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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第一章 ~願いの手紙~
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2-28 穴があったら入りたい

「入れ」


 その言葉に素直に従い、私は冷たい床へと足早に進む。兵士は鍵をかけると、トイスを残して先に去っていった。


「蜂歌祭が終わったら、ここから出すようにと、王からの命令だ。荷物はあそこに置いておく。ナマモノ等あれば配慮する」

「何その微妙な配慮……。食べ物も飲み物も入ってないわ。お気遣いありがとう」


 お弁当も完食したし、水筒も空になっていたはずだ。唯一あるとすればトンビアイスだが、中にいるまゆを見られるよりはましだ。


「そうか」

「ここで三日間、過ごすわけね」


 そうして、すぐに飽きそうな牢屋の中を見渡していると、トイスがまだ残っていることに気がつく。


「早く戻った方がいいわよ」

「……裏切ったこと、本当に申し訳ないと思っている」


 そう思うなら裏切らないでくれる? と言いたい気持ちを抑えて、私はため息をつく。


「やっぱり、あんたもマナが王になるべきだと思う?」

「当然だ」

「そう。それなら、謝る必要はないわ。お互いの主張を通そうとしただけだし。別に間違ったことは言ってないでしょ。裏切りに関して言うなら、あんたは命じられただけ。王命なんて、断れないだろうし。まあ、強いて言うなら、気づかなかったあかりが悪いわね」


 私は床の砂埃を軽く手で払い、腰を落ち着ける。すると、トイスが大きな目をさらに大きくして、こちらを見つめていた。


「驚いたって、顔に書いてあるけど?」

「てっきり、激昂して、罵倒されるものだとばかり……」


 そんなことだろうと思った。そもそも、ここまで上手くいくはずがないと、早く気づくべきだったのだから、むしろ、こちらのミスだ。トイスを責める理由はどこにもない。


「早く行きなさい。それから、今度、王都を訪れる機会があったら、どこか楽しい場所でも紹介しなさいよ」


 まゆが楽しめるような場所がいい。まゆはどこへ行っても楽しんでいるけれど、せっかく王都まで来たのに、行き先が牢屋だけなんて、なんとも寂しすぎる。


「……おう」


 そう、返事だけ残して、トイスは今度こそ去っていった。私は首だけで、辺りの様子をうかがう。これだけ警備が厳重な場所で捕まる人は、極悪人か、よっぽどの馬鹿だけだ。とはいえ、捕まっているらしき人は、ここに入るまで一人も見かけなかったけれど。


「何とかして、脱獄できないかしら」


 まゆはまだ寝ているらしい。トンビアイスがあれば、まゆは生きていけるので、たいして心配はしていない。アイスはぐちゃぐちゃに溶けているだろうが。


 しかし、まさか、こんな形で捕まるとは、思ってもいなかった。日が当たらない地下牢の床は、ひんやりと冷たい。温度だけのせいではなく、人が周りにいないからというのもある。


「壁は叩いても壊れそうにないし……床石を外して穴を掘るのも無理そうね」


 リュック以外の荷物は取り上げられなかったが、それだけ、自信があるということだろう。私の腰には対モンスター用のナイフがぶら下がったままだが、見張りはたったの一人。こちらに割く人員は無駄だと判断されたのだろう。


「やっぱり、鉄扉だわ……。監視のために、上の方だけ鉄格子がついてるけど、窓もなさそうだし……これ、脱獄とか、無理だわ」


 砂ぼこりで汚れた床に、自身が汚れるのも構わず、私はごろんと寝転がる。そうして、冷たく固い床の感触を手で味わう。──懐かしい感触だ。


「あたしって、幽閉される運命なのかしら」


 見張りからの返事を期待してみるが、トイスとは違って、囚人に対してあまり友好的ではないらしい。声は響くので、聞こえていないはずはないのだが。間違ってまゆが返事をしたら困るので、私は、それきり、看守には話しかけないことにした。


「……面白味のない天井ね」


 することもないので、私は眠ることにした。


***


 懐かしい夢を見た。できることなら、忘れてしまいたい。しかし、どうしても、忘れたくない。そんな夢だ。床の感触も、冷たい空気も、似ていたからだろうか。


──お前のせいで、彼女はこんな目に合っているんだ


──ごめんなさい、ごめんなさい


──死にたい


 はっと目を覚ました。無意識に強く握られていた右腕を解放し、疲労感の残る左手をぶらぶらさせる。


 そうして、しばし、腕で目を覆い、暗闇に身を任せる。上を向いていても、目を押さえていても、涙が溢れそうだった。肺が小さくなったかのように、上手く息ができない。目の回りが熱い。そうして、気持ちが落ち着くのをただ、じっと待った。


「──大丈夫?」


 ようやく落ち着いてきた頃、そう声をかけられ、私は相手を確認もせずに答える。


「……ええ。少し、いいえ、だいぶ夢見が悪かっただけよ。できれば、ふかふかのベッドで寝たいわね」

「強がってるところ悪いけど、僕のこと分かる?」

「は? 知らない……げっ」


 声のする方へ顔を向けると、琥珀色の長髪が目についた。そこに切れ長の黒目と、見慣れた笑みが加われば、当てはまる人物は一人しかいない。


「あかり……」

「やっと起きたね。大丈夫?」

「──あたし、何か言ってた?」

「なんかね、泣きながら謝ってたなあ」

「……忘れなさい」

「ええ、どうしよっかなあ?」


 一番嫌なところを見られてしまった。一体、いつから見ていたのだろうか。私は目元を手の甲で拭い、赤い目で、きっ、とあかりの顔を睨み付ける。


「忘れなさい! 誉めちぎるわよ!」

「それはやめて!」


 そうして契約を成立させ、私は背中についた砂を払う。払いきれていないだろうけれど、仕方がない。


「今、何時?」

「多分、午後六時くらい。牢屋にご飯持ってくのが見えたから、見張りとその人と、倒しちゃった。しばらく起きないだろうから、ゆっくり食べなよ」


 差し出されたお盆には、パンが一つに牛乳が一本──そこに、野菜に肉に乾燥させたスープと、わりと、バランスのとれた食事だ。むしろ、いつも食べている量よりも多い。加えて、手を拭くシートもついてきた。


「牢屋って、意外と待遇がいいのね……」

「わりとね。やることがなくて暇、っていうのさえなければ、最高だと思う」

「牢屋は宿じゃないわよ」


 あかりの態度は、まるで、牢屋に何度も入ったことがあるような感じだ。本当は一度も入らないのが普通なのだけれど、慣れている、という雰囲気が漂ってくる。まあいいけれど。


 食事をする前にと、扉の吹き飛ばされている牢屋から出て、まゆの様子を確認する。チャックは開けておいたので、酸欠にはなっていないだろうけれど。


「……まだ寝てる」


 窮屈そうに縮こまって、死んだように眠っていた。何時間もこんな中で、よく寝ていられるものだ。トンビアイスは案の定、溶けていた。


 ちなみに、監獄食は普通に美味しかった。

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