2-19 真昼の星空
そうして構えるローウェルの、重心の位置に打撃を叩き込もうとすると、腕で受け止められる。だが、骨が折れた感触はあった。
「ちょっと! 変身中に殴るなんて卑怯っす!」
「戦いに卑怯も何もありません。勝った方が正義です」
「さっきと言ってること真逆っす! それじゃあクロスタくんと一緒じゃないっすか!」
まるで痛みを感じていないかのようなローウェルに、私はわずかに焦燥を覚える。
今でこそ、私が圧倒している形だが、第二形態──つまり、完全にモンスターの姿になられては、いよいよ、負けを視野に入れる必要が出てくる。──どちらにせよ、あかりを助けるのが、間に合わなくなってしまうかもしれない。
私は腕の傷あとをなぞり、ローウェルに意識を集中させる。
今の私に世界を昼にするような力は残っていない。唯一、ローウェルから空に打ち上げるような攻撃を食らい、天体まで飛ばされれば、押して元に戻せるかもしれないが、ローウェルが天体まで私を飛ばせるとは思えない。──つまり、魔法はもう使えない。
そこに、相手が有利な帳、体調不良、魔法の不調ときて、結界による弱体化まである。──いや、そんなのは、ただの言い訳にしかならない。
「仕方ないっすねっ!」
すると、ローウェルは翼で天高く飛び上がった。私もそれを追いかけるようにして、ジャンプで飛び上がるが、やはり、空では彼に勝てない。仮に魔力が残っていたとしても、追いつくことはできなかっただろう。
「大人しく地上で見てるっすよ」
ローウェルは翼を広げ、全身を包み込むと、数秒の後に、再び翼を広げた。
──そこには、小さな白いフクロウがいた。あれが、彼の本当の姿だ。
「可愛いですね」
「お褒めに預かり光栄っす。──覚悟してくださいっす!」
光の速度でローウェルは飛来する。当たれば首が飛ぶと判断し、身を屈めて避け──通過する足を掴む。目で追えるような速さではなく、掴めるかどうかは、完全に賭けだったが、偶然、上手くいった形だ。
もし、掴めなければ──。
そんな仮定の話は置いておく。
「嘘っすよね!? ファーストアタックっすよ!?」
「鳥の足は基本的に折れやすいと決まっています。先ほどの折った腕がどの部分かは知りませんが、このまま戦い続けるというのなら、二度と飛べなくして差し上げますよ」
ローウェルは私を振り落とそうと、旋回し、遠心力をかけ、上下左右に飛び回る。が、やがて、私が手を離す様子がないと悟ると、今度は上空に向けて飛び始めた。
「高いところから落とす作戦ですか」
「っす。対処法は考えておいてくださいっす。まあ、でも、対処法くらい思いついてるっすよね。オレの単なる悪あがきっすから」
「──試してみますか」
ローウェルが落下を始める直前、私はローウェルから手を離し、地上へと自由落下する。驚いた素振りを見せるローウェルだが、次の瞬間には、この機を逃すまいと、私を追ってくる。
彼の飛翔速度は人型のときの数十倍に達しており、直撃すれば即死だ。
その速さを逆手に取り、私はまなから借りてきたナイフを、衝突直前で投擲する。ナイフに吸い込まれるようにして向かってくるローウェルを見て、私は勝利を確信した。
「──いける」
とはいえ、彼はモンスターだ。このナイフであれば、痛みはないし、死にもしない。
急には方向を変えられないと言わんばかりに、ローウェルは真っ直ぐ頭からナイフに衝突し──弾けるようにして、消滅した。
「私の勝ち──ですが」
直後、血肉は光の粒子となり、魔王城の方角へと還っていく。これで、しばらくはやってこれないだろう。
さあ、あかりを助けなくては──。
その瞬間、結界と闇蛇たちが消え、氷漬けにされたクロスタと、分身した二人のあかり、そして、頬に青いダイヤ模様のついた青髪の女性が現れる。私はそれを、落下しながら確認する。結界は解けたようだが、帳は降りたままだ。
「愛!」
「──ローウェルがやられましたか。ここは一旦、引いた方が懸命ですね」
小柄な女性は氷を殴りつけて割り、中からクロスタを取り出してひょいと小脇に抱えると、背中からコウモリの羽を出した。
「逃げるとかズルじゃん!」
「この場であなた方二人を相手にしても勝てるとは思えませんので」
「いやあ、誉められると照れるなあ」
「失礼いたします」
調子に乗るあかりを置き去りにして、女性はその場を飛び去る。遅れてあかりが気づくが、もう遅い。
逃げられてしまうと、なんとも勝った実感が湧いてこないが、ひとまず、砂浜に着地し、その後で降ってきたナイフをキャッチする。
「ま、なんとかなったって感じかな」
「……みたいですね」
あかりが分身を解き、一人に戻る。そして、私は結界からまなを連れ出し、抱き抱える。白髪の少女は、寝息を立てて、ぐっすり眠っていた。その愛らしい顔に私は頬ずりをする。
「よかった──」
「こうしてれば可愛いんだけどねえ」
「クレイアさんは普段から可愛いです」
「そうかなあ? なんか、僕、嫌味ばっかり言われてる気がするんだけど?」
「それはあなたが悪いのでは」
「んー否定できない」
再び、砂浜に彼女を横たえて、私はその横に寝転がる。
そうして、まなの鬱陶しそうな前髪をどけてやり、サイドテールに手櫛を通した後、子どもみたいに眠る頬をつつく。なぜこうも愛らしいのだろうと、自分でも不思議なくらいに、彼女は特別な存在だ。
──ああ、そうか。私は彼女が大好きなのだ。だから、素っ気ない対応に傷つき、仲良くなれないことを悩み、利用することに嫌悪しているのだろう。
「ほんと、愛ってまなちゃんのこと好きだよねえ」
「嫉妬ですか?」
「嫉妬です」
まなを挟んで座るあかりのふくれ面に苦笑しながら、私は星空を見上げる。まだ昼時のはずだが、空は闇に覆われたままだ。
「──月が綺麗ですね」
「それって、告白?」
「……どういう意味ですか?」
「あー、うん。通じないと思った。気にしないで」
文化の違いというやつは難しい。




