゃ、単位にならないわよ……」
わたしは、思い浮かびもしない指輪の相場を、頭に思い浮かべる。そして、ひとまず、忘れることにした。あかりが本気で慌てていたのが、少しだけ面白かった。
「そういえばあんた、どうやってあたしを助けたの?」
王都の外に向かいながら、私はマナに尋ねる。マナはかなり目立っており、屋台に行かなくても色々なものをもらっていた。それにいちいち立ち止まって、丁寧にお辞儀を返すのだから、さすがだ。カタヌキ(魔力板)だけ、比較的人の少ない中央の屋台でやってみたが、あかりだけ失敗していた。景品は、昔の珍しい硬貨だった。一応使えるが、売る方が高くなるだろう。
「いつの話ですか?」
「爆発したとき。しかも、あたしの姿、見えてなかったでしょ?」
「あれですか。簡単なお話です。風同士をぶつけて、上昇気流を起こしたんですよ」
「なるほど、小さい竜巻ってわけね。──は? それって、すごく難しくない?」
「私に不可能はありません。まなさんのご要望とあらば、月にだって連れて行きます」
「あたしを殺す気……?」
魔法で生み出した風を利用して、空気の渦を発生させ、上昇気流を起こす。回る風は魔法だが、上昇気流は魔法の副作用なので、私を受け止めることもできる。なんとも、ややこしい話だが。
それにしても、相当の風圧でないと、人間なんて支えられないと思うのだが。
「わあ、頭良さそうな会話だなあ」
「わたしも、なーんにも分かんない!」
「理解する気もないでしょ……」
魔法そのものなのか、その副作用なのかは、判断がつきにくいところだ。例えば、木材を燃やすとき、最初に火をつけるのは魔法だが、そこから燃え広がれば、それは魔法ではないということになる。そうなると、私も魔法が効かないからといって、安全だとも言い切れなくなる。そういうわけで、一番怖いのは火だったりする。
「じゃあ、帰りは駅までマナに運んでもらうわ」
「……そういえば、行きはどうされたんですか?」
「鞄に掴まって、こういう感じで、あかりに──」
「なるほど」
すると、あかりの耳が倍くらいに引き伸ばされた。よく伸びる耳だ。
「いだだだだ! 痛い痛いちぎれる!」
「そんなことをしてまなさんに怪我でもあったら、どうされるおつもりですか?」
「いや、そうじゃないと王都までたどり着けなかったからさ……」
「言いたいことはそれだけですか?」
マナは氷の剣をあかりの喉元に突きつけ、顎を上げさせる。
「ま、待って! 往来のど真ん中で殺さないで! せめて、静かにひっそりと……」
「死に方を選べる立場だとお思いですか?」
「思ってます!」
夜明け前とはいえ、通りすがる国民たちの注目の的となっているにも関わらず、よくもまあ、これだけ自由に騒げるものだ。むしろ、尊敬する。
「はあ……置いてくわよ?」
「まなちゃん、助けてよ! 第一、一人じゃ駅まで行けないでしょ! どうせ魔法使えないんだしさ!」
私はあかりの髪に全体重をかける。首をへし折る勢いで。
「ギャー!」
「なんて無神経なんですか、死んでください」
本当にその通りだ。こっちがどれだけ気にしているかも知らないで。
「まーまー、その辺に──」
まゆが仲裁に入ろうとして、
「だって事実だし! 僕が、足遅いって言われるのと同じじゃん!」
見事に遮られていた。
「まなさんとあなたを同じ尺度で考えないでください。耳を切り落としますよ?」
「やめてあげ──」
「アイちゃんごめんって!」
二度も遮られたまゆが、頬をぷくっと膨らませる。
「──もう! いっつも、私ばっかり無視して! 知らない!」
「あかり、最低ね」
「あかりさんの評価には、底というものがありませんね」
「僕が悪かったです! はい! ごめんなさい!」
みんなであかりを責めながら、私たちは、わちゃわちゃと人目も気にせず歩いていく。そうして、門番に注意されるまで、自分たちがいかにうるさいか、気がつくことはなかった。
このときは、学校に行くために、始発の新幹線に乗ろうとしていた。つまり、まだ、早朝だった。




