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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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番外編 三度目の破壊9

 話の終わりに、彼はこんなことを言った。


「こいつ、双子の妹がいるでしょ?」

「あかねさんのことでしょうか」

「それそれ」


 今頃、彼女も、私とあかりの安否を気遣っているかもしれない──。


「今話したこと、全部、あいつのせいなんだ。あいつがこの世にいる限り、こいつは永遠に、心を殺さないといけない」


 すべて彼女のせいだと聞いたとき──私は妙に腑に落ちるような感触を覚えた。彼女と話していると恐怖を感じる瞬間があるのだ。答えが綺麗すぎるというか、あまり感情が込もっていないというか。


「しかし、それは本当ですか?」

「……マナは、あかねがあかりから離れたところを見たことがある?」


 答えは否だ。正確には、一度だけあるが、その一回を除いて、二人はいつも一緒にいる。その違和感は、私も前々から抱いていた。


 なにせ、寝る部屋も一緒なら、起きてからもずっと一緒にいる上、なんと、風呂まで一緒だ。十三の男女が、いくら双子だからといって、そこまでずっと一緒にいるのは、どう考えてもおかしい。


「ないでしょ? あかねはね、見張ってるんだよ。こいつのことを」

「見張っている……?」

「そう。隠し事ができないように、ずっと監視してるんだ。彼女は、彼のことなら、なんでも、知っていたいみたいだから。もちろん、彼を支配するためにね」


 その発言には、さすがの私も一瞬、返す言葉を見失う。あかねは一見すると、普通のいい子に見える。


 だから、普通の人なら、簡単には信じなかっただろう。


「そうですか」

「信じてないかもしれないけど──」

「信じます」

「……え? 嘘、もう信じたの? さっきまで、あんなに疑ってたのに?」

「それはそれです。ただ、出会ったときから思っていたんです。あかりさんがあかねさんを見るときの目。あれは、明らかに普通ではないと」


 思考を停止して、心を捨て、ひたすら道具になることに徹しようとする姿勢。心を閉ざすことで、自分が傷つかないようにし、現状を良くしようと行動することも、何かを期待することもしない。あれは、そんな目だ。


「さすが、お姫様はよく見てるねえ」

「……それで、どうしてですか?」

「どうしてって言うのは、あかねが監視してること? それとも、あかりが大人しく従ってること?」

「そのどちらもです。二人はなぜ、そんな関係を続けて──」

「マナ様、大丈夫ですか? さっきからすごく静かですけど」


 突然、外から聞こえたあかねの声に、クレセリアカリが反応する。恐怖、焦燥、憎悪、憤怒、嫌悪……。様々な感情を煮詰めたような表情を、彼は浮かべていた。


 本物はもっと感情を隠すのが上手いが、やはり、偽物だということらしい。


 私は彼の手錠を外し、呆然とする彼の傍らで、つい先刻、直したばかりのガラスを風の圧力で割る。


「念のため、遮音しておいて正解でしたね」

「……どこまで気が回るのやら」

「ここからは戦いながら話しましょう」

「いや、そんな器用なこと、普通できなくない? ガラス割れるときとか、なんも聞こえないし」

「思念伝達でお願いします」

「二つ同時進行するのはもっと無理かなっ!」


 私は数多、風の刃を造形し、彼に向けてまっすぐ飛ばす。彼はそれを、同じく風で相殺し、すかさず、氷の刃を数本、投げつける。私はそのうちの一つをキャッチし、それによって他の刃を退けたあとで、持っていた一本を投げ返す。


 だが彼は、すでにそこにはいない。後方の気配を感じ取った私は、とっさにかがんで凪ぎ払いを回避し、後方に足払いを放ち──、


「ねえ、これ、絶対話せないって!」

「それで、どうしてですか?」


 今度はつばぜり合いになりながら、私は尋ねる。


「ああもう……! こいつは、わりと、正義感が強いからさっ!」


 相槌は打たず、代わりにハンマーを頭上めがけて振り下ろす。


「妹の親殺しを止められなかったって、ずっと、自分を責めてるんだよ!」

「あ」


 動揺し、振り下ろすハンマーの軌道がずれ、彼の肩に直撃し、鈍い音を立てる。当てるつもりはなかったのに。


 ──そんなことで、自分を責める理由が分からない。あの人は本当に馬鹿だ。


「いったた……」

「すみません、今すぐ治療します」


 彼が痛がる様子は、すでに何度か見てきた。しかし、何度見ても、心が痛む。──笑っているから。


「その、痛いと言いながら笑う癖、何とかなりませんか?」


 最初に彼をはたいたとき。叩かれることが分かっていながら、反応しなかったように見えた。体が強張る様子もなく、目をつぶることもなく、ただ、衝撃が近づいてくるのを待っているような、そんな気味の悪さがあった。


 だから、虫を潰すついでに確かめてみたが、やはり、彼からはおよそ、恐怖というものが感じられなかった。


 あまつさえ、彼は笑ったのだ。あれだけ虫が嫌いだと騒いでおきながら、自嘲するように。


「それは本人に言ってくれないかな。僕にはどうすることもできないよ。無意識だからね」

「なんともできない、ということが分かっただけで、十分です。はい、治りましたよ」


 彼がここに来てから、治療魔法の技術はめきめきと向上した。まあ、もともと高かったが。


 そうして、私は戦闘を諦め、適当にガラスを割りながら話を続ける。


「ありがとう。いい感じに治ってるよ。──ほら、こいつ、馬鹿だからさ、やるなって言われたことをやるタイプだったんだよ。赤信号を渡るとかさ。ところで、赤信号って分かる?」

「それくらい分かります。この世界の科学文明は、あかりさんたちの世界と同じくらい進んでいます。ただ、モンスターや魔王から狙われやすい王都だけは、技術を発展させるのに向いていないんです。最も発展しているのは間違いなく、学園都市ノアですね」


 この国では、王都に近づくほどモンスターが強くなる。モンスターが強いところにわざわざ城を建てたわけではなく、王都があるから、強いモンスターが集まってくるのだ。


 また、王都は元々、魔族の土地であり、戦争の際に人間が勝ち取ったものでもある。そして、魔族は魔法だけで生きていけるため、技術を発展させなかったのだ。


「それで、こいつはまだ外の世界を知らないと。じゃあ、スマホが存在することも知らないってこと?」

「そういえば、お伝えしていませんね。私は外部とのやり取りの際に使うことがありますが、あかりさんの前ではどんな邪魔をされるとも知れないので、見せたことはないかもしれません」

「へえぇ……」


 基本的に仕事で使うだけなので、たいした問題だとは捉えていなかったが、あかりたちがもとの世界でスマホを使っていたというのなら、それは、苦しい思いをさせたかもしれない。


 ──とはいえ、言語の勉強のために、単語を覚えられる絵本を置いておいたので、スマホ、くらいは見たことがあるはずだし、もう書けるはずだ。文法の基礎は教えたし、単語帳も置いて──いや、彼に限って、絶対、読んでいるわけがない。


 それよりも、彼が話題をそらそうとしているのが気になる。まだ何か、言いづらいことがあるようだ。

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