3-13 気づけなかった人
何事もないように振る舞って、私のために、ずっと側にいてくれたのだ。おそらく、亡くなったハイガルは、そんな彼女の支えになってくれたのだろう。
そして、その支えを失った途端、彼女の脆い心は、一気に崩壊した。
──そんなにも、まなに気を使わせていたなんて、知らなかった。我慢させてしまったことに、気づかなかった。
泣かせてあげられなかったのが、とても悔しい。そんなことにも気づけなかった自分が情けない。私の異変に、最初に気づいてくれたのは、彼女だったのに。
「ま、隠してたまなちゃんも悪いってことになるじゃん?」
「まなさんの気遣いは美徳であって、彼女を責める理由にはなりません」
「ええ、いつの間に相思相愛になったの?」
「彼女の観察眼は素晴らしいものです。おそらく、あなたと同じくらい、私のことをよく見ていますよ」
すると、あかりはちょっと、ふて腐れた顔をした。
「愛、どこにも行かないでね」
そんな子どもじみたことを言う彼に、私は思わず笑ってしまう。まなに私がとられるとでも思っているのだろうか。そんなはずがないのに。──いや、和ませようとしてくれているのか。
「……ふふっ」
「ちょっ、笑わないでよ!」
「相変わらず、女々しいですね」
「いや、否定はしないけどさ。うわあ、言わなきゃよかった……」
「一生、守ってあげますよ」
「嫌だあ、守られたくないー。むしろ、守られてよー」
そんな会話を挟み、ようやく少し、心が落ち着いてきた私は、思い切って、彼に尋ねてみる。
「あかりさんは、まなさんをどう思っているんですか?」
「ライバルかなあ? それか、コイガタキ?」
「真面目に答えてください」
すると、あかりはため息をついてしゃがみ、私がいるベッドに伏せ、顔を横に向ける。
「……どうだろう。正直、迷ってる」
彼がまなを、本当に利用しようとしているだけには、どうしても、思えなかったのだ。いくら、彼が血も涙もない男だとしても、今回のことにまで何も感じていないとは思えない。いや、そんな風に思いたくなかった。
「そもそも、まなさんは、なぜ、願いを使おうとしないんですか?」
彼女の願いが何であるか、私は知らない。だが、あかりなら知っているのではないかと、私は考えていた。
だが、その返答は思いもよらないものだった。
「それがさ。なんでだったか、忘れちゃったんだって」
「忘れた? まなさんが、ですか?」
「うん」
出会ったときの、あの目を思い返し、ここ最近と比較してみれば、確かに、肩の力が抜けているような印象を抱く。
単に、私たちに慣れてきたからだとも考えられるが、そう考えるのは、先の彼女を見ている以上、都合が良すぎる。むしろ、何か、彼女の中で、大きな変化があったと考えた方が自然だ。
あるいは、それを忘れたせいで、ここまで心が砕けてしまったのかもしれない。
「だから実は、結構前から魔王サマに、監視はしなくていいって言われてるんだよね。それよりも、何を忘れたか調べろって言われてる」
「そう、ですか。……何を忘れたかなんて、どうやって思い出すんですか?」
「それね。むしろ、僕が知りたい」
一時、納得しかけたが、おかしな話だということはすぐに分かった。何を忘れてしまったのか。そんなこと、本人が忘れてしまえば、誰も覚えていないのではないか。
「でもさ。──まなちゃん、思い出したくないんだって」
「え?」
彼女の、やると決めたらやり通す頑固さと、妙に諦めのいいところが同時に浮かぶ。だが一方で、あかりが妹への復讐に燃えているのと同じくらい、まなにも何か、叶えたい願いがあるのだと、私は感じていた。
あかりを見ていて思う。まなが忘れてしまったことというのは、簡単に捨てられるようなものではなかったはずだと。しかし、あかりはこう続けた。
「そんなことどうでもいいから、今は、愛を助けてあげないと、ってさ。僕にだけ任せてると安心できないんだって。……実は、僕、まなちゃんとかギルデに、結構怒られたりしてるんだよね。もっと愛を大切にしろ、とか、色々。ほんとに、すっごく、ありがたいことだよ」
──言葉にならない。あの子が愚かすぎて。
あかりの大願を叶えるために、私たちはまなを利用しようとしている。
なのに、私たちのために、まなは八年も抱き続けた願いを、忘れようとしている。
きっと、あかりが頼みさえすれば、今のまなは彼に願いを譲るだろう。そうすれば、彼の願いは叶えられる。
──だが、本当にそれでいいのか。
どうして彼女は、気づいてほしくない微妙な変化には気がつくくせに、肝心なところには気づいてくれないのだろうか。
「打ち明けろって、そう思う?」
思わない。なぜなら、
「私に、そんな勇気はありません」
「……だよね」
それによって、願いが叶わなくなることや、誰かに悪事を吹聴されることを恐れているのではない。
ただ、私には、まなが必要なのだ。
本心を知ったら、きっと、彼女は私たちから離れていってしまう。
──彼女を失うこと。それが、今の私にとって、何よりも、一番、怖い。
「それでも、あかりさんが打ち明けるというのなら、私もその場に一緒にいさせてくださいね」
「もちろん。──それで、やっと魔王の話に戻るんだけど」
「はい、聞かせてください」
世間体ばかりを気にかける父親に見捨てられ、母を亡くし、心の支えとなっていたハイガルまでも失った、というところまでは聞いた。だが、その先があるはずだ。
まだ、これだけの傷を抱えてなお、魔王と普通に話していたことの説明がついていない。