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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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3-13 気づけなかった人

 何事もないように振る舞って、私のために、ずっと側にいてくれたのだ。おそらく、亡くなったハイガルは、そんな彼女の支えになってくれたのだろう。


 そして、その支えを失った途端、彼女の脆い心は、一気に崩壊した。


 ──そんなにも、まなに気を使わせていたなんて、知らなかった。我慢させてしまったことに、気づかなかった。


 泣かせてあげられなかったのが、とても悔しい。そんなことにも気づけなかった自分が情けない。私の異変に、最初に気づいてくれたのは、彼女だったのに。


「ま、隠してたまなちゃんも悪いってことになるじゃん?」

「まなさんの気遣いは美徳であって、彼女を責める理由にはなりません」

「ええ、いつの間に相思相愛になったの?」

「彼女の観察眼は素晴らしいものです。おそらく、あなたと同じくらい、私のことをよく見ていますよ」


 すると、あかりはちょっと、ふて腐れた顔をした。


「愛、どこにも行かないでね」


 そんな子どもじみたことを言う彼に、私は思わず笑ってしまう。まなに私がとられるとでも思っているのだろうか。そんなはずがないのに。──いや、和ませようとしてくれているのか。


「……ふふっ」

「ちょっ、笑わないでよ!」

「相変わらず、女々しいですね」

「いや、否定はしないけどさ。うわあ、言わなきゃよかった……」

「一生、守ってあげますよ」

「嫌だあ、守られたくないー。むしろ、守られてよー」


 そんな会話を挟み、ようやく少し、心が落ち着いてきた私は、思い切って、彼に尋ねてみる。


「あかりさんは、まなさんをどう思っているんですか?」

「ライバルかなあ? それか、コイガタキ?」

「真面目に答えてください」


 すると、あかりはため息をついてしゃがみ、私がいるベッドに伏せ、顔を横に向ける。


「……どうだろう。正直、迷ってる」


 彼がまなを、本当に利用しようとしているだけには、どうしても、思えなかったのだ。いくら、彼が血も涙もない男だとしても、今回のことにまで何も感じていないとは思えない。いや、そんな風に思いたくなかった。


「そもそも、まなさんは、なぜ、願いを使おうとしないんですか?」


 彼女の願いが何であるか、私は知らない。だが、あかりなら知っているのではないかと、私は考えていた。


 だが、その返答は思いもよらないものだった。


「それがさ。なんでだったか、忘れちゃったんだって」

「忘れた? まなさんが、ですか?」

「うん」


 出会ったときの、あの目を思い返し、ここ最近と比較してみれば、確かに、肩の力が抜けているような印象を抱く。


 単に、私たちに慣れてきたからだとも考えられるが、そう考えるのは、先の彼女を見ている以上、都合が良すぎる。むしろ、何か、彼女の中で、大きな変化があったと考えた方が自然だ。


 あるいは、それを忘れたせいで、ここまで心が砕けてしまったのかもしれない。


「だから実は、結構前から魔王サマに、監視はしなくていいって言われてるんだよね。それよりも、何を忘れたか調べろって言われてる」

「そう、ですか。……何を忘れたかなんて、どうやって思い出すんですか?」

「それね。むしろ、僕が知りたい」


 一時、納得しかけたが、おかしな話だということはすぐに分かった。何を忘れてしまったのか。そんなこと、本人が忘れてしまえば、誰も覚えていないのではないか。


「でもさ。──まなちゃん、思い出したくないんだって」

「え?」


 彼女の、やると決めたらやり通す頑固さと、妙に諦めのいいところが同時に浮かぶ。だが一方で、あかりが妹への復讐に燃えているのと同じくらい、まなにも何か、叶えたい願いがあるのだと、私は感じていた。


 あかりを見ていて思う。まなが忘れてしまったことというのは、簡単に捨てられるようなものではなかったはずだと。しかし、あかりはこう続けた。


「そんなことどうでもいいから、今は、マナを助けてあげないと、ってさ。僕にだけ任せてると安心できないんだって。……実は、僕、まなちゃんとかギルデに、結構怒られたりしてるんだよね。もっとマナを大切にしろ、とか、色々。ほんとに、すっごく、ありがたいことだよ」


 ──言葉にならない。あの子が愚かすぎて。


 あかりの大願を叶えるために、私たちはまなを利用しようとしている。

 なのに、私たちのために、まなは八年も抱き続けた願いを、忘れようとしている。


 きっと、あかりが頼みさえすれば、今のまなは彼に願いを譲るだろう。そうすれば、彼の願いは叶えられる。


 ──だが、本当にそれでいいのか。


 どうして彼女は、気づいてほしくない微妙な変化には気がつくくせに、肝心なところには気づいてくれないのだろうか。


「打ち明けろって、そう思う?」


 思わない。なぜなら、


「私に、そんな勇気はありません」

「……だよね」


 それによって、願いが叶わなくなることや、誰かに悪事を吹聴されることを恐れているのではない。


 ただ、私には、まなが必要なのだ。


 本心を知ったら、きっと、彼女は私たちから離れていってしまう。


 ──彼女を失うこと。それが、今の私にとって、何よりも、一番、怖い。


「それでも、あかりさんが打ち明けるというのなら、私もその場に一緒にいさせてくださいね」

「もちろん。──それで、やっと魔王の話に戻るんだけど」

「はい、聞かせてください」


 世間体ばかりを気にかける父親に見捨てられ、母を亡くし、心の支えとなっていたハイガルまでも失った、というところまでは聞いた。だが、その先があるはずだ。


 まだ、これだけの傷を抱えてなお、魔王と普通に話していたことの説明がついていない。

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