番外編 三度目の破壊7
──だが、それも含めて、計算通りだ。
私は剣を手放し、空中に置き去りにすると、あかりの足を、ヒールで躊躇いなく、踏みつけた。
「いったあっ!? 刺さってる刺さってる!」
逃げられないよう、力は抜かない。抵抗をされても、ここからなら絶対に勝てる自信がある。だから、その姿勢のまま、持ち直した剣を首に突きつけて、問いかける。
「正直に名乗りなさい。これが最後の勧告です」
「せめて零まで数えてよ!」
「誰が五秒待つと言いましたか?」
「騙されたっ!」
ヒールをぐりぐりとねじると、彼は、また悲鳴を上げ、ついでに両手も上げる。ある程度、手加減はしているつもりだが、なにせ、ヒールで人の足を踏んだことはないので、具合は分からない。
「だから、記憶がないんだって!」
「あまりふざけたことを抜かすと、私も手加減できないかと」
「本当に本当なんだって! 信じてよ!」
「そうやって、あなたには何度も騙されていますから。信用できません」
「それ僕じゃないし! 分かった、ちゃんと説明するから! 足どけて! 痛い!」
「その前に手を後ろに組みなさい。それから、魔法を使えないように拘束もします」
「もうちょっとこいつを信用してあげて!?」
そうして、手錠を壁に繋ぎ、私は渋々、説明を聞くことにした。一応、防音魔法をかけて。
「僕、元々、自分がどんなだったか覚えてないんだよね」
「言いたいことはそれだけですか?」
「ま、待って。それから、取り憑いてる人の思考をのぞくことができて、自然と性格もその人に似ちゃうっていうか。あ、一応、自分がクレセリアの魂だってことは自覚してるんだけど」
要領を得ない説明まで、本人そっくりだ。いや、本人よりはまとまっているだろうか。
「──つまり、あかりさんの記憶を見られるということですか?」
「そうそう! てか、こいつの過去に興味あったりするの? 今なら、どれだけでも聞かせてあげるよ?」
「いえ。あかりさんごとき、私にとってはどうでもいい存在です」
「ごときって、すごい言われよう……」
弱味を握れるという意味で少し興味があったが、そもそも、そんなことをするまでもなかったと、思い直す。
それよりも、目の前の人物の言葉は、信用できない。主に、顔と声が。
「もしかして、実はあかり本人だと思ってる?」
「いえ。本人でないのは確かです。先の身のこなしを見ればそのくらい分かります。彼はあの性格にして、頭も悪ければ、運動もできませんから」
「事実だから否定できない……。でも、こいつにだっていいところくらい──」
「いいところが一つもない人など、いないと思いますが?」
「その通りだけど! ほら、顔がいいって、それだけですごくない?」
「世間の評価は高いようですが、私の好みではありませんね」
「可哀想すぎる!」
人から評価されているのだから、私一人に評価されなくても、別に、可哀想ではないと思う。万人に好かれるものなど、この世に存在しないだろう。
それに、もちろん、あかりにもいいところはたくさん……いくつかはある。本人が気づいていないところも。まあ、本人には、言わないけど。
「仮に、あなたの発言がすべて真実だとして、どうしてあなたはあかりさんに取り憑いたのですか?」
「え? だって、千年くらい封印されてたんだよ? 僕。外の世界とか、普通に見たくない?」
「それなら、私たちを襲った理由は?」
「えええ、先に襲ってきたのそっちじゃん……」
私はよく考えてみる。
確かに、彼は私の目の前に移動しただけで、攻撃はしていない。とはいえ、あのときは、明確な敵意を感じ、反射的に反応したと思ったのだが、今は、まったく感じられない。
「まあ、それで良しとしましょう」
「良かったあ……。てか、マナもよく僕に手加減しなかったよね。本当に首が切れてたらどうしてたのさ?」
「彼は勇者ですから、そう簡単には死にません。それに、死んだらそのときです」
「いや、殺さないで!?」
とはいえ、時計塔の予言は絶対。勇者と魔王はお互いにしかお互いを殺せない。過去数千年の歴史の中に、例外は一つたりともない。過去に魔王や勇者を狙った事例も多々あるが、すべて、失敗している。つまり、記述がない限り、勇者が死ぬことは絶対にないのだ。
「あと、足がすごく痛いんだけど」
「それくらい自分の魔法で治してください」
「冷たい……」
そんな会話をしながら、私はため息を飲み込む。冷たいと言われたことに対してではない。──ただ、実際のあかりは、私にここまで心を許していないのだ。
彼が他の人に対して、こんな風に話しているところはよく見かけるが、私だけがいつまで経っても警戒されている。出会ったときからずっとこうだ。
それが気になって、足を治している彼に、つい、問いかけてしまう。つい先日、なぜか彼から渡された指輪を撫でながら。
「あかりさんは、私が嫌いなのでしょうか?」
とはいえ、ほぼ確信していた。なにせ、初対面の印象がある。出会い頭に殴られたのだから、少なくとも、向こうにとっては印象最悪だろう。
──でも、私にとっては、それまでの悩みのすべてから解放してくれたような気がして、実は、わりと好印象だった。
だから、できることなら、もう少し、仲良くしたい。せめて、差し伸べた手を取ってもらえるくらいには。
「嫌いじゃないよ。ただまあ、怖いっていうのと──」
「怖い? こんなにも、か弱い私のどこが怖いと?」
「か弱いって言葉の意味、知ってる?」
クレセリアカリの言葉を遮って質問し、問い返された私は、小さく咳払いをする。──嫌いではなかったのか。
「人の心を勝手に暴露してしまうのは、倫理に反しています。あかりさんの意志がそこにない以上、彼がどう思っているか口外するのはやめてください」
「いや、聞いてきたのそっちじゃん。それに、知りたいんでしょ?」
「知りたい以上に、人としてどうかと」
「今、ここには僕とマナしかいない。それなら、君さえ黙っていれば、誰も傷つかずに済むって、そう思わない?」
「ダメなものはダメです」
人から相談されて、口止めされている事柄を他人に告げ口するようなものだ。いや、すでに許可もなく心を覗いている以上、いっそうタチが悪い。
「じゃ、言い方を変えよう。──お願い、マナ。彼を救ってあげてほしい。それができるのは、きっと、君しかいないんだ」
──そう頼まれると、私は弱かった。
困っている人を放っておけないのは、ある種の弱さでもあると、自覚はしていた。
ただ、届くところには手を伸ばしたいと、そう思い、行動することの何が悪いのか。
「まだ、あなたの発言のすべてを信じたというわけではありませんよ」
「信じなくていいし、手錠も外さなくていいけど、今しかないからさ、聞いてよ」
「今しかない? ──分かりました。聞くだけ聞きましょう」
あかりに取り憑いた何者かは、手錠をつけたまま、静かに話し始めた。