3-10 ばうっ! ホーホー。
「勝手についてきてごめんね。邪魔だった?」
「いや、構わない。──だが、笑いを堪えるのに、ふっ……必死、だったっ」
肩を震わせるハイガルは、面白くて仕方ないというように私の方を見つめる。私はその憎たらしい顔を睨みつける。
「人を見て笑うのはどうかと思いますが」
「いや、何。思っていたよりも、ずいぶんと、可愛いお姫様だと、思ってな」
「だよね、愛ちゃん可愛いよねえ、めっちゃ分かるー」
「あなたは黙っていてください。……馬鹿にしてるんですか?」
「いや、まったく、そんなつもりはない」
「そんなつもりが少しでもあれば、すでにぶちのめしています」
「やめてくれ。クレイアが、心配してくれる」
──。
「うぅー……ばうっ、ばうっ!!」
「愛ちゃん、人間に戻ってえ?」
「……ホーホー?」
「君も乗らないで!?」
「ばうわう! ううーっ!!」
「ホーホー、ホホホーホー」
「あー……。他人のフリして帰ろ。ハイガル・ウーベルデンくん、愛とまなちゃんのこと、よろしくね」
「ホー」
そう言って、あかりは瞬間移動で帰って行った。そうして、私が声だけで噛みついていると、
「にゃー」
そう、割り込んでくる声が聞こえて、私とハイガルはそろって首を向ける。すると、そこには、白髪の愛らしい少女の姿があった。
「わんっ!」
「ホーホー」
「えっと、適当に混ざってみたんだけど、何の遊び?」
「戦争です」
「ただの悪ふざけだ」
「まあ、どっちでもいいけど。ついでにトンカラ買ってきたから、はい、財布」
「ああ、助かる」
目の見えないハイガルに代わり、まなが彼の財布からお金を取り出す。そうして、当然のようにお金のやり取りをしているまなと青髪を見ているだけで、とても嫌な気持ちになる。
それから、ハイガルがトンカラを開封すると、自然な流れで、まなはそのうちの一つをつまんで食べた。それをじっと見つめていると、まなが視線に気づいて首を傾げる。
「マナ、どうかしたの?」
「なんでもありません!」
「絶対、何かあったわね。言ってみなさい、力になれるかどうかは分からないけれど。あたしじゃなくて、ハイガルでもいいし」
「クレイア、無自覚のうちに、煽ってるぞ」
「え?」
私がマナと呼ばれるまでに、一体どれだけの労力を費やしたと思っているのだろうか。それを、馴れ馴れしく、ハイガルなどと。
その上、責任が自分にあることには気づかず、頼れとか、一番の原因に相談しろとか言ってくる辺り、本当に、彼女は、何も分かってない。
「まなさん!」
「はいっ! ……思わず返事しちゃったじゃない」
「帰りますよっ!」
「え? あんたも、何か用事あったんじゃないの?」
さすがに、つけてきた、とは言えないので、私は誤魔化すようにして、ハイガルのトンカラを一つ盗んで食べる。
「あ」
「あふっ!?」
どちらかの制止の声が聞こえたが、時すでに遅し。トンカラの肉汁で口内を火傷し、慌てて冷たい大気を口から取り込む。
「あーもう、変な意地悪するから……」
「もう一個、食べるか?」
「んっ……いりません! そんなもの!」
「トンビアイスあるわよ。あんたにと思って」
「食べます! ──後で代金は払いますからっ!」
二人に苦笑される私は、行儀悪く、トンビアイスで口内を冷やしながら、地面を踏み鳴らして帰路に着いた。
***
それから、数日と経たないうちの出来事だった。
「──ハイガルが命を落とした。魔法を封じられ、盲目の中、乗っていたルナンティアを撃たれて海に落ちた。落ちたときは意識があったと思われる。死因は溺死だ」
いつもと雰囲気の異なるル爺がそう言った。ハイガルといえば、まなと親しくしていた青髪の盲目の男だ。目が見えないため、魔法で視界を得ていた彼は、魔法を封じられて、本当の意味で盲目になっていたのだろう。
「何の、冗談だい?」
「わそはつまらん冗談は言わん」
「会わせてくれ」
「やめておけ。一生、後悔するぞ」
「……それでも、会わせてくれ」
会わせてくれと頼むのは、赤髪に緑瞳のギルデルドだ。剣神レックスの息子でもある彼のことは、物心ついたときから知っているが、聞いた話によると、ハイガルとは幼なじみらしい。
「他はどうする?」
私を含め、誰も何も言おうとしないのを見て、あかりが言う。
「僕はやめておく。悪いけど」
溺死となれば、遺体は酷い有り様だろう。見たらきっと、一生、記憶に残る。そんな情をかけられるほど、ハイガルに対しての思い入れはない。
「私も、遠慮させていただきます」
ちらと、横目でまなを見ると、どこか遠くを見つめているようで、何か考えているらしかった。
「まなさん?」
「──あたしも、行かないわ。合わせる顔がないから」
不気味なくらいに、彼女は、いつもの調子でそう言った。