3-3 トンビーズ
それから、まなと何でもない話で小一時間ほど盛り上がった。
まなは勉学以外に趣味を持たないが、意外と何に対しても興味を示す。工事中の建物が何になるのかとか、タマゴが明日の昼セールだとか、美味しいパンの話とか。
そんな、どこにでもある、他愛ない会話を交わしていた。たまに、魔法学の話で意見をぶつけ合ったりもしたが。
ともあれ今は、駒を取り合うボードゲーム──通称、トンビーズをまなに教えていた。元々宿舎に置いてあったものの一つで、トンビアイスでお馴染みトンビニ社が開発した、歴史あるボードゲームだ。かなり有名なので、まさか、知らない人がいるとは思わなかったが、それがあの、まなだと考えると、妙に納得もした。
トンビーズは、昔、人間と魔族の間で停戦を結んだ際、双方に親しみを持ってもらう目的で作られた、ルスファ発祥のボードゲームだ。今ではトンビーズの世界大会まで開催されている。
ちなみに、私は幼い頃に三連覇して、殿堂入りした。このように、殿堂入りと称して、出禁になった大会の数は数えきれない。
「えっと、この駒は──」
「バサイですね。縦横に一マス、そこから斜め前にもう一マス動きます」
「こうからのこうね」
「はい。バサイの得意な戦闘スタイルからこの動きになりました」
ルールを覚えながらだというのに、なかなか、賢い選択をしている。さすがまなだ。と考えつつ、私も駒を動かす。
「これは確か、ショウカよね。だから、斜めに二つっと」
「はい、さすがです、まなさん。ショウカはバサイの天敵なので、バサイで取ることができない駒ですね」
「それで、これが主神マナね」
「はい。縦横斜めであれば自由に動かせます」
「こっちのが取られちゃダメなやつ」
「勇者の駒ですね。これが取られる状態になったら、負けです。取った駒の数で動けるマスの数が変わります」
「このたくさんあるのがピュットカで、前に一マスずつ進むわけね。でこっちが、砦のヘントセレナ」
「砦は縦横自由に動くことができます。また、バサイで相手の砦を取ったときに、そのマスの縦横列にあるすべての駒が、敵味方関係なく消滅します。他にも色々とルールはありますが、基本的にはこんなところですね」
「なるほどね」
「はい、チェックメイトです」
「えっ!」
まなは盤をじっと見つめて、数分悩んでから、脱力したように床に寝そべった。
「あー、負けたーっ!」
「まだルールを覚えている段階でここまでできるなんて、さすがまなさんです。才能はあると思いますよ」
「そう? じゃあ、もう一回、お願いしてもいいかしら?」
「はい、もちろんです」
そうして、しばらく戦っていたが、全勝してしまった。手を抜こうなんて考えていると負けそうだったので、久々に本気でやってしまった。何度か危うい局面もあったくらいだ。
「さすがマナ。なんでもできるのね」
「なんでも、というわけにはいきませんが、ありがとうございます」
「あー、悔しいーっ!」
そう言いつつも、まなは楽しそうだった。そうこうしているうちに、暗くなってきたので、カーテンを閉めて、電気をつける。
──魔術大会が、ミーザスで開かれているということは、人間も魔族も参加しているはずだ。
その理由は、大きく二つある。
ミーザスは歴史的に扱いづらい土地であること。そして何より、ミーザスのドラゴンであるチアリターナが、人間側でも魔族側でもなく、中立姿勢を保持していること。この二つだ。
そのため、ミーザス周辺の土地はすべて人間側の土地だが、ミーザスだけは人間と魔族、どちらでもない、無所属の特殊な地となっている。つまり、誰でも参加しやすいということだ。
また、ミーザス平原と呼ばれる、時空がねじれた大平原があり、ここではどれだけ暴れても、周りに影響が出ない。基本的には、だが。
そういう理由から、人間も魔族も関係なく参加できる戦闘系の大会は、ミーザス平原で開かれることが多い。
とはいえ、種族的に魔族の方が魔法が得意な者が多いため、魔族が中心に集まるだろうことが予想される。
過去の事例から考えると、参加人数はおよそ千人といったところか。通例で行くと、最初はおそらく、百人ずつに分けて、そこから一人を選出するのだろう。
となると、最初の勝ち残りと、後のトーナメント式の九試合の時間を計算して──そろそろ、ちょうど最終戦が始まる頃だろうか。
「やっぱり、あかりが気になる?」
必ず勝ってくれるという、自信は、ある。が。
「……まあ、一応、少しだけ」
「あはは、本当に素直じゃないわね。大きな大会なら、ネットで中継されてるんじゃないかしら」
言われてみると、その可能性は高い。そう考えて、私はスマホを取り出し──その名義が母のものであることが頭を過り、少しだけ、複雑な気持ちになる。それはともかく。
基本的に、スマホは使っている本人にしか見えないよう、透明化されているので、それを解いて画面を壁に投影し、まなに見えるようにしながら、それらしい魔術大会がないか探す。
「あ、これですね」
タップして全画面にし、調節する。現在の魔法技術はかなり進歩しており、上下左右、三百六十度の光景を映し出すこともできる。すると、立体音響も組み合わさって、まるで、本当に会場にいるかのような臨場感が楽しめるのだ。
「うわあ、すごい! 初めて見たわ──っと、ごめんなさい……あ、映像だったわね」
まながすれ違う人の映像を思わず避けて、恥ずかしそうにする。初々しい感じが可愛い。
また、画面を拡大すると、最前列の席にいるかのような映像も見られるのだ。そうして、私はスマホを机に設置し、椅子に腰かける。
「うわあ、近いわね……って、ん?」
「どうかされましたか──あ」
ちょうど、決勝戦の準備時間のようだ。当然、あかりは勝ち残っていたが、まなの視線は彼ではなく、対戦相手に向いている。
それは、黒髪に赤い瞳の年端もいかない少年だった。
「ユタ!?」
まなが大声を上げる。それもそのはず。ユタ──ユタザバンエ・チア・クレイアは、次期魔王と目される魔族なのだ。




