2-26 追っ手から逃げたい
「あかりさんから入ってくれ!」
「足が遅いからね!」
「まゆ、鞄に入って」
「むにゃあ……」
まゆは半分寝たまま、ソファから転がり落ちて鞄に入る。それを背負って、私はあかりの後に続く。その後ろにトイス、レックスと続く形だ。階段を降りると、一本の通路が広がっていた。道幅は広めにとられており、私はあかりを追い越して、さらにトイスが私を追い越していく。
「相変わらずおせえなぁ」
「これでも頑張ってるんだって!」
「今に始まったことじゃないわ。どうこう言っても仕方ないでしょ」
隠し扉自体は上手く作られているので、簡単には見破られないと思うけれど。いつ見つかるか不明だ。
「それで、どうするんだ?」
トイスが並走して尋ねてくる。
「どうするって?」
「方法があるって言ってただろ?」
「ああ、王様に直談判するって話?」
「……今、初めて聞いたんだが」
思った以上に、トイスの反応は芳しくない。とはいえ、私は国政については詳しくないので、なぜトイスが嫌がるのか、その理由は知りようがない。それを察してか、トイスが説明してくれる。
「代理の王っていうのは、第一王子、つまり、兄さんのことだ。兄さんは、昔から頭が固い真面目な人で、自分の意見を曲げない、意志の強い人だ」
「……説得に応じてくれないってこと?」
「俺の個人的な意見だが、不可能だと思う」
「あんた弟でしょ? 弟の頼みも聞いてくれないわけ?」
「……俺は、今まで一度も、喧嘩で兄さんに勝ったことがない」
「一度も、ね──」
手加減知らず、頑固、意志が強い。そんな単語が頭に浮かぶ。果たして、どうやって説得するべきか。
「あかりとレックスは、頑張ってマナを見つけてきなさい」
振り返ると、あかりは遠くから手を挙げて、了承の合図をしていた。
「二号とトイスはどうするんだ?」
あかりと離れすぎないように遅めに走っていたレックスが、少し距離を詰めて問いかけてくる。
「あたしたちは王様のところに行ってくるわ。直談判してくる」
そう言うと、レックスは苦虫を噛み潰したように、露骨に表情を歪めた。
「あんたも反対? 譲るつもりはないけれど」
「いや、そういうわけじゃない。──ちょっと、嫌なことを思い出しただけだ。よし、行ってくる!」
そう言って、レックスは速度を上げ、あっという間に私たちを追い越していく。
「マナ並に速いわね……」
「マナさん、もしかして、レックスさんのことも知らないのか?」
「普通じゃないことくらいは分かるけど? 何、そんなに有名な人?」
トイスは、静かに口元をひくつかせた。そんなにおかしかっただろうか。
「レックス・マッドスタ。──彼は、先代魔王を討伐した、勇者だ」
何が来ても驚くまいと思っていたが、その自信は、粉々に砕かれた。レックスが勇者だということより、さらに驚くべき事実が、そこには隠されていたからだ。
先ほど、そんなレックスをやり込めた人物がいるのを、私は知っている。
「ってことは、あかりは──」
「その通り。あかりさんは、魔王を倒す役割を背負った勇者だ」
「……ええー」
マナが女王だと知らされた時以上に、私は落胆した。全身の力が抜けそうなところを、何とかこらえて足を進める。
「隠し扉だ!」
「いたぞ!」
「──聞きそびれてたけど、なんであたしたち追われてるわけ?」
「言ってなかったか? 空には壁の高さに結界が張られてて魔法が使えない。門は通れない。だから、あかりさんは壁を壊したんだ。そして、地面付近を飛んで逃げてきたらしい」
「なんとかするって、なんともなってないじゃない、あの馬鹿……!」
落胆を憤怒に変え、消えかけた意気込みに再び火を灯す。それを燃料にして、私は徒歩三十分の道のりを、ただひたすらに駆けた。
***
「はあっ、はあっ……」
「大丈夫か?」
「全然……、大丈夫じゃ、ない……!」
徒歩三十分の道のりは長かった。体力が持たない。途中からペースを落として走ったが、結局、一定のペースで走り続けていたあかりに追いつかれた。結局、追ってきた兵士はあかりが倒した。
「あんた、疲れたりしないわけ……?」
「体力だけはね。こう見えて夜とか走ってるから」
「あっそう……。先に行って……」
「はいはい、お任せを」
階段を上って出た先は、広い部屋だった。広い部屋というと語彙が乏しいように感じるが、何も置かれていない、本当にただの広い部屋だった。
床には使用人と思われる人たちが転がされていた。レックスかあかりがやったのだろうか。
「昔は姉さんの部屋だったんだ」
「広すぎない? あたしが住んでる宿舎の部屋、全部合わせても足りないくらいよ」
「こんなもんだろ。行くぞ」
トイスについて外に出ると、床で何人もの兵士たちが伸びていた。私は踏んだり跨いだりしないようにしながら先へ進む。
「──本当にいいんだな?」
「どういうこと?」
立ち止まって振り返ったトイスに、私は足を止めて質問を返す。
「俺たちは侵入者だ。話を聞かずに投獄されてもおかしくはない」
「別に、あんたは侵入者でもなんでもないでしょ。あたしに脅されてたってことにしておきなさい」
「そういうわけには……」
「王子が女王の逃亡に加担した、なんて知られたら、国中大騒ぎよ。まあ、女王逃亡の時点で、国の信用はないに等しいかもしれないけれど」
「しかし……」
「それで、次はどっちに進むの?」
トイスを無理やり進ませて、重厚な扉の前にたどり着く。傍らに、扉を守っていたと思われる兵士も倒れており、扉は開け放されていた。しかし、その向こうからは音がしない。全員倒してしまったのだろうか。
「マナを探してくるようにって言ったのに……」
「本当に、いいのか?」
「ええ。マナの考えを聞いておきたいし。今さら引き返すわけないでしょ」
私は扉の前で立ち尽くすトイスを置き去りに、扉の隙間から中へと入る。一人ではとても動かせそうにない重量感だ。開いていて良かった。




