2-54 カッコつけたい
視線の先、マナがいる城の屋上の周りには、大量のハチプーたちが飛び交っていた。見ているだけでぶんぶんと聞こえてきそうな光景に、僕は音を遮断する。
ハニーナがマナの歌声から蜜を採り、それを赤子のようなハチプーたちが葉っぱの器に溜め、慎重に樽まで運ぶ。
「怪しい人は──」
魔力で気配を探り、その影がマナのすぐ近くに迫っていることに気がつく。本能で動いている蜂も含めて、皆、意識があるかどうか疑わしい。助けを求めることは難しそうだ。その上、本当に、気をしっかり持っていないと、意識を引きずり込まれる。敵は耳栓でもしているのだろうか、もしくは──、
「それ以上に強い思いがあるとかね」
僕は地面を蹴り、マナの近くまで一瞬でたどり着く。道が一本なので動きやすい。
そして、敵と思われる影を視界に入れた。──フードを被ってはいたが、それは、とても小さな姿をしており、
「子ども……? ──うおっと!?」
フードの隙間から躊躇なく、ナイフを差し込まれて、僕は体勢を崩す。相手に当てる気があったら、当たっていたかもしれない。
狼狽える僕を差し置いて、その人物は壁を登ってマナの方へと向かい──、
「させるかよっ……!」
その横っ腹を氷のハンマーで思いきり砕かんとする。が、回避された。そして、またもマナに向かおうとする影を、風の刃で包囲する。近くにはハチプーたちがおり、ここでは、巻き込んでしまう恐れがある。
「彼女のところへ行くのは、僕を倒してからにしてもらおうか」
──僕、カッコよくない? と、遠くにいるマナに視線を向けると、ゴミでも見るように一瞥された。そんな目もいい。
ともかく、儀式が終わるまでは何とかして、持ちこたえなければならない。だが、果たして、この歌はあと、どれだけ続くのだろうか。
横から投げられたナイフを、水流で反らし、ついでに敵自身も、水の流れに巻き込み、地面に引きずり下ろす。通路が埋まるほどの水を流し、しかし、横たわる人々は巻き込まないように、注意する。
「君、この歌があとどれだけ続くか知ってる? てか、なんで聞いてても平気なの?」
当然、その言葉は無視され、水の流れは熱量により、一瞬で蒸発させられた。もう少し城から遠ざけたかったが、これ以上は無理そうだ。
「……それ、熱くないの?」
敵の姿が隠れるほどに、蒸気が立ち込めており、離れた僕にまで熱気が伝わってきた。完全なる蒸し風呂状態だが、平気らしい。僕は距離をとり、マナの方に背を向ける。
狭い通路で色んなものに配慮しながら戦うのは苦手だ。広い場所で、何も考えずに戦うのは得意だが。
お互いに相手の出方をうかがう。そんなことをしたところで、僕には何も分からないが、雰囲気だけは出しておく。
戦いの基本は、城で暮らしていたときに嫌というほど叩き込まれた。しかし、運動神経と飲み込みと頭の悪さが手伝って、本当に基本しか分からなかった。基本を極めるほどの根気も、僕にはなかった。だって、痛いし、つまらないし。
ところで、たまに、基本が通じないやつがいるということを、僕はたいして強いわけでもないが、よく知っている。まさに、目の前の相手だ。どういうことかと言えば、
「まずは、相手をちゃんと見る。──基本中の基本だけど」
それすらできない。なにせ、相手の動きが速すぎる。自分が同じ速度で飛べるからといって、それを目で追えるかと言われると、話は別だ。僕は遮るもののない、見晴らしのいい場所しか飛ばない。つまり、よく見えないまま飛んでいるのだ。
「はあ、考え疲れた……」
考えるのは、向いていない。だから、あれこれ考えるのはやめた。それでも、攻撃に対処することはできるだろう。咄嗟の攻撃に反応できるのは、ある種、本能だ。そこだけはよく誉められたので、自信がある。それに、反応するためにも、できるだけ、余計なことは考えない方がいい。
「──っ!」
瞬間、視界から敵が外れる。背後をとられたと感じ、咄嗟に氷の盾を造形。土壁で自分と敵を一緒に囲む。
背後の攻撃を弾き、退路も絶つ。
「本当に僕を倒そうと思ったの? それは無理だと思うけど」
歌はこの壁の中まで届く。耳栓ごときで塞ぐことは不可能だろう。やはり、意志の強さか。
空に逃げ場を作るまいと、僕は天井を氷で覆っていた。光は入ってくるから、敵の姿は見える。
「次に、相手の攻撃に当たらない。それから、逃げない、逃げさせない。これは、負けない条件らしいよ。分かりやすくない?」
僕は魔力を溜め、この空間を青い炎で満たす。青色は熱いのだったか、冷たいのだったか。
その炎で敵をまるごと包み込み、
「は!?」
直後、僕は驚きに表情を歪めることになる。炎に包まれているにも関わらず、少しの反応も見せなかったのだ。
「ねえ、燃えてるけど!?」
敵は肌がじりじりと焼けていくことなど、気にも留めていない様子で、ピクリとも動かず立っていた。直後、炎を水ですべて消し、傷もすぐに治療した。
──なんてやつだ。
「わぶっ!」
目に土を飛ばされ、僕はそれを手で払いのける。空いた胴に攻撃が来そうだと直感し、風で自分自身を動かして反対に避ける。
土壁を破壊してマナの元に向かわれるとマズイと判断し、造形した氷の巨木を風の魔法で、頭を潰す勢いで振り回して、敵の意識をこちらに向ける。
──しかし、氷の木は拳により、半ばで折られた。
「強すぎない? え、氷だよ? でっかい木だよ? 折れるとかさ、普通、思わないでしょ……」
折れた氷の木が壁を伝って回転し、自分に当たる前に、僕はそれを最低限の温度で溶かして、水溜まりに変える。氷が〇度で溶けるのは、さすがに知っている。
「君、人間じゃないでしょ。魔族だよね」
分厚い氷を素手で殴って止められる人間など、そうそう存在しない。いや、マナなら軽くやってのけそうだが、あれと同等の強さの人間など、いるはずかない。人類最強は間違いなく、彼女なのだから。上には上がいるの、その頂点なのだから。
もし、彼女に並ぶ強さの存在がいるとすれば、それは間違いなく、魔族だ。まあ、この敵は、マナと比べるまでもなく弱いのだが、それでも、人間の強さではない。
「僕、昔、マナに勝ったんだけどさ、どうやって勝ったか、聞きたい? てか、聞いて?」
敵は、お返しだと言わんばかりに、空間全体に無数の氷の氷柱を生み出し、鋭い方をこちらに向けてくる。長く鋭く、──全部同じ形をしていた。洗練されていて、綺麗だ。
聞いてくれる気はないらしい。
「めちゃくちゃ鍛練してきたんだね、君。でも──」
氷の刃に、歪な形の氷をぶつけて、相殺する。
「努力は才能に勝てないんだよ」




