2-39 方法を見つけたい
玉座の間にたどり着き、私たちはエトスと話す。
「──声が出なくなった? 本当なのか、マナ」
マナは首肯する。さすがに、私から離れ、姿勢を正していた。エトスがいつものマナを見たら黙っていなさそうだ。
「風邪ではなさそうね……誰かにやられたの?」
傍らに立っている女性──おそらく、マナやエトス、トイスの母親だろう──が、心配そうな顔で尋ねる。マナは首を横に振り、分からないという意を示す。
「そうですか……。蜂歌祭のことをよく思わない方がいらっしゃるのでしょうか?」
今度は、赤髪に黄色の瞳の女性が、心配そうな様子で言った。そうではないと、否定したかったが、余計なことは何も言わずに、私は話の行く末を見守る。
「とりあえず、今日は、ゆっくりお休みなさい。明日までに、私たちがなんとかするから」
女王は優しい笑みを浮かべて、マナに歩み寄り、抱きしめる。
「不安に思っていることでしょう。でも、声は必ず取り戻してあげる。だから、大丈夫」
マナはそれをやんわりとほどいて、一歩下がり、お辞儀をする。そして、私たちを一瞥し、踵を返す。ついてこいと言っているのだろう。そのとき、
「榎下朱里。お前はここに残れ」
「エッ。えーっと、何のご用でしょおか……?」
「言わずとも分かるだろう? 説明してもらうぞ、色々とな」
「マ、マナ……ヘルプ……」
マナとともに部屋を出ようとしていた私は、彼女から紙を受け取り、視線で読み上げるように促される。
「甘えるな。──だそうよ」
「ああ、待っ──」
扉が閉まり、あかりの声は聞こえなくなった。
「……部屋に戻る?」
マナの首肯を合図に、私はエレベーターを使って、最上階手前まで上がる。やっと、エレベーターが使えた。
エレベーターの前で、セレーネとルナが出迎えてくれる。
「あれー? あかりさんはどこですかー?」
「おおかた、エトス様に捕まったのでしょう。あかりさんの悪い噂は、王の耳にも入っているはずですから」
「悪い噂って?」
セレーネの言葉に私が尋ねると、その場の全員が黙秘した。マナは声が出ないが、出たとしても黙っていただろうと、私は勝手に推測する。
「……こちらの話です。さあ、どうぞ、奥へ」
セレーネに話を流されたことに言及はせず、私はマナの部屋へ続く階段の前で立ち止まる。
「あたしも入っていいの?」
「はいー。ガラスは直しておきましたー。門番にも説明済みでーす」
ルナがほのぼのと答える。不法侵入したばかりの相手に、どこまで寛大なのだろうか。今に始まったことではないけれど。
「ちなみに、どんな説明だったの?」
「たまたま、空を飛んでいて、偶然、魔力探知をしたら、マナ様が倒れているのが分かったから、思わず飛び込んだ、と。そう、あかりさんからお聞きしましたが?」
「ああ、そう……」
セレーネの言うことは、いかにも嘘らしく聞こえるが、果たして、エトスは信じたのだろうか。まあいいけど。
すると、不意に、ルナが口を開く。
「マナ様にまなちゃんですかー。おそろいですねー」
「え、ええ、そうだけど、この流れでそれ言うの?」
そのとき、マナがぐいっと、私を引っ張った。どうやら、早く部屋に戻りたいらしい。
「──失礼するわ」
「はい。引き続き、この場所は護衛しておりますので」
「何かあったら、呼んでくださいねー」
そうして、私とマナは最上階の部屋に戻ってきた。マナは魔法でペンを走らせる。
「何? ここに泊まっていけって? ……一応、れなに許可が取りたいんだけど」
そういうと、マナはまたどこかに念話しているのか、静かになった、そして──親指をぐっと突き出す。許可がとれた、ということなのだろうか。念話の相手が私でなくても許可するあたり、二人の信頼関係はなかなかのものだ。
「──まあいいけど。それで、何か話でも?」
我ながら、誤魔化すのが上手いと思う。マナに紙と視線で問い詰められても、私は、顔色一つ変えなかった。
続いてマナは、声が盗られた理由について私に尋ねる。
「……なんでって、あたしが知るわけないでしょ。でも、わざわざこの日を狙ったってことは、やっぱり、明日のお祭を中止するためなんじゃない?」
すると、マナは紙にこう書き綴った。
──私が女王でないから、何か不都合があるのではないでしょうか。
さすがだと思う。そうして、黄色の瞳で真っ直ぐ見つめられては、私も上手く嘘がつけない。だから、それに肯定も否定もせず、無理やり話を変える。
「ハニーナについて、詳しく知りたいんだけど」
私の頼みに答えて、マナは本棚から一冊の本を取り出し、あるページを開いた。
「世界中のハチプーたちを統べる女王。契約に従い、三百年に一度、ボイスネクターを求めてルスファの王都、トレリアンに姿を見せる。彼女とハチプーの働きにより、私たちは日々、様々な魔法野菜、魔法果物を目にすることができる。……つまり、豊作を感謝するお祭ってわけね」
マナが無言で頷く。もし、女王の歌が届けられなかったら、魔力を得て育つ魔力植物は、育たなくなり、先三百年は普通の植物だけで生活することになるかもしれない。そうなれば、
「もし、マナの声が戻らなかったら、世界が飢饉になるかもしれないわね」
だから、歌わなければならないのだと、マナは紙に綴り、目で訴えてきた。
「本当の女王の歌声じゃないと、ハニーナに命を奪われるって書いてあるわ。それに、ハニーナの機嫌を損ねたら、どのみち、同じ結果になるかもしれないし」
それが、世界のためになるかもしれないのなら、それで構わないと、彼女は記した。自分を犠牲にする覚悟など、とうにできているとでも言うように。
「自分をもっと大切にしなさいよ」
──国民の幸福こそが、私の願いであり、幸福です。
きっとその思考は、簡単に変わるものではない。それは一見、美しくも見えるけれど、自己犠牲でもある。
「……あっそ。あたしは、マナには生きててほしいけどね」
なんともなしに言ったその言葉に、マナの瞳が、少しだけ、揺らいだような気がした。とはいえ、それは些細なものであり、気のせいだったかもしれない。だから、私は、気づかなかったふりをした。
「あんたも救われて、ボイスネクターも作れるような方法があればいいんだけど」
どちらにせよ、今、マナが女王とならない以上、それは叶いようがないのだけれど。
「あんたのお母さん、本当に音痴なの?」
それは先刻、あかりから聞いたことだが、事実かどうかは甚だ、疑問だ。その問いかけに、マナは露骨に表情を歪める。珍しい反応だ。
すると、マナは引き出しを開け、その中に陳列された宝石の中から、ある指輪を取り出し、私の目の前に差し出す。
──直後、景色が変わった。




