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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第二章 ~溺れる日記~
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3-12 チアリタンの山火事

「チアリタンが燃えた事件、覚えてる?」

「はい」


 まったく関係のなさそうなところから、彼の話は始まる。


「そのチアリタンのドラゴンがさ、えっと、なんて名前だっけ?」

「チアリターナさんですか」

「チアリターナにもさん付けなんだ……。まあ、今回のことにチアリターナは大して関わってないんだけどね」


 説明が下手だが、まあ、今に始まったことではない。


「まなちゃんがその山に行くってなって──」


 あかりの説明は長い上に、分かりにくかったので省略する。それでも、根気強く聞いていれば、なんとなく、分かってくる。


「えっと、分かった?」

「……はい。つまり、事の発端は、れなさんから送られてきた手紙だということですね」


 れなというのは、私も常々お世話になっていた、大賢者れなのことだ。世界のすべてを見通す力を持っており、その知識を活用して、救いの手を伸ばし続ける、世界でただ一人の賢者だ。


 その正体は、魔王の娘の一人。正妻の娘で長女に当たる。また、この宿舎の下に住んでいるユタの実姉で、私も度々お世話になっているユタの母親の娘で、何より、まなの実の姉でもある。


 だが、人間も魔族も区別することなく、両者に等しく利益をもたらしている。


 その理由はおそらく、母親が人間だからだろう。


 そう、魔王の正妻は、魔族ではなく、人間なのだ。もちろん、正妻というからには当然、内妻──つまり、側室もいるのだが、そちらはすべて魔族らしい。それはともかく。


 そんなれなからは、まなの元に、毎日のようにラブレターが届くらしい。その一通が発端となって山が燃えたとあかりは言っているわけだが、その内容というのが、


「まなさんのお母様を救うには、チアリタンに生息しているとされる、伝説のチア草を摘んでくるしかないと書かれていたと」


 まなの母親、つまり、一階に住んでいるユタの母親の体が生まれつき弱いということは、先日、まなから聞いた。──もっとも、そのときにまなが彼女を母親と認識していたかどうかは不明だが、ともかく、実は同じ話を、れなからも聞かされていた。


 そして、そのれなが、ついに、チア草でしか救えないと、実の妹であるまなに──彼女がれなを姉として認知しているかはともかく──伝えたのだから、それが嘘であるはずもない。


「そうそう。それで、僕、チアリターナに聞いてきたんだよね。チアそうって何? って」

「しかし、チア草は存在しなかった。厳密には、かなり前に、絶滅してしまった」


 別名、伝説草とも呼ばれるチア草は、どんな病気も治すことができる、万能薬であると言い伝えられているらしい。だが、ただの言い伝えであり、少なくとも、私はその存在すら知らなかった。


 チアリターナ曰く、過去には存在していたらしいが、今は、採集しすぎて絶滅したそうだ。


「うん。だから、まなちゃんに諦めさせようと思って、全部燃やした。山火事って、だいたいヒートロックが原因じゃん? だから、それを利用して、人がやったって思われないようにした」


 ヒートロックというのは、モンスターの一種だ。とはいえ、自ら動くことは滅多になく、山中に生息し、外敵に反応して発熱するという特性を持っている。あかりの言う通り、山火事の九割はこいつが原因だ。


 彼がまなに諦めさせようとしたのは、嫌がらせでもなんでもなく、ただの良心だったのだろう。探しても見つからないと知っていて、それをただ見ている方が、心がない、とそう思ったのだ。


 だが、全焼はやりすぎだ。普通に考えて犯罪行為だと分からないものだろうか。──そういえば、彼は投獄されるくらい、なんとも思わないのだった。文化の違い、というよりも、彼自身の性格に問題がある。それはともかく。


「怒られませんでしたか?」

「いや、めっちゃ怒られた。てか、チアリターナに殺されかけた。ドラゴンって、あんなに強いんだね。まあ、結局、逃げたんだけど」


 そんなことよりも、もっと驚くべき出来事が、私の知らないところで起こっていた。


 ──そう、チア草など、存在しないのだ。賢者であるれなが、それを知らなかったわけがない。


 それなのに、わざわざそんなことを言ったということは、つまり。


「──まなさんは、お母様を亡くされていたんですか」


 そう独り言のように尋ねると、あかりは静かに頷き、肯定した。


「……でも、気づかなかったのも仕方ないと思うよ。愛は、それどころじゃなかったんだしさ」

「それでも、あれだけ毎日一緒にいたのに、少しも気づけませんでした。自分のことばかりで」


 まなは、私のことも考えていてくれたのに。


 ──ああ、だから、あのとき、「死ななくてよかった」、「こんなの、薬ですぐに治る」と言ったのか。母の不治の病による死を意識していたから。だから、不安がって、右腕を握っていたのだ。


「……お母様が亡くなられたときも、私の知らないところで、あんな風に泣いていたんですか?」


 先の一件を思い出して尋ねると、彼は首を横に振った。


「まなちゃんは、毎日、マナのために動いてたから。少なくとも、見てる限りでは、平然としてたよ」


 つまり、私のために、泣かなかったのだ。涙を我慢したのだ。耐えた分の悲しみを、ずっとそのまま抱えて、今日まで来たのかもしれない。

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