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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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番外編 三度目の破壊7

 ──だが、それも含めて、計算通りだ。


 私は剣を手放し、空中に置き去りにすると、あかりの足を、ヒールで躊躇いなく、踏みつけた。


「いったあっ!? 刺さってる刺さってる!」


 逃げられないよう、力は抜かない。抵抗をされても、ここからなら絶対に勝てる自信がある。だから、その姿勢のまま、持ち直した剣を首に突きつけて、問いかける。


「正直に名乗りなさい。これが最後の勧告です」

「せめて零まで数えてよ!」

「誰が五秒待つと言いましたか?」

「騙されたっ!」


 ヒールをぐりぐりとねじると、彼は、また悲鳴を上げ、ついでに両手も上げる。ある程度、手加減はしているつもりだが、なにせ、ヒールで人の足を踏んだことはないので、具合は分からない。


「だから、記憶がないんだって!」

「あまりふざけたことを抜かすと、私も手加減できないかと」

「本当に本当なんだって! 信じてよ!」

「そうやって、あなたには何度も騙されていますから。信用できません」

「それ僕じゃないし! 分かった、ちゃんと説明するから! 足どけて! 痛い!」

「その前に手を後ろに組みなさい。それから、魔法を使えないように拘束もします」

「もうちょっとこいつを信用してあげて!?」


 そうして、手錠を壁に繋ぎ、私は渋々、説明を聞くことにした。一応、防音魔法をかけて。


「僕、元々、自分がどんなだったか覚えてないんだよね」

「言いたいことはそれだけですか?」

「ま、待って。それから、取り憑いてる人の思考をのぞくことができて、自然と性格もその人に似ちゃうっていうか。あ、一応、自分がクレセリアの魂だってことは自覚してるんだけど」


 要領を得ない説明まで、本人そっくりだ。いや、本人よりはまとまっているだろうか。


「──つまり、あかりさんの記憶を見られるということですか?」

「そうそう! てか、こいつの過去に興味あったりするの? 今なら、どれだけでも聞かせてあげるよ?」

「いえ。あかりさんごとき、私にとってはどうでもいい存在です」

「ごときって、すごい言われよう……」


 弱味を握れるという意味で少し興味があったが、そもそも、そんなことをするまでもなかったと、思い直す。


 それよりも、目の前の人物の言葉は、信用できない。主に、顔と声が。


「もしかして、実はあかり本人だと思ってる?」

「いえ。本人でないのは確かです。先の身のこなしを見ればそのくらい分かります。彼はあの性格にして、頭も悪ければ、運動もできませんから」

「事実だから否定できない……。でも、こいつにだっていいところくらい──」

「いいところが一つもない人など、いないと思いますが?」

「その通りだけど! ほら、顔がいいって、それだけですごくない?」

「世間の評価は高いようですが、私の好みではありませんね」

「可哀想すぎる!」


 人から評価されているのだから、私一人に評価されなくても、別に、可哀想ではないと思う。万人に好かれるものなど、この世に存在しないだろう。


 それに、もちろん、あかりにもいいところはたくさん……いくつかはある。本人が気づいていないところも。まあ、本人には、言わないけど。


「仮に、あなたの発言がすべて真実だとして、どうしてあなたはあかりさんに取り憑いたのですか?」

「え? だって、千年くらい封印されてたんだよ? 僕。外の世界とか、普通に見たくない?」

「それなら、私たちを襲った理由は?」

「えええ、先に襲ってきたのそっちじゃん……」


 私はよく考えてみる。


 確かに、彼は私の目の前に移動しただけで、攻撃はしていない。とはいえ、あのときは、明確な敵意を感じ、反射的に反応したと思ったのだが、今は、まったく感じられない。


「まあ、それで良しとしましょう」

「良かったあ……。てか、マナもよく僕に手加減しなかったよね。本当に首が切れてたらどうしてたのさ?」

「彼は勇者ですから、そう簡単には死にません。それに、死んだらそのときです」

「いや、殺さないで!?」


 とはいえ、時計塔の予言は絶対。勇者と魔王はお互いにしかお互いを殺せない。過去数千年の歴史の中に、例外は一つたりともない。過去に魔王や勇者を狙った事例も多々あるが、すべて、失敗している。つまり、記述がない限り、勇者が死ぬことは絶対にないのだ。


「あと、足がすごく痛いんだけど」

「それくらい自分の魔法で治してください」

「冷たい……」


 そんな会話をしながら、私はため息を飲み込む。冷たいと言われたことに対してではない。──ただ、実際のあかりは、私にここまで心を許していないのだ。


 彼が他の人に対して、こんな風に話しているところはよく見かけるが、私だけがいつまで経っても警戒されている。出会ったときからずっとこうだ。


 それが気になって、足を治している彼に、つい、問いかけてしまう。つい先日、なぜか彼から渡された指輪を撫でながら。


「あかりさんは、私が嫌いなのでしょうか?」


 とはいえ、ほぼ確信していた。なにせ、初対面の印象がある。出会い頭に殴られたのだから、少なくとも、向こうにとっては印象最悪だろう。


 ──でも、私にとっては、それまでの悩みのすべてから解放してくれたような気がして、実は、わりと好印象だった。


 だから、できることなら、もう少し、仲良くしたい。せめて、差し伸べた手を取ってもらえるくらいには。


「嫌いじゃないよ。ただまあ、怖いっていうのと──」

「怖い? こんなにも、か弱い私のどこが怖いと?」

「か弱いって言葉の意味、知ってる?」


 クレセリアカリの言葉を遮って質問し、問い返された私は、小さく咳払いをする。──嫌いではなかったのか。


「人の心を勝手に暴露してしまうのは、倫理に反しています。あかりさんの意志がそこにない以上、彼がどう思っているか口外するのはやめてください」

「いや、聞いてきたのそっちじゃん。それに、知りたいんでしょ?」

「知りたい以上に、人としてどうかと」

「今、ここには僕とマナしかいない。それなら、君さえ黙っていれば、誰も傷つかずに済むって、そう思わない?」

「ダメなものはダメです」


 人から相談されて、口止めされている事柄を他人に告げ口するようなものだ。いや、すでに許可もなく心を覗いている以上、いっそうタチが悪い。


「じゃ、言い方を変えよう。──お願い、マナ。彼を救ってあげてほしい。それができるのは、きっと、君しかいないんだ」


 ──そう頼まれると、私は弱かった。


 困っている人を放っておけないのは、ある種の弱さでもあると、自覚はしていた。


 ただ、届くところには手を伸ばしたいと、そう思い、行動することの何が悪いのか。


「まだ、あなたの発言のすべてを信じたというわけではありませんよ」

「信じなくていいし、手錠も外さなくていいけど、今しかないからさ、聞いてよ」

「今しかない? ──分かりました。聞くだけ聞きましょう」


 あかりに取り憑いた何者かは、手錠をつけたまま、静かに話し始めた。

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