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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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番外編 三度目の破壊2

「だから、二人でいるときは入らないようにと、何度も言っているだろう!?」

「は? 別に、マナに本返すだけなんだからいいじゃない」

「なぜ分からないんだ!?」

「まあ、クレイアに、常識を期待する、お前が悪い」

「それはどういう意味かしら?」

「ははは。すまんすまん」

「いいから、下に降りるぞ──!」


 声量を抑えようと努力している者が若干一名いるのは分かるが、残る二人が騒いでいては、意味がない。声の主については、おそらく、あの三人だろうと見当はつく。


「ちょっと僕、呼んでくるよ」

「大丈夫?」

「うん。みんながいた方が気が紛れるし」


 そうして、柔らかい膝の感触を名残惜しく思いながらも、廊下で揉み合いになっている三人──まな、ハイガル、そしてギルデルドを部屋に招き、改めて五人で集まる。


「それで、僕たちは何をすればいいんだい?」

「んー、暇だから、何か楽しい話して?」


 僕のお願いに、ギルデルドとまなは露骨に嫌そうな顔をし、それを見た愛が苦笑する。ハイガルは、何を考えているのか不明だ。


 楽しい話をしろと言われると、一番困るという認識はあるが、あえて言ってみた。気をそらせたら儲けもの、くらいの気持ちで。何をすればいいのかと尋ねてきた相手が、憎っくきギルデルドだったから、嫌がらせに、というのも大いにある。


「本も返したし、あたし、もう帰りた──」

「あれは、ざっと百年前のこと」

「ちょっとハイガル。遮らな──」

「ルジは、さきイカというものと出会った」


 マイペースなハイガルが急に話し始め、まなは不満げに閉口する。抗議の言葉を半ばで遮られたまなを見る、愛の視線は、ハイガルへの嫉妬の炎で薄く揺らめいていた。


「さきイカとの出会いは、運命的なものだった。当時、まだ店舗数の少なかったトンビニに、ルジは気まぐれで入ってみたんだ」


「すると、そこには、さきイカがあった。出会った瞬間、一目惚れをしたルジは、迷わず、棚に並んでいるさきイカを買い尽くし、在庫にまで手をつけようとした」


「その後、各都市のトンビニやスーパー、果ては漁場にまで行き、買える限り買い尽くした。何かに取り憑かれたようにさきイカを購入したルジは、家に帰り、やっと、自分が一度もさきイカを食べていないことに気がついた」


「ルジはそこで、もし美味しくなかったらどうするか、と自問自答した。そうして、一週間ほど悩み続けた」


 ──沈黙。


「え、終わり?」

「ああ、そうだが」


 嘘ではないか、と問いたくなるほど、もやもやとするところで生まれた沈黙に、全員の気持ちを代弁してまなが問いかける。しかし、ハイガルは悪びれる様子もなく平然としていた。


「気になるっていうか、何も終わってないわよ」

「ああ、まあ、普通に、食べたんだろ、多分」

「そりゃあ、食べたんでしょうけど、初めて食べたときにどうだったかとか、気になるじゃない」

「そうか? ルジは、さきイカを食べたら、ヘッドスピンするんだぞ。つまり──どういうことだ?」

「だから気になってるんでしょ……」


 まなとハイガルの会話に、聞いている僕たちまで脱力感を覚える。ルジはさきイカを食べると、華麗なヘッドスピンを披露する習性がある。つまり、それほどに美味しいということなのだろうが、どうしてヘッドスピンなのかは不明だ。僕もそれほど興味があるわけではないが、やはり、少しは気になる。


「俺もそこまで、あの人について、詳しいわけじゃ、ない。詳しくなりたいとも、思わない」

「はいはい、反抗期ってやつね」


 まながそう軽く流すと、ハイガルは少し苛立ったような顔をして、


「俺は今、不機嫌です」


 と自己申告をした。まなが首を傾げ、愛がハイガルよりもさらに苛立った顔をし、ギルデが鼻で笑い、僕は面倒なことになりそうな気配を感じ取って、少し憂鬱になっていた。


「なんで不機嫌なのよ」

「クレイアのせいです」

「は? 反抗期なのは事実でしょ?」

「事実です。でも不機嫌です」

「そんなに指摘されたのが嫌だった?」

「違います」


 あーあ、痴話喧嘩が始まった。まなの前なので言えないが、ハイガルは魔王幹部の一員だ。こうして、まなとも仲良くしているが、本来、幹部にはまなを魔王城へ連れ戻すという旨の指示が出されており、ハイガルはそれに背いていると見えなくもない。


 そのため、同様に幹部であるルジのことが気に入らないのだろう。とはいえ、ルジにもまなを連れ戻す気はなさそうだが。


 だが、それをまなに察しろと言っても無理な相談だ。観察力はある彼女だが、こと自分のこととなると、とたんに鈍くなる。


「もういいです。クレイアなんて知りません」

「ええ……これ、あたしが謝らなきゃダメ?」

「いや、まなちゃんのせいだからね? 自覚ないみたいだけど」


 一応、教えてやった方がいいだろうと判断し、口を挟む。


「え、そうなの? そうとは知らずに悪かったわね」

「まなさんが謝る必要はありません。その人が勝手に不機嫌になっているだけです!」


 しかし、事情を把握しているはずの愛は、それでも、ハイガルを責めた。愛はまなが大好きなので、そちらを責めることはしないだろうと、予測はついていたが──、


「む。そんなことはない。それに、俺は鳥だ」

「鳥なら鳥らしくしててください!」


 ハイガルのよく分からないこだわりに、愛が反論しようとするが、彼はそれを意にも介さない様子でまなの方を見る。


「クレイア、ちょっとこっちに来い」

「この辺?」


 ひょこひょことハイガルに近づくまなに、愛が負けじと声を張る。


「まなさん、私の方に来てください。その男は危険です!」

「危険? 何、爆弾でも仕込んでるの?」


 ハイガルと愛に取り合いをされて、まなはどちらに行ったものかと、立ち尽くす。


「いいや、仕込んでないぞ」

「爆弾みたいなものです! まなさんから離れてください!」

「そう言われてもな。クレイアの姿は見えないからな」

「見えなければ何をしてもいいと思っているんですか?」

「そんなことは言ってない。──ただ、不可抗力というやつは起こりうる」


 あの愛をここまで苛立たせるのだから、ハイガルという男は相当だ。愛は怒りで肩を震わせて、レモン色の瞳に金色の炎を湛える。


「──まなさん! やっぱり、そいつは危険です!」

「そいつって。あはは」

「笑いごとじゃありません!」


 まなの笑顔に、愛は顔を真っ赤にして激昂する。とまあ、こうなる気はしていた。していたのだが、


「愛の婚約者は僕なんだけど、この場合、僕はどういう気持ちでこれを見てればいいの?」

「マナ様を得体の知れない男にとられて、しかもその男から、今こうして相談を受けている僕は、一体、どういう顔をすればいいんだい?」


 唯一、同じ取り残された組のギルデルドに今度はこちらから問いかけると、彼は疑問で返してきた。普段なら喧嘩になっているところだが、多少は罪悪感があるのと、愛を射止めた分だけ余裕があるので、こちらが大人になることにする。


「いや、ギルデはどう思ってるのかなあと思って」

「まあ、まなさんだからなあ、としか」

「ああ……まなちゃん、タラシだもんね」

「タラシ、って何? てか、助けなさいよ!」


 ハイガルとまなを取り合う愛を、僕はなんとも言えない気持ちで見つめていた。

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