表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第一章 ~願いの手紙~
77/345

2-56 はぐらかしたい

 それから、ものの数十分で辺りは落ち着きを取り戻した。屋台も再開。城の前では、ハニーナから分け与えられた樽一本分のボイスネクターを百倍に希釈したものを、無料で配布している。それを飲んだ人々は、一様に腰が砕け、満足してその場で眠った。何人か死んでいそうだ。


「それで、これがボイスネクターの原液ってわけ?」

「はい。薄めていないやつです」

「馬鹿なの? こんなの飲んだら死ぬわよ」


 そこには、一口分のボイスネクターが、小さな器に三つ用意されていた。


「ハニーナの目を盗むのは大変で。三つしか用意できませんでした」

「あんたね……」


 いけしゃあしゃあと、よくもそんなことが言えたものだ。確信犯のくせに。


「お姉ちゃん、飲んでいいわよ」

「んーん。わたしは十分幸せー」


 まゆはマナの歌の余韻に浸っているらしかった。もうあれから一時間は経っているけれど。ちなみに、迷子の少年の親は、あの後、すぐに見つかった。


 そして今、私たちは、れなの家にお邪魔していた。マナはあまりにも目立ちすぎる。なのに、なぜ城に帰らないのか。


 それは、マナが屋台を見たいと言い出したからだ。


 こんなに人が多い中、出歩かせるのはどうなのかと思ったが、あかりいわく、エトスに許可を取ったらしい。多分、置き手紙一つとかだろう。許可を取ったという言葉は、もう信じていない。


「えー、れなも飲みたいー」

「あたしのやつ飲む?」

「んーん。さすがに、まなちゃから取り上げるつもりはないけどぉー」

「けど……何?」

「まなちゃ以外の誰かがくれたりとか……」

「──乾杯」


 私たちは杯を交わし、一口分の蜜を、一気に飲み干す。口内が旨味で満たされ、脳内麻薬が体内にドバドバ溶け出し、死にそうなくらいの幸福に包まれて、すべてがどうでもよくなってくる。


「ふにゃあー」

「……ボイスネクターって、お酒じゃあなーよねん?」

「はい。ただの蜜ですよ」


 幸せすぎる。踊り出したい、何でもできる、歌いたい、何もしたくない、このまま眠りたい。


「まなちゃー、おいでー」

「んにゃ……?」

「あーもう、可愛いねー! よしよーし」


 呼ばれた方に向かえば、誰かに頭を優しく撫でられる。全身、溶けそうなほどに心地がいい。


「あかりんも一瞬で寝てるけど、お姫ちゃんはへーきそーだね?」

「ああ、はい。私、味を感じないので」

「何それ、れな初耳なんだけど!?」

「以前、ドラゴンの血を飲んだときに、味覚が消えました。まあ、言ってないので、知らないのも仕方ないかと」

「そりゃそーだ!」


 ふわっと、何かが背中にかけられる。暖かい。眠い。


「さすがシニャック、気が利くねー」

「二人とも、疲れてたんだろうね、きっと」

「だろうねー。でもでも、この様子じゃ、お姫ちゃん、屋台行けないかもよん?」

「まなさんの幸せそうな寝顔が見られれば、満足です」

「お姫ちゃんは、本当に欲がないねー」

「そんなことはありませんよ。このために、蜜を盗んできたんですから」

「手段を選ばない系だった!」

「私に効かないことは計算済み──」

「さすが──」

「──」

「──」


 そうして、私の意識は深い眠りの底に沈んでいった。


***


 屋台の賑わいはいまだ衰える様子を見せず、騒ぎは夜まで続いた。


「それにしても──くくっ、あの女王、やはり侮れんな。甘美なる歌声に、余でさえ、意識を奪われてしまった。そちも、そうは思わぬか?」

「は、はい。余もそう思います」


 男に手を繋がれた少年が、そう返事をすると、男は不気味に顔を歪めた。


「そうかそうか──くくっ」

「あなた、ユタが怯えていますよ?」


 少年と反対の手を繋ぐ女の言葉で、男は不可解そうな顔をする。


「怯える? 何に怯えると? 世界最強の魔法使いである、魔王カムザゲスがついているのだから、恐れることなど何もない。そうだろう?」

「は、はいっ!」

「はあ、まったくあなたという人は──こほっ、けほっけほっ!」

「ママ! 大丈夫!?」


 少年がうずくまって咳き込む女の背中を、優しくさする。これだけの人混みだが、彼らの周りにだけは空間があり、まるで、避けられているかのようだ。立ち止まることができるという意味では、ありがたい話だが。


「ええ、ありがとう。もう落ち着いたわ」

「もう、帰る?」


 少年の心配そうな、問いかけを受け、女は優しく頬笑み、少年の頭に生える角の間に手を差し込み、黒髪を優しく撫でる。


「次はどこに行きたい?」

「……! えっとね! んー、あ! カタヌキ!」


 少年は目を輝かせて、女の顔を見上げる。女がそれに答えるより先に、男の方が笑みを漏らす。


「なかなか渋いな、くっくっくっ……」

「あなたのその笑い方──いえ、なんでもありません」

「なんだ? 申してみろ」

「──さあ、ユタ。カタヌキを探しましょうか」

「うん!」

「……はぐらかされたな」


 男女の手をぐいぐい引っ張り、先に先にと進む少年に、女は苦笑し、男は先の言葉の続きを気にしてか、思案顔を浮かべる。


 そんな彼らに向けられる周囲の視線は、冷ややかで、冷たいものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ