番外編 三度目の破壊3
「次、誰話す?」
「誰もいないなら僕が話そう」
誰も話したがらないのを見て、赤髪に緑の瞳の
男、ギルデルドが手を挙げる。
「あれは、僕が六歳だった頃──」
「はい、では次の方」
「ちょっと!? マナ様、扱い酷くないですか!?」
ギルデの語りを愛が強制終了させる。こう見えても、二人は幼なじみというやつなので、さすがに息が合っている。羨ましい限りだ。
「大方、初めて私からプレゼントを受け取ったとか、そんな内容でしょう」
「さすがマナ様! そう、僕はあの日、初めてマナ様からプレゼントをいただいた。あれは、一生の思い出だ……」
結局、話しているギルデに、愛は興味なさげな顔をして、勝ち取ったまなの頭を撫でる。しかし、白髪を撫でられているまなは、ギルデの話に興味があるらしい。
「それで、何をもらったわけ?」
「これだ」
そう言ってギルデがポケットから取り出したのは、その辺に転がっていそうな、何の変哲もない、ただの小石だった。
「え、石じゃん。てか、なんで持ち歩いてるのさ?」
僕は思わず素に返って尋ねる。
「マナ様からいただいた物はすべて肌身離さず身につけるようにしているからだ」
「気持ち悪い」
「それすらも誉め言葉です! ありがとうございます!」
愛から贈られた、最大限の嫌悪に、ギルデはたいそう、嬉しそうな顔をして、頭を下げる。こいつは僕が今まで出会った人の中でもトップを争える変態だ。てか、石持ち歩いてるとか、ほんっとに気持ち悪いなこいつ。
などと考えていると、まなが上──つまり、愛の顔を見て尋ねる。
「マナは、なんで石をあげたの?」
「あの石とギルデルドが似ている気がしたので」
「なるほど。つまり、マナ様は小石を拾う最中でさえも僕のことを考えてくれていたと、いつ何時も、僕のことを頭の片隅に置いてくれていると、そういうことなのですね!?」
「ギルデ、お前、相変わらず、おめでたいやつだな」
石と似ていると言われただけでそう捉えられるのは、ある意味才能だと思う。僕の気持ちはハイガルが代弁してくれたので、特に言うことはない。さっさと次の話に進もう。
「それじゃあ、今度はまなちゃんだね」
「あたしは、別に面白い話なんてないわよ」
「まなさんは存在しているだけで面白くて可愛いです」
「そう思ってるのはあんただけよ」
「俺も思ってるぞ」
「そうなの? ……ありがとう」
「なんで私とその鳥で反応が違うんですか!」
「なんでって言われても……」
「あーはいはい。そのくだりはさっきやったから、終わり。じゃあ、次は僕かな」
勢いでそう言ってしまったが、特に何か考えてあるわけではなかった。だが、皆の意識はすでに僕へと集まっている。
「いやあ、特に考えてなかった」
「……なんじゃそりゃー」
ワンテンポ遅れてハイガルが突っ込んでくれた。そのわずかな沈黙が気まずすぎて、心臓が止まるかと思った。面白い話をしろなんて言い出したのは誰だまったく。
「それなら、昔の話をしてくれないかい?」
……なんか、知り合いの歳上の男から、僕の過去に興味持たれたんだけど、なぜに? 僕、ギルデの過去に興味とか一切ないんだけど。え、分かんない、分かんない、どういう心情? 僕のこと好きなの? 怖。
「いや、何、急に。ギルデがそんなこと言うなんて怖いんだけど」
「実は前々から、君が昔、どんなだったか興味があってね」
──あ、分かった。僕じゃなくて、愛の彼氏に興味があるんだなこれ。うわ、こいつ、相変わらずめんどくさ。
「いやいや、ギルデに話すようなことは何もないけど。てか、ギルデに興味持たれるとか、鳥肌立つからやめて」
「俺も、気になる」
「じゃああたしも」
ギルデに続き、ハイガル、まなまでもが、僕の過去に興味を持ち始めた。ギルデはともかく、二人にまで求められるならと、なんとか、期待に応えるべく、自分の過去に検索をかけ、必死に面白い話を探す。
「じゃ、面白い話ね。えーっと、そうだなあ」
笑ったこと、笑ったこと──。
親を食べてそれを戻したときは、人ってこんなにも吐けるんだ、って笑えたなあ。いやいや、さすがに重すぎて笑う。
刺青入れられたときに、痛すぎるのと、抵抗できない自分が惨めすぎるのと、無力すぎて全部あきらめたのとで、一周回って笑えたとか? いや、刺青があるという事実を広めたくないし、どのみち重い。
一旦、妹から離れて──ああ、僕ずっと、監視されてたんだった。
男娼を強いられて、家では練習とかなんとかで襲われて、それから──あ、ヤバい。
「はあ、はあ……っ」
呼吸の制御ができない。苦しい。気持ち悪い。皆が見てる。早く、落ち着かないと。落ち着け。落ち着いてくれ。頼むから──。
「吸って、吐いて──」
その美しい声に従って、深い呼吸を繰り返す。十分に落ち着くまで、ゆっくりと、時間をかけて、呼吸をする。
見ると、揃って心配そうな顔をしているのが見えた。そんな顔ですら今の僕には毒だが、その優しさを無下にするわけにもいかない。
「なんてね、はは、ごめんごめん、変な空気にさせちゃって」
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。それで、面白い話だったよね。あ! この間、卵を割ったら双子で、さあ……」
言い終えてから、しまったと気づいたが、時すでに遅し。
幸か不幸か、そこからの記憶はない。
***
──目を覚まして、しばらく、天井を見つめることだけに意識を向ける。我ながら地雷が多いな、などと考えながら。
「だっさ……」
「起きましたか?」
すぐそこで声が聞こえて、部屋に愛がいることに気がつく。彼女は敬語のときと、そうでないときがある。今は前者らしいが、僕はどちらも可愛いと思っている。むしろ、使い分けているのがいい。
「どのくらい寝てた?」
「一時間程度ですね」
「そっか」
過呼吸からの失神という、流れるような気絶の仕方だ。場合によっては、泣き叫んだりしていたかもしれないが、唯一、記憶がないことだけが救いだ。
──愛には、妹への復讐を諦めると言ったが、諦めたところで、トラウマが乗り換えられるわけじゃない。これに一生、苦しめられ続けるのかと思うと、本当に諦めるのが正解なのか、分からなくなる。
「何か食べますか?」
「食欲はないけど、愛の手料理は食べたいなあ」
「冷奴でいいですか?」
手料理……手料理と言ってもいいのだろうか。うーむ。食欲的には冷奴で構わないのだが、僕には見たいものがあった。
「エプロン姿で、包丁とフライパンを使ってる愛が見たいなあ」
「包丁ですか? そういえば、使ったことがないかもしれませんね」
「愛は魚捌くときでさえ、剣でやるからね」
「剣の方が速いですから」
「剣は料理に使うものじゃありません」