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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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番外編 三度目の破壊8

「こうして、得体の知れない何かに取り憑かれたあなたは、自分の過去について話し始めました」


 僕は、そこで、待ったをかける。


「いや、ちょっと待って。──過去って、どこからどこまで聞いたの?」

「それを聞いたら、また倒れてしまうかもしれませんよ」

「そのときは優しく介抱して」


 愛は、思わず魅入ってしまうほど、美しい微笑を湛え、言葉を選んで口を開いた。


「……そうですね。少なくとも、あなたの口から聞いたことはすべて」

「ってことは、親、殺される、食べる、吐く、の下りも?」

「聞きました」


 それは、つい最近まで、言わないようにしてきたことだった。親を食べたなんて聞いたら、誰でも嫌悪感を抱くだろう。すごいパワーワードだなと思う。


 ただ、分かっていることではあったが、愛はそれでも僕を遠ざけたりしなかった。その優しさに今までどれほど甘えてきたことか。


「じゃあ、車椅子だったことも、学校に通わせてもらえなかったことも、家から出してもらえなかったことも、嫌がらせされてたことも?」

「はい。知っていました」

「……女の子たちと、その、させられたことも?」

「千人は相手がいたと聞きました。最初はあかねさんから被害を受けたとも。当時は何の話か分かりませんでしたが」

「いや、千はさすがに言いすぎ──」

「一年が一体何日あると思っているんですか?」

「……百日くらい?」

「三六五日です。それが三年と経たないうちに千日を超えるんですよ?」

「うわあ、そう言われると、なんかありそうな気がしてきた……」


 顔と名前を覚えるために、相手の女性──たまに男もいたがそれはともかく──彼女たちのフィギュアを僕は作った。小麦粘土で色までつけて、そこに知っている限りの情報を書き込んでいた。あれも千体を超えていたということになる。


「それから、背中に刺青を入れられたこと、とある組織に引き込まれて拷問や暴力をさせられたこと、下っ端で、殴る蹴るの暴行は当たり前に受けていたとも聞きました。俗に言う、清掃業というやつを請け負っていたと」

「そこまで知ってたんだ。でも、そうやって人から聞くと、僕って結構、可哀想な気がしてくるね」


 それがすべてではないが、刺青は僕の人生でも、トップスリーに入るくらいのトラウマだ。その傷は一生消えることがなく、これのおかげで、愛との婚約もなかなか認められなかった。というか、認められていない。主に、シスコンのお兄さんが、背中の皮を剥いで差し出すくらいのことをしないと、許してくれそうもない。


「私はカッコいいと思いますよ」


 内心を見透かしたように言う愛に、僕は内心、ほっとする。それから、愛は立ち上がって僕の背中に抱きついてきた。


「大丈夫。私がついてます」

「──うん。ありがとう」


 愛の体温をたっぷりと感じ、心が落ち着いてくると、今度は背中に当たる、柔らかい感触の正体に意識が集まり始め、心臓が高鳴るのを感じる。


 ──いやいやいや、いつから僕はこんなにピュアになったんだ? 少し前まで、むしろ何も感じないことを悩んでいたはずだけど? おっと、これはマズイぞ? おっとおっとおっとととー?


 そのとき、耳に息を吹きかけられて、


「ひゃんっ!」


 と、自分でも引くレベルの高音が出た。


「何を今さら、そんなに緊張しているんですか?」

「愛が可愛すぎるのが悪い!」

「そうですか。大変ですね」

「いや、ほんとに色々と大変だから、ちょっと離れて?」

「んー、やだ」

「このままだと死ぬ! マジで死ぬから!!」

「やだ」

「やだ。じゃなくてさ!?」


「──元気になったのはいいけれど、さすがにちょっとうるさいわよ」


 と、隣の部屋からまなの声が聞こえて、僕たちは冷や水を浴びせられたように正気に戻る。ここの壁は壁の役割をしてくれないということを忘れていた。


 愛はまなのお叱りとあって、さすがに素直に聞き分けていた。僕が言っても聞かないのに、格差を見せつけられた気分だ。


「──話を戻すけど、愛はその頃から全部知ってたってことだよね?」

「はい。あれは確か、あなたが来て、まだ一ヶ月も経たない頃でしたね。──そんな短期間で三回もクレセリア像を壊したんですか。こら」

「こらって可愛い……じゃなくて、それは、ほんとに、ごめん。てか、そんなときから? え、じゃあ、知らないふりして話とか聞いてくれたりしてたの? ──愛ってどんだけ優しいの?」

「私の優しさは世界を救います。とはいえ、今、教えてしまいましたが」

「そりゃあ、世界だって救えるよ……」


 むしろ、彼女は、もう少し自分の行いに対して、見返りを求めてもいいと思う。まあ、欲を見せないのが彼女の主義であり、それは解けない呪いのようなものなのだが。


 ──愛にすべてを話したのは、出会って二年経った頃のこと。つまり、彼女はその二年もの間、そっと見守ってくれていたのだ。僕が妹に酷いことをされないように。


 もしあのとき、それを知っていたら──いや。仮にそうだとしても、おそらく何も変わらなかっただろう。


 何があっても、僕は一度、愛と別れるべきだったのだ。

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