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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第一章 ~願いの手紙~
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2-40 一緒に来ていただきたい

「あれって、トイス?」


 マナは頷いて肯定する。紫髪にオレンジの瞳で、両腕に収まるくらい小さなトイスが、柵付きのベッドに寝かされていた。傍らには、若き女王とおぼしき女性が座っている。


 そして、女性は小さく息を吸い、歌を紡ぐ──、


「……これは酷いわね」


 選曲はこの国の人なら誰でも知っている、ルスファの国歌。しかし、どう聞いても、聖書の音読にしか聞こえない。


「子どもトイス、一瞬で寝たわよ」


 聞いていて眠くなる歌声ですよね。と、マナは共感を求めてきた。まさに、その通りだと思う。


「おかあさま」


 すると、まだ、二、三歳くらいのマナが、母親のズボンの裾を軽く引っ張る。さすが、幼い頃から、群を抜いて、可愛らしい容姿をしている。


「どうして、おかあさまはそんなにお歌が下手なのですか?」

「うわっ、はっきり言ったわね……」


 私は思わず、表情を歪める。マナは小さい頃のことは仕方ないとでも言いたげに、そっぽを向いた。しかし、マナのことだ。この頃から、まだ幼いから許されると自覚していた可能性はある。その証拠に、幼いわりに、マナははっきり話しているし、これを撮影しているのは、マナのようだし。


「そう? 子守唄としては優秀だと思うけれど」

「おかあさまは歌っているのではありません。ただ歌詞を読んでいるだけです」

「へえ……言ってくれるじゃない。そんなこと言うなら、マナが代わりに歌ってくれる?」


 マナは頷いて、眠っているトイスの横で歌う。


 歌うのは国歌ではなく、そこそこ有名な子守唄。その歌声は、まるで天使のさえずりのようで、私は思わず聞き入ってしまった。母親も、トイスを起こさないよう、小さく拍手をする。


「あなた、お歌も上手なのね。すごいわ、マナ」

「ありがとうございます」

「蜂歌祭では、マナが歌ってくれる? あなたは、女王になるのにふさわしい子だから」

「はい。国の皆様のために、がんばります」

「約束よ?」

「はい、約束です」


 そこで映像は打ち切られ、指輪は引き出しの元の位置にしまわれた。


「──お母さんとの約束でもあるわけね」


 マナはこくっと頷く。一瞬、鞄の中の小ビンのことを言ってしまうという考えが頭をよぎるが──言わない。命がかかっているのだ。言えるはずがない。これから一生、野菜や果物を食べられないとしても、魔法植物を見られなくなるとしても、絶対に言わない。


 女王にならないことを選んだのは彼女自身だ。だが、歌うという選択を奪うのは、私。私が、れなの言葉を、この身を持って否定する。


 これ以上話すことによる進展もないだろうと判断し、私はさらに、話題を変える。


「そういえば、爆破テロの犯人って捕まったの?」


 マナは首を横に振る。いつ確認したのだろうと思わずにはいられないが、どんなときでも完璧なのがマナだ。それくらいの情報は頭に入っているらしい。


「結局、犯人は一体、何がしたかったのかしら。本当に腹立たしいわね」


 ──死者三五四人。内、人間三五一名、魔族三名


 と、紙には書かれていた。被害は甚大だ。


「人間を狙った魔族の犯行、とも考えられるけど、それなら、魔族に被害は出さないはずだし」


 魔族の仲間意識は強いので、こんなことに巻き込んだりはしないだろう。殺人事件も滅多に起こらない。まあ、処刑されるのが怖いからというのも理由に挙げられるけれど。すると、マナが紙を見せてきた。


 ──人間の犯行だと思います。それも、王族に何かしらの恨みを持った。


「王族に恨み? 信用を損なうためにやったってこと?」


 ──国は被害に合われた方たちの対応に追われています。ですが、三五四人もの方が亡くなられているため、十分に手が行き届いていないのが現状です。


 私はそれを読んで、死者の数に、少しだけ違和感を覚える。


「もしかして、魔族もそっちで対応してるわけ?」


 マナは、


 ──当然です。

 ──私たち人間のせいで、苦しい思いをさせているのですから。


 と、綴った。もしかしたら、魔王が動いたのはそれに恩を感じたからかもしれない。よく知らないけれど、 義理堅いイメージがある。


 そして、私は、来るときと今で、王都に対する印象が全く異なっていることに気がついた。


「あたし、本当に馬鹿だったわ。てっきり、王都は魔族を忌み嫌っているとばかり思っていたけれど、全然、そんなことなかったのね」


 マナは首を横に振って、紙を差し出してきた。


 ──まなさんは、間違っていません。国王が崩御するまで、王族の魔族に対する偏見は、それはそれは、酷いものでした。


「代理王のエトス様が国を変えたってこと?」


 しかし、マナはその問いかけには答えようとせず、ただ、私に微笑みかけただけだった。


 そのとき、扉がノックされた。マナは口をぱくぱくさせたあとで、少し面倒くさそうに扉に向かい、解錠した。鍵穴もそれらしいつまみも見当たらなかったが、おそらく、最新の、魔力で個人を特定する仕組みが採用されているのだろう。


「こんな時間に申し訳ございません。大変なところ恐縮ですが、玉座の間まで、来ていただけますか?」


 焦りを隠しきれていないセレーネのために、マナは急いで部屋を出る。


「クレイアさんも、一緒に来ていただけると助かります」

「……あたしも?」


 人間の国の有事に、まさか私が呼び出されるとは思わなかった。ただ、言葉の丁寧さのわりに、セレーネの口調は強めだ。拒否権はないと思った方がいいだろう。


 私は鞄を肩から下げて、マナとともに玉座の間に向かった。

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